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第四章(その8) 研究会(2) 小藤奈津子
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「さらに、手袋をつけた日常的作業に慣れている。車などの機械類の整備や微生物などの生化学に詳しい。専門家というよりは、単に情報収集能力に長けていると考えてもいいかもしれませんが」
「想定できる職業は?」
「通話記録から判断すれば、平日にも融通が利く仕事としか。学生の可能性もあります」
誰かの問いかけに、先に瀬ノ尾が答えた。打ち返すように、ちょいと口を挟むが、と打越が珍しく静かな口調で言った。
「ひとつ思いつく職業があるが、あくまでも思いついただけだ。確証はない」
「なんだ」
「消防士、中でも救急隊員……」
誰もがことばを失った。長い沈黙を破ったのは、下川畑だった。
「実に言い辛いんだが、ライトバンの中から見つかった白い繊維片は、容疑者が使用した手袋のものにまず間違い。ないが、我々が通常使用している白手袋と同じ製品だと考えていい。一般には出回っていない。付け加えて言えば、鑑識課員も該当すると想うが、坂村さんの見解は、どうだ」
あくまでも個人的な見解ですが、と坂村は強く念を押した。
「できれば、今後も担当できるように、私とは別に専任の担当者を置くことが望ましいと考えています。ですから、今回の犯罪者プロファイリングの分析も、私以外の者にやってもらうつもりです」
坂村は小藤を呼んだ。
「でしゃばり絵描きか」
瀬ノ尾は、誰の声かはっきりしなかったが、たぶん伊地知の野郎だ、と感じて舌打ちした。
「似顔絵を描く能力には、情報提供者とのコミュニケーション能力や洞察力、情報を統合し、再構成していく能力が必要です。小藤巡査は学生時代心理学を専攻しており、教職の経験もありますし、人間的にも謙虚で努力家です。個人的には、適任だと考えています。小藤巡査、君の考えを話してみなさい」
はい、と小藤が説明を始めた。
「犯行事例が一件ですし、極めて希有な事例ですので、過去の海外の事例からの類推を含みますが、配布した資料の方に事例の概略を示してあります。まず犯人の行動のパターンとしては、略奪者パターンに性倒錯パターンが混入しています。犯行のテーマとしては、性愛性と非人間性とが混交していると推測されます。文字通り秩序型の極めて洗練された性的快楽殺人だと言えます。
犯人像ですが、性別は男性。年齢二十代から三十代後半。可能性としては四十歳代もあり得ますが低いでしょう。犯人は被害者のなんらかの遺留物を所持している可能性が高く、犯罪歴はありません。遺留物が居宅に存在しても気付かれない環境、一人住まいか、同居人から隔絶された環境にあると思われます。親兄弟とは暮らしている可能性はありますが、夫婦もしくは同棲はしていない。実質的な独身でしょう。
職業ないし生活パターンは、現在のところ不規則。学生・フリーター・無職。あるいは、打越係長が仰ったように、昼夜交代勤務のある消防士などの公務員か、比較的時間の融通が利く自営業・営業職などが考えられます。
身長・容貌については判断はできませんが、下川畑課長の意見が参考になるかと思います」
「そんなものだろう。結局、何もわからない。小娘のプロファイルなど当てにせず、各人これまで通りの地道な捜査を続けてください。それが落ちだな」
「自分に必要でなけりゃ、黙って聞いてりゃいいんだ」
伊地知の冷笑を受けて、ぼそりと愚痴ったつもりの瀬ノ尾の声だろうが、意外に大きく会議室全体にしみ込んでいった。
「今のはお前か」
伊地知が血相を変えて立ち上がった。
「あの、小藤巡査。累犯の可能性は」
いつも通り机に顎を載せてへたり込んでいる岩元が、ぼそりと言った。
普通なら喋ると下顎が下がるものだが、岩元の場合、顎を机の上に載せてるので、額の方が微妙に上下し、頭の重さで口が開ききらぬため、ことばがくぐもっている。
「ぼくは不器用だから一回じゃ洗練なんてできないねえ」
伊地知によって緊迫した空気が一気に緩んだ。
「岩元。まさか、試し斬りなんて言うなよ」
打越が茶化した。
「それよりも、だ。劇場型の犯罪で、目立ちたがり屋にしちゃ、犯行声明がないな。それはどう考える。聞かせてくれ」
「はい。最初に左耳が発見された時、ポリ袋に【人の耳入り。警察に通報すること】と書き込んでありました。その後、頭部、続いて残りの遺体が発見されましたが、犯行声明らしきものはありませんでした。これは、劇場型犯罪であっても、過去のM事件、S事件の犯人とは異なり、今回の犯人は精神的に成熟していると考えられます。すでにマスコミで注目を浴びている以上、手がかりになる犯行声明は出さないでしょう。ただ、右耳が切り取られたこと、被害者の血液で満たしたコンドームが被害者の口腔内、および膣内に挿入していたことに、何らかのメッセージが込められているはずですが、何を意味しているのか、まだわかりません」
それは、と打越が言った。
「承知の上だ。だが、あえて出してくるのが、この手の犯罪者の心理じゃないのか」
小藤が詰まった。すかさず瀬ノ尾が口を挟んだ。
「別に警察やマスコミでなくても……。ネット上でも構わないんだし」
「ならば、お前が明日から探せ」
無表情な渡辺係長の声が染み渡っていく。思わず瀬ノ尾は戸田を見た。戸田は、にやりと笑って顎で小藤を差した。瀬ノ尾が見やった小藤は静かに頷いた。
「犯人像についてはだいたいわかった。犯罪対象について聞かせてくれ」
渡辺係長が促した。
「現時点では、出会い系サイトを利用した若い女性としか。イギリスの切り裂きジャック事件、ヨークシャー事件やイプスウィッチ事件に代表されるような、援助交際などの娼婦対象であるのか、未成年者・女子高生などを特定の対象にしているのかは不明です。
対象エリアは、犯行用車両が確認された鹿箭島市松山町ならびに出水市。被害者を拉致した出水市、遺棄死体が発見された鹿箭島市唐湊および川内市入来町を結んだエリア。さらにその周辺となります。つまり鹿箭島県北部全域となります」
犯行エリアは暫時絞り込んでいくしかない。
それが共通した見解だった。
望むらくは、隣県へ拡大しないことを、であったろうか。
今回は結論を出す会議ではない。
今後の捜査に正式に犯罪者プロファイリングを組み込むに当たっての予備会議でしかなく、顔見せが済み、それまでに準備できたプロファイリングの内容が示されればそれで終わる。誰からも意見は出ない。
伊地知は、体制を示せと言ったが、それは後ほど警務課によって組織化されたものが下達される。
ここで決められることではない。
この辺で、と坂村が後を取った。
「お開きにしましょう。犯人はおそらく事前に何らかの形で類似の事件、引き金になる事件を起こしています。それが、殺人までいったかどうかはわかりませんが、可能性はあります。今後も類似事件を起こす可能性は極めて高いと言えます。世間の耳目を集めている希にみる凶悪犯罪なだけに、なんとしても早期解決を図る必要があります。今後も出来れば頻繁に協議を重ねていきたいと考えていますので、どうかご協力をお願いします」
散会直後、渡辺係長が戸田と瀬ノ尾を呼んだ。
「今後の捜査会議の報告には、参考意見だが、プロファイリングデータも織り込まれることになる。そのつもりで協力するように。仕方がないが御指名だ」
それと、と無表情で付け加えた。
「想定できる職業は?」
「通話記録から判断すれば、平日にも融通が利く仕事としか。学生の可能性もあります」
誰かの問いかけに、先に瀬ノ尾が答えた。打ち返すように、ちょいと口を挟むが、と打越が珍しく静かな口調で言った。
「ひとつ思いつく職業があるが、あくまでも思いついただけだ。確証はない」
「なんだ」
「消防士、中でも救急隊員……」
誰もがことばを失った。長い沈黙を破ったのは、下川畑だった。
「実に言い辛いんだが、ライトバンの中から見つかった白い繊維片は、容疑者が使用した手袋のものにまず間違い。ないが、我々が通常使用している白手袋と同じ製品だと考えていい。一般には出回っていない。付け加えて言えば、鑑識課員も該当すると想うが、坂村さんの見解は、どうだ」
あくまでも個人的な見解ですが、と坂村は強く念を押した。
「できれば、今後も担当できるように、私とは別に専任の担当者を置くことが望ましいと考えています。ですから、今回の犯罪者プロファイリングの分析も、私以外の者にやってもらうつもりです」
坂村は小藤を呼んだ。
「でしゃばり絵描きか」
瀬ノ尾は、誰の声かはっきりしなかったが、たぶん伊地知の野郎だ、と感じて舌打ちした。
「似顔絵を描く能力には、情報提供者とのコミュニケーション能力や洞察力、情報を統合し、再構成していく能力が必要です。小藤巡査は学生時代心理学を専攻しており、教職の経験もありますし、人間的にも謙虚で努力家です。個人的には、適任だと考えています。小藤巡査、君の考えを話してみなさい」
はい、と小藤が説明を始めた。
「犯行事例が一件ですし、極めて希有な事例ですので、過去の海外の事例からの類推を含みますが、配布した資料の方に事例の概略を示してあります。まず犯人の行動のパターンとしては、略奪者パターンに性倒錯パターンが混入しています。犯行のテーマとしては、性愛性と非人間性とが混交していると推測されます。文字通り秩序型の極めて洗練された性的快楽殺人だと言えます。
犯人像ですが、性別は男性。年齢二十代から三十代後半。可能性としては四十歳代もあり得ますが低いでしょう。犯人は被害者のなんらかの遺留物を所持している可能性が高く、犯罪歴はありません。遺留物が居宅に存在しても気付かれない環境、一人住まいか、同居人から隔絶された環境にあると思われます。親兄弟とは暮らしている可能性はありますが、夫婦もしくは同棲はしていない。実質的な独身でしょう。
職業ないし生活パターンは、現在のところ不規則。学生・フリーター・無職。あるいは、打越係長が仰ったように、昼夜交代勤務のある消防士などの公務員か、比較的時間の融通が利く自営業・営業職などが考えられます。
身長・容貌については判断はできませんが、下川畑課長の意見が参考になるかと思います」
「そんなものだろう。結局、何もわからない。小娘のプロファイルなど当てにせず、各人これまで通りの地道な捜査を続けてください。それが落ちだな」
「自分に必要でなけりゃ、黙って聞いてりゃいいんだ」
伊地知の冷笑を受けて、ぼそりと愚痴ったつもりの瀬ノ尾の声だろうが、意外に大きく会議室全体にしみ込んでいった。
「今のはお前か」
伊地知が血相を変えて立ち上がった。
「あの、小藤巡査。累犯の可能性は」
いつも通り机に顎を載せてへたり込んでいる岩元が、ぼそりと言った。
普通なら喋ると下顎が下がるものだが、岩元の場合、顎を机の上に載せてるので、額の方が微妙に上下し、頭の重さで口が開ききらぬため、ことばがくぐもっている。
「ぼくは不器用だから一回じゃ洗練なんてできないねえ」
伊地知によって緊迫した空気が一気に緩んだ。
「岩元。まさか、試し斬りなんて言うなよ」
打越が茶化した。
「それよりも、だ。劇場型の犯罪で、目立ちたがり屋にしちゃ、犯行声明がないな。それはどう考える。聞かせてくれ」
「はい。最初に左耳が発見された時、ポリ袋に【人の耳入り。警察に通報すること】と書き込んでありました。その後、頭部、続いて残りの遺体が発見されましたが、犯行声明らしきものはありませんでした。これは、劇場型犯罪であっても、過去のM事件、S事件の犯人とは異なり、今回の犯人は精神的に成熟していると考えられます。すでにマスコミで注目を浴びている以上、手がかりになる犯行声明は出さないでしょう。ただ、右耳が切り取られたこと、被害者の血液で満たしたコンドームが被害者の口腔内、および膣内に挿入していたことに、何らかのメッセージが込められているはずですが、何を意味しているのか、まだわかりません」
それは、と打越が言った。
「承知の上だ。だが、あえて出してくるのが、この手の犯罪者の心理じゃないのか」
小藤が詰まった。すかさず瀬ノ尾が口を挟んだ。
「別に警察やマスコミでなくても……。ネット上でも構わないんだし」
「ならば、お前が明日から探せ」
無表情な渡辺係長の声が染み渡っていく。思わず瀬ノ尾は戸田を見た。戸田は、にやりと笑って顎で小藤を差した。瀬ノ尾が見やった小藤は静かに頷いた。
「犯人像についてはだいたいわかった。犯罪対象について聞かせてくれ」
渡辺係長が促した。
「現時点では、出会い系サイトを利用した若い女性としか。イギリスの切り裂きジャック事件、ヨークシャー事件やイプスウィッチ事件に代表されるような、援助交際などの娼婦対象であるのか、未成年者・女子高生などを特定の対象にしているのかは不明です。
対象エリアは、犯行用車両が確認された鹿箭島市松山町ならびに出水市。被害者を拉致した出水市、遺棄死体が発見された鹿箭島市唐湊および川内市入来町を結んだエリア。さらにその周辺となります。つまり鹿箭島県北部全域となります」
犯行エリアは暫時絞り込んでいくしかない。
それが共通した見解だった。
望むらくは、隣県へ拡大しないことを、であったろうか。
今回は結論を出す会議ではない。
今後の捜査に正式に犯罪者プロファイリングを組み込むに当たっての予備会議でしかなく、顔見せが済み、それまでに準備できたプロファイリングの内容が示されればそれで終わる。誰からも意見は出ない。
伊地知は、体制を示せと言ったが、それは後ほど警務課によって組織化されたものが下達される。
ここで決められることではない。
この辺で、と坂村が後を取った。
「お開きにしましょう。犯人はおそらく事前に何らかの形で類似の事件、引き金になる事件を起こしています。それが、殺人までいったかどうかはわかりませんが、可能性はあります。今後も類似事件を起こす可能性は極めて高いと言えます。世間の耳目を集めている希にみる凶悪犯罪なだけに、なんとしても早期解決を図る必要があります。今後も出来れば頻繁に協議を重ねていきたいと考えていますので、どうかご協力をお願いします」
散会直後、渡辺係長が戸田と瀬ノ尾を呼んだ。
「今後の捜査会議の報告には、参考意見だが、プロファイリングデータも織り込まれることになる。そのつもりで協力するように。仕方がないが御指名だ」
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