埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第四章(その9) 研究会(3) 惑走 戸田章三

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「瀬ノ尾。私情を披露するのは結構だが、場所柄を考えるようにしておけ。相手がさして迷惑してないらしいのがせめてもの救いだが」
「はい?」
 渡辺の真意が掴めず呆然としている瀬ノ尾を姿を見て、戸田と下川畑が吹き出し、小藤が赤くなった。
 渡辺も出ていった会議室には、坂村、下川畑、小藤、瀬ノ尾、戸田、打越、岩元と残っていた。
「ネット上じゃ、女子高生という属性を被っているが、正体は娼婦。犯人は日本の切り裂きジャック。娼婦狩りだと言ってる」
 打越が使い慣れぬことばを無理に織り込みながら続けた。
「ヨークシャー事件やイプスウィッチ事件同様、捕まるまで続くだろう、だとさ。我々にとっちゃ、実に嫌な書き込みだ。気になったのは、イプスウィッチ事件ではドラッグまみれの娼婦が狙われたが、日本じゃ出会い系サイトまみれが狙われるかも、ってなあ、まあ、まんざら外れてもいない」
「コロにしちゃ、よう調べたが。それにパチンコまみれも入れとけ」
 と下川畑が混ぜっ返した。
「ご名答。うちの署で調べるのはこいつ。おいは利用するだけ」
 打越が顎で岩元を差した。
 岩元はさすがに顎を上げて差し入れの弁当を食っている。
 振り向きもしない。
 小藤が岩元に尋ねた。
「ネットでは、出会い系利用の娼婦が狩りの対象だとの意見が多いのですか」
 岩元は、弁当を頬張ったままの首を半分だけ捻った。
 小藤は判断に苦しんでいる。
 打越が吹き出しながら言った。
「そうでもないって意味だ」
 岩元は小さく一度頷いたきりだ。

「制服フェチか、女子高生フェチ。そう言う意見もあった。被害者が着ていた鹿箭島PJ学園の制服はマニア垂涎のものらしい。人気キャラクターの鹿箭島PJ学園の制服版も出たそうだし。ネット上でも制服の入手経路が取り沙汰されていたな。犯人は被害者の遺留物を保存していると言ったが、その通りだろう。次の制服の予測もあったぞ」
「制服と言うより、首置き場としてだろう。たぶん上之園町の県立鹿箭島高か薬師町の鹿箭島商業というところか?」
 戸田がぼそりとつぶやいた。
「その通りだが、見たのか」
「いや、見ていない。ねえ、コロさん。人の考えることは似たようなもんで。右耳が柳田通りにあり、頭部が唐湊の鹿箭島PJ学園校門にあった。残る遺体は人気の制服を着ており、二番人気の制服の学校は、どちらも遺体が置かれた場所の延長上にある。推理としては面白いが、捜査対象としては根拠に欠ける」
「実際首が置かれるまでは捜査の対象にもならん。その通りだが、仕方あるまい。何か起きる前に、我々鑑識が出張れんのと同じだ」
「ですから、早急に犯罪者プロファイリングを捜査に組み込むことが必要なんです」
 坂村が静かに告げ、戸田はゆっくりと頷いた。
  
  五月二十八日、午前六時半。
  また静かに吹き上げ始めた桜島の噴煙を、戸田は鹿箭島PJ学園前の急坂を下りながら眺めていた。
『この桜島やまの灰は、結局降っても降らなくても捜査には何の役にも立ちはしない』
 噴煙が上がった時間は特定できるし、灰が積もった時間も場所も特定できないこともないが、土壌分析のように、どこに降った灰かを特定する事は、不可能に近かった。
  予報では、桜島上空の風は北北東三メートルの風。
 鹿箭島市内に降ることはまずない。
 ただ昨日からの黄砂が、遠方の視界を霞ませ、積もった埃となって巻き上がる。
 似たようなもの、と言ってもいいのかもしれない。
『鬱陶しいのには変わりない』
 と戸田は思う。

 夕べ遅く下川畑課長から連絡が入った。
「戸田、遺体は、三十一日に引き渡し予定だそうだ」と。
  電話先の下川畑課長のことばに、戸田は静かに頷いた。
  五月二十日に発見された津田純子の遺体は、詳細な司法解剖と入念な修復作業を経て、明日の五月二十九日になって、やっと両親に対して引き渡しの連絡が為されることになると。
『俺が連絡すべきことではない』
 戸田はそう呟いてみる。だが、と逡巡する。
【ですから、誰よりも先に章ちゃんから聞きたかったんです】
 新稲涼子は、りんはきっとそう言うだろう。俺より年下のくせに、いつも姉貴面をし母親顔をしていた。
「公務員の守秘義務違反だから」などと言っても通用しないだろう。
 戸田は長いため息を付いた。
  午前七時半。コンビニでバイクを受け取り、鹿箭島高南門前を押して通り過ぎる。異常は見受けられない。鹿箭島高の正門と西門前の真向かいにはコンビニがある。二十四時間監視されているのと同じだった。鹿箭島商業の場合は、さらに隣接する公園に朝四時半には老人たちが集まってくる。しかも、その公園の一画に交番があり、交番からは西署が垣間見えている。問題が起きるとすれば、鹿箭島高南門前しかなかった。
『だが、ここで異常を見つける時は、すでに人一人救えなかった後の話だ』
 戸田の胸の内に苦い物があふれた。

 戸田は、その足でF大付属高校へと向かった。
 鹿箭島高からは四百メートルも離れていない。
 すでに数人の教職員が待機していた。
 戸田は、日高秀子の登校が確認できたら即座に連絡を入れてくれと頼み込んだ。
 出来得れば、ここで彼女の登校を待ちたいところだが、そうもいかない。
 すでに二週間近く彼女は登校しておらず、自宅にも帰っていない。連絡は昨日もあったとの家族のことばを信じるならば、それだけが頼りだった。
 幸いにして、日高秀子の携帯電話は生きていたが、三度掛けた戸田からの呼び出しには応じない。それで、二度ほど留守電を入れておいたが返事はない。
――着信拒否になっていないだけましだ。
 そう思うより仕方がない状態だった。

 午前九時からの西署での捜査会議では、目立った進展はなかった。
 それぞれの捜査員が目前の可能性をひとつずつ潰している。そんな時期なのだろう。
 戸田にしても、日高秀子とは連絡が取れず、ネット上の書き込みもさしたる物を見つけられないでいる。
 事件発生からやがて一月、捜査員全体に徐々に焦りと疲労の色が目立ち始めている。

 県警本部に戻った戸田は、津田夫妻に連絡を入れた。
 正式な連絡は追ってあると思いますが、小耳に挟んだものですからとりあえず連絡だけ、と。
 夫妻の、わかりました、ありがとうございました、
 と言う声が、戸田にはどこか遠くで鳴る朽ちかけた大木の松籟《しょうらい》のように聞こえた。
 戸田は、しばらくの間受話器から手を離すことが出来なかった。
 そして、瀬ノ尾、来い、と戸田が叫んだ。
 おい、と渡辺係長が呼び止めた。
「戸田、どこへ行くんだ」
「娼婦狩り」
 戸田は短く答え、振り向きもせずに刑事部屋を出た。
「娼婦狩りって」
 尋ねた瀬ノ尾に指示した行き先は、甲突町のソープ街だった。戸田は街端の一軒に無造作に入っていく。県警の戸田だと確認した店員に緊張の色が走り、隣接するソープ店に警戒のざわめきが走った。
「手入れだと聞いてないぞ。第一、生安じゃない。捜査課の戸田さんじゃないか」
 戸田は、フロントで警察手帳を提示した。
「少し協力を頼みたいんだが、話せる部屋はないかい。なんなら手すきの女の子の部屋でもいいんだが。むろん、フロントの従業員も一緒だ」
 そこまで言って、戸田はにやりと笑った。
「この前のバラバラ事件の時にも聞き込みに来たろ。そっちの用件だ」
 戸田は、客で変わった性癖のある者、変わった行為を要求する者がいればそれとなく知らせてくれと言った。過去の客も思い出せる限り、と。
「近いうちにアンケート用紙みたいにして、女の子にも書きやすくして持ってくるよ。頼む。ほんとに困っているんだ」
 戸田は、深々と頭を下げた。
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