埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第五章(その6) 加熱

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 六月六日早朝の段階で、南九州市頴娃町上別府の山林に放置されていた遺体は、精査は必要だが、遺体頸部の切断面、切断部位の状況、死亡推定時刻等から、日高秀子とはまず別人のものだと報告されていた。
 被害者が着用していた制服は、指宿市のI女子高校のもので下着類は着用しており、津田純子、日高秀子の両名に見られた膣内への異物混入は確認できていない。さらに、胃の内容物に大量のアルコールや未消化のピーナッツ、鯣等が確認されており、死亡直前に飲酒していたことが推測された。
『先の連続殺人とは、どこか違うような気がするが……』
 というのが、捜査会議で報告を受けた大半の捜査員の印象だったろう。
 だが、当然のように同一犯の可能性も視野に入れての捜査が指示され、
「これで、鹿箭島県の半分にまで捜査範囲が広がったわけか」
 ため息と愚痴の入り交じった声が会議室に漏れていった。
 現場付近は、数キロに渡って茶畑と杉山以外人家もない山中の一本道である。夜間の人通りは絶え、目撃者がいる可能性は皆無に等しかった。
 捜査会議が終了した午前九時の時点では、報道各社には発見された遺体が別人物であるとの発表はなされていなかったが、会議終了後の記者会見を受けて、正午までには【第三の被害者?】なる情報が各メディアに溢れかえることになるに違いなかった。

 同時刻。
 遺体の発見された山林一帯、鹿箭島市から指宿スカイラインを南へ三十キロほど下った終点の頴娃えいインターから、四、五キロ南下した県道脇の山林一帯では、指宿警察署を中心として、周辺の知覧警察署、南さつま警察署、さらに県警などの応援を受けて百五十人体制での捜査が行われていた。
 その間、頴娃えいインターから遺体発見現場に続く一本道は数キロに渡って事実上閉鎖されることになる。付近住民への支障はないが、その一方で、現場への立ち入りを禁じられた報道陣の空からの取材が熾烈を極めた。
 わずか二ヶ月ほどの間で、解決済みの事件を含めて四名もの通常ではない犠牲者が出ている。世間的に注目され、取材が加熱するのはやむを得なかったかもしれない。
 だが、数台の取材ヘリによる執拗な超低空飛行、ニアミス、徒歩での山中からの封鎖域の強行突破、それにともなう小競り合い……。
 やむなく、鹿箭島県警木綿本部長は、午後二時に再び記者会見を開き、節度ある取材姿勢と場合による取材規制の要請をせざるを得なかった。
 
 同日、午後一時半。
 戸田は、木塚悟が指定した吉野町のウッドチップ・リサイクルセンターの集積場前の路上にいた。周囲を鉄条網の柵で囲い、入り口には重い鉄の門がしつらえられ、南京錠で施錠してある。ここでは、木材として利用できない枝葉や根、竹や建築廃材を破砕してチップ化し、堆肥などの土壌改良材や特定工法の資材としてリサイクルしていた。
 ほどなく、木塚がセンターの管理人を伴ってやってきた。
 五十過ぎの小柄でまるまるとした管理人は、汗を拭きながら「永幸産業の上野です」と名乗り、そそくさと鍵を開け、門を開けた。
「車の件では絞られたのではありませんか」
 戸田が笑いながら尋ねると、上野は苦笑した。
「ええ。以前は朝開けて、夜閉めてでよかったのですが、あれ以降用事の度に開け閉めしなきゃならなくて……。仕事が増えました」
 そりゃ大変ですね、と戸田がからかうような、どこかとがめ立てるような笑みを漏らすと、
「あ……。ですな。めんどくさくても安全第一でいかないと、事故を起こしてからじゃあ、取り返しが尽きませんしね」
 上野は、あわてて付け加えた。その間、瀬ノ尾は木塚の全てを見透そうとするよう凝視していた。
 路上の車を構内に入れてプレハブ作りの事務所の前に止める。事務所の屋根越しに整然と堆《うずたか》く積み上げられた幾つもの木くず(ウッドチップ)の山が見え、手前には無造作に幾つもの積み上げられた枝や根株、伐木が目に付いた。
「十メートルの高さはありそうだな」
 戸田は木くずの山を見上げながら近づくと木くずを右掌で掬った。ウッドチップは五ミリから三十ミリほどの大きさに均等に粉砕されている。戸田は、選別するように掬った木くずを左手に落とした。戸田の知っているウッドチップは、刃物で均等な大きさに削られた印象があるが、このチップは文字通りハンマーで削り潰されていて、ささくれ立っている。戸田は、ブルーベリーの畑などで、果樹の周囲に三十ミリから五十ミリの大きさのウッドチップを敷き詰めて、除草と土壌改良に使うケースを思い出していた。
「チップよりは小さく、おが屑よりは大きい……。微妙な大きさだな」・
 呟いた戸田に、木塚が笑った。
「何と言っても再生品ですから……。それより裏手にタブグラインダー、えっと粉砕器が置いてますから、見てみませんか」
 根株や枝の山の陰を回ると、大型のパワーショベルと自走式の大型木材破砕機タブグラインダーが置いてあった。パワーショベルには、グラップル、くちばしのような木材を掴むタイプのアタッチメントが取り付けてある。自走式木材破砕機は、幅三メートルほど、長さ十メートルほどの機体がキャタピラで動くようになっていて、むき出しの操縦席の前には、直径三メートルほどのタブと呼ばれる巨大なお椀状のホッパーが座っているが、地面からでは高くて中はのぞけない。タブの下には長いベルトコンベヤーが設置してあって、木くずの山まで続いている。
 木塚が上野に声をかけると、上野が戸田に登るようにと勧めた。
 高さ一メートルほどのキャタピラをよじ登り、さらにその上の操縦席に立つとタブの中が見えた。深さ一メートルほどのタブの底には、直径に沿って三十センチほどの幅の切れ込みがあり、粉砕用の回転爪(ハンマーチップ)と受け刃がついていた。その爪で投入された木材を削っていくのだが、受け刃と回転爪の隙間に細かな穴の空いたスクリーンが据えてあり、特定の大きさ以下のものが盥の下に落るようになっている。篩われて落ちた木片は、ベルトコンベヤーによって所定の位置まで運ばれる手順になっているらしかった。
「人間が落ちたらひとたまりもないな」
「ええ。たちまち骨ごとミンチになって、バークの中に埋もれて消えてしまいますよ」
 上野がこともなげに言った。
「あとで、鍵を持って事務所に寄りますから」
 木塚が再び声をかけ、頷いた上野は、お先にと言って集積場を出ていった。
 ここで、と木塚が歩きながら話し始めた。
「屋外堆肥というのですが、二年ほど野積み、積み置きをして堆肥化を進めます。その際に、ある程度ですが発酵補助剤を混入したり、切り返しをして発酵を促します。先ほど、戸田さんが手に取ったのは、つい最近粉砕したものでしょう。ぼくが見に来たのは、一年ほど野積みをしたものです」
 木塚が白い手袋の上に掬ったバークを載せた。先ほどのものよりも、朽ちてかなり小さくなっており、木臭に加えてやや発酵臭、わずかに甘酸っぱい匂いが混じっている。明らかに、木が良好に腐っているという印象があった。 
「これをうちの工場に持ち込んで、さらに発酵を進めると泥のようにと言うか砂状になって、匂いも消えます。それでコンポスト、植物系の堆肥のできあがりです」 
 木塚は自分を凝視している瀬ノ尾に目をやった。
『そんなことを聞きたいんじゃない』
 と言いたげな瀬ノ尾の視線を外した木塚が困ったように笑った。
「動物質の堆肥の場合、ベースのほとんどが糞尿です。鶏糞に発酵剤を混ぜる。あるいは、豚糞や牛糞に切り藁、おが屑を混ぜたものを発酵させて、堆肥化します。植物質にアンモニア系の窒素分を吸収させることで、空気中への飛散を防ぐ意味もありますし、植物系単体よりも発酵熟成が早くなるのが特徴ですが、発酵の過程での悪臭が問題になります。それぞれの特徴を使って、いかに効率的に安定して堆肥化するかがいつも悩みの種なんですが……」
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