埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第五章(その7)進捗6(木片と火山灰)

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「糞だけじゃなくて、肉でもできるんだろ」
 瀬ノ尾の突然のことばに、なんのことかわかりかねる、と言った表情で木塚が首を傾げた。瀬ノ尾が繰り返した。
「肉片も堆肥化できるか、と聞いている」
「ええ。腐敗しやすいので難しいですし、できないこともありませんが、煮詰めて濃縮したり、乾燥させたり、発酵させたりして、化成肥料との混合肥料にする方が効率的ですよ。窒素や燐の含有量の高い素材を危険性を犯して、わざわざ含有量を減らす理由がありません。魚粕なんかは典型的でしょう。家畜だとBSEが問題になった後、今では焼却処分にしてますが、屠畜時に出る血液や食用にならない部位なんかは、以前は乾血かんけつ、乾いた血と書くんですが、と言って良質の肥料として使ってましたし」
 瀬ノ尾は、木塚の話を遮った。
「聞きたいのは肥料の話じゃない。死体の分解を早めるために、分解促進剤が使い物になるかどうかだ」
 木塚は、大げさに呆れたという表情を浮かべて瀬ノ尾を見、戸田を見た。
「そうですね。ぼくの知っている限りでは、人間を丸ごと分解できる分解剤なんてありません。発酵による分解は濃硫酸などで溶かすのと違って、バクテリアが食べることなので、例えば、牛一頭をこびとが食べるイメージに近いです。食べやすいところから時間をかけて食べていく。だから、骨とか、皮とかは食べきれずに残ります。まだ虫に喰わせる方が効率はいいと思いますよ。だいたい死体を効率よく分解するつもりなら、さっきの上野さんじゃないですが、このタブグラインダーの中に放り込めば、肉も血も骨も粉砕片の山の中に吸い込まれて消えて無くなりますよ」
 瀬ノ尾は黙りこくっている。
 あ、そうか、とわずかな沈黙の後で木塚が呟いた。
「それで、西署の刑事さんが水質調整剤のことを聞きに来たんですね。と言うことは、この前発見された津田純子さんの遺体から水質調整剤が使用されたか、成分が検出されたんですか?」
『勘のいい男だ』
 と思いながら戸田は、いや、と言った。戸田の掌の上の粉砕片は、さきほどからずっと、ゆっくりと右手から左手へ、左手から右手へと移動し続けている。
「それらしいものは特定されていないし、検出もされていない。ただ、放線菌やバクテリアの数や種類が遺体の傍とその周辺ではかなり違っていただけだよ」
 戸田さん、と瀬ノ尾が声を荒げた。そうですか、と木塚は続けた。
「遺体に付着していたか、なんらかの形で人為的に持ち込まれたと考えるのがすんなり来そうですね。なるほど、瀬ノ尾さんに疑われるわけだ。アリバイもありませんし」
 そう言って、木塚は楽しそうに笑った。思わず舌打ちした瀬ノ尾に、
「瀬ノ尾。昨日五日は結構灰が降ってたよな」
 戸田が声をかけた。
「は?」 
荒田きしょうだい鴨池新町けんちょう山下町しやくしょの観測地点では降灰が確認されている。しかし、吉野では未確認だった。ということは、今俺の手についているわずかな灰は三日に降ったものの残りということだろう。こうした粉砕片の中だと、火山灰も残りやすいものとみえる」 
 戸田は、掌に載っていたすべての木細片を瀬ノ尾の手の上にこぼした。戸田の掌にはわずかだが、木の粉と砂、おそらく火山灰が付着している。戸田は二、三度掌を打ち合わせて灰を払い落とすと、木細片の山の斜面を平たく削り始めた。
「木塚さん。吉野、吉田、宮之浦の周辺で、ここと同じような場所は知りませんか」
 尋ねている間も手は休めない。直ぐに人ひとりが横たわれるだけの平坦な場所が出来た。
「瀬ノ尾。この上に横になってみろ」
 瀬ノ尾は渋々言われたとおりにした。だが木細片の簡易ベッドの全長は瀬ノ尾の身長には足りない。瀬ノ尾の首は窮屈な角度で斜面なりに折れ曲がり、非難がましい眼を戸田に向けた。戸田は、素知らぬ顔でゆっくりと瀬ノ尾の身体を押さえつける。
「な……」
「動くな。そのままじっとしてろ。ああ、眼は瞑るな」
 戸田は、観念して動かなくなった瀬ノ尾の頭の近くを叩いた。土埃が舞い、瀬ノ尾が顔をしかめて目を閉じた。
「ちょっと戸田さん。目にゴミが入ったじゃないですか」
「入ったか。なら、もういいぞ」
 あの、とそれまで答えそびれていた木塚が口を開いた。
「ここと同じような場所の意味がよくわからないのですが、同じ木材の、リサイクルチップの集積場なら吉田町のPゴルフ場近くにあります。コンクリートなんかの建設廃材も含めると、北部清掃工場周辺に数カ所ありますけど、小野町ですね。場所を選ばなければ、南部清掃工場付近にも数カ所ありますし、旧松元町にも……」
「わかりました。この周辺には吉田町にもう一カ所ある。そういうことですね」
 木塚の言葉を遮った戸田は、いつの間にか手袋を着用して木細片をポリ袋に採取していた。瀬ノ尾は右眼をしきりに瞬きながら、右手の指先をつまんで悪態をついている。
「棘でも刺さったか」
 戸田がからかうと、瀬ノ尾は即答した。
「ええ。ええ。指に棘、眼にはゴミ、耳には胼胝が腐るほど刺さってますよ」 
「救急箱積んでますから、目薬もとげ抜きもあります。取ってきましょう」
 木塚が車に向かって走り出した。
 
 悪態をつきながら目薬を差し、棘を抜いている瀬ノ尾の傍らで、そういえば、と木塚が切り出した。
「また、女子高生の切断死体が出たそうですね。似たような手口らしいですが、やはり同一犯なんでしょうか?」
 さあ、と戸田はことばを濁した。
「同じ犯人かもしれないし、違うかもしれない。共通しているのは、死体を切断して遺棄したが積極的に隠さなかった……という点だけでしょう」
 木塚は戸田を凝視していたが、
「どうやら、戸田さんは違う犯人だとお考えのようですね」と静かに微笑んだ。「二つの事件の間になにか、決定的に違う要素があるのですね。たぶん、報道されていないことで……」
「どうでしょう」戸田はあからさまにはぐらかした。「推理するのは、自由でしょうから」
 ええ、と木塚は頷いた。
「犯人が死体を隠さないのは、見つからない自信があるか、見つけて欲しいからなのだ。そう聞いたことがあって、最近の二人の被害者、津田さんでしたか、と日高さんを殺害した犯人が同一人物で、今回の犯人とは別だとすると、素人考えですが、二人を殺害した犯人に大きな動きがありそうな気がします。日高さんの遺体が目立つところに出てくるとか、次の被害者が出てくるとか……。あ、いえ。不謹慎なのは解っているのですが、どうにも気になってしまって……」
 仮に、と右眼をしばたたかせながら瀬ノ尾が口を挟んだ。
「出てくるとしたら、木塚さんならどの辺を予想しますか」
 瀬ノ尾の酷く丁寧な口調に、木塚は瞬時唖然としたが、直ぐに答えた。
「残りの遺体や新しい被害者とは限らないかもしれませんが、出てくるとすれば、この辺かもしれませんね。ええ。ここ吉野か、宮之浦か、吉田か……」
「理由は?」と瀬ノ尾が追いかけた。
「被害者の自宅と遺体の置かれた学校のほぼ延長線上……。考えすぎですね」
 それは、と戸田と瀬ノ尾が顔を見合わせた。
「ぼくは、愉快犯みたいな気がしていて、今回の事件は自分のものではない。そう主張したくて、すぐに何らかの行動を起こす気がしてひどく不安なんです。報道されなかった何かを突きつけるようなこととか……」
「例えば?」
「わかりません。ですが、ウェブサイトでも話題になっているのですが、津田さんの時は耳が切り取られていました。そこには何かの重要なメッセージがあったはずですが、日高さんの場合はない。まだ発見されていないだけかもしれませんが、きっと何かのメッセージがあったはずで、もしかすると警察が意図的に公表していないのかもしれない、と」
 それは、と戸田が木塚にさりげなく視線を向けながら言った。
「面白い見解ですね。確かに津田純子さんの場合は、切断された右耳も放置されていました。日高秀子さんの未発見の左耳も、仮に犯人が所有していたら、目立つように放置するはずだと。そういうことですか」
 たぶん、と答えた木塚の表情に目立った変化はない。と戸田は捉えている。
「でも、上別府の犯人が模倣犯だとして、連続犯と同じようにどちらかの耳を切り取って放置するようなことをしていたとすれば、即刻、それ以上の思い切った行動に出そうな気がします。この犯行は俺じゃない、俺が真犯人だから、警察がひた隠しにしてたことも知ってるって」
「だから止めて欲しいと?」
 瀬ノ尾のことばに、木塚は大きく頷いた。
「ええ、難しいことかもしれませんが……。ぜひお願いします」
「やれるだけのことは、やってみましょう。木塚さんも協力をお願いしますよ」
 戸田は軽く頭を下げた。よろこんで、と木塚は深々と頭を下げて寂しげに微笑んだ。
「今度死体が発見された場所、小字こあざを木塚って言うんです。出身地なので、あまりいい気もしませんから。ああ、この辺だ……」
 そう言いながら木塚は、傍らのウッドチップの山に、いつの間にか手にしていた木の枝を無造作に突き立てた。
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