埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第五章(その10) 瞳の中の灰の行方(2)

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 六月七日、午前十一時半。   
 昼飯をぶら下げた戸田が県警に戻ると、興奮しきった瀬ノ尾が待ちかまえていた。
「戸田さん。出ましたよ。日高秀子の眼球から火山灰のほかに木粉もくふんが……。吉野のリサイクルセンターのサンプルとほぼ同じものだそうです」
「そうか。津田純子の方はどうだ? 白バンからは? 出なかったのか」
 一瞬、瀬ノ尾が口ごもった。
「遺体に付着した微物と周辺から採取した土壌を再確認しています。周辺の植生にない木質が出ればいいんですが……。ライトバンも同じです」
 戸田は、渡辺係長の様子を窺った。係長は戸田を凝視していた。
「係長。リサイクルセンターの出入り関係者の事情聴取は?」
「松元署の方で引き続きやってもらっている。それがどうかしたか」
「場合によっては、センターに鑑識を入れて欲しいので……」
 渡辺は鼻で笑った。
「そこで、日高秀子の遺体が切断された可能性があるのは把握している。だが、二万平米にまんへいべいもの敷地の中の数万立米すうまんりゅうべのチップのどの山のどの部分から、手のひら一握りにも満たない血液反応を探させるんだ? 東京ドームのどこかにまき散らしたバケツ一杯の水を探し出すようなものだ。時間も経費もかけた挙げ句に見つかりませんでした。それじゃあ、お粗末すぎて話にもならん。お前が経費を出すか、ピンポイントで場所を確定できたら、考えてもいい。言っておくが、警察犬いぬはだめだ。油脂やなんかの揮発臭が強すぎて使い物にならんそうだ」
 黙した戸田を見て、渡辺は冷笑した。
「犬より鼻が利く自信があるなら。戸田、お前が探してきてもかまわん。見つけられたら、要請してやってもいい」 
 それよりも、とことばを継いだ渡辺係長の口調が厳しくなった。

「今朝の、風俗嬢の暴行事件の件だが、どういうことだ? 通報があった以上、状況確認には行かねばならないが、行けば結果の分かる案件だ。ああいう大騒ぎを起こす必要はなかっただろう。どう説明するつもりだ」
 戸田は一瞬迷った。
 弁明せずにただ謝って済ませようと思ったのだ。だが、止めた。
「勘です。どうしても加害者に関する目撃証言と遺留品が手に入れたかったんです」
「言い訳にもならんな。現場で被害者に事情聴取をして、遺留品は掃除機でも借りて吸い込んでくればすむことだ」
 ですが、と言いかけて戸田は反論するのを止めた。確かにその通りなのだ。
「それとも何か。どこかの若造じゃあるまいし、似顔絵描きの婦警会いたさに大事を企んだわけでもあるまい」
 揶揄する渡辺に、ははは、と戸田は力なく笑った。
 渡辺は一切構わない。
「戸田……。それとも、その他に言い分があれば聞こう」
 それだ、と戸田は思った。
 朝倉の電話を受けたとき、手詰まりを打開できる何かが転がっている気がしたのだ。
 戸田は、頷いた。
「今は、本当に今は何もわからないのですが、多分何かあるのだと感じています」
「わかった、ことにしよう。しっかり、じゃないな。迷惑をかけん範囲でやってくれ」
 わかりました、と戸田は言った。
「早速ですが、リサイクルセンターの門扉の鍵。南京錠でしたが、スペアキーを作った者がいるかどうかは、捜査の対象になってますか」
 聞いてないが、と渡辺係長。
「調べてなきゃ、お前がやれ。灰係は終わったんだろ」
 戸田は大袈裟に肩をすくめた。

『ん?』
 戸田が持ち込んだホテルDの加害者の似顔絵を見ていた瀬ノ尾が首を傾げている。
「戸田さん。これって?」
 言いながら、机の引き出しからやっとのことで見つけだした白消しでサングラスを消していく。半分ほど消したところで、
「サングラスなしの想像図ならこっちにある」
 戸田が懐から取り出した似顔絵の一枚を無造作に突き出した。瀬ノ尾が思わず愚痴った。
「人が悪い……」
 戸田は構わない。昼飯に食らいつきながら今朝の捜査会議の資料を眺めている。
 所々に思いの外美しい筆跡で瀬ノ尾の但し書きが張り付いている。
「結局、消防署員、警察職員には該当なし、か」
「それもですが、戸田さん。福岡の牧場から流れたミートソウの件ですが……」
「今読んでる」
 平成十七年の五月に福岡の牧場から諸資産を買い取った上城儀良かみぐすく・ぎりょうという個人ブローカーは、鹿箭島市新栄町の有島殖産にそのまま転売。乗用車三台分一括で三百五十万円。但し、車両運搬車使用料、売掛金計二百万円と相殺、として処理してあった。
 商品明細については、精査の上後日解答することになっていた。
 瀬ノ尾の筆跡が有島殖産に○印が付けられ、大泊敬吾と但し書きがあった。
 なるほど、と戸田は頷いた。
「受け取り商品明細の中にミートソウに類するものが確認できれば、進展が早かったんだが、覚えている者はいなかったのか」
「担当したのが当時の営業部長で、平成十八年に定年退職しています。ずいぶん雑なやり取りだったらしくて、現在本人に確認中らしいです」
「で、精査の上、というわけか」
「ええ。それから、これ」
 と瀬ノ尾が、サングラスを白消しした上に、これはひどく下手な目が描いてある似顔絵を見せた。
「大泊に似てませんか」
 戸田は笑い出した。
「お前が変なものを描かなきゃ、もっとそっくりだったろうよ」
 瀬ノ尾が口をとがらした。
「戸田さんだって、少しは似てると思ったんでしょうが」
「昨夜、沢渡祥子から簡単に事情を聞いたとき、最初に思い浮かんだのは確かだ。だが、すぐに犯人に繋がると言うものでもない」
「繋げていくのが、刑事の仕事でしょう」 
「そりゃそうさ。ただ、世間には犯人でない人の方が多い。だから、無理に犯人に繋げていくより、むしろ犯人から消していく方が、刑事の自然で普通の仕事なんだ」
 戸田は、自分に言い聞かせるように呟いた。そして、あちこちかき回しながら何かの資料を探していたが、
「瀬ノ尾。これを見てみろ。ホテルの防犯ビデオに映っていた日高奈津子さんの画像の写しだ。サングラスをかけたサラリーマン風の男が写っているが、こいつは大泊かもしれないし、違うかもしれない。今は誰ともしれないが、犯人かもしれない。だが、そう易々と物事は繋がるものじゃない」
 瀬ノ尾は憮然としている。
「進展がなければ、いずれこの画像も公開されるんでしょうね」
「そうだ。彼女ら姉妹のしていたことも、おれのしたことも……」
 最悪の場合は、と渡辺係長が口を挟んできた。
「マスコミは、戸田が、いては鹿箭島県警が本来保護すべき少女を、司法取引さながらの手段でおとり捜査に使って見殺しにした……。そう騒ぎ立てるだろう。ふん。メディアの見出しと辞令の見出しと給与明細が目に浮かぶよ、戸田」
 戸田は、渡辺係長の辛辣な口調に冷笑でもって答えた。
「心配しなくても、係長は馘首にはなりませんて」
 馬鹿が、と渡辺係長が小さく呟く。
「わたしは、戸田が降格したおかげで空いた席に滑り込んだと言われ続けた。向こう三年は座れないはずの席に、戸田のおかげで戸田の席に座ってるとね。だからこそ、お前の巻き添えになるのはごめんだ。わかってるな。また同じ思いをするのは、たまらんからな」
 戸田は肩をすくめた。
「お好きにどうぞ。こっちが好き勝手にさせてもらえれば、係長が巻き添えも食わんですむというもんでしょう」
「そういうことだ」
 渡辺係長が吐き捨てるように言った。
 戸田は構わず、食い残しの昼飯を食い、悠然と茶をすすった。
 傍らの瀬ノ尾は、【甲突川死体切断事件】以降の木塚と大泊に関する捜査報告書のコピーを机の上に積み上げ始めていた。
「戸田さんが勝手にしていいのなら、自分も同じだと受け止めてよろしいでしょうか、係長」
「そうだ。今のところは、そうだ」
 さらに苦々しい返事が返ってきた。
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