埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第六章(その2) 巡査部長瀬ノ尾政一(4) 協力者朝倉

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「まあ、そんなもんです」
「なるほど。考えることは誰も一緒だな……」
「もっとも客のほとんどの顔は把握してますしね」
「なら、今朝の似顔絵の男が、携帯電話を借りた人間の中にいたかは?」
「いたら、女の子なんか連れて行かないで、戸田さんに直接言ってますよ。こっちも商売ですしね、物騒な客はお断りしたいんで」
「だろうな。で、携帯を借りているのは男だけですか。女は?」
「いや、女性客にはいません。うちは男だけですね。又貸しされているとわかりませんが」
 やれやれ、戸田は大げさにため息をつく。
「他にレンタルをしているような場所の心当たりは?」
「さあ。他店の内情の細かいところはわかりませんし……。ただ、人の考えることは似たようなものですから」
「そうか、じゃあ訊かせてくれます? その情報交換というのは? どんな風にやるんです?」
 朝倉は苦笑した。
「どんな風にと言われましても、客同士で口頭としか。それとカウンターの上にノートがあるでしょう。そこに、客が勝手にあれこれ書いていくんです。掲示板と言うか伝言板というか。一時はネット上に掲示板を置いて情報交換してたみたいですが、いろいろうるさくて最後には止めたみたいです」
 戸田はノートを手に取った。
 が、直ぐにため息が漏れた。
 ノートには、ウェブアドレスが乱雑に並んでいるばかりだった。
 朝倉は笑っている。
「そういう時代ですよ、戸田さん。ノートに書き込みがあると直ぐに店のホームページに載せるんですが、ほとんどのページが一週間ほどでリンク切れになります。プロバイダー側で削除したり、ページそのものが消えたり……。移り変わりは早いですが、お客さんみんな、呆れるくらいによく知ってますよ。緩やかなようで、確実でおそろしく速やかな横の繋がりがある。そんな感じがしますね」
「どんな内容なんです?」
「内容は確認しません。面倒なので関わり合いたくない……。それが正直なところですから。ホームページに掲載する際も、ノートの画像をそのままアップするだけにしてますし」
「それが長生きするコツですか」
 朝倉は弾けるように笑った。
「そういうことになります」
「ねえ、朝倉さん。ウェブ以外で何か、もちろん小耳に挟んだ噂で良いんですが、何かありませんか」
 朝倉は眉をひそめ目を瞑っている。戸田はことばを継いだ。
「例えば、確実に若い女《こ》と出会えるウェブとか。強いて言えばJKと遊べるサイトとか。なに、都市伝説レベルの噂でいいんです。常連に耳打ちする程度のね」
 朝倉はため息をついた。
「あくまでも噂の範囲でならいくつか聞いたことがありますが、それでいいですか」
「ええ、充分です」
「最近噂になっていたのは、泉町の漫画喫茶ミランジュの駐車場……」
「駐車場?」
「ええ。駐車場です」
 駐車場? と戸田は繰り返した。
「中央公園のナンパ・ロータリーのような感じですか」
 いえ、と朝倉は大きく首を振った。
「青空を流しながら拾っていくんじゃありませんよ。じゃなくて立体駐車場になってますが、出入り口に誰かがホワイトボードを掛けたらしくて……。それが伝言板代わりに使われているんです。駐車スペースの番号や車のナンバーを使って、連絡する仕組みらしいです。例えば、一F三四(一五)とか、B○五(二○)とか書いておいて、あとは交渉次第だとか」
「1Fが階、34が駐車スペース番号、(一五)が希望額ってことか……。それだと、ずいぶん雑でトラブルも多そうだし、直ぐに話題になるでしょう」
「だから、都市伝説レベルの噂の範囲の話ですよ」 
 なるほど、と戸田も笑った。
「別なところにある真実は、自分で探せということですか」
 朝倉は薄く笑って答えなかった。
「ならもうひとつ。ノートのコピーももらえるかな」
「データコピーの方でいいですか、戸田さん」
 
 六月七日午後四時半過ぎ。
 戸田がようやく中央署に着いたとき、瀬ノ尾はまだ報告書と格闘していた。
「何か見つかったか?」
 戸田が問いかけたが、瀬ノ尾は答えず振り向きもしなかった。
 戸田は、机の上に広げられた未整理の写真を手に取った。
 美津濃美穂殺害事件の犯人稲村直彦が供述した、切断に使用するために持ち出したエンジンカッターが置いてあった○○建設の倉庫の写真だった。倉庫には幾つもの建設機械や工具、道具類が雑然と並んでいる。背景の工具のひとつに津田・日高事件で使用されたミートソウが並んでいたとしても見分けることは困難だった。
――原画データを拡大して探してみるしかないが……。
 戸田はため息をついた。
――根拠に乏しすぎるか。
 と戸田は考えていた。
 上手い表現が見あたらないが、一言で言うと違和感がない。
 例えば、写真に建設機械倉庫には不似合いな壺か何かが写り込んでいたとする。
 それが眼に突き刺さるよう違和感となり、やがてひりひりした疑惑と捜査意欲に変わっていくものだが、この写真には残念ながらそれがない。
 その違和感さえあれば、と戸田は考える。
 例え砂丘に落ちた、ただ一粒の砂ですら見分けられるものなのだが、と。
「何もなさそうだな、瀬ノ尾」
 戸田は静かに呟いた。集中しきっている瀬ノ尾の答えはない。瀬ノ尾の傍らには、津田事件で使用された白のライトバンの数枚の写真だけが丁寧により分けられて置いてあった。戸田は手に取った。
『これが瀬ノ尾の感じた違和感か。どこから来て、何につながるものだか……』
 想いながらも、戸田はそのことばは口にしなかった。代わりに、
「瀬ノ尾。さっさと片づけて、吉野へ行く準備をしろ」
 とだけ言った。瀬ノ尾はしぶしぶ立ち上がって片づけ始めた。

『もう午後五時を回っている』
 と瀬ノ尾は思った。
『これから国道十号線を抜けて吉野町のウッドチップセンターに出向いても、施設の中には誰もいない。周辺の聞き込みをするしかないが、戸田の報告を受けて中央署から人員が割かれ既に捜査に当たっている。打越さんの【自分らの捜査に他人を巻き込んで、いい迷惑をかけるんじゃないぞ】と言うことばは、揶揄で忠告で皮肉なんだろう。事件の解決は望ましいことだが、資料室から俺が何かを引っ張り出し、そのせいで振り回されるのはごめんだと思うのが当然だ。俺が戸田さんの思いつきに振り回されるのが嫌なように……』
「なあ、瀬ノ尾」
 戸田は人ごとのように助手席で呟いている。
「○○建設の倉庫の写真の中にミートソウが写り込んでいて、今はない。と言うようなことでもあれば、あれこれ一気に片づくと思ったんだが、そううまくいくはずもないか」
 始まりだした国道十号線の渋滞に巻き込まれ、車はなかなか進まない。瀬ノ尾は所在なさにドアの外を見た。道路脇の中古車センターの駐車場に無数の車が並んでいるのが見えた。高額な値札の付いた車はきれいに磨き上げられて店内に陳列されていたが、安価な車までは手が回らないのだろう。屋外に無造作に置かれたまま。先頃の降灰が雨に流されて出来たしみで薄汚れていた。
『売りもんなんだから、もう少し手を入れるべきじゃないか』
 瀬ノ尾が呟いた。だな、と戸田が相づちを打った。
「汚れたままじゃ人様は乗せられん。この車もお前が掃除して、やっと人並みになったというもんだ」
 あ、と瀬ノ尾が叫んだ。
「戸田さん。それアリです。洗車場だ。一端、この先の洗車場にこの車放り込みます」
 瀬ノ尾はコイン洗車場に車を止めた。
「戸田さん。あの白バンはそれなりにきれいでしたよね。廃車になっていたとは思えないぐらい……。戸田さん。【五八】は白バンをきっとどこかで洗ってますよ。人目に付きにくく短時間で手間もかからず洗える場所で……。でなきゃ、指紋まで拭き取れない」
「そうだな、瀬ノ尾。そいつが、ご都合よく、出水の廃工場の近くの最新式の監視カメラ付きの洗車場だといいがな」

 戸田が楽しそうに笑い出した。
――そうだ瀬ノ尾。そういう全くの思いつきの羅列の中に、事件につながる【何か】があるもんだ』
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