埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第六章(その5) 不問者木塚悟(3)

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「人間というのは横着なもので、特に気が急いていると、わずか一車線の対抗車線側に目的物があっても、反対車線に寄せてまで近づこうとしません。先へ、もっと条件のいい、走行車線側に目的物が現れるまで車を走らせてしまうものです。上別府に遺棄された遺体は、道路の西側の藪にあったと聞きました。仮に鹿箭島市方面から指宿スカイラインを南下してきた場合、自分の車が走行している側、東側に棄てるのが自然でしょう。それが西側にあったとすれば、頴娃町方面から北上してきたと考える方が自然な気がします。そこまで考えていなかったんですが、胴体が見つかったと聞いたとき、ここに、池田湖周辺にあると直感したのはそのせいかもしれません」
「頴娃町が起点なら、Uターンせずにこのまま南下してもいいはずだろうし、逆のコースもあり得る」
 瀬ノ尾がかみついた。いや、と戸田がたしなめた。
「池田湖から南下して頴娃町に向かうには、国道二二六号線一本しかない上に、それなりの人家の中を抜けて行くことになる。交差点付近、しかも西側の頴娃《えい》町側に二十四時間営業のコンビニもある。瀬ノ尾だったら、深夜とは言え死体を乗せた状態で通れるかい。空になっているとしても同じだろ」
 瀬ノ尾は、う、と言ったきりになった。木塚が戸田を見つめている。
「何か?」
「戸田さん。この辺詳しいんですか?」
「転勤族だからな。それに……」
 戸田は懐かしそうに微笑んだ。
「ここは、知覧や頴娃《えい》に行く途中でよく寄ったんだ。回転式そうめん流し発祥の地だし、あの冷や冷やした唐船峡《とうせんきょう》の川風に吹かれながら食うのは、格別だった……」
「戸田さん。頴娃《えい》や知覧に行く途中って?」
 瀬ノ尾が聞いてきた。戸田は大きく息を吐いた。
「俺にも若い頃があったのさ」
 戸田は自分の話を閉じた。
 
「木塚さん。反対車線に車を寄せないと言う話は面白かった。犯人は、頴娃《えい》・知覧・川辺辺りから間道を通ってやってきた。木塚さんは、そう考えたということですか」
「いえ。ぼくはただ、ここに残りの遺体があるから、早く見つけさせてやらないといけない。そう思っていただけで、最初からの考えと言うより、ここで戸田さんと話しているうちに思いついた後付けの言い訳みたいなもので、でまかせですよ」
 それはまるで、と瀬ノ尾が言った。
「犯人のように死体を捨てた場所が思い浮かぶか、共犯者のように捨てた場所を覚えているから、導き出された答えみたいですね」
「いえ、それは」 
 木塚に困惑の表情が浮かび、明らかに口ごもった。
「どちらかというと、ただそこにあるのがわかるだけ、なんですけど……」
「なるほど、見つけるという言うより、わかるという感じに近い気がしますね、それ」
「かもしれません」
 で、と瀬ノ尾はさらにことばを継いだ。
「話は変わりますが、木塚さんは、四日の日は何してました? 聞かせてもらえるとありがたいのですがね」
「四日ですか。いつも通り堆肥センターに朝七時半頃着いて、いつも通りの業務をして、六時くらいに帰ってきました。八時くらいに飯食いに出て、九時半頃帰ってきて、十二時くらいまでネットで遊んでましたけど」
「三日は?」
「三日ですか……。三日は、午後四時くらいに西署の刑事さんがふたり訪ねてきました。チップセンターで話しましたよね。水質調整剤の件で……。あれは、うちのセンターの伊地知さんがペットショップの紹介ポイント欲しさにぼくの名前を使って買ったもので、ぼくとは関係なかったんですが……。伊地知さんから貰った黒鯛の時も、妙にタイミングが填って警察のお世話になりましたよ」
「夜は?」
「四日と同じですよ」
「間違いないですか」
「ほとんど同じ生活してますから……。瀬ノ尾さん、これってアリバイ調べってやつですか。日高さんと、この首の人の件の……」
 いや、と戸田が割って入った。
「そんな堅苦しいもんじゃなくて、刑事の特殊な挨拶ってとこです。黒鯛の血染みと一緒で、タイミングが填ってりゃ、挨拶だってするのが自然てもんです。それより、木塚さん。私の個人的な質問なんですが、箕面巡査長が言っていた、木塚さんのその手の実績って何なんですか。ただそこにあるってことと関係があるんですか」
 再び木塚の表情が曇った。 
「それは、その件はもう勘弁してください。今度の事件には全く関係のないことですから」
「それはこっちが決めることで、あんたの判断じゃないと思うがね」
「瀬ノ尾、それはかなり微妙だと思うがな。だから木塚さん、その件には立ち入らないことにして……。あともうひとつ、ネットで日高さんたちに関する興味深い記事を見たと話してましたね。それ、少し聞かせてもらえませんか」
 木塚に、一瞬だが、遠くを見つめる表情が浮かび、すぐに消えた。戸田は、
「できれば、サイト名とか思い出していてもらえると助かりますが」
 木塚の表情に気付かぬ振りをして言った。
 瀬ノ尾は、微動だにせず木塚を見つめている。
「戸田さんは……」
 と木塚が言った。
「この間、日高秀子さんの左耳が未発見だとおっしゃいましたが、その件は報道されていません。本当に左耳が切り取られて、いまだに発見されていないのでしょうか?」
 戸田は無造作に答える。
「そう聞いている」
 一瞬怪訝な表情を浮かべた木塚は、すぐに、納得したという表情を粧った。
「ぼくは、発見したのは現場を通りかかった刑事さんだったとネットで見ました。戸田さんではなかったのですね。てっきり戸田さんだとばかり思ってました」
 瀬ノ尾が、ちらりと戸田と木塚を見比べた。
 木塚は、戸田と瀬ノ尾のどちらともなく見つめていた。
 ちょうど三人の位置が木塚を頂点としたほぼ二等辺三角形になっている。
「ネットでは、二人目は耳は切り取られていなかった。警察は発表していないが、どこか別な部分が切り取られているのではないか? そんなスレッドが立っていました。テレビでも新聞でも報道されていませんし、ぼくが聞いたのは特別な情報なのか、聞き違いなのか迷うところです」
 木塚が、胡散くさげに瀬ノ尾を見つめた。瀬ノ尾の眉間にしわが寄り、それを見逃さなかった木塚がさらに冷笑した。瀬ノ尾の眉間にはさらにしわが寄る。
「捜査の正確な情報を事件とは関係のないただの民間人に渡す必要はない。わかるだろう」
 言いながら瀬ノ尾が一歩詰め寄ると、木塚は二歩後退して戸田を見た。戸田は、
「特殊な組織ですから、いろいろ難しいもんで」
 と、すましている。木塚は、やれやれというため息をもらした。
「実は、戸田さん。――未確認のソースだが、日高秀子さんは舌を切り取られて口の中に別な何かが詰め込まれていたという関係者からの情報があった。そんなスレッドがありました。聞く耳を持たない者には耳はいらない。おしゃべりな者の舌はいらない。それが、犯人のメッセージだろう。なんといっても円女だし……。自業自得だ。日本の切り裂きジャック。マンセー……。そんなコメントが山ほどあった気がします」
 戸田は、自分の顔の表情次第に強ばっていくのを、静かに押さえていた。
『推測でそこまで考えられるのなら、掲示板で言う神なのだろうが、情報を漏らしている関係者がいると考えた方が自然だ……。それに円女で自業自得というのは、確かにその通りだが、人はそれだけで割り切れるものじゃない……』
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