埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第六章(その7) 不祥事と漏洩

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「どうした? 何かあったか」
「いえ。さっき車を出すときに例の廃屋の横の空き地が妙に広く感じたんですが、我々が来たときに置いてあった放置車両を証拠物件として持ち去ったんで広く感じたんですね」
「感心するようなことか」
 瀬ノ尾はまた首をひねっている。
「ええ、確かに。それだけと言えばそれだけのことなんですが、どうも喉元になんか引っかかって、もぞもぞしてるんで」
 そうか、と言いながら戸田は携帯電話を押し続けている。
 が、かけた相手の誰にも、係長さえも繋がらない。
『なんか起こってやがるのか? 係長が用件の切れっ端も言わず、無線でもなかった。携帯にすら出ない。と言うことは、俺たちに直接でなければ話せない事が起きた。と考えた方がいいが……』 
 戸田は二十分ほど苦戦してついに諦め、シートを倒して目を瞑った。
「何があったんでしょうか」
 瀬ノ尾がおそるおそる口を開いた。戸田は答えない。瀬ノ尾がさらに開いた。
「いい知らせじゃないんでしょうね」
 ふん、と戸田は言った。
「いい知らせを送ってくるような係長じゃないと思ってるけどな」
「そりゃそうですが」
 と瀬ノ尾が小さく鼻を鳴らしたのが聞こえる。
 結局戸田は、県警に着くまでの小一時間あまり、誰からも情報が得られないまま、ただ思いを巡らしていた。
『無論いい知らせじゃない。悪い知らせには違いなかろう。だが、日高秀子の残りの遺体が見つかった? 新しい被害者が出た? それなら短くても指示がある。現場さえ示せば早急に現場に行けばすむレベルで、緊急性はない。犯人が割れた? なおさらありえない』
 戸田は大きくなる不安を押さえ込もうとして、可能性のないもの薄いものから順に消していこうとした。だが、何も思いつかなかった。

 県警の刑事部屋に戻ると、戸田はすぐに部長室に通された。
 北城刑事部長と渡辺係長の他に三名、監察課長磯崎と課員二名の姿が見えた。
『監察課? 何故?』
 戸田は渡辺係長を見た。渡辺係長は、
「夕方、現職の巡査が児童買春で挙げられた。職務時間内、しかも巡邏中のパトカーの中での不始末だ。詳しくは今取り調べている最中だがな」
 と短く吐き捨てた。監察部員のひとりが引き取って続けた。
「以前からの内偵である程度は把握していたのですが、物証が得られないままここまで来てしまいまして。もともと甲突川の一件の後に棘を抜く準備をしていたのですが、どうにも間の悪いことに、二件の殺害事件が起きましたので……。今回の件であらためて、事後に洗い直しにかかるはめになりましたが」
『だから? それでおれが急遽呼び戻されることになるとは思えんが……?』
――天保山のラブホテルの捜査の件は、確かに余分な捜査で、費用対効果は薄いと指摘されればそれまでだし、日高秀子の件も見落としからのミスには違いない。ただ、自分が、つまり鹿箭島県警がをGPSを通じて監視していた日高秀子の携帯電話は、彼女の部屋から動いていない。彼女はその携帯電話を自宅に置いたまま犯人と接触し殺害されてた。張り込みをかけていない以上、携帯が自宅から動かなければ、本人を追いかけることは事実上は無理な話だ。内規上の失着はない。甲突川のあれ、稲村直彦への数回の接触の件は、ほじくり返されるとまずい気もするが、問題はそこじゃなさそうだ……。
 戸田はさりげなく係長を見た。
 無表情なままだ。
 係長から答は引き出せそうにない。
「なるほど、それはご苦労なことです、ちなみに、どこの署の巡査です?」
「中央署だ、中央署の地域課巡査日高耕作……」
「わかりました。この際ですから、係長。ついでと言っては何ですが、本事件の捜査関係者が事件の詳細をネット上に漏らしている可能性がある、との未確認最新情報を得たのですが、まだ裏は取ってなくて……。それは、どうします?」
 言いつつ、戸田は再び渡辺を見やって、とりあえず残りのことばを飲み込んだ。
「捜査情報を漏らしている、だと?」
 戸田は、そう呟いた渡辺係長の両眉がゆっくりつり上がり、視線が一瞬磯崎課長を捕らえるのを見ながら応えた。
「ええ。情報提供者から、犯人か一部捜査関係者だけが把握しているはずの事実を指摘されました。情報が流れ出しているのは確かでしょう」
「内部情報の漏洩? わかりました。報告書を回してください」
 磯崎監察課長が表情を変えぬまま短く応じ、
「刑事課の方々は、津田純子事件の際に非番の職員は調べたが、職務中の職員については調べなかった。職務時間まで捜査対象にする姿勢が見えていれば、今回の不祥事は防げていたかもしれない。少なくとも現職ではなく、元職というささやかな風除けくらいは出来ていたでしょうが……」
 と自分に聞かせるかのように呟き、さらにはひどく皮肉を効かせて言い放った。
「まあ、それも、ここの車はひどく燃費が悪いから仕方ないことですかね。いや、燃費だけじゃなくて、目的の道路以外をあちこち走り回らせては、派手にあれこれに突き当てて、修理費だの、後掃除だの余計な手間もかけてるようだし、大事故を起こさない内に手放した方がいい。使いこなせなくて自分も巻き込まれてからじゃ遅いですよ。ねえ、渡辺さん」
「いや、磯崎課長。事故には気を付けながら、せいぜい車検の期間一杯は遣い倒すことにしましょう。わざわざ借りに来る人もいるくらいだから、今手放してしまうのはもったいないというものです。表向きの借用用途外にも、あれこれ遣い倒す気配が垣間見えて、しかも、なにやら持ち主の知らない性能も期待できそうな様相ですし」
 渡辺係長が磯崎監察課長の皮肉に応じた。
 ったく、くだらないことを言ってやがる。戸田は小さくため息を付いた。
 戸田は考えを巡らしながら、監察課員三人の顔色を窺った。
――それよりも、捜査情報の漏洩の可能性を聞いて、監察課の三人とも慌てた素振りがないというのが、あれだな。漏洩に関しては関知していた。とみるべきか……。
「今回の勤務中の不祥事を受けて、監察課の内偵対象をさらに増やさざるを得なくなった」
 北城刑事部長が苦々しく吐き捨てた。
「だが、事情が事情だけに捜査員を軽々しく増員することもできん。だから……」
 というわけで……。
 歯切れの悪い北城刑事部長の後のことばを磯崎課長が奪い取った。
「もともと手一杯なものですから、刑事課こちらさんに関することは刑事課こちらさんでやって貰いたいと言うだけのことでして。なに、至極簡単なことです。今回の事件の捜査内容、誰が何時ならどこまで知り得たかをリストアップして監察課に回して頂くだけでいいんですから、ひとりか精々ふたりほど、ちょちょいと時間を割いて頂くということで」
 なるほど、と渡辺係長が皮肉った。
「ちょちょいと時間を割くくらいなら、監察課そちらさんだけでも十分な気もしますがね」
 はっ、と磯崎課長は鼻で笑い、北城刑事部長を見た。
 部長は首を振った。
「そうもいくまい。渡辺君、誰か……。そうだな、戸田にでも当たらせてやってくれ」
 渡辺係長が戸田を睨んだ。既決事項な訳だ、
 戸田は苦笑した。
――係長、睨む相手が違っている。でもまあ、監察課が漏洩された事実を把握していて、刑事課の方へは情報を流さなかった上に、上で決まった話をこの面子で押しつけられたんじゃ、俺しか睨む相手はないか……。

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