埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第七章(その1) 狂躁

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 六月八日、午後八時十七分。
 戸田が刑事部長室から帰ってると、待ちかまえていた瀬ノ尾が自分の机の上を指さした。
「戸田さん。面白いもの見つけましたよ」
 机の上の捜査資料の山が押し広げられて、無理に作られたスペースに数枚の写真が載っている。
 美津濃美穂殺害事件の現場検証の写真のうち、切断用のエンジンカッターを持ち出した○○建設の倉庫の全景写真だった。こっちが、と瀬ノ尾が指さした。
「自供後すぐに撮ったもの。こっちが現場検証の際に撮ったものです」
 写真は、同じ方向から同じ大きさに見えるように撮影されている。
 戸田はふと違和感を覚えて、瀬ノ尾を見返した。
 瀬ノ尾はにやつきながら、同じ写真の拡大された倉庫の一部を示した。
「あるものがない。もしくは、ないものがある。すると空白と違和感が残るということらしいです。池田湖くんだりまでドライブした成果ですかね。見てください。自供後すぐの写真には白いライトバンのような車が写っていますが、現場検証の時には写っていません。違和感はそのせいでしょう。先ほど現在管理している有島殖産に確認したところ、○○建設から引き渡しを受けたときには車はなかったと言っていました」
「じゃあ、いつの間にか持ち込まれて、いつの間にかなくなっていたわけだ」
「怪しいでしょ。それが、あのバンなら大金星です」
 だが、と戸田は笑った。
「残念ながら、まだ確定してないわけだ」
「ええ。単純な拡大では確認できなかったので、科捜研で解析してもらう手筈を付けてあります。川畑さんも似てると言ってましたし、大いに期待してるところでして」
「そうか。ついでに車の他の空白、よく見といてくれ。おれは、監察課の御指名で捜査報告書とにらめっこしなきゃならんからな。頼むわ」
 瀬ノ尾は頷き、こっちは、と別なファイルを渡した。
「天保山のホテルDのDNA鑑定の結果です。残念ながら白バンの遺留品と同じものは出なかったようです」
 戸田はため息をもらした。
「そうそう、うまくは、いかんか」
「戸田さん。さらにもうひとつ残念なお知らせが……」
「見てる。もう言うな」
 戸田は、ファイルから目を上げずに顔をしかめた。
 津田純子を乗せたライトバンからは、その後の捜査では何も見つからず、助手席の津田純子の指紋と毛髪と下足痕、荷台の陰毛、数人の毛髪を除けばきれいにふき取られ、塵ひとつない状態だった。
 そうした旨のことがファイルには記されていた。
「つまり、戸田さん。津田純子を白バンに載せた。八重山に運んだと見せかけるために準備していた、ということになりますが……。遺留品は意図的におかれたものだと」
「そうそう……」
「うまくはいきませんよ」
 瀬ノ尾が、戸田の残りのことばを引き取って眉根を寄せた。
「もともと、福岡の牧場から有島殖産に持ち込まれたミートソウの行方を捜すのが目的で、○○建設の資材置き場もその中のひとつでしょ。そこにバンが見つかれば、有島殖産の関連性が強くなる。万々歳もいいとこでしたが……。でもですね、おかげでと言うか、バンの清掃が自分が目を付けてた洗車場やスタンドばっかりじゃなくて、事業所だの整備工場の洗車施設の可能性も見えてきた。それも、津田純子殺害の前後に確実にやっている。ほんの少しだけだど、収穫でしょ」
「必要なのは、目論見ではなくて結果なんだがね。確かに有島殖産は自前でスタンドを経営している。関連が強ければそっちでやってる可能性もある。別なナンバーを着けてな。だから出てこなかったろう」
「……」
「まあ良い。これから現場資料班を見てこよう。何か進展があったかもしれん。来るか」
 だが戸田は、無駄足を踏ませされたまま、県警の仮眠室で仮眠を撮る羽目になった。
 
 翌六月九日午前六時十七分。
 既に報告書を睨んでいた戸田の耳に同報無線の音声が飛び込んできた。
[鹿箭島中央署管内、加治屋町四番甲突川左岸緑地内維新館玄前から携帯電話での入電。維新館前に放置された段ボール箱の中から女性の切断された頭部が発見された。各移動、各警戒員は現場に向かわれたい。繰り返す……]
「本当にやりやがったか……」
 だが、戸田は現場には向かえない。
 そのまま待機している。
 戸田の現在の任務は、監察課用に報告書のリストを作ることだ。
 五分もすると、瀬ノ尾が起きて来、同時に現場に到着した中央署の捜査員からの一報が入った。
[現場に入りました。通報通り紙製の段ボール箱に入った女性と思われる頭部を確認。周囲に血痕ならびに目視できる遺留物は確認できない。段ボール箱には二から三センチ前後の木屑、チップが詰められており、女性と思われる頭部はその中に埋もれていた。頸部を鋭利な刃物で切断されている。他に損傷は、両方の瞼が切り取られている以外に見あたらない。被害者の髪は薄い茶色、軽いウェーブパーマをかけたやや長め……]
「二、三センチの木屑、木屑だと。もう間違いない。絶対見つけだしてやる」
 戸田は瀬ノ尾を見やり、時刻を確認した。六時三十二分。
「瀬ノ尾。リサイクルセンターの上野さんに至急連絡を入れてくれ。ヤードに誰も入れないように、と」
 さらに戸田は、渡辺係長の机の上にメモを放り出して、刑事部屋を飛び出した。
[一存でチップセンターへの鑑識班の臨場を要請します]

 土曜の早朝にも関わらず、上野は直ぐに掴まった。上野は、土曜だから誰も来る予定はありませんが、とのことで、七時過ぎにはセンターに来た。
「スペアを持ってましたから、事務所に寄らずにまっすぐ来ました」
 上野はそう言いながら、門の南京錠を開けようとした。が、開かない。
「あれ。鍵が合わない。変だな。ちょっと事務所に戻って鍵を取って来ますんで」
 上野は恐縮しながら事務所へ向かい、戸田と瀬ノ尾はそのまま残った。門を乗り越えてでも中に入って調べたいところだったが、高さ二メータル強の有刺鉄線で囲ってある。遠慮した方がよさそうだった。
「戸田さん。スペアキーを作った人間がいないかどうかは、確認して貰ったんですよね」
「ああ。現在の所該当者なしだったが、どうやらスペアキーを作らずに錠の方を替えて、鍵をすり替えた可能性があるな」
「となると、出入りの業者か、内部の者、ということですか。だいぶ絞られますね」
「そう早まるな、瀬ノ尾。事件とは関係なしに、事情があって替えただけと言うこともあり得る。ともかく、こっちにも鑑識を呼んで、もう一度あれこれ当たって貰おう」
 程なく戻ってきた上野が持ってきた鍵束の中の鍵のひとつで門の錠は開いた。
「いやあ、ここの鍵とばっかり思いこんでまして。とんだご迷惑をおかけしました」
 上野はひどく恐縮しながら詫びた。なあに、と戸田はやわらかな笑みを見せた。
「社長さんあたりが錠を変えたかもしれませんね」
「それはないでしょう。ほら見ての通り、わざわざ古いものに替えるわけもないし」
 それもそうだ、と戸田は笑って、
「たびたびで申し訳ありませんが、出入り業者のリストと例のライトバンが搬入されてからこっちの出入りのリストを私たちにも見せてもらえませんか」
「ええ。防犯ビデオを設置していれば、ぽんと渡すだけなんですが……。昨日やっと準備できたのがあります。どうぞ」
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