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第七章(その2) 被害者日高秀子(2)瞳の中の灰の行方
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戸田は受け取ったリストを瀬ノ尾に渡した。
瀬ノ尾がリストを見ている間、上野に説明している。
「最近の一連の事件で殺害された遺体が、ここに持ち込まれ、ここで切断された可能性があります。早急に正式な文書を出しますが、一通り調べる間この場所の閉鎖をお願いしたいのです。人員の立ち入り、資材の搬出入一切です……」
上野は苦笑した。
「最近は、事実上出入りは止まってます。ここに置いてあったライトバンが犯罪に使われたことで、遠慮させてもらってます。一昨々日でしたか、堆肥センターの木塚さんが来たのも今後の対応についての相談でした。五、六月はもともと動きが少ないのでなんとかなりますが、七月になると結構動き出すので少々頭の痛いところです」
今度は戸田が苦笑する番だった。
「善処します……」
ああ、戸田さん。と瀬ノ尾が声を掛けた。
「出入り業者は結構多いですね。だけど、この一月は、清掃業者と建設資材会社、と市役所くらいで、数社どまり……」
瀬ノ尾は声を潜めた。
「ですが、石和田清掃社と有島殖産の名があります」
戸田は頷いた。
「上野さん。出入り業者の担当者、特に最近来た人はわかりますか」
上野には聞こえていたのかもしれない。直ぐに答えた。
「石和田清掃社は社長さんで、有島殖産は部長の田添さんです。市役所は建設課の……」
上野のことばを、瀬ノ尾が手早くリストに書き留めていく。
「お客さんは事務所に行きますから、こっちに来るのは資材搬送の運転手がほとんどですよ。私自身搬送がなければ来ませんし……。社長や部長は、盗難車の件でわざわざ様子見に来てくれたようなものです」
でしたね、と戸田は頷いた。一昨々日の話のように、出入り自由で鍵の開け閉めもしばしば自由だったとすれば、関係者を虱潰しに当たらなければ求める答は出ない。廃材と木細片と通常よりも二周りも大きく用途の限られた重機しかない場所に、白昼盗みに入る者もいないだろう。危機管理に関するいろんなものがルーズになるのは、仕方のない流れだ。
戸田は、到着した鑑識課員の二名に門扉周辺の遺留物の採取を指示し、三名を木細片の山のひとつに連れて行った。
「ここから被害者の遺留物を見つけだして欲しい」
戸田のことばに三人とも難色を示したが、構わず続けた。
「ここは、車が乗り付けられ、遺体が下ろしやすく、木細片の山陰で道路からはライトも見えにくい。きっと出るはずだから、試してみてくれ。見つかるまで……」
鑑識課員のひとりが木細片の山の一部に試薬をかけたが、血液反応は出なかった。さらに二十センチほど表面の木細片を除去して試みたが、反応はない。
移動した二カ所目も同じ結果だった。
「類似条件の場所って、全部そうじゃないか」
鑑識課員のひとりが、ぼやきながら場所を移動していたが、木の枝が無造作に突き立ててある場所で立ち止まって大声を上げた。
「戸田さん。この枝、重点箇所かなんかの目印ですか?」
「枝? 俺はそんなもんは……。いや、調べてくれ」
戸田に突き刺した覚えはなかったが、確か木塚が「この辺だ」とか言って突き刺していたのを思い出した。
あの時木塚は、
『残りの遺体や新しい被害者とは限らないかもしれませんが、出てくるとすれば、この辺かもしれませんね』
そうも言った。奇妙な物言いをすると思っていたが、本当に、ただそこにあるのがわかるのだとしたら……。
戸田が考えている間に、鑑識課員が手元のケースから試薬を取り出して散布すると変化を凝視する。
「出た。血液反応です」
「本当に出やがった……」
鑑識課員の叫び声を受けて、戸田が走り寄っていく。
「でかした。だが、たぶん一カ所じゃない。周辺も当たってみてくれ。さっきの枝みたいな妙な目印があったら、そこを優先して……。瀬ノ尾、係長に連絡。増員を要請しろ。直ぐに規制線を張るんだ」
戸田の大声が響いた。
「というわけです。上野さん、しばらく立ち入りを規制しますんで。よろしく」
「しかたないでしょう。期間はどれくらいになりそうですか」
「ひとつは出たんで、案外早いかもしれませんが、厳密に言うと、わからない、ということになるでしょうね」
戸田さん、と渡辺係長に連絡していた瀬ノ尾が声を掛け、小声で囁いた。
「維新館前で出た頭ですが、口の中にもうひとり分の舌が入っていたそうです。日高秀子のものと見て間違いなさそうです」
「おれが連続犯だ。そう誇示したってことだな。瞼を切り取ったのは、目を閉じることなくしっかりと真犯人の俺を見ろ。そう言いたがっていると……。なめやがって、くそが」
ちっと舌打ちして、戸田には珍しく唾を吐いた。唾に血が混じっている。
『血? 戸田さん。唇を噛みきったのか?』
瀬ノ尾は思わず口走りそうになって、止めた。代わりに、
「それから、応援が着き次第、朝の散歩を切り上げて帰ってこい。とのことです」
とだけ言った。ふん、と戸田は鼻で笑った。
「ああ、上野さん。パワーショベルとタブグラインダーの鍵ですが、どうなってます? 個別ですか? それとも、マスターキーが使えますか?」
「旧式なもので、マスターキーで動かないこともないですが……」
「わかりました。おーい、亮さん……」
戸田は監視課員のひとりに声を掛けた。
「タブグラインダーのタブの中とパワーショベルのグラップル。念のために血液反応を見といてください。操縦席の指紋もお願いします」
「戸田さん。それって、遺体を粉砕してまき散らした可能性もあるってことですか」
「ある」
叫び返した戸田の顔が歪んだ。
『考えたくはないが、可能性はある……。日高秀子の可能性が』
「わかりましたぁ。あとで、コンベアの落下地点も見てみます」
遠くから鑑識課員の声が聞こえてきた。
戸田はタブグラインダーの操縦席に登ると、試薬ケースを抱えてタブグラインダーのタブの中に入っていく鑑識課員を見つめている。課員はタブの底でケースを開き試薬を幾つも並んだハンマーに散布した。所定の反応時間が経過したが、血液反応は出ない。課員は散布対象を周囲に広げていく。出ない。課員が声を上げた。
「タブグラインダーからは血液反応は出ないようです」
「こっちも、グラップルの方にも反応は出ません」
もうひとりが大声で叫ぶ。
戸田は、一瞬浮かんだ安堵の表情をすぐに押し殺した。
――今、ここで見つからなかったと言うに過ぎない。
木細片の山の方は、場所を広げながら、まだ捜査を継続している。
「出たのは、一カ所だけですか」
ようやく着いた増援組のひとりが声を掛けてきた。
「あとはまかせてください」
頼む。とだけ短く言って、戸田はチップセンターを後にした。
戸田が回り道をして見に行った、切断された頭部が発見された現場。
鹿箭島市加治屋町四丁目の甲突川左岸緑地内維新館玄関前に着いたとき、第二規制線までは既に解除され周辺の交通はそれなりに流れていた。
だが、甲突川河川内と緑地公園内では、複数の捜査員が遺留物の捜査を継続していたし、周辺では聞き込みをする捜査員が複数うろついており、事件を聞きつけて集まった野次馬も周囲を取り巻いたままだった。
戸田は現場に降りず、素通りさせて県警に向かった。
瀬ノ尾がリストを見ている間、上野に説明している。
「最近の一連の事件で殺害された遺体が、ここに持ち込まれ、ここで切断された可能性があります。早急に正式な文書を出しますが、一通り調べる間この場所の閉鎖をお願いしたいのです。人員の立ち入り、資材の搬出入一切です……」
上野は苦笑した。
「最近は、事実上出入りは止まってます。ここに置いてあったライトバンが犯罪に使われたことで、遠慮させてもらってます。一昨々日でしたか、堆肥センターの木塚さんが来たのも今後の対応についての相談でした。五、六月はもともと動きが少ないのでなんとかなりますが、七月になると結構動き出すので少々頭の痛いところです」
今度は戸田が苦笑する番だった。
「善処します……」
ああ、戸田さん。と瀬ノ尾が声を掛けた。
「出入り業者は結構多いですね。だけど、この一月は、清掃業者と建設資材会社、と市役所くらいで、数社どまり……」
瀬ノ尾は声を潜めた。
「ですが、石和田清掃社と有島殖産の名があります」
戸田は頷いた。
「上野さん。出入り業者の担当者、特に最近来た人はわかりますか」
上野には聞こえていたのかもしれない。直ぐに答えた。
「石和田清掃社は社長さんで、有島殖産は部長の田添さんです。市役所は建設課の……」
上野のことばを、瀬ノ尾が手早くリストに書き留めていく。
「お客さんは事務所に行きますから、こっちに来るのは資材搬送の運転手がほとんどですよ。私自身搬送がなければ来ませんし……。社長や部長は、盗難車の件でわざわざ様子見に来てくれたようなものです」
でしたね、と戸田は頷いた。一昨々日の話のように、出入り自由で鍵の開け閉めもしばしば自由だったとすれば、関係者を虱潰しに当たらなければ求める答は出ない。廃材と木細片と通常よりも二周りも大きく用途の限られた重機しかない場所に、白昼盗みに入る者もいないだろう。危機管理に関するいろんなものがルーズになるのは、仕方のない流れだ。
戸田は、到着した鑑識課員の二名に門扉周辺の遺留物の採取を指示し、三名を木細片の山のひとつに連れて行った。
「ここから被害者の遺留物を見つけだして欲しい」
戸田のことばに三人とも難色を示したが、構わず続けた。
「ここは、車が乗り付けられ、遺体が下ろしやすく、木細片の山陰で道路からはライトも見えにくい。きっと出るはずだから、試してみてくれ。見つかるまで……」
鑑識課員のひとりが木細片の山の一部に試薬をかけたが、血液反応は出なかった。さらに二十センチほど表面の木細片を除去して試みたが、反応はない。
移動した二カ所目も同じ結果だった。
「類似条件の場所って、全部そうじゃないか」
鑑識課員のひとりが、ぼやきながら場所を移動していたが、木の枝が無造作に突き立ててある場所で立ち止まって大声を上げた。
「戸田さん。この枝、重点箇所かなんかの目印ですか?」
「枝? 俺はそんなもんは……。いや、調べてくれ」
戸田に突き刺した覚えはなかったが、確か木塚が「この辺だ」とか言って突き刺していたのを思い出した。
あの時木塚は、
『残りの遺体や新しい被害者とは限らないかもしれませんが、出てくるとすれば、この辺かもしれませんね』
そうも言った。奇妙な物言いをすると思っていたが、本当に、ただそこにあるのがわかるのだとしたら……。
戸田が考えている間に、鑑識課員が手元のケースから試薬を取り出して散布すると変化を凝視する。
「出た。血液反応です」
「本当に出やがった……」
鑑識課員の叫び声を受けて、戸田が走り寄っていく。
「でかした。だが、たぶん一カ所じゃない。周辺も当たってみてくれ。さっきの枝みたいな妙な目印があったら、そこを優先して……。瀬ノ尾、係長に連絡。増員を要請しろ。直ぐに規制線を張るんだ」
戸田の大声が響いた。
「というわけです。上野さん、しばらく立ち入りを規制しますんで。よろしく」
「しかたないでしょう。期間はどれくらいになりそうですか」
「ひとつは出たんで、案外早いかもしれませんが、厳密に言うと、わからない、ということになるでしょうね」
戸田さん、と渡辺係長に連絡していた瀬ノ尾が声を掛け、小声で囁いた。
「維新館前で出た頭ですが、口の中にもうひとり分の舌が入っていたそうです。日高秀子のものと見て間違いなさそうです」
「おれが連続犯だ。そう誇示したってことだな。瞼を切り取ったのは、目を閉じることなくしっかりと真犯人の俺を見ろ。そう言いたがっていると……。なめやがって、くそが」
ちっと舌打ちして、戸田には珍しく唾を吐いた。唾に血が混じっている。
『血? 戸田さん。唇を噛みきったのか?』
瀬ノ尾は思わず口走りそうになって、止めた。代わりに、
「それから、応援が着き次第、朝の散歩を切り上げて帰ってこい。とのことです」
とだけ言った。ふん、と戸田は鼻で笑った。
「ああ、上野さん。パワーショベルとタブグラインダーの鍵ですが、どうなってます? 個別ですか? それとも、マスターキーが使えますか?」
「旧式なもので、マスターキーで動かないこともないですが……」
「わかりました。おーい、亮さん……」
戸田は監視課員のひとりに声を掛けた。
「タブグラインダーのタブの中とパワーショベルのグラップル。念のために血液反応を見といてください。操縦席の指紋もお願いします」
「戸田さん。それって、遺体を粉砕してまき散らした可能性もあるってことですか」
「ある」
叫び返した戸田の顔が歪んだ。
『考えたくはないが、可能性はある……。日高秀子の可能性が』
「わかりましたぁ。あとで、コンベアの落下地点も見てみます」
遠くから鑑識課員の声が聞こえてきた。
戸田はタブグラインダーの操縦席に登ると、試薬ケースを抱えてタブグラインダーのタブの中に入っていく鑑識課員を見つめている。課員はタブの底でケースを開き試薬を幾つも並んだハンマーに散布した。所定の反応時間が経過したが、血液反応は出ない。課員は散布対象を周囲に広げていく。出ない。課員が声を上げた。
「タブグラインダーからは血液反応は出ないようです」
「こっちも、グラップルの方にも反応は出ません」
もうひとりが大声で叫ぶ。
戸田は、一瞬浮かんだ安堵の表情をすぐに押し殺した。
――今、ここで見つからなかったと言うに過ぎない。
木細片の山の方は、場所を広げながら、まだ捜査を継続している。
「出たのは、一カ所だけですか」
ようやく着いた増援組のひとりが声を掛けてきた。
「あとはまかせてください」
頼む。とだけ短く言って、戸田はチップセンターを後にした。
戸田が回り道をして見に行った、切断された頭部が発見された現場。
鹿箭島市加治屋町四丁目の甲突川左岸緑地内維新館玄関前に着いたとき、第二規制線までは既に解除され周辺の交通はそれなりに流れていた。
だが、甲突川河川内と緑地公園内では、複数の捜査員が遺留物の捜査を継続していたし、周辺では聞き込みをする捜査員が複数うろついており、事件を聞きつけて集まった野次馬も周囲を取り巻いたままだった。
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