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少女をさがすためにぼくができること(4)探す
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戸田刑事の用件というのは、木材の粉砕と堆肥化の過程のことだった。
「ここにあるのが、屋外堆肥というのですが、二年ほど野積み、野外に積み置きをして堆肥化を進めます。その際に、ある程度ですが発酵補助剤を混入したり、切り返しをして発酵を促します。戸田さんが右手に取ったのは、つい最近粉砕したものでしょう。ぼくが見に来たのは、こちらの二年ほど野積みをしたものです」
ぼくは、戸田刑事の左手の白い手袋の上に掬ったバークを載せた。戸田刑事の右手の手の中握っているものよりも、朽ちてかなり小さくなっており、木臭にやや発酵臭、わずかに甘酸っぱい匂いが混じっている。強く押さえるとぼろぼろと崩れていく。明らかに、木が腐りはじめているという印象を持つはずだ。
「これをうちの工場に持ち込んで、さらに発酵を進めると泥のようにと言うか、ほぼ土の状態になって、匂いもほとんどなくなります。それでコンポスト、植物系の堆肥のできあがりです。一方、動物質の堆肥の場合は、ベースのほとんどが糞尿です。鶏糞に発酵剤を混ぜる。あるいは、豚糞や牛糞に切り藁、おが屑を混ぜたものを発酵させて、堆肥化します。植物質にアンモニア系の窒素分を吸収させることで、空気中への飛散を防ぐ意味もありますし、植物系単体よりも発酵熟成が早くなるのが特徴ですが、発酵の過程での悪臭が問題になります。それぞれの特徴を使って、いかに効率的に安定して堆肥化するかがいつも悩みの種なんですが…」
「糞だけじゃなくて、肉でもできるんだろ」
瀬ノ尾刑事の突然の質問に、ぼくは一瞬ことばを失った。瀬ノ尾刑事は繰り返した。「肉片も堆肥化できるか、と聞いている」
「ええ。腐敗しやすいので難しいですし、できないこともありませんが、堆肥にするより、濃縮したり乾燥させたり、素材のまま発酵させたりして、化成肥料との混合肥料にする方が効率的ですよ。窒素含有量の高い素材を腐敗の危険性を犯して、わざわざ含有量を減らす理由がありません。魚粕なんかは典型的でしょう。そのまま絞って乾燥させるだけです。家畜だとBSEが問題になった後、今では焼却処分にしてますが、屠畜時に出る血液や食用にならない部位なんかは、以前は乾血《かんけつ》、乾いた血と書くんですが、と言って良質の肥料として使ってましたし……」
また瀬ノ尾刑事が、ぼくのことばを遮った。
「聞きたいのは肥料の話じゃない。死体の分解を早めるために、分解促進剤が使い物になるかどうかだ」
ぼくは困惑して瀬ノ尾刑事を見、戸田刑事を見た。
戸田刑事は無表情なままだった。
「そうですね。ぼくの知っている限りでは、人間を丸ごと分解できる酵素、分解剤なんてないですね。発酵による分解は濃硫酸などで溶かすのと違って、バクテリアが食べることなので、例えば、バイキングで牛一頭を種族の違う小人が食べるイメージに近いです。食べやすいところから人数分の時間をかけて人数分のの量を食べていく。
だから、骨とか、皮とかは食べきれずに残ります。まだ虫に喰わせる方が効率はいいと思いますよ。だいたい死体を隠すつもりなら、さきほどの上野さんじゃないですが、タブグラインダーの中に放り込めば、肉も血も骨も粉砕片の山の中に吸い込まれて、見た目は消えて無くなりますよ」
瀬ノ尾刑事は黙りこくっている。
そういうことか、とぼくは理解した。
「それで、南署の刑事さんが水質調整剤のことを聞きに来たんですね。と言うことは、八重山で発見された遺体から、水質調整剤が使用されたか、成分が検出されたということですか?」
いや、と戸田刑事が答え、ウッドチップの山を平たく均し始めた。
「それらしいものは特定されていないし、検出もされていません。ただ、放線菌やバクテリアの、数や種類が遺体の傍とその周辺ではかなり違っていた。余所から持ち込まれたか、人工のものを加えた可能性がある。それだけです」
戸田さん、と瀬ノ尾刑事が荒げた声を上げた。戸田刑事は構わず、逆に尋ねてきた。
「木塚さん。吉野、吉田、宮之浦……の周辺で、ここと同じような場所は知りませんか?」
尋ねている間も手は休めない。直ぐに人ひとりが横たわれるだけの平坦な場所が出来た。
「瀬ノ尾。この上に横になってみろ」
瀬ノ尾刑事は渋々言われたとおりにした。だが木細片の簡易ベッドの全長は瀬ノ尾刑事の身長には足りない。瀬ノ尾刑事の首は窮屈な角度で斜面なりに折れ曲がり、非難がましい眼を戸田刑事に向けた。戸田刑事は、素知らぬ顔でゆっくりと瀬ノ尾刑事の身体を押さえつける。
「動くな。そのままじっとしてろ」
戸田刑事は、観念して動かなくなった瀬ノ尾刑事の頭の近くを叩いた。土埃が舞い、瀬ノ尾刑事が顔をしかめて目を閉じた。
「ちょっと戸田さん。目にゴミが入ったじゃないですか」
「入ったか。なら、もういいぞ」
それまで張りつめていた戸田刑事の雰囲気が、ほんの少しだけ和らいだ。
――あの、
今まで気をそがれて答えそびれていたぼくは、やっとのことで口をはさんだ。
「ここと同じような場所の意味がよくわからないのですが、同じ木材の、リサイクルチップの集積場なら吉田町のPゴルフ場近くにあります。コンクリートなんかの建設廃材も含めると、北部清掃工場周辺に数カ所ありますけど、小野町ですね。場所を選ばなければ、南部清掃工場付近にも数カ所ありますし、旧松元町にも……」
「わかりました。この周辺だと吉田町にもう一カ所ある。そういうことですね」
ぼくのことばを遮った戸田刑事の、それまで張りつめていた雰囲気が、少し変わっている。すでに戸田刑事は、木細片をポリ袋に採取していた。瀬ノ尾刑事は右眼をしきりに瞬きながら、右手の指先をつまんでしきりに悪態をついていた。
「棘でも刺さったか」
戸田刑事がからかうと、瀬ノ尾刑事は即答した。
「ええ。ええ。指に棘、眼にはゴミ、耳には胼胝が腐るほど刺さってますよ」
ぼくは、必死に笑いを堪えた。ぼくのようすを見咎めた戸田刑事は静かに肯いた。幾分厳しいままだが、ぼくの知っていた戸田刑事の眼に戻っている。
「ああ。木塚さんが、まだ描いてなければ、いい似顔絵書きを紹介しましょうか」
戸田刑事のことばに、ぼくは、深く頷いて「ぜひ」とだけ答えた。
その夜のニュースでは、南九州市で発見された首無し死体は、六月四日に中洲通りで発見された女子高生とは別人と判明したと放送していた。
ぼくの直感通り、別な人間が新たに殺されたことになる。
ぼくが覗いていたネットの掲示板の中では、女子高前、中洲通り、南九州市の三つの事件が、同一犯の連続殺人事件か、それとも同時発生的な不連続殺人事件かの推理合戦で賑わっていた。
大方の論調としては、前のふたつが同一犯、後のひとつが模倣犯という書き込みに落ち着いているように見えた。
こうした犯罪には、一種の律儀さ……。
――犯罪者固有の確固たるルール・美学があり、最後のひとつは明らかにルールを逸脱している。
そう理由付けされており、それは同時に、模倣犯に激怒した犯人が、急遽第三の事件を起こす。そうした書き込みと連動していた。
さらに、こうした犯罪を連続させたK県警の不手際を批判するものも相次ぎ、中には、中州通りK高前の事件は、実は県警の捜査上の大失態だった、と書き込んでいるものがあった。県警は被害者をマークしていたにもかかわらず、担当の不手際で被害者を見失い、その挙げ句殺害されたのだ、と。
あまりにも衝撃的な信じがたい内容で、つい読み流してしまった。
思い返して、再度内容を確認しようとした時には、すでに削除されていた。
その書き込みは、一瞬だけ存在して、すぐに消えた。時間の経緯とともに、逆に奇妙なほど真実味を増してくる気がした。
それは、昼間見たリサイクルセンターでの戸田刑事の様相もある。
あれは、捜査への執念と言うには余りにもかけ離れた、鬼気迫るものだった。
――まるで、戸田刑事自身の失態が被害者を作ったかのように……。
どちらにせよ、戸田刑事はあそこで何かを探し出したが、ぼくは未だ探し出せないでいる。戸田刑事は、似顔絵の書き手を紹介すると言ったが、それもいつになるかわからない。できれば、この数日の内に紹介して欲しい。と心底思った。
あの中州通りの事件以来、ぼくはまた、以前にも増して鮮明な彼女、一城美奈子の夢を見るようになっていた。だから、彼女の精確な似顔を伝えられるかも知れなかったが、それは、多分近々誰かの遺体を見付けることも意味していた。
「ここにあるのが、屋外堆肥というのですが、二年ほど野積み、野外に積み置きをして堆肥化を進めます。その際に、ある程度ですが発酵補助剤を混入したり、切り返しをして発酵を促します。戸田さんが右手に取ったのは、つい最近粉砕したものでしょう。ぼくが見に来たのは、こちらの二年ほど野積みをしたものです」
ぼくは、戸田刑事の左手の白い手袋の上に掬ったバークを載せた。戸田刑事の右手の手の中握っているものよりも、朽ちてかなり小さくなっており、木臭にやや発酵臭、わずかに甘酸っぱい匂いが混じっている。強く押さえるとぼろぼろと崩れていく。明らかに、木が腐りはじめているという印象を持つはずだ。
「これをうちの工場に持ち込んで、さらに発酵を進めると泥のようにと言うか、ほぼ土の状態になって、匂いもほとんどなくなります。それでコンポスト、植物系の堆肥のできあがりです。一方、動物質の堆肥の場合は、ベースのほとんどが糞尿です。鶏糞に発酵剤を混ぜる。あるいは、豚糞や牛糞に切り藁、おが屑を混ぜたものを発酵させて、堆肥化します。植物質にアンモニア系の窒素分を吸収させることで、空気中への飛散を防ぐ意味もありますし、植物系単体よりも発酵熟成が早くなるのが特徴ですが、発酵の過程での悪臭が問題になります。それぞれの特徴を使って、いかに効率的に安定して堆肥化するかがいつも悩みの種なんですが…」
「糞だけじゃなくて、肉でもできるんだろ」
瀬ノ尾刑事の突然の質問に、ぼくは一瞬ことばを失った。瀬ノ尾刑事は繰り返した。「肉片も堆肥化できるか、と聞いている」
「ええ。腐敗しやすいので難しいですし、できないこともありませんが、堆肥にするより、濃縮したり乾燥させたり、素材のまま発酵させたりして、化成肥料との混合肥料にする方が効率的ですよ。窒素含有量の高い素材を腐敗の危険性を犯して、わざわざ含有量を減らす理由がありません。魚粕なんかは典型的でしょう。そのまま絞って乾燥させるだけです。家畜だとBSEが問題になった後、今では焼却処分にしてますが、屠畜時に出る血液や食用にならない部位なんかは、以前は乾血《かんけつ》、乾いた血と書くんですが、と言って良質の肥料として使ってましたし……」
また瀬ノ尾刑事が、ぼくのことばを遮った。
「聞きたいのは肥料の話じゃない。死体の分解を早めるために、分解促進剤が使い物になるかどうかだ」
ぼくは困惑して瀬ノ尾刑事を見、戸田刑事を見た。
戸田刑事は無表情なままだった。
「そうですね。ぼくの知っている限りでは、人間を丸ごと分解できる酵素、分解剤なんてないですね。発酵による分解は濃硫酸などで溶かすのと違って、バクテリアが食べることなので、例えば、バイキングで牛一頭を種族の違う小人が食べるイメージに近いです。食べやすいところから人数分の時間をかけて人数分のの量を食べていく。
だから、骨とか、皮とかは食べきれずに残ります。まだ虫に喰わせる方が効率はいいと思いますよ。だいたい死体を隠すつもりなら、さきほどの上野さんじゃないですが、タブグラインダーの中に放り込めば、肉も血も骨も粉砕片の山の中に吸い込まれて、見た目は消えて無くなりますよ」
瀬ノ尾刑事は黙りこくっている。
そういうことか、とぼくは理解した。
「それで、南署の刑事さんが水質調整剤のことを聞きに来たんですね。と言うことは、八重山で発見された遺体から、水質調整剤が使用されたか、成分が検出されたということですか?」
いや、と戸田刑事が答え、ウッドチップの山を平たく均し始めた。
「それらしいものは特定されていないし、検出もされていません。ただ、放線菌やバクテリアの、数や種類が遺体の傍とその周辺ではかなり違っていた。余所から持ち込まれたか、人工のものを加えた可能性がある。それだけです」
戸田さん、と瀬ノ尾刑事が荒げた声を上げた。戸田刑事は構わず、逆に尋ねてきた。
「木塚さん。吉野、吉田、宮之浦……の周辺で、ここと同じような場所は知りませんか?」
尋ねている間も手は休めない。直ぐに人ひとりが横たわれるだけの平坦な場所が出来た。
「瀬ノ尾。この上に横になってみろ」
瀬ノ尾刑事は渋々言われたとおりにした。だが木細片の簡易ベッドの全長は瀬ノ尾刑事の身長には足りない。瀬ノ尾刑事の首は窮屈な角度で斜面なりに折れ曲がり、非難がましい眼を戸田刑事に向けた。戸田刑事は、素知らぬ顔でゆっくりと瀬ノ尾刑事の身体を押さえつける。
「動くな。そのままじっとしてろ」
戸田刑事は、観念して動かなくなった瀬ノ尾刑事の頭の近くを叩いた。土埃が舞い、瀬ノ尾刑事が顔をしかめて目を閉じた。
「ちょっと戸田さん。目にゴミが入ったじゃないですか」
「入ったか。なら、もういいぞ」
それまで張りつめていた戸田刑事の雰囲気が、ほんの少しだけ和らいだ。
――あの、
今まで気をそがれて答えそびれていたぼくは、やっとのことで口をはさんだ。
「ここと同じような場所の意味がよくわからないのですが、同じ木材の、リサイクルチップの集積場なら吉田町のPゴルフ場近くにあります。コンクリートなんかの建設廃材も含めると、北部清掃工場周辺に数カ所ありますけど、小野町ですね。場所を選ばなければ、南部清掃工場付近にも数カ所ありますし、旧松元町にも……」
「わかりました。この周辺だと吉田町にもう一カ所ある。そういうことですね」
ぼくのことばを遮った戸田刑事の、それまで張りつめていた雰囲気が、少し変わっている。すでに戸田刑事は、木細片をポリ袋に採取していた。瀬ノ尾刑事は右眼をしきりに瞬きながら、右手の指先をつまんでしきりに悪態をついていた。
「棘でも刺さったか」
戸田刑事がからかうと、瀬ノ尾刑事は即答した。
「ええ。ええ。指に棘、眼にはゴミ、耳には胼胝が腐るほど刺さってますよ」
ぼくは、必死に笑いを堪えた。ぼくのようすを見咎めた戸田刑事は静かに肯いた。幾分厳しいままだが、ぼくの知っていた戸田刑事の眼に戻っている。
「ああ。木塚さんが、まだ描いてなければ、いい似顔絵書きを紹介しましょうか」
戸田刑事のことばに、ぼくは、深く頷いて「ぜひ」とだけ答えた。
その夜のニュースでは、南九州市で発見された首無し死体は、六月四日に中洲通りで発見された女子高生とは別人と判明したと放送していた。
ぼくの直感通り、別な人間が新たに殺されたことになる。
ぼくが覗いていたネットの掲示板の中では、女子高前、中洲通り、南九州市の三つの事件が、同一犯の連続殺人事件か、それとも同時発生的な不連続殺人事件かの推理合戦で賑わっていた。
大方の論調としては、前のふたつが同一犯、後のひとつが模倣犯という書き込みに落ち着いているように見えた。
こうした犯罪には、一種の律儀さ……。
――犯罪者固有の確固たるルール・美学があり、最後のひとつは明らかにルールを逸脱している。
そう理由付けされており、それは同時に、模倣犯に激怒した犯人が、急遽第三の事件を起こす。そうした書き込みと連動していた。
さらに、こうした犯罪を連続させたK県警の不手際を批判するものも相次ぎ、中には、中州通りK高前の事件は、実は県警の捜査上の大失態だった、と書き込んでいるものがあった。県警は被害者をマークしていたにもかかわらず、担当の不手際で被害者を見失い、その挙げ句殺害されたのだ、と。
あまりにも衝撃的な信じがたい内容で、つい読み流してしまった。
思い返して、再度内容を確認しようとした時には、すでに削除されていた。
その書き込みは、一瞬だけ存在して、すぐに消えた。時間の経緯とともに、逆に奇妙なほど真実味を増してくる気がした。
それは、昼間見たリサイクルセンターでの戸田刑事の様相もある。
あれは、捜査への執念と言うには余りにもかけ離れた、鬼気迫るものだった。
――まるで、戸田刑事自身の失態が被害者を作ったかのように……。
どちらにせよ、戸田刑事はあそこで何かを探し出したが、ぼくは未だ探し出せないでいる。戸田刑事は、似顔絵の書き手を紹介すると言ったが、それもいつになるかわからない。できれば、この数日の内に紹介して欲しい。と心底思った。
あの中州通りの事件以来、ぼくはまた、以前にも増して鮮明な彼女、一城美奈子の夢を見るようになっていた。だから、彼女の精確な似顔を伝えられるかも知れなかったが、それは、多分近々誰かの遺体を見付けることも意味していた。
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