埋(うずみふ)風――風が吹いたら死体が見つかり、ぼくは少女を殺す夢を見る

三章企画

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少女が見つかる日(その5)

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「見ませんでしたか」 
 多津子さんは何も言わず顔を背けた。
「この人を見たんですよね」
 多津子さんは何も言わず、ただ俯いている。
――一城美奈子さん。君は本当にいたのだな。
 やっとそう思えた。
「この五年の間、ぼくは、この人の夢を見続けてきました。この人、一城美奈子さんを絞め殺して、床下に埋める夢です。パトカーのサイレンが鳴るたびに怯え、遠ざかってやっと安心できるそんな夢です。それだけじゃない。不意に大勢の警官が押し掛け、床下から腐敗した彼女が引きずり出される夢もです。ぼくは何もしていない。そこの床下には何もない。そう叫びながら連行される夢です。あなた方夫婦が、彼女の最後に関わったのなら、この五年間僕が見続けた悪夢は、あなた方夫婦がぼくに押しつけたことになる」
 ああ、と多津子さんは小さな悲鳴を上げた。
「それだけじゃない。ぼくは何十体もの遺体を見つけてきました。吹き寄せる風が言うんです。そこにあるって。そこに死体が埋もれているって。ぼくは否応なしに遺体を見つけてきた。あの悪夢にうなされながらです。それも、あなた方夫婦が犯した罪のせいだ。そういうことになる。答えてください。あなたは、あの日ここで何を見、誰を見たのか。何をしたのか」
 ぼくが詰め寄ると、多津子さんは、悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
――ちょっと、あなた。
 野瀬弁護士が、ぼくと多津子さんの間に割って入ってきた。
「木塚さんでしたか。もうそれで止めてください。川南さんは、答えられる状態じゃないようですから」
「だが、聞くことはできるでしょう。なら、頷くだけでいい。あなたは、川南雄一さんからの電話でここに呼び出された。当時住んでいた魚見町からだと、十分そこそこでここに着く」
 戸田刑事のゆったりとした音韻こえが響き、多津子さんがほんの少し身じろぎした。
「あなたが着いたとき、川南さんは事務所の仮眠室にいて、全裸のぐったりした女性を前にして、あなたの来るのを待っていた。すぐにその女性を外に運び出して、タブグラインダーの中に放り込んだ。川南さんはベルトコンベアの位置を据え直して、エンジンを掛けた。その時はまだ雷も遠かったし、雨もたいして降っていなかった……」
 多津子さんは、顔を覆うようにしてしゃがんだまま、肩で大きく息をいていた。
「その後すぐ川南さんもグラインダーの中に消え、消息不明になった。ベルトコンベアは元の位置に戻ってましたが、川南さんが戻したものじゃない。川南さんがベルトコンベアでまき散らされた後で、誰かが戻したものです。滝のような雨の中、しかも雷がひどい夜でした。その人は、多分ずぶ濡れになったはずです。全身に血の匂いが染みついたと思ったかも知れにない。事務所のシャワーを浴びて入念に体を洗った。シャワー室からは、一城美奈子さんのものではない、別の女性の毛髪が検出されています。――野瀬さん。あなたが確認してください。川南多津子さんはシャワー室に入ってないことを……」
 野瀬弁護士が慌てて多津子さんを見やる。
 彼女は大きく首を振った。
 多津子さんを支えて立たせながら、野瀬弁護士が戸田刑事に非難がましい目を向けた。
 戸田刑事は素知らぬ顔で、ただ多津子さんだけを凝視している。
 日が照る中、また、いきなり驟雨が通り抜けた。
 みな慌てて事務所に駆け戻る。
 タブグラインダーに降りかかる雨に陽の光が跳ねて、一瞬小さな虹を見せて消えた。
 あっ――と思った。
 あの虹も風だ、と。
 そこに、いや……。
 ぼくは掌を見た。
 ここにある。
 風はそう言っている。
 埋もれた遺体を教える風、埋風うずみふが、それはぼくの中にある。そう言っていた。
「植物は窒素分を分解して吸収します。半年で三割、三年後で八割、条件が良ければ十割吸収して、葉や枝や幹を作ります……」
 ぼくは言った。
 みな怪訝そうな表情を浮かべている。
「人の肉を吸収して育った植物の枝葉は、やはり人の肉でできたことになる。分解され植物に再構成されて、見た目は植物に変わっていても、やはり人で、想いは残っているかも知れません。殺された犬を咲かせるんだと言って、埋葬した犬の上に泰山木を植えた知り合いもいます。泰山木の花が咲いたとき、たぶん彼には犬が咲いたように思えるはずです」
「おい、木塚君。君は何を言っているんだ……」
 野瀬弁護士のことばは無視して続けた。
「ぼくは、ほんのわずかですが、ふたりの血肉が混じった堆肥を口にしました。三年で八割。運がよければ十割。ぼくの血肉となって、今頃は、ここと――ぼくは頭を指で触れた、ここに――左胸を指した、ふたりがいる。自分たちを見つけてくれ、そう囁き続けてきたんでしょう。だから、夢を見、埋風かぜに遭い、遺体を見つけてきた。たぶん、いつかふたりを見つけるために……。ねえ、川南さん。殺した相手が触れると死体は傷口から血を流すって、馬鹿げた話があるでしょう。今ここで試してみましょうか。ぼくは木塚悟であって、川南雄一であって、一城美奈子でもあるんです。あなたが二人に手を掛けているなら、ぼくから血が溢れ出す……」
 ぼくはゆっくりと川南多津子に近づき、手を上げ、彼女に触れようとした。
 彼女は悲鳴を上げしゃがみ込んだ。
――そして……。
「だって、まだ生きていたのよ……」
 そう叫んで泣き出した。
 瀬ノ尾刑事と小藤婦警が彼女を両側から囲んで連れだしていく。
 戸田刑事の手が、ぼくの肩に置かれた。
「現実に目の前で触れあっていても、結局人は人の心の中でしか生きられない。一番大事なところで見つけましたね」
――でも、一城美奈子さんの過去は、なにひとつ見つかっちゃいない。
 ぼくは返事をしなかった。
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