希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―

篠宮 楓

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醸と天衣のとある一日-1

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神山 備さんちの天衣ちゃんとうちの醸とのコラボです♪
こちらの天衣ちゃん視点を、神山さんが書いてくださってます♪
「日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ」内の、イカ様日和になります♪≧▽≦


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「あー、イカイカイカイカ」
ぼやきながら吐き出した紫煙が、風に揺られながら掠れて消えていく。
醸はぼんやりとそれを見上げながら、もう一度煙を吐き出した。


篠宮酒店は表道路に面する店先の裏に、小さな庭を持っている。
そこには通常の倉庫とは別に置いてある小さな倉庫と、姉の吟が作って置いていった小さな腰掛椅子が四つずららっと並んでいた。
醸はその一つに腰かけて、昼休憩をしていた。
昼飯は母親の雪が作ったそうめんを食べたばかり。
息子の前だというのにいちゃいちゃし始めた両親の側にいるのに嫌気がさして、早々に居間から抜け出してきたのだ。
しかも――

店頭に並べられている”とあるもの”が、ひたすら目についてウザい。
面白がって燗が集めたから、きっとすべて捨て去ったら一週間分の売り上げが飛ぶんじゃないかってほどの”ぶつ”。
するめいかで作った徳利とお猪口、そしてげそがつまみとしてついたイカ徳利。
ビニールに入ったそれが軒先に提灯かと見まごうばかりに、大量につるされているのだ。
しかも店内入ったすぐの所には、焼いたするめいかを漬け込んだお燗專用カップ酒。
その隣には米麹甘酒がいくつか。
親父曰く、先生コーナー。捻りも何もねぇ。
重光先生と沙織さんの婚約に一役買ったとかで、この商店街でアガメタテマツラレているイカ様。
……唯のイカだっつーの。
そりゃ、俺だってイカ好きだしイカ徳利は物珍しさも相まって、試しても見たさ。
でもさ、誰が好き好んで失恋を決定づけたイカ様をフィーバーしなきゃなんねーんだっての。

まぁ、さすがに沙織さんへの気持ちはほとんど気にならなくなってきたけどさ。
沙織さんが年下だってこともあって、妹を見守るお兄ちゃんってこんな気持ちかなぁとほんわかする余裕もできてきた。
きっと姉も俺を見て、こんな気持ちになっていたのだろう。

「……姉さん」

姉のことが頭をよぎって、がくりと頭を下げた。

少し前、先生と沙織さんの婚約が噂になり新聞記者が二人を見つけようとこの商店街にはびこった時期があった。
まぁ、今でもいるけど数はだいぶ減ったと思う。
その時ものすごく態度の悪い奴らがいて、親父がやり返したのはいいんだけど。
「なんでそれが、全国ネットで両親の惚気を垂れ流すことにつながるんだ」
そのせいで姉からは、「しばらく帰らない」というメールまで来て散々だった。
今でもメールは受取ってくれるけど、電話は出てくれない。
一人暮らしで寂しいだろうに、両親のせいで姉孝行ができないのが憎らしい。


咥える部分ばかりになってきた煙草を、空き缶に放る。
中に入れてある水にそれは落ちて、じゅ……と情けない音を立てて沈んで行った。
「さて、と。午後は配達があったな……」
脳裏に午後のスケジュールを思い浮かべていたら、ひょこりと目の端にこちらを伺う人影に気付いた。
天衣ティエンフェイじゃないか」
そこには、神神飯店の一人娘・天衣ティエンフェイが裏口から顔を出して立っていた。
「醸兄、今いい?」
大丈夫? とおずおずとこっちを見ている姿が、なんだか可愛い。
両親に向けていた敵意が和らぐほどに、天衣の仕草がツボに入った。
俺は笑いながら了承しようとして、椅子から立ち上がる。
不思議そうにこちらを見ている天衣に少し体を伸ばしながら近づいた俺は、軽く片手をあげて悪いと呟いた。
「俺、今、煙草吸ってたんだよね。臭いと思うけど、悪いな」
なるべく休憩が終わる少し前に煙草吸うのをやめてはいるんだけど、女の子にはあまり良いとは言えない臭いのはず。
天衣は両手をわたわたと振りながら、頭も一緒に横に振る。
「あたし大丈夫だよぉ! 醸兄臭くなんかないし……っ」
「ありがと」
そうやって気を使ってくれるような女の子、うちの家族には全くいねぇからなぁ……。
俺はぽんぽんと天衣の頭をなでると、彼女と一緒に裏口から店内に入った。


「で、どした? 開さんから何か言われてきたのか?」
確か、午後に配達に行く店の中に神神飯店も入っていたはず。
天衣はうんうんと頷くと、小さなメモ帳を取り出した。
「パーパが紹興酒の注文数を増やしてほしいって、あとできれば一つ先に買ってくるように言われたの」
「お客さん?」
天衣はピリピリとメモ帳の一ページを切って俺に渡すと、うんと頷く。
「夕方、急に宴会のお客さんが入っちゃって。お願いしてただけじゃ足りないからって……醸兄、大丈夫?」
なんでそこで申し訳なさそうに俺を見るかなぁ。
「大丈夫っていうか、こっちとしては毎度ありだよ。で、数は用意できるけど天衣が持って帰りたいのって、紹興酒の甕? 宴会の」
「うん」
いや、あれ持っていくのって重いだろさすがに。

俺は天衣に少し待つように言うと、準備していた配達用のカブを裏庭から店先にまわした。
そこにすでに乗せてある元々の注文品に、天衣の持ってきたメモ通りに品物を追加していく。
一通りカブに乗せ終えてから、はてなマークを浮かべながら見ている天衣をおいでおいでと呼んだ。
店内から外に出てきた天衣に、小さく畳んだ納品書を手渡す。
そして店内に顔を向けると、そこにいる母親に配達に行くと言い残してカブのハンドルを掴んだ。
「醸兄?」
少し首を傾げて俺を見上げる天衣の頭をぽんぽんと撫でて、カブを押して歩き出す。
「丁度配達に出るつもりだったから、先に開さんちに行くよ」
神神飯店までそう遠くないといっても、女の子に酒甕を持たせて歩かせるのは忍びない。
重いし、見た目的にもあまり嬉しくないだろう。
天衣は少しぽかんとしていたけれど、ぱたぱたと駆けてきて横を歩きだした。


「ありがとう、醸兄!」


花が咲いたような笑顔に俺は微かに目を瞠って、それからつられたような笑顔で頷いた。

店先のイカ様があまり気にならなくなったのは、きっとこの日から。


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