希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―

篠宮 楓

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吟の帰還 2【商店街夏祭り企画】

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 饕餮さんちのとうてつに、お料理を頂きに行く回です。
 饕餮さん、ご協力ありがとうございました!!

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「醸くん、籐子さんの所にいってお願いしてあるものをもらってきてくれる? お代金はこれね」

 祭りの準備が終わって管理台帳をつけていた醸は、居間にいた雪に声を掛けられて電卓を打っていた手を止めた。
 顔を上げれば、店内につっかけを履いて出てくる雪と目があう。その手には、福沢諭吉さんが一枚。
 醸は首を傾げながら、管理台帳を閉じた。
 「籐子さんちって……。親父に頼まれた届け物するから取りに行くのは構わないけど、お客さんか誰かくんの?」
とうてつに刺身や揚げ物の盛り合わせを頼むときは、大体祝い事か来客の時だ。
 祝いで思いつくのは明日の祭り位だけれど、まさか前夜祭というわけでもあるまい。

 雪はいつものふわふわした笑みを浮かべ、困惑気味の醸に諭吉さんを差し出す。
 「だって、美味しいもの食べたいと思うでしょ?」
 「は? いや、確かに美味しいものは食べたいと思うけどさ」
 「だったらよろしくね?」
はい、と掌に置かれた諭吉さんを反射で掴むと、雪はにこにこ笑いながら居間に戻って行ってしまった。

 醸は首を傾げながらも、燗に頼まれた日本酒を軽トラの助手席に積み込む。なんでも特別純米酒らしく贈答用に紙ひもで瓶口を縛っている二本は籐子……女将さんがさっき来た時に、風呂敷で包んでいた。その他に、贈答用ではないのが二本。そして一本は親父にとくれたらしく、その嬉しさが今日の親父の動力源なのかもしれないな……と今さらながらに気付いた。
いつもならカブを使って配達するけれど、贈答用の日本酒を含めて四本の瓶をとうてつの裏庭まで運ぶのは些か怖い。雪もそれを気にしたのか、籐子さんに頼んだものがあるからなのか軽トラで言った方がいいと言われたし……。

 醸は日本酒を入れた箱を動かないように固定してから、軽トラに乗り込んだ。


ここ最近、母親である雪がどこか浮かれている様な気がするのはなぜだろう。
でも掴みようのない笑顔を浮かべるだけで、何を言っても明確な答えが返ってくるわけじゃないし……。
そんなことを考えながら、醸は表通りから裏道に入りとうてつの裏口に軽トラをつけた。

 「女将さん、配達に来ました!」
 裏口から声を掛ければ、冷蔵庫から何かを取り出していた女将と目があった。
 「ご苦労様、ありがとう。風呂敷に包んであるのは座敷に置いてくれるかしら? 剥き出しのは……」
こちらに歩み寄ろうとした女将に気付いて、丁度出勤してきたバイトの大空が駆け寄ってきた。
 「あ、僕が運びます。何処に置きますか?」
 少し驚いたように瞬きをした女将は、嬉しそうににっこりと笑う。
 「カウンターに置いて貰えるかしら。今日のオススメにするから」
 「わかりました!」
 元気のいいその声に反応が可愛いんだよなぁ……と内心思いながら、醸は包装されていない剥き出しの瓶を二本、大空に渡す。
そして自分は風呂敷に包まれた贈答用の方を座敷に置くと、女将に振り返った。

 「あと、母さんに頼まれたものを引き取りに来たんですけど」
そう言うと、なぜか女将がにこりと微笑んで徹也に視線を向けた。
 徹也は心得たとばかりにカウンターからこちら側に出てきて、そこに置かれていたいくつもの料理皿を示した。その量に、思わず目を瞠る。
 「ああ、これだ。今日は軽トラか?」
 「ええ」
そう問いかけてくる徹也の言葉に、醸はほぼ反射で頷いたと言ってもいい。
 徹也はそんな醸に気付いたようだが突っ込むこともせず、こちらを見ていた二人に声をかけた。
 「一人じゃ運べないから、積み込みだけは手伝うぞ。嗣、大空、手伝ってくれ!」
 「「わかりました!」」
 二人の声に我に返った醸は、自分こそ運ばねばと手前にあった舟盛りを手に取った。

……イカの刺身……?
つか、なんだこの量。うちは三人家族だぞ、どんだけ食う気なんだこれ。
ふと徹也さん達が運ぼうとしている料理皿を見れば、天ぷらが大皿二枚分、刺し盛が舟盛りを二つ。
サプライズで姉さんが帰宅するとしても、これおかしいだろ、確実におかしい量だろ!!

 最近どこか浮かれている母親の、その理由にきっと直結するものに違いない。
これだけの料理が必要なんだということに違いない。

 嫌な予感しかしてこない醸に、女将が声をかけた。

 「あら、醸くん。そんな顔をしてどうかした? 嫌いなものは入れてない筈だけど……」
……いえ、何でもないです……と、慌ててそれに頭を振ると、視界に入ってきたどでかいタッパ―に目を奪われた。
 「……って、何ですか、その塩辛のサイズ!」
 女将はタッパーを少し持ち上げて、楽しそうに笑う。
 「ふふ、凄いでしょ? 雪さん指定のサイズなの」
 「か、母さん……」
なんでこんなに塩辛が必要なんだよぉぉぉぉぉ!!!
 塩辛は、親父の好物じゃねぇか!!

 増してくる嫌な予感にがくりと肩を落とすと、すでに醸が持っているもの以外の皿を軽トラに積み込んだであろう徹也たちが、店内に戻ってきた。
 「料理頼む」
 項垂れている醸に苦笑しながらそう言うと、さっき座敷に置いた風呂敷包みを持って店から出て行った。
 醸はその後ろ姿を見送りながら、不思議そうにこちらを見る大空にタッパ―を持ってもらい軽トラに料理を積みこむ。
すっかり荷台を占領した料理に、醸は再び肩を落とした。


なんとか女将や嗣治さん、大空くんにお礼を言ってとうてつを後にする。


 軽トラを運転しながら、醸は何が何でも理由を聞き出そうと決意を新たにした。

……そんな決意は、もろくも崩れ去るわけだけれど。



 「……姉さんの、車……?!」


 軽トラで中央広場を横切ろうとした醸の視界に入り込んできたのは、出て行った姉である吟が自家用車として使っているコンパクトカーだった。
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