希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―

篠宮 楓

文字の大きさ
17 / 34

吟の帰還 3【商店街夏祭り企画】

しおりを挟む
 このお話を書くにあたって、トムトムさんにお世話になりました!
 ありがとうございます☆


---------------------------------



 いそいそと中央広場を醸の乗った軽トラが曲がろうとしていた、その数十分前。
 篠宮酒店の駐車場に、シルバーカラーのコンパクトカーが一台滑り込んだ。
 手慣れた風に一番端に車を止めると、開けた窓から女性にしては低めの声がぶつぶつと何事かぼやく。

 「あー、肩いってぇ」

 日頃蓄積された痛みプラス午前中から運転していたせいで、肩やら腰やらの筋肉がバッキバキになった吟は面倒くさそうに首を鳴らすと、サイドブレーキを上げて車のエンジンを止める。
 店についた吟は、いつも停めていた裏庭ではなく表の店の駐車場に車を置いていた。
 後から来る連れの目印にとの算段だ。
 吟は一つため息をつくと、勢いをつけて車から降りたった。

 寄ることはなかったけれど、墓参りで帰ってきていた時は目の前の道を通ったこともある。
その度に顔を出そうかどうしようか考えたけれど、実行することなく三年間過ごしてきた。
その間いろいろな事があったが、多分、今日報告する事以上のことはないだろう。
 後部座席に置いておいた手土産や雪に頼まれたアクセサリーの入ったBOXを手に、吟は久しぶりの我が家へと足を踏み入れた。

 「母さん、ただいま」
 店先のガラス戸を引いて中に入れば、懐かしい光景と……。
 「なんでイカ?」
なぜか店の入り口横に、冷やし甘酒の瓶やら日本酒やらと一緒にイカの徳利……これはイカそのものを素材とした徳利らしい……が置いてある。
 大体、店の駐車場にも見慣れないフリーザーケースがベンチの前に置いてあるし、夏祭り用なのだろうか?
そう首を傾げていた吟は、奥から出てきた母親である雪の声に顔を上げた。
 「吟さん、お帰りなさい!」
カタカタとつっかけの音をさせて出てきた雪は、吟が出て行った時とほとんど変わっていない。
 自分の母親ではあるけれど、年齢不相応の童顔加減に若干空恐ろしく感じる。
そんなことを娘に思われているとは知らない雪は、嬉しそうに吟の前に立った。
 「久しぶりね、ちゃんとこうして会うの。それでお相手の方は?」
わくわくとした表情を隠すことなく吟の後ろに視線を向ける雪に、吟はいつも通りだと苦笑を落とした。
 「後から来るよ。電車でこっちに向かってるから駅まで迎えに行くつもりだけど、間に合わなきゃ場所は言ってあるし勝手に来ると思う」
 「あらそうなの?」
 少し残念そうに頬に手を当てた雪に、吟はずっと気になっていたことを聞いてみた。

 「でさ。うちはいつからイカ大好きになったワケ?」
 「イカ? あぁ、イカ徳利のこと?」
 突然の何の脈絡もない問いかけに一瞬目を瞬いた雪は、イカの徳利を見る吟にその意味を理解した。
 「イカ徳利って珍しいわよねぇ」
 「……いや、だからなんで?」
 答えになっていない言葉に思わず苦笑いしながらもう一度聞くと、雪は「そうだわ」と何か閃いたかのようにぽんっと手を打った。
 「あのね、紬さんの所にお使いいってきてくれないかしら」
 「お使い?」
 今度は、吟が不思議そうに瞬きをする。雪はそんな彼女に気付くことなく、吟の手から荷物を受け取った。
 「えぇ、紬さんと孝子ちゃんにお願いしてるものがあるの。連絡はしてあるから、言ってくれればわかると思うわ」
 「あ、え? えーと、紬さんとたっこに聞けばいいってこと? 母さん、脈絡なさ過ぎてまったく意味が……」
 「そうそう、聞けばいいってこと! よろしくね、吟さん」
 吟の言葉に何の返答をするわけもなく、雪は鼻歌を歌いながら居間の方へと戻って行ってしまった。
 店先に残された吟はぽかんとその後ろ姿を見送っていたけれど、頭をガシガシとかきながら一つため息をついて入ったばかりの実家から外へと歩き出した。




……うん、母さんが一番最強だな。うちの家は。

そんなことを考えながら、中央広場を渡っていく。
 紬さんち……喫茶トムトムは、通りを挟んで向かい側だ。店を出れば、ほとんど数秒で辿りつく。
 変わっていない店の外観にのんびりとした気持ちになりながら、吟はドアをくぐった。
 「こんにちはー」
 久しぶりに来た事をみじんも感じさせないのんびりとした口調で中に入れば、丁度厨房から出てきた孝子と目があった。
 「吟さん!」
 途端、嬉しそうに顔を綻ばせて駆け寄ってくる。
 「よぉ、たっこ。元気にしてたか? 何か頼んだものがあるって母さんに言われてきたんだけど」
 彼女と会うのも、本当に久しぶりだ。
 数年合わなかっただけで随分大人になったなぁと心の中で呟きながら、傍に来た孝子の頭を撫でた。
 「吟さん」
 小さな声で名前を呼ばれて少し屈むと、その耳元に口を寄せて孝子はこっそりと囁いた。
 「雪さんに聞きました、ご結婚決まったって。おめでとうございますっ」
 「そういえば母さんが女性陣には話したって言ってたな。あぁ、ありがとたっこ」
にっこりと笑って礼を言うと、孝子は奥の厨房に取って返して何か大き目の箱を持ってきた。
 「これ、雪さんから頼まれていたものです。お代は頂いていますので、このままお持ちくださいね」
 「?」
 差し出された勢いのまま受け取れば、少し重さのあるものだった。
それを不思議そうに見つめる吟に、孝子はにこやかに笑って口を開いた。
 「吟さんに、たくさんの幸せが来ますように!」
 「?」
 首を傾げたまま顔を上げれば、たっこの後ろに彰と見知らぬバイト君達が見える。
 夏祭り前で忙しそうだ。
しっかし、イケメン揃いの喫茶店だなぁ。その手のおぜうさん達が通いつめそう。
 「なんかよくわかんねーけど、もらっていくな。皆にもよろしく伝えてくれ」
そう言いながら後ろで作業をしている勉さん達に、頭を下げる。どうやら何かの用事らしく、紬さんの姿は見えない。
 残念だけど、さすがに祭り前にずっと邪魔してるわけにもいかねぇからな。
 「はい! また来てくださいね!」
 「あぁ紬さんにも会いたいしな。それじゃ、どうも」
 最後は勉さん達に向けて声をかけると、たっこの笑顔に送られてトムトムをでた。




――そして。




 「いや、だからなんでイカなんだよ」




 自分ちの居間の卓状台に置いた箱のふたを開けてみればイカの形をした大きなムースが鎮座していて、吟はぽかんと口をあけたまま首を傾げていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...