24 / 34
吟の帰還 10【商店街夏祭り企画】 Last
しおりを挟む
こちらのお話を書くにあたって、饕餮さんにご協力いただきました。
ありがとうございました!
「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 二十五話目 秘密の話」に、籐子さんが吟に伝えたお話が出てきます。
これにて、篠宮酒店の夏祭り企画は終了です! 長々とありがとうございました♪
-------------------------------
祭りを満喫した吟と木戸は、その日も深夜をまたぐ時間まで燗に捕まって飲み明かしていた。
翌日帰宅予定の為、車の運転をする吟は最初の一杯以外ノンアルコールを貫いていたが、自分が寝た後も木戸は燗に付き合って飲んでいたようだ。
朝方二階の自室から降りてきた吟は、足を踏み入れた居間の惨状を見て苦笑を零した。
そこにはタオルケットを掛けられて寝転がる、男二人。元々吟と同じでザルというよりワク状態の木戸ではあるけれど昼間とうてつのお客さんと祝い酒だと飲み交わしているのもあり、興奮して祭りの最中動き回っていた燗とともに居間で潰れていた。
「吟さん」
男二人を見下ろしていた吟は、小さな声で呼ばれて顔を上げる。
その先には台所からこちらを見る、雪の姿。木戸と燗の横を足音を立てないように通り抜けると、雪の側へといった。
「おはよ」
「おはよう、吟さん。今日帰るんでしょ? これ、忘れずに持って行ってね」
以前店頭で使っていた冷蔵ケースに入ってるのは、珈琲の空き瓶に詰められたイカの塩辛。切り分けられたイカのムース。その他にも、いろいろと詰め込まれた発泡スチロールの箱だった。
「保冷剤、これでもかってくらい入れようと思うけど、吟さんの家まで持つかしら。間に合わなそうなら、途中で氷かなんか補充してね?」
「あぁ、ありがと。直接帰るし、多分大丈夫じゃないかな」
どこかに寄ろうとしても、撃沈している木戸を連れては無理だろう。家に帰れば仕事もあるし、もともと直接帰る予定だったから心配はない。
「何時ごろ帰るの?」
壁にかけてある時計を見れば、七時過ぎたところ。祭りの後とはいえ、少し遅く起きてしまったようだ。店自体は休みじゃないから、あと二時間もすれば店を開けるのだろう。
吟は少し考えた後、苦笑した。
「ホントは午前中の内に戻るつもりだったんだけど、木戸があれじゃな。午後一には戻ろうかと思う」
「あ、ホント!? そしたらお昼ご飯は、吟さんが好きだったオムライス作るね」
「お、久しぶりだ。楽しみにしてる」
チキンライスを薄焼き卵で包んだ雪のオムライスは、幼い頃からの吟の大好物。にんまり笑った吟は、ふと気になって雪を見た。
「醸はもう起きてるのか?」
結婚の承諾は得たし商店街の皆とも話した。あと気にかかるのは、弟の醸の事だ。
昨日返ってきた時は予想通りの態度だったから強気に出たが、夕方店に戻ってきたらなんだか上の空だった。
そんなに落ち込むことかシスコンめと思ったけれど、どうもそうじゃない様で。木戸に対して敵意剥き出しでもなく、いたって普通のいつもの醸だった。その態度に、木戸とともに吟も少し拍子抜けしたものだ。
夕食を食べた後仕事があるからと店内の事務作業スペースに籠ってしまい、宴会になだれ込んでいた吟たちは醸がいつ寝たのかも気付かなかった。
雪は少し困ったように軽く握った手を口元にあてる。
「もう起きて、外の片づけをしてるわ。お祭りで何かあったのかしらねぇ」
「うーん」
二人で悩んだとて、理由がわかるわけでもない。吟はため息をつくと、身支度をするためにもう一度居間を通り抜けた。
「木戸さん、また遊びにいらしてくださいね?」
「はい、ありがとうございます。今回は、本当に済みません。ご面倒をおかけしてしまって……」
でかい図体を小さくして謝る木戸に、雪はいえいえと手を振る。
「燗さんが飲ませすぎるのがいけないのよ。嬉しいからって、弾け過ぎよ」
「べらぼうめ、いいじゃねぇか。いい酒のみ相手ができたんだからよぉ。醸は酒が好きでもあんま飲めねぇからな」
な! と隣に立つ醸の背中を叩けば、痛そうに顔を顰めながらため息をつく。
「親父がホントすみません。俺もいろいろと悪い態度をとってしまって、申し訳なかったです。姉をどうぞよろしくお願いします」
――え?
一瞬、篠宮家に静寂が訪れた。
「あ、あら? 醸くん?」
重度のシスコンを見続けてきた雪は、驚いたように醸と吟を交互に見る。いつの間にか喧嘩でもしたのかしら……というような視線に、吟は思いっきり頭を横に振った。
「反対の立場だったら、俺、すげぇ嫌な奴だよなって思って。すみません」
「なんだ醸!! お前、やっと姉離れかよ! っかぁ、こりゃめでてぇな、今日も宴会か!!」
燗がでかい声を上げて喜びをあらわにし、こうしちゃいれねぇとかけだそうとした、その刹那。
「……姉泣かしたらどうなるか、その覚悟だけはしといてくださいね」
「……」
あんま変わってない……
シスコンがなおったのかと期待した篠宮家一同はがくりと肩を落としたけれど、それでもうざいぐらいの愛情表現? が出てこない事には驚いた。
吟は少し複雑そうな表情を浮かべながら醸に近寄ると、高い位置にある……木戸よりは低いけれど……弟の顔を覗き込んだ。
「お前、なんかあったのか?」
「ん、大丈夫」
そう言って笑った醸の顔は、はっきり言って大丈夫には見えなかったけど、吟はそれ以上突っ込むのはやめた。
「ならいい。私は好きな事やって生きてるから、お前も好きなことして過ごせよ?」
「あぁ、もちろん。俺は今、店をやるのが楽しいよ」
昨日の売り上げもいい感じだったしね、と笑った醸は、いつも通りの笑顔だった。
客が来たのをきっかけに、雪は店内に戻り、燗と醸は祭りの片づけに出て行った。
準備を終えた二人が帰ろうかと顔を見合わせたその時、向こうから籐子が歩いてきたのに気付いて吟は駆け寄る。
「籐子さん、どしたの? 今ランチの時間帯じゃ……」
「えぇ、ちょっと抜けてきただけだからすぐに戻らないといけないのだけれど……」
同じように傍に来た木戸に軽く会釈をした籐子は、声を潜めて吟の耳元へと口を寄せた。
「吟さんとはまた暫く会えないだろうし、商店街の皆には来週あたり話そうと思っているんだけれど……」
その前提で教えてくれた話は吟の感情を最高潮に高ぶらせるもので。
口をぽかんと開けたまま聞いていた吟は、全て話し終えた籐子の「それまでは内緒よ?」の言葉に、ゆるりと彼女を見た。
目の合った籐子は、指を唇に当てて茶目っ気たっぷりに笑っている。
途端、聞いた話が一気に現実味を帯びて、吟はつい声を上げてしまった。
「え、マジ……!!!?」
「吟」
叫ぼうとした吟の口を、とっさに木戸が手で塞ぐ。
「ふ、んがが」
二重の意味で驚いた吟は目を白黒させていたけれど、耳元に降りてきた木戸の吐息に思わず動きを止めた。
「内緒ね、って言われたでしょ?」
周囲に聞こえないように籐子が言った言葉を復唱されて、吟は勢いよくと上下に頭を振った。
吟が少し落ち着いたのを見て、木戸は小さく息をつく。そしてゆっくりと手を外した。口から木戸の手が離れた途端ぱっと笑顔になった吟は、今度は周囲に聞こえないような小さな声で「おめでとう! 籐子さん!!」そう、お祝いを伝える。
少し照れたような笑みを浮かべた籐子はとても幸せそうで、吟はその手を握って嬉しさを噛みしめた。
「吟、実家に戻りたくなったか?」
籐子と別れて車に乗り込んだ吟たちは、どんどん実家から離れ自宅へと近づいていく。助手席に乗る木戸が缶珈琲を手にしたまま、運転している吟を見つめた。
「もしお前が望むなら、実家に戻っても……」
「いや、いい」
木戸の言葉を途中で端折り、吟は口端を上げた。
「あの家は醸のもんだ。あそこは住む場所じゃなくて、私にとっては帰る場所なんだってことがよく分かったよ。しかもさ、それがすげー嬉しいんだ」
「吟……」
「あそこを出ていくまでの醸は、もっと頼りなくて私にべったりで、正直やっていけるのかと思ってた。でもそれは違ったんだな。あれはやっぱり私のせいだったんだ」
私に遠慮してたのもあるだろうし、酒屋を継ぐのは私の方があっていると本心から思っていただろう弟。だからなのか、あの頃はある一定の部分から手を出そうとしなかった。
燗や私に言われたことをやるべきだと、頑なに思っているところがあった。
それがどうだろう。醸のいない時に管理台帳や帳簿、取引先のデータを燗に見せてもらったが、自分がやっていた時よりも管理が行き届いていて、なおかつ規模が広がっていた。
無意識に、私が醸の可能性を潰していたんだ。
そう聞かせるとはなしに、吟は嬉しそうに話す。
木戸はそんな彼女を見て、安堵の表情を浮かべた。
「お前が嬉しそうで、俺は安心したよ」
「そうか?」
ふふふ、と笑う。
「私はやりたいことができて、それを突き進んでる。醸も、店が楽しいと言ってくれた。しかもよくわかんねーけど、私離れし始めたみたいで嬉しいよ」
木戸は出て来る時に言われた醸の言葉を思い出したのか、半分困ったような笑みをこぼした。
「確かにな、初対面の時とはなんか違った。祭りの時に、何かあったのかな。お前なら聞くと思ったけど……」
「聞かないさ、醸が言わねーんなら。もう、大丈夫だ。悩みがあろうと祭りでなんかあっただろうと、一人で考えて答えを出すさ」
「男前な姉ちゃんだな」
「まぁな! しっかも、嬉しいこともう一個あったしさ!」
「あぁ、籐子さんの?」
「そうそう!」
全く知らなかった、籐子さんの家族の事。まさか、そうだったとは思わなかった。
「すげぇ、びっくりさせられたぜ。ありゃ、醸の為の意趣返しかもな!」
姉の突然の結婚宣言で驚かされた醸の為に、私を驚かせようっていう。
「ホント、いいとこだろ。うちの地元」
そう屈託なく笑う吟に、木戸はそうだなと頷く。
二人の住むアパートへと車を飛ばしながら、吟の心は驚きと嬉しさで溢れていた。
ありがとうございました!
「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 二十五話目 秘密の話」に、籐子さんが吟に伝えたお話が出てきます。
これにて、篠宮酒店の夏祭り企画は終了です! 長々とありがとうございました♪
-------------------------------
祭りを満喫した吟と木戸は、その日も深夜をまたぐ時間まで燗に捕まって飲み明かしていた。
翌日帰宅予定の為、車の運転をする吟は最初の一杯以外ノンアルコールを貫いていたが、自分が寝た後も木戸は燗に付き合って飲んでいたようだ。
朝方二階の自室から降りてきた吟は、足を踏み入れた居間の惨状を見て苦笑を零した。
そこにはタオルケットを掛けられて寝転がる、男二人。元々吟と同じでザルというよりワク状態の木戸ではあるけれど昼間とうてつのお客さんと祝い酒だと飲み交わしているのもあり、興奮して祭りの最中動き回っていた燗とともに居間で潰れていた。
「吟さん」
男二人を見下ろしていた吟は、小さな声で呼ばれて顔を上げる。
その先には台所からこちらを見る、雪の姿。木戸と燗の横を足音を立てないように通り抜けると、雪の側へといった。
「おはよ」
「おはよう、吟さん。今日帰るんでしょ? これ、忘れずに持って行ってね」
以前店頭で使っていた冷蔵ケースに入ってるのは、珈琲の空き瓶に詰められたイカの塩辛。切り分けられたイカのムース。その他にも、いろいろと詰め込まれた発泡スチロールの箱だった。
「保冷剤、これでもかってくらい入れようと思うけど、吟さんの家まで持つかしら。間に合わなそうなら、途中で氷かなんか補充してね?」
「あぁ、ありがと。直接帰るし、多分大丈夫じゃないかな」
どこかに寄ろうとしても、撃沈している木戸を連れては無理だろう。家に帰れば仕事もあるし、もともと直接帰る予定だったから心配はない。
「何時ごろ帰るの?」
壁にかけてある時計を見れば、七時過ぎたところ。祭りの後とはいえ、少し遅く起きてしまったようだ。店自体は休みじゃないから、あと二時間もすれば店を開けるのだろう。
吟は少し考えた後、苦笑した。
「ホントは午前中の内に戻るつもりだったんだけど、木戸があれじゃな。午後一には戻ろうかと思う」
「あ、ホント!? そしたらお昼ご飯は、吟さんが好きだったオムライス作るね」
「お、久しぶりだ。楽しみにしてる」
チキンライスを薄焼き卵で包んだ雪のオムライスは、幼い頃からの吟の大好物。にんまり笑った吟は、ふと気になって雪を見た。
「醸はもう起きてるのか?」
結婚の承諾は得たし商店街の皆とも話した。あと気にかかるのは、弟の醸の事だ。
昨日返ってきた時は予想通りの態度だったから強気に出たが、夕方店に戻ってきたらなんだか上の空だった。
そんなに落ち込むことかシスコンめと思ったけれど、どうもそうじゃない様で。木戸に対して敵意剥き出しでもなく、いたって普通のいつもの醸だった。その態度に、木戸とともに吟も少し拍子抜けしたものだ。
夕食を食べた後仕事があるからと店内の事務作業スペースに籠ってしまい、宴会になだれ込んでいた吟たちは醸がいつ寝たのかも気付かなかった。
雪は少し困ったように軽く握った手を口元にあてる。
「もう起きて、外の片づけをしてるわ。お祭りで何かあったのかしらねぇ」
「うーん」
二人で悩んだとて、理由がわかるわけでもない。吟はため息をつくと、身支度をするためにもう一度居間を通り抜けた。
「木戸さん、また遊びにいらしてくださいね?」
「はい、ありがとうございます。今回は、本当に済みません。ご面倒をおかけしてしまって……」
でかい図体を小さくして謝る木戸に、雪はいえいえと手を振る。
「燗さんが飲ませすぎるのがいけないのよ。嬉しいからって、弾け過ぎよ」
「べらぼうめ、いいじゃねぇか。いい酒のみ相手ができたんだからよぉ。醸は酒が好きでもあんま飲めねぇからな」
な! と隣に立つ醸の背中を叩けば、痛そうに顔を顰めながらため息をつく。
「親父がホントすみません。俺もいろいろと悪い態度をとってしまって、申し訳なかったです。姉をどうぞよろしくお願いします」
――え?
一瞬、篠宮家に静寂が訪れた。
「あ、あら? 醸くん?」
重度のシスコンを見続けてきた雪は、驚いたように醸と吟を交互に見る。いつの間にか喧嘩でもしたのかしら……というような視線に、吟は思いっきり頭を横に振った。
「反対の立場だったら、俺、すげぇ嫌な奴だよなって思って。すみません」
「なんだ醸!! お前、やっと姉離れかよ! っかぁ、こりゃめでてぇな、今日も宴会か!!」
燗がでかい声を上げて喜びをあらわにし、こうしちゃいれねぇとかけだそうとした、その刹那。
「……姉泣かしたらどうなるか、その覚悟だけはしといてくださいね」
「……」
あんま変わってない……
シスコンがなおったのかと期待した篠宮家一同はがくりと肩を落としたけれど、それでもうざいぐらいの愛情表現? が出てこない事には驚いた。
吟は少し複雑そうな表情を浮かべながら醸に近寄ると、高い位置にある……木戸よりは低いけれど……弟の顔を覗き込んだ。
「お前、なんかあったのか?」
「ん、大丈夫」
そう言って笑った醸の顔は、はっきり言って大丈夫には見えなかったけど、吟はそれ以上突っ込むのはやめた。
「ならいい。私は好きな事やって生きてるから、お前も好きなことして過ごせよ?」
「あぁ、もちろん。俺は今、店をやるのが楽しいよ」
昨日の売り上げもいい感じだったしね、と笑った醸は、いつも通りの笑顔だった。
客が来たのをきっかけに、雪は店内に戻り、燗と醸は祭りの片づけに出て行った。
準備を終えた二人が帰ろうかと顔を見合わせたその時、向こうから籐子が歩いてきたのに気付いて吟は駆け寄る。
「籐子さん、どしたの? 今ランチの時間帯じゃ……」
「えぇ、ちょっと抜けてきただけだからすぐに戻らないといけないのだけれど……」
同じように傍に来た木戸に軽く会釈をした籐子は、声を潜めて吟の耳元へと口を寄せた。
「吟さんとはまた暫く会えないだろうし、商店街の皆には来週あたり話そうと思っているんだけれど……」
その前提で教えてくれた話は吟の感情を最高潮に高ぶらせるもので。
口をぽかんと開けたまま聞いていた吟は、全て話し終えた籐子の「それまでは内緒よ?」の言葉に、ゆるりと彼女を見た。
目の合った籐子は、指を唇に当てて茶目っ気たっぷりに笑っている。
途端、聞いた話が一気に現実味を帯びて、吟はつい声を上げてしまった。
「え、マジ……!!!?」
「吟」
叫ぼうとした吟の口を、とっさに木戸が手で塞ぐ。
「ふ、んがが」
二重の意味で驚いた吟は目を白黒させていたけれど、耳元に降りてきた木戸の吐息に思わず動きを止めた。
「内緒ね、って言われたでしょ?」
周囲に聞こえないように籐子が言った言葉を復唱されて、吟は勢いよくと上下に頭を振った。
吟が少し落ち着いたのを見て、木戸は小さく息をつく。そしてゆっくりと手を外した。口から木戸の手が離れた途端ぱっと笑顔になった吟は、今度は周囲に聞こえないような小さな声で「おめでとう! 籐子さん!!」そう、お祝いを伝える。
少し照れたような笑みを浮かべた籐子はとても幸せそうで、吟はその手を握って嬉しさを噛みしめた。
「吟、実家に戻りたくなったか?」
籐子と別れて車に乗り込んだ吟たちは、どんどん実家から離れ自宅へと近づいていく。助手席に乗る木戸が缶珈琲を手にしたまま、運転している吟を見つめた。
「もしお前が望むなら、実家に戻っても……」
「いや、いい」
木戸の言葉を途中で端折り、吟は口端を上げた。
「あの家は醸のもんだ。あそこは住む場所じゃなくて、私にとっては帰る場所なんだってことがよく分かったよ。しかもさ、それがすげー嬉しいんだ」
「吟……」
「あそこを出ていくまでの醸は、もっと頼りなくて私にべったりで、正直やっていけるのかと思ってた。でもそれは違ったんだな。あれはやっぱり私のせいだったんだ」
私に遠慮してたのもあるだろうし、酒屋を継ぐのは私の方があっていると本心から思っていただろう弟。だからなのか、あの頃はある一定の部分から手を出そうとしなかった。
燗や私に言われたことをやるべきだと、頑なに思っているところがあった。
それがどうだろう。醸のいない時に管理台帳や帳簿、取引先のデータを燗に見せてもらったが、自分がやっていた時よりも管理が行き届いていて、なおかつ規模が広がっていた。
無意識に、私が醸の可能性を潰していたんだ。
そう聞かせるとはなしに、吟は嬉しそうに話す。
木戸はそんな彼女を見て、安堵の表情を浮かべた。
「お前が嬉しそうで、俺は安心したよ」
「そうか?」
ふふふ、と笑う。
「私はやりたいことができて、それを突き進んでる。醸も、店が楽しいと言ってくれた。しかもよくわかんねーけど、私離れし始めたみたいで嬉しいよ」
木戸は出て来る時に言われた醸の言葉を思い出したのか、半分困ったような笑みをこぼした。
「確かにな、初対面の時とはなんか違った。祭りの時に、何かあったのかな。お前なら聞くと思ったけど……」
「聞かないさ、醸が言わねーんなら。もう、大丈夫だ。悩みがあろうと祭りでなんかあっただろうと、一人で考えて答えを出すさ」
「男前な姉ちゃんだな」
「まぁな! しっかも、嬉しいこともう一個あったしさ!」
「あぁ、籐子さんの?」
「そうそう!」
全く知らなかった、籐子さんの家族の事。まさか、そうだったとは思わなかった。
「すげぇ、びっくりさせられたぜ。ありゃ、醸の為の意趣返しかもな!」
姉の突然の結婚宣言で驚かされた醸の為に、私を驚かせようっていう。
「ホント、いいとこだろ。うちの地元」
そう屈託なく笑う吟に、木戸はそうだなと頷く。
二人の住むアパートへと車を飛ばしながら、吟の心は驚きと嬉しさで溢れていた。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件
音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。
『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』
『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』
公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。
もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。
屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは……
*表紙絵自作
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる