君が見ていた空の向こう

篠宮 楓

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俺の妹は、体が弱かった。
日常の生活を送るのでさえ、精いっぱい頑張らなきゃいけなかった。
元々暮らしていた場所はそこまでの都会ではなかったけれど、田舎でもなくて。
中学に上がった妹が呼吸器系の疾患を発症したのをきっかけに、空気の綺麗な場所へ引っ越すことになった。
丁度父の古い友人が田舎に住んでいたことも、背中を押した要因だと思う。まったく知らない土地に行くことになるなら、せめて知り合いのいる場所にと思ったのだろう。
そこは当時住んでいた場所から飛行機や新幹線で行くような遠い所で、話し合いの結果、既に高校に通い始めていた俺は両親を契約者としてアパートを借りて一人で住み始めた。

高校一年の間はバイトをせずに生活に慣れる事、必ず一日一回連絡を入れる事。
他にも約束事は多岐に渡ったが、さして苦ではなかった。
一緒に住んでいた時でさえ妹の生活に金がかかる分両親は共働きで家にいる時間も少なかったし、妹も入退院を何度かしていたせいもあって、もともと一人暮らしのようなものだったから。

月に一度両親や妹のいる家に遊びに行っていたけれど、会うたびに顔色の良くなっていく妹を見て安堵したのを覚えてる。
何ヶ月かそんな暮らしをしたある日、



それが。その生活が。

唐突に崩壊した。





何度も繰り返し入れられている着信に気が付いたのは、アパートに戻ってからだった。それは数分おきに一度という、異常な回数。父親の携帯から発信された着信回数は、優に一桁を超えていた。
異常な状態に慌てて電話を掛けなおせば、出たのは両親がお世話になっている父親の友人だった。
焦ったような声で告げられたのは、両親と妹……俺以外の家族の事故。
直ぐに自宅を出て、月に一度皆に会いに行くのと同じ行程をたどった。


-相手方の、スピードの出しすぎが原因だそうだ……


数時間たって、やっと家族が収容されている病院にたどり着いた。入り口で待っていてくれた父の友人が告げたのは、事故の原因と……母と妹の死。
父親だけが、今、何とか命を繋いでるという、事。

看護師に案内されたのは、傷だらけの体に包帯を巻いた父親のベッド。
ほとんど肌が見えないほど巻かれた包帯が、一々耳に残る電子音が、父親の状態を伝えていた。

-父さん

掠れた声で呼びかければ、うっすらと目を開く。
酸素マスクをしていた父親はもがく様にそれを何とかずらすと、俺に手を伸ばした。

-す、まん、すまない……

喘ぐように繰り返すのは、誰への謝罪なのか。

-母さんた、ちは、無事、か

それに無言で頷くと、少しだけほっとしたように目元を和らげて俺の手を握った。
思った以上の強い力に、引き寄せられる。

-……


それが。
それで、最期だった。
痛い程の力で握られた手は、長い電子音が背後で鳴り響く中でも離れることはなかった。
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