この気持ちは、あの日に。

篠宮 楓

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であい。

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 あの人と会ったのは、高校三年の冬。


 どんなに勉強しても結果が出せない、スランプ状態の時だった。模試の判定は、大学入学への難しさをダイレクトに伝える。

 彼を初めて見たのは、そんな頃。
 高校からの帰り道、空席の目立つ車両に乗り込み、電車で自宅へと向っていた時の事。
 少しずつ周りの進路が決まり始め、置いてけぼりをくらっているような感覚は両足を地面に縫いとめられているように思えた。
 まだ大丈夫、まだ大丈夫。
 そう慰めてくれる言葉が、周りの優しさが反対に辛かった。

 どうして、大丈夫なんて言えるの? 駄目だったら、責任取ってくれるの? 取れないでしょ? だったら、そんな簡単に大丈夫何て言わないで!


 そう、我がままに反発心をつのらせていた。


「眉間、皺よってる」

 ぐり

 その言葉と触れられた感覚が一度にきて、なにも反応することが出来なかった。ただ反射的に顔を上げた先に見えたのは、制服を着ていない私服の男の人。

 だれ?

 余計眉間に力が入った私を見て、その人は面白そうに笑った。
「ほら、駄目だよ。皺になっちゃうよ」
 そう言って、眉間の皺を伸ばす様にぐりぐりと人差し指を押し付ける。
「若い頃からちゃんと気を付けてないと、将来後悔することになるよ」
 その言い方がまるで化粧品会社のおねーさんみたいで、言い返そうとした勢いが霧散した。
 眉間を押してくる指を避けて、その人を見上げる。
「どこかの化粧品会社の回し者?」
「えぇ、そうですわ。よろしければいいお化粧をご案内いたしますが」
 オネェ言葉でふざけたその人は、にかっと笑って私の頭を軽く撫でた。









「お降りの方は、前の方に続いてください」


 車内アナウンスで、現実に引き戻される。ドアの横に立っていた私は、乗降客の邪魔にならない様に体を縮こませる様にして身を引いた。
 降りていく乗客の中に、あの人の姿はない。
 目線を車内に向ければ、私とは対角線の位置にその姿を見つけることが出来た。
 さっきは座っていたはずだったけれど……
 そのまま彼が座っていた座席に目を移せば、頭を下げてお礼を言っているおばあちゃん。彼は笑って、それにこたえていた。

 思わず緩む、頬。

 あぁ、変わってないなって、思った。
 それにほっとした。

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