この気持ちは、あの日に。

篠宮 楓

文字の大きさ
上 下
15 / 22

わらって。

しおりを挟む
 思わず、びくりと肩を震わせてしまった。

 言えって?


 痛い女子高生だった私は、おにーさんに彼女がいる事を知って、勝手に「いつかは~」とか夢見てたそれをぶっ潰されて、泣いて怒って落ち込んで……?


 あ、なんか考えただけで落ち込んできた。



「君?」


 名前を……いや、名前じゃなくて。
 声を掛けられて、顔を上げる。そういえば、この期に及んで名乗ってないや。

 頭を下げたまま、自嘲気味に目を伏せた。
 知らないままの方が、いいかな。私は、知ってるけれど。

「いえ、その。思春期って事で……」
「思春期、ねぇ」

 あれ。
 なんかおにーさんの声が、剣呑です。
 当たり前か。
 でもほらー。乙女の妄想は思春期で説明できるよねっ。

「ふーん」

 うん、何か怖いよ!
 おにーさんは、何も言わずにじとっとした目で、私を見ていて。

 でも。

「あの」
「うん?」

 私の声に反応するように、その色が揺れた。


 ――緊張、してるんだ。


 こんな年下の女の言葉に。
 態度に。

 自分と同じ立ち位置にいてくれているのかと思うと、それだけで自分の緊張がゆっくりと解けていく気がする。体から抜ける力に、心も落ち着いていく気がした。

 そう。
 もう一年半くらいまえの話。
 たとえ気持ちがまだ終わっていないとしても、それでも伝えられるよね。

「おにーさん。あのね」

 ゆっくりと開いた口、丁寧に紡ぐ言葉。
 終わることが怖くて、あの日に置いてきたはずの恋心が胸を締め付けるけれど。
 終わらせないと、自分も進めない。
 誤魔化せば、また生まれる、後悔。

 おにーさんは、どこか緊張した面持ちで私の言葉を待ってる。 表面は、何でもない顔をして。
 あの時でさえそうなんだから、今なんてもっと見せて貰えはしないだろう。

 ”怒・哀”なんて。

 口端を、意識的に引き上げる。
 笑えるだろうか。
 笑えてるだろうか。


「あのね、私」

「うん」

「おにーさんの事が、好きだったの」


 どこか、張り詰めた空気。
 おにーさんは表面に張り付けていた顔を作ることも出来ず、ただ目を見開いた。

「おにーさんの事が好きだったから、彼女がいるのを知って逃げちゃったの」

「……う、え?」

 なにその反応。

 目をまん丸くして固まっているおにーさん、口も半開きですよ。
 あまりにも可愛い反応に、思わず笑ってしまった。
 あぁ、言葉にしてみれば、なんて簡単な事だったんだろう。心臓はばくばくしてるけど、それでも逃げた時の苦しさなんかとは比べものにならない。

 言えばよかった。
 あんなに苦しんで、こんなに引きずって、おにーさんにもしこりを残すくらいなら。

「ごめんなさい、子供だったよね。私」

 今も、学生という名の子供。けれど二十歳を過ぎているから、大人でもいなくちゃいけない。
 中途半端な、私。

 だから。

「ごめんなさい」

 謝るから。

「おにーさん」

 呼び掛けに、ぴくりと肩を震わせたおにーさんに精一杯笑顔を見せた。



――笑って、許して?
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者の浮気相手は私の親友でした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:1,523

明日を春を待っている

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

これは一つの結婚同盟

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,094pt お気に入り:340

他人目線

青春 / 連載中 24h.ポイント:2,698pt お気に入り:2

パンク×パンク

SF / 完結 24h.ポイント:575pt お気に入り:5

あなたと私とあなた

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

キツネとぶどう

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:880pt お気に入り:0

その遊び癖、どうすれば治りますか旦那様?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:15

処理中です...