31日目に君の手を。

篠宮 楓

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21~25日目 アオ視点

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 キャンバスに向かい始めて、既に三日。
 真っ白だったそれは、すでに色の世界。



 突然大きな音が鳴って、私は文字通り飛び上がった。
「なっ、何っ」
 ばくばくと鼓動を刻む胸を押さえながら、音の発信源を探す。それは、縁側に放り投げてあった携帯だった。

「……なんか、前にも同じことをやった気がするんだけど――」
 そう呟きながら、持っていた絵筆をパレットに置いて立ち上がる。その間、携帯はバイブレーションのまま大きな音を立てていた。早く出ろ~早く出ろ~~とでもいうように。

「そう言えば音楽に変えようと思って、すっかり忘れてたなぁ」
 焦る事もなくそれを手に取ると、何気なしにサブディスプレイを見た。

 見知った文字に、通話ボタンを押す。耳に当てると、淡々とした声が響いた。
『やっと出たね』
 それに少し苦笑を落としながら、私はその人の名を呼んだ。
「要さん?」
 それは、この家の家主でもある祖母、要からだった。
『あぁ、元気かい?』
 淡々と話す要さんは、ほんの少し疲れた色をにじませていて。
 疲れてるの? との私の言葉に、深く溜息をついた。
『疲れたなんてもんじゃないよ。子守は十年単位の過去なんだ。まったく年寄りをなんだとおもってるんだろうね、うちの息子は』
 微かに笑い声が聞こえるのは、話題に上がった“うちの息子”であるおじさんが傍にいるのだろう。


「でも、楽しんでるんでしょ。要さん」
 私の言葉に、要さんはまあねと笑う。
『お前もいい声してるじゃないか。私を訪ねてきたときは、空っぽの人形みたいだったのにな。いい事でもあったのかい?』



 どくり。
 鼓動が高鳴る。


 鋭いなぁ、要さんは。本当に敵わない。


「……あのね、ここに来てよかったよ」

 詳しい事は言わない。
 でも、感謝の気持ちを込めて、言葉を紡ぐ。

「ありがとう、要さん」

 行き先を誰にも知らせずにここに来た私を、何も言わずに迎えいれてくれたおばあちゃん。その上、私に何も知らせず周囲にフォローしてくれていた。両親は、私がここにいることを知らない。
 おばあちゃんの知人の世話をしている、そう両親に伝えていてくれた事を知ったのは、つい最近の事。



 感謝の言葉に携帯の向こうが、しん……と静まり返った。

 一拍後、要さんの声が響く。


『来週の金曜には戻るよ』


 その言葉に、小さく頷いた。


「うん、分かってるよ。要さん」


 私の返答に、そうかい……と淡々とした声が携帯から響いた。

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