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26日目~28日目 原田視点
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縁側に座って、ゼリーを食べる。八月も終わりだというのにまだ暑い日差しは立て掛けてあるよしずが遮って、開け放した窓から吹き抜ける風が気持ちいい。
今日のゼリーは杏です、と袋から取り出した辻。
一体、どれだけの種類を置いている店で買ってきてるのか、少し疑問だが。美味いから、まぁいいや。
「大変だったんだねぇ」
さっきから佐々木と井上が交互に合宿の話をアオに聞かせていて、二人は食べ終えているけれど彼女はスプーンにゼリーをすくったまま手を止めている。
話が面白いからか、それとも食べたくても同時に食べて聞くみたいな器用な事が出来ないからなのか、半分くらいまで減ったゼリーのカップを持ったまま。
アオらしいと内心笑いながら、原田は食べ終えたカップをビニール袋に入れた。
しかし、こいつら何時になったら帰るんだ。そんな事を考えてしまうのはもちろんこいつらがウザイってのもあるけれど、早くアオに見せたいからだ。
ちらりとバッグを見て、小さく息を吐く。
そこに入っているのは、携帯。
アオに見せようと思って撮ってきた画像が、たくさん……
「……っ」
途端、背筋を這い上る悪寒。思わず体を揺らせば、辻が気づいて眉を上げた。
「ななし、どうしたの?」
……目ざといっていうか、世話焼きっていうか。お前の方がオカンなんじゃないのか……。
辻の声に三人がどうしたのかと、こっちに顔を向けた。
アオも。
途端。
「あ」
掬ったままだったスプーンの上のゼリーが、揺れて落ちる。とっさに手を出して受け止めた原田は、小さく息を吐いた。
「あ、ごめんななしくん!」
ちりがみちりがみと言いながら立ち上がろうとしたアオを引きとめて、掌の上のゼリーを舌で舐めとる。
「いい、大丈夫」
そう言いながら、立ち上がる。
目を丸くしてアオが原田を凝視していることにさえ、気が付かないまま。
残りの三人も、呆気にとられているのにそれさえも分からないまま。
「悪い、ちょっと転がっててもいいか?」
部屋を指さしてアオに問うと、ぼうっとしていた彼女が慌てて頷く。そして何かに気が付いたように、表情を曇らせた。
「……それはいいんだけど、体調悪いの? なんか、顔色が」
「いや、疲れてるだけ。ちょっと寝てりゃ治る」
ゆっくりと歩くと、畳の上にごろりと身体を横たえた。
なんか、体いてぇな。
こんなに体力なかったか、俺。
スポーツバッグを枕に、原田は目を閉じた。今まで感じなかったけれど、重力を思わせる押さえつけられるような重い感覚に知らず眉間に皺を寄せる。
「ななし、医者行った方がいい」
傍に来たと思われる辻の声に、いいよ、と返した。
額がひやりとしたのは、辻が手を置いたからなのか。随分、冷たい手だな……。
「寝てりゃ、なお……る」
口を開くのも億劫で。
一気にきた頭の痛みに、原田は小さく呻いて口を噤んだ。
「寝たか?」
後ろで様子を見ていた佐々木が小声で問いかけると、溜息と共に辻が頷いた。
「ホント、自分の体調には無頓着なんだから。アオさんの事は、思いっきり気にするのにねぇ」
そう言いながら顔をアオに向ければ、彼女の頬に微かに朱がさす。何時もとは違うその反応に、辻は微かに片眉を上げると気づかれないようゆっくりと目を伏せた。
鈍いと思っていたけれど、鈍いのではなく。鈍くしているのかもしれない。アオさんはきっと隠しているだけにすぎないのかもしれない。
感覚を、感情を鈍くすることで、 自分を。
唐突に、そう気づく。
原田ほどアオを見ているわけではないけれど、その年齢に比べて鈍すぎる思考に違和感を覚えていたことは確か。少しずつ綻ぶ花のように、明けていく夜のように、少しずつ彼女は自分を取り戻しているのかもしれない。
その原因と理由を知ろうとは、思わないけれど。
きっと、きっかけは原田なんだろうな。
ふと、唇をかみしめて泣くのをこらえていた岸田の姿が脳裏に浮かんだけれど、小さく頭を振って立ち上がった。
「アオさん、このままななしを寝かせておいてもらっていいですか?」
「うん? それは構わないけれど」
既に頬の赤みの引いたアオは、いつも通り。
傍まで歩いてきた辻を見上げながら、不思議そうに首を傾げた。辻は縁側に置いてあった鞄からメモ用紙と携帯を取り出すと、いくつか操作して画面に表示された番号を写し取る。それをアオに手渡すと、佐々木たちを促して縁側から庭へと降りた。
「それ、ななしのおねーさんの携帯番号です。もしななしが起きなかったら、連れ帰ってもらうよう連絡してもらえませんか?」
「お前、なんで三和さんの連絡先知ってるんだよ」
アオより先に食いついたのは、井上。
辻は肩を竦めて笑みを浮かべた。
「前にちょっと、ね」
「俺にも教えろ!」
「佐々木には、特に秘密にしろって言われてるし」
それには僕も賛成だし、そう言う辻に何か返せる言葉はなく。黙った二人をしり目に、辻はじっと見上げてくるアオに笑いかけた。
「お手数ですが、お願いします。ななし、今日の午前中池に落ちたんですよ」
「「「え?」」」
いきなりの言葉に、三人ともが驚きの声を上げた。
「なんだ、だからこいつバスの中で体調悪そうだったのか」
「大丈夫なの?」
体調不良の理由を初めて聞いた佐々木の言葉を遮る様に、アオが口を開いた。
それはとても心配そうに揺れる声で。
辻は見ての通りです、と頷いた。
「水深はそれほどある場所じゃなかったんですが、山の湧水を利用している池だったもので。体を冷やしてしまったみたいなんですよね。それと疲れが重なって、体調を崩したのかと」
それを聞いて少しほっと息を吐き出したアオは、ちらりと原田を見た。
「それにしても、さっきまで元気そうだったのに」
「多分、お馬鹿だからじゃないでしょうか」
「……辻くん」
困ったように笑うアオに手を振ると、三人はその場を後にした。
「馬鹿だからって、お前ホント毒舌だよな。すげー、外見詐欺」
井上が自転車を漕ぎながら少し後ろを走る辻に言いやると、だって……、と肩を竦めた。
「親ばかならぬ、アオさん馬鹿でしょ。あんな状態でも、アオさんに会いに行くとか。もしかしたらアオさん効果で治るかもしれないし?」
「んな、阿呆な」
呆れた様に眉を顰める井上に、佐々木は納得した様に幾度もうなずく。
「まぁ、目が覚めた時男が三人いるより、アオさんがいてくれた方が元気になんじゃねーの? あいつ単純だし、アホだから」
「お前にだけは言ってほしくないだろうけどね」
「何か言ったか?」
いいや? 辻はにっこり笑って、佐々木の言葉を受け流した。
今日のゼリーは杏です、と袋から取り出した辻。
一体、どれだけの種類を置いている店で買ってきてるのか、少し疑問だが。美味いから、まぁいいや。
「大変だったんだねぇ」
さっきから佐々木と井上が交互に合宿の話をアオに聞かせていて、二人は食べ終えているけれど彼女はスプーンにゼリーをすくったまま手を止めている。
話が面白いからか、それとも食べたくても同時に食べて聞くみたいな器用な事が出来ないからなのか、半分くらいまで減ったゼリーのカップを持ったまま。
アオらしいと内心笑いながら、原田は食べ終えたカップをビニール袋に入れた。
しかし、こいつら何時になったら帰るんだ。そんな事を考えてしまうのはもちろんこいつらがウザイってのもあるけれど、早くアオに見せたいからだ。
ちらりとバッグを見て、小さく息を吐く。
そこに入っているのは、携帯。
アオに見せようと思って撮ってきた画像が、たくさん……
「……っ」
途端、背筋を這い上る悪寒。思わず体を揺らせば、辻が気づいて眉を上げた。
「ななし、どうしたの?」
……目ざといっていうか、世話焼きっていうか。お前の方がオカンなんじゃないのか……。
辻の声に三人がどうしたのかと、こっちに顔を向けた。
アオも。
途端。
「あ」
掬ったままだったスプーンの上のゼリーが、揺れて落ちる。とっさに手を出して受け止めた原田は、小さく息を吐いた。
「あ、ごめんななしくん!」
ちりがみちりがみと言いながら立ち上がろうとしたアオを引きとめて、掌の上のゼリーを舌で舐めとる。
「いい、大丈夫」
そう言いながら、立ち上がる。
目を丸くしてアオが原田を凝視していることにさえ、気が付かないまま。
残りの三人も、呆気にとられているのにそれさえも分からないまま。
「悪い、ちょっと転がっててもいいか?」
部屋を指さしてアオに問うと、ぼうっとしていた彼女が慌てて頷く。そして何かに気が付いたように、表情を曇らせた。
「……それはいいんだけど、体調悪いの? なんか、顔色が」
「いや、疲れてるだけ。ちょっと寝てりゃ治る」
ゆっくりと歩くと、畳の上にごろりと身体を横たえた。
なんか、体いてぇな。
こんなに体力なかったか、俺。
スポーツバッグを枕に、原田は目を閉じた。今まで感じなかったけれど、重力を思わせる押さえつけられるような重い感覚に知らず眉間に皺を寄せる。
「ななし、医者行った方がいい」
傍に来たと思われる辻の声に、いいよ、と返した。
額がひやりとしたのは、辻が手を置いたからなのか。随分、冷たい手だな……。
「寝てりゃ、なお……る」
口を開くのも億劫で。
一気にきた頭の痛みに、原田は小さく呻いて口を噤んだ。
「寝たか?」
後ろで様子を見ていた佐々木が小声で問いかけると、溜息と共に辻が頷いた。
「ホント、自分の体調には無頓着なんだから。アオさんの事は、思いっきり気にするのにねぇ」
そう言いながら顔をアオに向ければ、彼女の頬に微かに朱がさす。何時もとは違うその反応に、辻は微かに片眉を上げると気づかれないようゆっくりと目を伏せた。
鈍いと思っていたけれど、鈍いのではなく。鈍くしているのかもしれない。アオさんはきっと隠しているだけにすぎないのかもしれない。
感覚を、感情を鈍くすることで、 自分を。
唐突に、そう気づく。
原田ほどアオを見ているわけではないけれど、その年齢に比べて鈍すぎる思考に違和感を覚えていたことは確か。少しずつ綻ぶ花のように、明けていく夜のように、少しずつ彼女は自分を取り戻しているのかもしれない。
その原因と理由を知ろうとは、思わないけれど。
きっと、きっかけは原田なんだろうな。
ふと、唇をかみしめて泣くのをこらえていた岸田の姿が脳裏に浮かんだけれど、小さく頭を振って立ち上がった。
「アオさん、このままななしを寝かせておいてもらっていいですか?」
「うん? それは構わないけれど」
既に頬の赤みの引いたアオは、いつも通り。
傍まで歩いてきた辻を見上げながら、不思議そうに首を傾げた。辻は縁側に置いてあった鞄からメモ用紙と携帯を取り出すと、いくつか操作して画面に表示された番号を写し取る。それをアオに手渡すと、佐々木たちを促して縁側から庭へと降りた。
「それ、ななしのおねーさんの携帯番号です。もしななしが起きなかったら、連れ帰ってもらうよう連絡してもらえませんか?」
「お前、なんで三和さんの連絡先知ってるんだよ」
アオより先に食いついたのは、井上。
辻は肩を竦めて笑みを浮かべた。
「前にちょっと、ね」
「俺にも教えろ!」
「佐々木には、特に秘密にしろって言われてるし」
それには僕も賛成だし、そう言う辻に何か返せる言葉はなく。黙った二人をしり目に、辻はじっと見上げてくるアオに笑いかけた。
「お手数ですが、お願いします。ななし、今日の午前中池に落ちたんですよ」
「「「え?」」」
いきなりの言葉に、三人ともが驚きの声を上げた。
「なんだ、だからこいつバスの中で体調悪そうだったのか」
「大丈夫なの?」
体調不良の理由を初めて聞いた佐々木の言葉を遮る様に、アオが口を開いた。
それはとても心配そうに揺れる声で。
辻は見ての通りです、と頷いた。
「水深はそれほどある場所じゃなかったんですが、山の湧水を利用している池だったもので。体を冷やしてしまったみたいなんですよね。それと疲れが重なって、体調を崩したのかと」
それを聞いて少しほっと息を吐き出したアオは、ちらりと原田を見た。
「それにしても、さっきまで元気そうだったのに」
「多分、お馬鹿だからじゃないでしょうか」
「……辻くん」
困ったように笑うアオに手を振ると、三人はその場を後にした。
「馬鹿だからって、お前ホント毒舌だよな。すげー、外見詐欺」
井上が自転車を漕ぎながら少し後ろを走る辻に言いやると、だって……、と肩を竦めた。
「親ばかならぬ、アオさん馬鹿でしょ。あんな状態でも、アオさんに会いに行くとか。もしかしたらアオさん効果で治るかもしれないし?」
「んな、阿呆な」
呆れた様に眉を顰める井上に、佐々木は納得した様に幾度もうなずく。
「まぁ、目が覚めた時男が三人いるより、アオさんがいてくれた方が元気になんじゃねーの? あいつ単純だし、アホだから」
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