31日目に君の手を。

篠宮 楓

文字の大きさ
86 / 112
31日目 原田視点

しおりを挟む
 再会を果たした二人を、静寂が包み込む。
 ――なーんて書いたらなんかいい雰囲気っぽいけど、それ、全く違う。

「……」

 原田は固まっているアオを見下ろして、ゆっくりと口端を引き上げた。
 それは笑おうとしたわけではなく、無意識に上がってしまったのだ。
 感情とは裏腹に。
 それでもその表情にほっとしたアオは、一瞬の後、大声で怒鳴りつけられてびくりと背筋を伸ばした。

「お前の本名、ほぼそのまんまじゃねぇか!! 何が素敵だ、何が偽名だ!」
「ふぁっ!?」

 びしりと原田が指差したネームプレートに刻印されている、名前。


――高坂あおい


 あおい。
 アオ。


「ふざけんなよ、マジで! 本名なら本名と言え!」
「へっ? ご、ごめ……」
「ごめんで許されるか、この年齢詐欺!」
「ねっ……年齢詐欺?」
 うろたえる様に原田の怒鳴り声を聞いていたアオが、その言葉にぎっと睨み上げてきた。
「年齢詐欺なんてしてないよ! ちゃんと言った、ななしくんより年上って!」
「だから、それが詐欺なんだよ! 俺よりおっさねー顔して年上とか言われて、あーそうなんだーおねーさーん、とか納得できるか阿呆! 佐々木じゃあるまいし!」
「おっ……、それいうならななしくんこそ制服詐欺じゃない! その顔で制服着てるとか、全高校生に謝りなよ!」
「んだとこら。俺が全高校生に謝るなら、あんたは全大学生に謝れ!」
「だったら、全未成年に謝って!」
「じゃあ、あんたは全人類に謝ってこい!!」

 意味の解らない怒鳴り合いが、阿呆だとわかっていても止められない。ずっと抑え込んでいた感情が、くだらない言葉で発散されていく。

「ぜっ、全人類とか、そこまで言う? 年上に向って!」
「自分の名前も名のれない奴を、年上とはみなさない」
 そう言うと、アオはぐっと押し黙った後、吐き捨てる様に呟いた。
「名前なんて、どーでもいいじゃない」
「……んあ?」

 思わず凄んだ原田に、アオはびくりと動きを止めた。

 どーでもいい?
 名前なんて、どーでもいい?
 何か理由があって、名前を言いたくなかったんじゃないのか。
 じゃぁ、俺が悩んでもやもやしたこの時間と気持ちは?

 湧き上がってくるむかつき感に、原田は感情のまま叫んだ。

「本名でいいなら、初めからちゃんと名乗れ!! どんだけ俺が、あんたの名前知りたかっ……っ」
 原田は自身が言った言葉を脳内で反芻すると、がばっと口を覆う。
「……え?」
 原田の言葉に、アオが言葉にならない音を口から零した。

 ……言うに事欠いて、俺、何口走った。

 アオは、きょとんとした表情で原田を見上げている。さっきまでの勢いやらむかむかやらが急速にしぼんでいき、動揺を隠そうとして反対に失敗する。
「……あ、いや。その、なんだ」
 視線をあちこちに彷徨わせながら、なんとか言い繕おうと脳味噌を働かせてみるけれど、上手い言葉が出てこない。

 名前知りたかったとか、もの凄い恥ずかしい会話じゃね?
 これ、好意がある事、普通にばらしてるよな……
 
 動揺しながらも、あわよくば自分の気持ちが伝わらないかと若干の期待を込めて、アオに視線を戻せば。
「……名前、知りたかったの?」
 きょとっとした顔と質問が返ってきました。

 ……好意をぶった切って熨斗つけて返された気分です。

 思わず絶句したままアオを見下ろしていたら、そのまんまの表情で口を開いた。

「ななしくんも、名前、知りたかったの?」

 ……ななしくん「も」?
 なにそれ、俺以外にもアオの名前を知りたい奴がいたって事?

 アオは固まっている原田のシャツをもう一度固く握りしめると、あのね、と口を開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...