31日目に君の手を。

篠宮 楓

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31日目 原田視点

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「私は、せいちゃんに認めてもらったんだから、出来上がった色だと思ってたの。本当は、青にも藍にもなれていなかったくせに」
 チョークを置くと、その粉のついた指先が原田のシャツを掴んだ。
「自分の馬鹿さに気が付いたらね、何にも考えられなくなっちゃって……。わかんなくなっちゃって……。でもね……」
 シャツを握りしめる指に力が入る。
「ななしくんに会えて、ななしくんがいてくれて、やっとわかったんだよ。要さんが言いたかったこと。でね、前の自分にけじめつけてからなら言えると思ったの」
 そうして嬉しそうに、原田を見上げて微笑んだ。

「好きだよ、ななしくん」

 その時湧き上がったのは、嬉しさとか愛しさとかそういうのじゃなくて、ただ呆けた。
 呆然とした。
 だって。


 ――意味が、わからん……


 アオの話が飛び過ぎて、まったく意味が通じない。
 話を聞こうとは思ったけど、起承転結をそれぞれ一項目抽出して話してる感じ。大体、認めてくれたせいちゃんは途中からどこ行った。

「……あー、と」

 原田の呟きに、アオは何か言おうと口を開いた。けれどそれよりも先に、後ろから声がかかった。
「それじゃわかんないよ、あおい」

 ――落ち着いた、大人の声。

 原田が振り向く前に、声のした方にアオが顔を向けて声を上げた。

「せいちゃん!」

 ――落ち着いた、大人の男の声。

 今まで何もなかった情報が一気に入ってきて固まり続けていた原田は、せいちゃんが「男」だったことだけは瞬時に理解する。それと同時に、原田のシャツを掴んでいたアオがその手を離して駆けだすのが視界に入った。

「……っ」

 離れていく手を、ゆっくりと見遣る。
 思わず、手を伸ばした。

「……、え?」

 ほそっこい手首を捉まえると、引き留められたアオが不思議そうに振り向いた。
 その表情になんの罪悪感もみつけられないのは、分かってるんだけど。
 アオは立ち止まったまま、くんっと自分の手を引き寄せようとする。その態度にイラついて掴んだ手を自分の方に引き寄せようとすれば、アオもまた負けじと腕に力を込めて。いつの間にか、何かの我慢比べをしているかのような状況。

 だからどうしてこうなる。
 さっきからどうしてこう話がうまく繋がらない。
 しかも微妙にアオが楽しそうに見えるのが、ムカツク。
 遊んでんじゃないんだよ、遊んでるわけじゃないんだってば。

 無言で力比べをしていた原田達を止めたのは、もう一人の声だった。

「アオちゃーん、この子遊んでるわけじゃないのよー」

 能天気に響いたその声に、原田がびくっと体を震わせて声のした方に顔を向けた。
「おま、なんで……は?」
 いるはずのない人間が、ここにいる。
「なんで、三和が……」
 今朝、自宅リビングのソファに座っていたはずの三和。

 せーちゃんなる男の後ろから、腹黒姉という名の三和が歩いてきた。
 何このツーショット。
 わけわかんないんだけど。

 三和はひらひらとアオに手を振ると、せーちゃんの隣に立ってふんぞり返った。

「車で先回りしたに決まってるじゃない」
「何当然みたいに言ってやがる! そそのかした張本人!」
 三和は噛みつかんばかりに言い返してくる原田に見えるよう、ぴらぴらとA4サイズの紙を振った。
「部外者が大学構内に無許可で入れるわけないでしょ。先回りして、申請してやってた私に感謝する事ねー」
 原田は一瞬言いよどむ。確かに勢いで来てしまったが、本来なら勝手に入ってはいけなかったと今なら分かる。三和はそんな原田に、にやりと笑いかけた。
「弟の青春の一ページを見逃すまいと頑張ったおねーちゃんてば、なんていい人」
「……んな訳ないだろ! どこがいい人だどこが!」
「え、そこはかとなく?」
「いい人辞書で引いてこい!」

 いい人が、出歯亀するか阿呆っ。

「いや、おかしいよね。ちょっと待って。何、この人キミのおねーさん?」
 三和の隣に立つせいちゃんが、指で指し示しながら原田に問いかける。それに少し戸惑いながらも頷くと、せいちゃんは腕を組んでため息をついた。
「突然学生課に呼ばれて行ってみたら、彼女がいたんだけど。ははぁ、キミが可愛い子なわけか……」
「は? 喧嘩売ってますか?」

 俺のどこを見れば、可愛いという単語が浮かんでくるんだ。
 阿呆じゃないの。

 呆れ交じりの目を向ければ、せーちゃんは三和を指さしたまま、言ったのこの人...と苦笑した。

「……知り合いか?」
 三和に問いかければ、にっこりと笑って首を傾げる。
「さぁ?」
 そう言って誤魔化そうとする三和に、原田は視線に怒りを滲ませた。

 全部、こいつに、しくまれたのか?
 今日、ここに来るように、仕組まれたのか?

 三和は原田のそんな視線にもものともせず、ふふんと笑ってこっちを見ている。

 どこからかわからないけど、こいつ、何かしやがったな……?

 その表情から読み取れるのは、肯定。
 今なら、喧嘩絶賛買取中だぞ、おい。

 目を細めて三和を見遣れば、そのとなりのせーちゃんが小さく呻いた。

「可愛いかどうかは置いといて、とりあえずもう部活の奴ら来るし話すなら外行った方がいいんじゃない? 弟くん」
「あんたに弟呼ばわりされる意味が分からねぇ」
「え、じゃななしくん?」
「やっぱ喧嘩売って……」
「いやもうホント、話進まないからさ。とりあえず、外に出て話しておいで」

 最後アオに向けていうと、彼女は頷いて原田に掴まれたままの腕に力を入れた。
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