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私、後釜狙ってます!
4 熟年夫婦ですか...!(`Д´)
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「……熟年夫婦?」
「中野さん、黙ってください」
原田主任の家についた途端呟いた中野さんを、後輩とも思えぬ勢いで黙らせた。
会社の最寄り駅から直通電車で数駅のその場所は、どこにでもあるような住宅街の広がる町だった。
駅から自転車を引いた原田主任の横に陣取ってあれこれ聞いている私を全く気にしないのか、彼女さんは中野さんと話しながら歩いていた。
駅から約十分くらい。住宅街を抜けて大きな土手をあがった目の前には、それに見合うほどの大きな川。夜に沈むその場所は、それでも土手についた街灯が水面に反射して綺麗だった。
きらきらきらきら。
彼女さんがいなければ完璧だったのに。
そんなことを考えながら歩いてきた私の目の前で原田主任が入っていったのは、よく言えば昔懐かし、悪く言えば古臭い日本家屋。決して二十代の人達が住んでいるとは思えない、あえていうなれば第二の人生を始めた熟年老夫婦が縁側でお煎餅とお茶をお供に、楽しかった思い出を語っていそうなそんな家だった。
「玄関開けて来るので、ちょっと待っててください。……アオ」
「んー」
私たちにそういうと、彼女さんの名前を呼ぶ。彼女さんはなんでもなくいつもこんな感じですみたいな雰囲気で、原田主任の後ろをついていく。
その後ろ姿を見送って、私と中野さんは思わず顔を見合わせてもう一度家を見上げた。
「凄いわね。これ、もうすでに同棲じゃなくて夫婦よ夫婦。熟年夫婦の住む家だわ」
「やめてください黙ってください、あくまでも他人です、あの二人は赤の他人同士でここに住んでるんです」
「……ドンマイ」
端的に励まされて、ぎゅっと拳を握りしめる。
どこかありふれたアパートの一室に連れて行かれると思っていたのに、何よこれ。
「……策士、策に溺れてどんぶらこ」
「うるさいです中野さん」
「あんたのドツボにはまり方が楽しすぎて」
本当に感心したように頷く中野さんを睨むと、思わずといった風体で肩を竦められる。
後輩のこんな態度に怒りもしない中野さんの懐の深さは大好きだけど、その冷静さは今の私にはぐさぐさと突き刺すナイフのようだ。
溜息をつきながら中野さんから視線を外して、街灯の明かりに浮かび上がる原田主任の家を見渡す。
土手の近くに聳えるように立つ大きな木の下に、木製のベンチが一つ。
ベンチというより、縁台。
所々木の色が違うのは、きっと直し直し使ってるから。
その側には、小さな物置。家が二軒くらい建ちそうな広い庭に、縁側の側にはプランターがいくつか置いてあって、焼肉屋さんで見るようなビラビラした葉っぱの野菜がいくつか植えてあった。
よくみれば庭の隅にも家庭菜園をしているような場所があって、日常の生活を伝えてくる。
会社で受ける印象とは違う、プライベートの原田主任の日常を。
知らず、唇を噛みしめる。
こんなの、同棲なんかじゃない。
もう、二人は生活を共有する以上に近しい存在。
そんなことを目の前にまざまざと見せつけられた気がして、悔しさが溢れだす。
目の前が明るくなったことに気付いて顔を上げると、丁度南の縁台に面した硝子戸を開ける原田主任が見えた。
「お待たせしました、ここからどうぞ」
上着を脱いだ原田主任は格好良くて思わず見惚れたけれど、その後ろを歩く彼女さんの姿に気持ちが急降下する。原田主任が脱いだであろうスーツの上着をもって、他の部屋へと歩いていく姿。
私がどんなに喰いついても線を引かれていた、向こう側。原田主任の側にいることができる人。
「ねぇ、この状況はあんたが望んだんでしょ?」
軽く押された背と、囁かれた言葉。
睨みつけるように彼女さんの消えたあたりを見ていた私は、その言葉に中野さんを見る。横目で私を一瞥した中野さんは、ぐるぐるとショルダーバッグを振り回しながら原田主任のいる縁側へと歩き出した。
「これ持家? あんた金持ちね」
その後ろ姿を、目で追う。
原田主任は中野さんの言葉に、ガシガシと後頭部を掻いた。
「いや、彼女の祖母の持家です。借りてるんですよ、俺が」
祖母。
家族ぐるみのお付き合い。
二十六歳。
同棲中。
熟年夫婦の雰囲気。
ぐるぐるとまわるのは、私が足掻いていること自体が馬鹿なんだと知らしめるものばかり。
行かなきゃいけないって思うのに、動く事も出来ない。
「八坂さん?」
立ち止まったまま動かない私を不思議に思ったのか、中野さんと話していた原田主任が私を呼ぶ。
「……はい!」
現金なもので、弾かれたように返事をした私は原田主任の声に嬉しさを噛みしめた。
名前を呼ばれて早まった鼓動が、ばくばくと体内で血液をフル循環させてる。なんでもない仕草が、なんでもない言葉が、私にとっては何よりも大切なもので。
「今、行きます!」
中野さんを追いかけるように歩き出した私は、笑えているだろうか。
つけ入るすきなんて、まったくないの分かってる。
馬鹿なことしてるだなんて、そんなの自分が一番わかってる。
でも、……それでも。
好きになった時にはすでに手の届かない人だったなんて、そんなのは不公平だ。
「中野さん、黙ってください」
原田主任の家についた途端呟いた中野さんを、後輩とも思えぬ勢いで黙らせた。
会社の最寄り駅から直通電車で数駅のその場所は、どこにでもあるような住宅街の広がる町だった。
駅から自転車を引いた原田主任の横に陣取ってあれこれ聞いている私を全く気にしないのか、彼女さんは中野さんと話しながら歩いていた。
駅から約十分くらい。住宅街を抜けて大きな土手をあがった目の前には、それに見合うほどの大きな川。夜に沈むその場所は、それでも土手についた街灯が水面に反射して綺麗だった。
きらきらきらきら。
彼女さんがいなければ完璧だったのに。
そんなことを考えながら歩いてきた私の目の前で原田主任が入っていったのは、よく言えば昔懐かし、悪く言えば古臭い日本家屋。決して二十代の人達が住んでいるとは思えない、あえていうなれば第二の人生を始めた熟年老夫婦が縁側でお煎餅とお茶をお供に、楽しかった思い出を語っていそうなそんな家だった。
「玄関開けて来るので、ちょっと待っててください。……アオ」
「んー」
私たちにそういうと、彼女さんの名前を呼ぶ。彼女さんはなんでもなくいつもこんな感じですみたいな雰囲気で、原田主任の後ろをついていく。
その後ろ姿を見送って、私と中野さんは思わず顔を見合わせてもう一度家を見上げた。
「凄いわね。これ、もうすでに同棲じゃなくて夫婦よ夫婦。熟年夫婦の住む家だわ」
「やめてください黙ってください、あくまでも他人です、あの二人は赤の他人同士でここに住んでるんです」
「……ドンマイ」
端的に励まされて、ぎゅっと拳を握りしめる。
どこかありふれたアパートの一室に連れて行かれると思っていたのに、何よこれ。
「……策士、策に溺れてどんぶらこ」
「うるさいです中野さん」
「あんたのドツボにはまり方が楽しすぎて」
本当に感心したように頷く中野さんを睨むと、思わずといった風体で肩を竦められる。
後輩のこんな態度に怒りもしない中野さんの懐の深さは大好きだけど、その冷静さは今の私にはぐさぐさと突き刺すナイフのようだ。
溜息をつきながら中野さんから視線を外して、街灯の明かりに浮かび上がる原田主任の家を見渡す。
土手の近くに聳えるように立つ大きな木の下に、木製のベンチが一つ。
ベンチというより、縁台。
所々木の色が違うのは、きっと直し直し使ってるから。
その側には、小さな物置。家が二軒くらい建ちそうな広い庭に、縁側の側にはプランターがいくつか置いてあって、焼肉屋さんで見るようなビラビラした葉っぱの野菜がいくつか植えてあった。
よくみれば庭の隅にも家庭菜園をしているような場所があって、日常の生活を伝えてくる。
会社で受ける印象とは違う、プライベートの原田主任の日常を。
知らず、唇を噛みしめる。
こんなの、同棲なんかじゃない。
もう、二人は生活を共有する以上に近しい存在。
そんなことを目の前にまざまざと見せつけられた気がして、悔しさが溢れだす。
目の前が明るくなったことに気付いて顔を上げると、丁度南の縁台に面した硝子戸を開ける原田主任が見えた。
「お待たせしました、ここからどうぞ」
上着を脱いだ原田主任は格好良くて思わず見惚れたけれど、その後ろを歩く彼女さんの姿に気持ちが急降下する。原田主任が脱いだであろうスーツの上着をもって、他の部屋へと歩いていく姿。
私がどんなに喰いついても線を引かれていた、向こう側。原田主任の側にいることができる人。
「ねぇ、この状況はあんたが望んだんでしょ?」
軽く押された背と、囁かれた言葉。
睨みつけるように彼女さんの消えたあたりを見ていた私は、その言葉に中野さんを見る。横目で私を一瞥した中野さんは、ぐるぐるとショルダーバッグを振り回しながら原田主任のいる縁側へと歩き出した。
「これ持家? あんた金持ちね」
その後ろ姿を、目で追う。
原田主任は中野さんの言葉に、ガシガシと後頭部を掻いた。
「いや、彼女の祖母の持家です。借りてるんですよ、俺が」
祖母。
家族ぐるみのお付き合い。
二十六歳。
同棲中。
熟年夫婦の雰囲気。
ぐるぐるとまわるのは、私が足掻いていること自体が馬鹿なんだと知らしめるものばかり。
行かなきゃいけないって思うのに、動く事も出来ない。
「八坂さん?」
立ち止まったまま動かない私を不思議に思ったのか、中野さんと話していた原田主任が私を呼ぶ。
「……はい!」
現金なもので、弾かれたように返事をした私は原田主任の声に嬉しさを噛みしめた。
名前を呼ばれて早まった鼓動が、ばくばくと体内で血液をフル循環させてる。なんでもない仕草が、なんでもない言葉が、私にとっては何よりも大切なもので。
「今、行きます!」
中野さんを追いかけるように歩き出した私は、笑えているだろうか。
つけ入るすきなんて、まったくないの分かってる。
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