31日目に君の手を。

篠宮 楓

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私、後釜狙ってます!

5 今頃リアルに落ち込んできたorz

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「……美味しい」
「ありがとー」
 思わず呟いた言葉に反応されて、愛想笑いでごまかす。
「こんなたくさんの手料理とか、凄いですね。お仕事なさってるんでしょう?」
 そうわざわざ言いたくなるくらい、豪勢な料理の数々だった。

 和食が中心だけれど、いくつかある揚げ物がは帰宅してから作った揚げたてのもの。
 それを含めてものの三十分で作り上げて食卓に出すとか、どれだけ家事に慣れているかが分かる。これを仕事して帰宅してから下ごしらえしたとか言われたら、まったく立つ瀬がない。 
 料理に関しては完敗になってしまう。
 すでに味の時点で完敗なのは決定的だとツッコミを入れてくる内心の声は、ガン無視だけどね。作れないよ、時間あったって作れないから。この状態を普通だと受け止めている原田主任が凄いからね?

 彼女さんはほやんとした笑顔を浮かべながら、原田主任の横でお茶を飲んでいる。
 長方形の少し大きな座卓のそれぞれに一人ずつ座っている状態で、私の両隣に彼女さんと中野さん。真向いに原田主任が座って、夕飯を頂いている。
 ……というか、中野さんは早々に「私、少し食べてきてるので」とか言って夕飯から脱落しやがりましたので、実質食べているのは私と原田主任だけ。
 彼女さんも、そんなに手を付けていない。

 彼女さんは私の問いかけに幾度か瞬きをすると、ちらりと原田主任を見て小さく頷いた。
「えーっと、いわゆる自由業なので時間の融通が利くんですよ」
「自由業、ですか」
 
 自由業。

 いったい何、何の仕事。
 じっと見つめても、彼女さんははっきり言わない。
 え、もしかして何? 自由業という名目の花嫁修業中とか? 
 なにそれ羨ましい。
 原田主任との間がかなり進んでる感じ!?

 焦りだす私をしり目に、彼女さんほやんと笑った。
「絵描きです」
 ……パードン?
「絵、描きですか」
「はい」
 絵描き……、絵描きね。へー。
「優雅ですね」
「そうかもしれませんね」
 汗水たらして(なんてことないけど)私達が働いてる最中に、絵を描いて過ごしてるわけですか。だからこそ、このほやほやな雰囲気なわけですか。
 凄く優雅ですねー、じゃー原田主任の稼ぎで養ってもらってるわけですねー。

 実際の絵描きさんがどういう生活なのかはわからないけれど、目の前の彼女さんは雰囲気からして毎日のんびり暮らしてそう。

「そうでもない」
「原田主任?」

 それまで黙々とご飯を食べていた原田主任が、ちらりと視線を上げて私を見た。
 顰められた眉が、不快感を伝えてくる。
「絵を描いているときのアオに、優雅さなんて一欠けらもない」
「……え」
 彼女さんに対して言い過ぎだと怒られるかと思っていた私は、そうではなかったことにホッとしながらも小さく首を傾げた。
「絵具まみれになるもんな、描いてる時」
 おちゃわんとお箸を持ったまま彼女さんを見た原田主任は、ふっと目を細める。
「……煩いよ、原田くん」
 むぅっと顔をしかめる彼女さんを見る原田主任の表情はとても柔らかくて、会社で見たことのないその雰囲気に羨ましさが溢れる。

 きっとこうやって、二人はずっと過ごしてきたんだ。
 私の知らない過去があって、日常があって。
 そんなの分かってる。分かってた。
 でも、それでも……悔しい……。

 ……私、何しに来たんだろ。
 今さらながら、勢いだけで突っ走ったことが悔やまれる。
 お酒? やっぱ夕飯で飲んだお酒のせい? なんであんなに攻撃的になってたの私、なんか恥ずかしくなってきた。

 ちらりと時計を見れば、お邪魔してから一時間。
 さすがに夕飯途中で帰りますとか言えないし……。
 ぐるぐると考えていた私は、小さくため息をついて顔を上げた。
「飲みましょうか! せっかくですし!! 買ってきますよ!」
 とりあえず、再び酒の力を借りることにしよう。



 意外にも、嬉しそうな声を上げたのは彼女さんだった。
「やった! じゃー、お酒持ってくるねー♪ 買わなくても、うちにわんさかあるから大丈夫!」
 最後に音符を何個も飛ばしているんじゃないかと思うほど楽しそう立ち上がると、鼻歌を歌いながら台所へと歩いていく。
 私はてっきり曖昧に笑って拒否されるかと思って勢いで押してみようとかスタンバってたのに、肩透かしを食らったようにぽかんとその後ろ姿を見つめた。
「あーあ」
 すると困ったような声を出して、原田主任がこそこそと私と中野さんの方に身を乗り出した。
「アオ、酒強いんで。八坂さん、中野さん、あんまり付き合って飲まないでくださいね」
「原田は飲めないんだっけ?」
 中野さんが面白そうににやりと笑うと、そうなんですよーと違うところから返事がきた。

 顔を上げると、台所からお酒の瓶を数本持った彼女さん……数本?!

 彼女さんは目を真ん丸にしている私と中野さんをしり目に原田主任に頼んで座卓の上をあけると、そこに手にしていた瓶をドンッと置いた。
「こんな顔でこんな図体してるのに、原田くん全然飲めないんだもの。昔、梅酒ゼリーの匂いで酔っ払ったことあるんですよ」
「え、嘘」
「ありえない」
 反射で出てしまった言葉は、私も中野さんも原田主任をふて腐れさせるもので。
「仕方ないだろう、弱いものは弱いんだ。さすがに今は、少しくらいは飲めるし」
「原田は営業だもんね。少しは飲めないとまずい?」
「いえ、今はアルコールうけつけない人もいるから、無理に飲ませられたりはしませんよ」
 原田主任の教育係だった中野さんは、そこが気になるらしい。少しほっとした顔をしているのは、もしかして過去に何かあったんだろうか。
「俺はあんま飲めないんですが、アオは好きなもんで」
 苦笑しながらアオさんを見れば、少しふて腐れたようにちらりと原田主任を見るとすぐにお酒へとそれを戻した。
「でも一応普段は飲まないでしょう? 八坂さんと中野さんは飲めます? どれがいいですか?」
後ろの茶箪笥から取り出したのはワイングラスと、ぐい呑み。

 そう。
 彼女さんが持ってきたのは、ワインから日本酒からなんだかよく分からないけど、とにかく彼女さんの見てくれからは想像できないお酒の本数とラベルだった。
 何この意外性、意外性の女?

 中野さんは物珍しそう見ていたけれど、何かに気付いたように金色の瓶を手にして目を輝かせる。

「わっ、えっ、ルイ様のクリスタル・ロゼ?!」
 くりすたる? とはなんぞ?
「知ってるんですか、中野さん」
 わなわなとふるえている中野さんに問いかければ、ボトルから目を離さずに口を開く。
「ルイ・ロデールのクリスタル・ロゼって、一本七万位……安くても五万するんじゃなかったかしら……。私これしかわからないけど、もしかして他のも結構なお酒……?」
 彼女さんはニコニコ笑いながら、その金色のボトルを手に取ってあけようとする。
すると中野さんが慌ててそれを止めた。
「そんなもったいない!! また今度、是非飲ませてください!!」
 きょとんと中野さんを見返した彼女さんは、そう? と呟きながら違うワインボトルを手に取った。
「んじゃこれにしよう」
 アネモネの絵が描かれたボトルは、ピンク色でとても綺麗。
 中野さんが、それも高いんじゃ……とぶつぶつ言いながらじーっとそのボトルを見ている。
「……原田主任って、お給料いいんですねぇ……。そんなお高いワイン、彼女さんに買ってあげるとか……」
 私の給料じゃ、この家借りてワイン買って彼女を遊ばせておくなんてできない……。
 それとも愛? 愛は貧乏を凌駕する?
 私達のやり取りを苦笑しながら見ていた原田主任は、私の言葉に微かに眉を顰めた。
「あー、いや。これは、アオがもらったもんだよ。どっちかっていうと、俺より甲斐性あるもんで」
「……は?」
 アオさんがもらった? 甲斐性?

 首を傾げている間に注がれたワイン……ぷちぷち泡が弾けてるから、どうもシャンパンらしい……を見つめた。ピンク色の液体が、泡を弾けさせながらグラスの中で揺れる。
 とりあえず、とそれをぐいっと飲んだ。
「ちょっと八坂、どんな飲み方してるのよ! もったいない……じゃなかった体に悪いでしょう?」
「……だーいじょーぶでーす。すきっ腹じゃないもーん、あれくらいの酒量じゃ酔いません!」
「……すきっ腹じゃない……?」

 不思議そうに私の言葉を繰り返す原田主任の声を聴きながら、私はふわふわとした気持ちに思考を塗りつぶされていった。
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