31日目に君の手を。

篠宮 楓

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私、後釜狙ってます!

6 変態と好きな人と私。

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「……お、おぉぉい、なんだこの惨状は」
「……来たか、佐々木」

 ぼんやりとした思考に、微かな声が割り込んできた。それは私の大好きな原田主任と、知らない男の人の声。

「むぁ……」

 原田主任、と声をかけたかったけれど、なぜか口は意味不明な声を零しただけだった。それでも私の声が響いたのか、それまで話していた声がぴたりとやむ。
「……八坂さん、起きたのか?」
 さっきより少し近くで聞こえる声に返事をしようとしても、うまく口が動かない。
 ぼんやりふわふわした意識は、返事しなきゃという意志さえもふわふわにしてしまった。暫く私の反応を伺っていた原田主任は、小さくため息をついて離れて行ってしまった。

 ……そのはずなのに、なぜか覗き込まれている気がするなんか変な視線を感じる汗臭いんだけど

 脳内でぐるぐる考えていたら、すぐそばでぷっと吹き出す声が聞こえてきた。
「面白いな―この子、寝てるはずなのに眉間に皺寄せてるぜー。変な夢でも見てんのかね」
 変態っぽいあんたのせいっで眉間に皺寄せてんだよ、誰ですかあんた!
 うぅ、文句言いたいのに頭が働かない。体が動かない。これが科学的金縛りってやつですかそうですかそんなの経験したくないーっ!
「で、どうしたのコレ」
 人に向かってコレとは、……呪うこいつ。
 私の心の声が聞こえたのか、原田主任が少し低い声で変態を窘めてくれた。

「コレじゃなくて、八坂さん。俺の会社の後輩の女の子なんだけど、酒飲んだら寝ちゃって……」
 私を覗き込んでいた変態は飽きたのかなんなのかゆっくりと離れると、そういえば……と呟いた。
「アオさんはどうしたんだ?」
「あぁ、八坂さんが二日酔いになったら可哀そうだから、薬をもらいに中村先生のとこ。あそこ、漢方薬も扱ってるから……」
「なんて面倒くさい子ちゃんなのこの子。おかげで俺まで今日くる羽目になったし」

 ……面倒くさい子ちゃん……!!
 改めて言われると、破壊力抜群……。
 私、本当に面倒な女なんだよね……。

 お酒を飲んで酔って寝ちゃった(らしい)からか、寝起きの私は一応素直に物事を考えているらしい。いつもなら勢いで突っ走る思考も、冷静に考えることができているみたい。
 物凄く今さらだけど。
 後悔はしないけど。


「お前、どーせ明日来る予定だっただろうが。まー、いいから飯食えよ。食べたかったんだろ」
「そりゃ食いたいとは言ったしまだ晩飯も食ってねぇけどさ、俺は明日に照準合わせてたの。しかも冷めてるし、それでも旨いだろうからいいけど」
「悪かったよ。しっかし毎月毎月、何度も飯たかりにきやがって」
 畳に座ったのだろう。小さな振動と共に、割り箸を割る音。
「そんな邪険にするなよー、アオさんとの時間を邪魔してるからってさぁ」
 その言葉に、何か大きなものがテーブルに落ちた音がした。慌てたように、布巾と連呼する原田主任の声が小さく聞こえる。どたばたと何かしていたような二人は、しばらくしてようやく落ち着いたらしい。
「勿体ないな、酒零しやがって」

 ……どうやら、原田主任がお酒を零したらしい。
 あの顔でおっちょこちょいとか、どんなギャップ萌え!

「……お前が変なこと言うからだろ」

 少し拗ね気味の声が可愛い。
 むー、やっぱり原田主任好きだなぁ。

「お前高三から一緒にいる癖に、まだ照れんの? そろそろ落ち着くんじゃないの?」
「うるせぇな」
「うるさくないだろー。だってもう八年近いだろ? そらまー、アオさん可愛いけどさー。てか、まだ待たせる気?」

 ……まだ、待たせる?

 引っかかった言葉を反芻している間にも、二人の会話はぽんぽんと進んでいく。


「お前に言われたくない、撤回して今の記憶消せ」
「独占欲!」
 変態の笑い声が、部屋に大きく響く。

「寝てる人がいるんだから、少しは声抑えろ」
「んー、寝てる人ねー。……ん?」
 意味深に笑った変態は、途中で何かに気付いたのか不思議そうな声を上げた。
 カチカチと細かい音をさせている所を見ると、携帯かスマホか、とにかく連絡が入ったらしい。操作を終えた変態が立ち上がる。
「なんか荷物持ちに呼ばれた。ちょっと行ってくるわ」
「荷物持ち? アオにか?」
 なんでお前に……と続けた原田主任に、変態はすでに歩き出したのか遠くなりつつある足音。

「そりゃ、その子が起きた時に知らない男がいたらびっくりするからだろ」
「佐々木のくせに……」

 ぼそりと呟いた原田主任の声に気付くことはなく、変態はそのまま部屋を出て行ってしまった。
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