31日目に君の手を。

篠宮 楓

文字の大きさ
105 / 112
私、後釜狙ってます!

7 あっけなく。

しおりを挟む
 変態がいなくなった部屋に残されたのは、私と原田主任の二人だけ。
 しんとした空気が、この部屋を支配している。穏やかで静かで、でも何かの意識を孕むような。

「……今日こそはと、思ったんだけどな」

 そこに響く、一つの、諦め。
 今日こそは「何か」を成し遂げようとしていた原田主任の、……諦めの言葉。溜息までオプションでつくくらいの。


 ……まだ待たせる気?


 変態の言葉が、どこか落ち着いていた私の心をゆっくりと揺さぶった。
 まだ、待たせる……何を?
 ううん、何をなんてわかってる。

 原田主任が今日こそは成し遂げたかった、その「何か」に直結するものなのだろう。

 なら――


「……原田、主任」


 こくりと唾を飲み込んだ私は、やっと声を出すことができた。その刺激からか、目覚めつつあった思考と体が一気に覚醒する。顔を上げた視線の先では、驚いたように原田主任が目を見開いていた。
「原田主任」
 もう一度名前を呼ぶと、ぱちぱちと瞬きをしてようやく口を開く。
「起きたのか、八坂さん。具合は大丈夫?」
 そう言いながら少し離れたところにあるペットボトルの水を手に取って、私の傍らに置いた。
「シャンパン飲んでそのまま潰れたから、少し驚いた。寝息たててたからホッとしたけれど」
 いつもより柔らかい口調に、嬉しさが湧きあがる。例えそれが、彼女さんと一緒に住んでいる家にいるからだとしても。


 あぁ、やっぱり。
 やっぱり原田主任が大好きで。
 原田主任が残念に思おうと、今日ここにお邪魔したのは私的には大成功で。
 運は私についているような気がして。
 だから、だから。


「原田主任、好きです」


 言うべき時だったような気がしたけれど、本当はそんな言葉を言うべき場所でもなく言うべき言葉でもなく。そんな事はわかっていたけれど、それでも伝えたいと思ってしまった。
 じっと原田主任を見つめる。会社でも、こんなに見つめたことないんじゃないかってくらいの熱視線をひたすら向ける。私の態度でバレバレだったと思うけれど、はっきりと気持ちを告げたのは初めてだ。
 なんで今? と、きっと驚いたに違いない。
 原田主任はたじろいだ様に眉を潜めて視線を微かに彷徨わせた後、ゆっくりと私を見た。

「ごめん。でも、ありがとう」

 原田主任は言い切った後に口を真一文字に引き締めて、ただ頭を下げた。本当に端的で、想像のついた言葉。生真面目な、短い返事。


 分かってた。
 どんなに邪魔しようと、きっと無理だろうということは。その融通の利かない真面目なところに、惹かれていたんだから。
 ここで私の手を取る原田主任は、私の好きな原田主任じゃない。
 そんなこと、わかりきってる。
 
 でもそれでも私はこの気持ちを知られることなく、原田主任が手の届かない人になってしまうことを心底恐れたのだ。
 そんなことになったら、この想いは終われない――

「今まで散々付きまとって、すみませんでした」

 ちゃんと告げられたから、ちゃんと知ってもらえたから。だから、今がきっと終わる時なんだと思う。ここまで頑張った自分の為にも、ここまで煩わせた原田主任の為にも。
 悔しいけれど、それでもどこかすっきりしている自分がいる。原田主任には悪いけど、多分自分がやりたいようにやれたからかもしれない。
 ……我儘だな、私……って今さらか。

「いや……」

 気まずそうに否定の言葉を零した原田主任は何かに驚いて反射的に右手を私に伸ばそうとしたけれど、それでも私に触れることもなくその手を下ろして微かに口端を上げた。
「我儘な妹ができた気持ちだった。我儘な姉がいるだけに」
「それ、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないです」
 思わず声を上げて笑えば、出そうになっていた涙は目の奥にひっこんだ。


 悲しくなんかない。
 だって後悔してないから。
 迷惑をかけまくったけど、どうしても伝えたかった。頑張りたかった。
 そうでもしなきゃ、終わりを見つけられなかった。
 でも。


「待たせすぎると逃げちゃいますからね、彼女さん。その年でヘタレはまずいでしょ」
 後悔してないからこそ、しおらしくなんてしてやんない。
 私の言葉に少し驚いたように瞬きを繰り返した後、原田主任は肝に銘じとくよと笑ってくれた。



 そして周囲を散々振り回したわりに、私の想像通り恋の結末は短時間で終わりを告げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...