31日目に君の手を。

篠宮 楓

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4日目 原田視点

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 散々だ、本当に散々だ。



 部活の最中、原田の頭にはこの言葉がぐるぐるとまわっていた。ネットを張る時でも、柔軟をする時でも、外周のランニングでも!


「三年間お前が自転車で来てた理由は、あそこにあったのかー」
「家持ちで独り暮らし? あっぶねー、お前があぶねー奴」
「なにー、昨日は会いたくて早々に帰ったわけぇ? 俺置いてー。へー」


 纏わりついてくる、がたいのいい男三人組。
「暑苦しい! すでに暑いんだから、そば寄ってくんじゃねーよ!」
 怒鳴り返せば、いやーんこわーいとかふざけやがる。
 あーっ、面倒くせぇっ!



 一通り基礎連を終えた後の休憩にも終わらない三人からの追及に、思わず怒鳴った口を右手で押さえた。周りに視線を向ければ、いつも通りのじゃれつきだと思っているらしく何があったとか聞いてくる雰囲気ではないことに、ほっと溜息をつく。

 さすがに同学年の三人、ちゃらけた部長の佐々木は置いといて、井上と副部長の辻が加わっているから、一応の配慮はしているらしく。茶化しては来るが、他の奴らに言いふらそうとする事はしなかった。
 なのに、自分が大声で振りまいてどうする。


 思わず出た舌打ちのまま荷物の置いてある場所へと足を向ければ、近くで作業をしていたマネージャーが伏せていた顔を上げた
 よく見れば、その手には見合わない数のペットボトルを抱えている。
「原田くん、今日は随分部長達に遊ばれてるね」
「うざったいよ、本当に。岸田からも、何か言ってやってくれ」
 そう答えながら、マネージャー……岸田の手からボトルを取り上げた。
「え?」
「一人で何でもしようとするな。ボトル運ぶのなんて、部員にやらせればいいんだよ」


 少し前まで二人いたマネージャーは、今は岸田一人になっていた。一か月前、いきなりやめると言い出した一年生マネのその理由。一身上の都合とかいうとっても都合のいい理由を最後まで吐き続けたけれど、岸田がよくよく話してみれば。
 
 “憧れの先輩に彼女がいるのを、入部してから知りました。傍にいるのが辛いんです”

 わかんねー、まったくわからねぇ。
 アコガレの先輩とやらが誰だかわからないけれど、っても彼女もちの上級生は五・六人しかいないから推測はつくけれど。
 なんでそんな理由で部活辞められるのか、全く分からねぇ。
 そう言ったら、部長と岸田に苦笑された。少しは分かるよ、辞めはしないけど。そう岸田が言っていたけれど、全く分からないね。



「ひゅーひゅー、今度は岸田に手出すのー」
 いきなり後ろから声を掛けられて、顔を顰めながらボトルを出してあった長机の上に置いた。
 それから振り返れば、後ろにはにまにまと笑うやっぱり男三人組。その中の一人、佐々木に視線を向けて上から見下ろした。
 みくだす様に。


「ふざけた事言ってねーで、少しは岸田のフォローしてやれよ。雑用はチーム連に参加しない奴らに、割り振ってやれ」
「さすが世話焼きおかん」
「言う事はそれだけか」
 そう睨めば、佐々木は怖い怖いとふざけながら岸田の持つ日誌へと手を伸ばした。
 ふざけてはいるが佐々木は頭のまわる奴だ。
 直ぐに割り当てを決めて、岸田の負担はこれで減るだろう。


「今度はって、何?」
 さっき置いたボトルを一本手に取ってキャップを開けようとした俺に、岸田が問いかけてきた。



 ……面倒くせぇ。説明すんのか、アオの事。



 内心の考えが、あっさり顔に出たんだろう。
 少し目を見張った表情に気が付いて、何とか顰めているはずの眉間を和らげる努力をしてみる。


「なんでもないし、岸田の気にすることじゃない」
 勤めて平坦な声で言って、スポーツバッグからタオルを引き出して肩にかけた。
「そっか」
「そうそう、なーんもないしー」
「ただちょーっと、原田が危ない奴だってだけー」


 岸田の声にかぶさる様に乱入してきた佐々木と井上が、また余計な事を口にする。


「お前ら……」


 いい加減に力技で口をふさいでやろうかと思った時。肩にひっかけていたタオルを引かれて、滑り落ちる感触にとっさに手を伸ばして掴んだ。すると、反対側の先を岸田が掴んでいて。
「珍しく、タオル替えたんだね。どうしたの?」
 なんて、わけのわからない突っ込みをしてくる。


 替えたというか、強引に押し付けられたというか。
 まぁ、確かに零した緑茶の染み込んだタオルよりはいいけれど。

 いつも自分の好きな色のタオルをひたすら使っているせいか、岸田も疑問に思うのだろうか。


「別に意味はないけど」


 態々、アオの事を知る人間を増やすつもりはない。
 ただでさえ面倒な奴らに見られてんのに。


「そうなんだ」
「そーなんだー」


 岸田と同じ言葉なのに、すっげイラつくのはなぜだろうな佐々木!

「外、行ってくる」


 そう言ってその場を去った俺に、どんな視線を向けられているかなんてまったくわからなかった。
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