18 / 112
8日目~11日目 原田視点
1
しおりを挟む
「さて、と」
原田は高校の最寄駅に着くと、いつも通り駐輪場に預けてある自転車にまたがって力強く漕ぎ出した。
未だ涼しい夏の早朝の住宅街を抜けて、土手に上がる。毎年の事だから見知った人もいて、こちらに気付いて軽く会釈をしてくれる人に返礼しながら原田はその場所を目指した。
大きな川の土手に面する形で建つ、何軒かの家々。
その中の一つ、昔ながらの日本家屋を遠目に、原田は自転車をこいでいく。
昨日。
部活から戻ってきた原田が目にしたのは、縁側で呆然と立ち尽くすアオの姿だった。土手から庭へと自転車を入れスタンドを立てながら、半ば焦りながらアオの名前を呼ぶ。
すると、ぴくりと肩を揺らしぺたりと縁側に座り込んだ。慌てて駆け出して傍に寄れば、伏せたまま上げない顔。ゆっくりと肩に手を置いて力を微かにこめると、促されるように顔を上げたアオと目があった。
どくりと、鼓動が跳ねる。
泣いていないのに、泣いているように見えた。
あの、土手で涙を流すアオと、姿が重なった。
けれど、アオは泣いていない。
悲しい色を消し去れないまま、その口端を上げて笑い掛けてきた。
――おかえりなさい、ななしくん
それは、俺に向けられた言葉。
この状態で? と驚いた俺の視界に入った、アオの手の中の携帯。
――ただいま
何も考えず、すんなりと口から零れた。
初めて会った日、何かを見失ったように涙を流していたアオ。
その原因が携帯の向こうにある事を、なんとなく悟った。
「ちゃんと飯くってんだろうな?」
ここ数日習慣になってきたように土手から庭先に自転車を入れ縁側から声を掛けると、がちゃ! と何かが当たる音の後、恐る恐るという体で庭に面している居間の隣……確か台所からアオが顔を出した。
「……ななな、ななしくん。どしたの」
その目は何かを誤魔化すように瞬きを繰り返し、引きつった笑いのままどこか怯えるように原田を呼ぶ。原田はそれで状況を察知すると、スポーツシューズを脱いで縁側に上がった。
……ななな、ってなんだよ
内心ぶつくさと文句を言いながら手に持っていたビニール袋を居間の畳の上に置くと、アオを見据える。
「ちゃんと朝飯食ってる最中、のはずだよな?」
自覚している威圧感満載の顔で凄むと、アオはもちろんっと声を上げた。
「ななしくんのご飯監視員契約は、昨日までのはずだよ! 部活なのに、どうしたの? こんな早く来なくても……」
あわあわと言葉を連ねるアオに凄みのある視線を向けて、ちらりと壁にかけてある時計に目を向けた。
時間は朝の八時半。この家を九時二十分辺りに出れば九時半過ぎには学校につくことはここ数日で理解しているから、確かに部活のみの通学なら早い時間だろう。
「ななしくん? とりあえず座って。お茶入れるから」
不自然なほどにこにこと笑う、アオに指定された居間の座卓を見る。
ここ数日で座る場所が決まった、原田の席。他人の家だというのに、自分の居場所が出来上がりつつあることがなんだかおかしい気もするけれど。
しかし原田はその声には従わず、台所に入る引き戸の前で立ちふさがる様に立つアオを押しのけてそれを開けた。
アオの家の台所は、壁際にガス台やコンロ、食器棚があって、やや中央寄りにテーブルが置いてある。
「……?」
漂う、甘い香り。
香りの発生源は、そのテーブルとみた。
原田は高校の最寄駅に着くと、いつも通り駐輪場に預けてある自転車にまたがって力強く漕ぎ出した。
未だ涼しい夏の早朝の住宅街を抜けて、土手に上がる。毎年の事だから見知った人もいて、こちらに気付いて軽く会釈をしてくれる人に返礼しながら原田はその場所を目指した。
大きな川の土手に面する形で建つ、何軒かの家々。
その中の一つ、昔ながらの日本家屋を遠目に、原田は自転車をこいでいく。
昨日。
部活から戻ってきた原田が目にしたのは、縁側で呆然と立ち尽くすアオの姿だった。土手から庭へと自転車を入れスタンドを立てながら、半ば焦りながらアオの名前を呼ぶ。
すると、ぴくりと肩を揺らしぺたりと縁側に座り込んだ。慌てて駆け出して傍に寄れば、伏せたまま上げない顔。ゆっくりと肩に手を置いて力を微かにこめると、促されるように顔を上げたアオと目があった。
どくりと、鼓動が跳ねる。
泣いていないのに、泣いているように見えた。
あの、土手で涙を流すアオと、姿が重なった。
けれど、アオは泣いていない。
悲しい色を消し去れないまま、その口端を上げて笑い掛けてきた。
――おかえりなさい、ななしくん
それは、俺に向けられた言葉。
この状態で? と驚いた俺の視界に入った、アオの手の中の携帯。
――ただいま
何も考えず、すんなりと口から零れた。
初めて会った日、何かを見失ったように涙を流していたアオ。
その原因が携帯の向こうにある事を、なんとなく悟った。
「ちゃんと飯くってんだろうな?」
ここ数日習慣になってきたように土手から庭先に自転車を入れ縁側から声を掛けると、がちゃ! と何かが当たる音の後、恐る恐るという体で庭に面している居間の隣……確か台所からアオが顔を出した。
「……ななな、ななしくん。どしたの」
その目は何かを誤魔化すように瞬きを繰り返し、引きつった笑いのままどこか怯えるように原田を呼ぶ。原田はそれで状況を察知すると、スポーツシューズを脱いで縁側に上がった。
……ななな、ってなんだよ
内心ぶつくさと文句を言いながら手に持っていたビニール袋を居間の畳の上に置くと、アオを見据える。
「ちゃんと朝飯食ってる最中、のはずだよな?」
自覚している威圧感満載の顔で凄むと、アオはもちろんっと声を上げた。
「ななしくんのご飯監視員契約は、昨日までのはずだよ! 部活なのに、どうしたの? こんな早く来なくても……」
あわあわと言葉を連ねるアオに凄みのある視線を向けて、ちらりと壁にかけてある時計に目を向けた。
時間は朝の八時半。この家を九時二十分辺りに出れば九時半過ぎには学校につくことはここ数日で理解しているから、確かに部活のみの通学なら早い時間だろう。
「ななしくん? とりあえず座って。お茶入れるから」
不自然なほどにこにこと笑う、アオに指定された居間の座卓を見る。
ここ数日で座る場所が決まった、原田の席。他人の家だというのに、自分の居場所が出来上がりつつあることがなんだかおかしい気もするけれど。
しかし原田はその声には従わず、台所に入る引き戸の前で立ちふさがる様に立つアオを押しのけてそれを開けた。
アオの家の台所は、壁際にガス台やコンロ、食器棚があって、やや中央寄りにテーブルが置いてある。
「……?」
漂う、甘い香り。
香りの発生源は、そのテーブルとみた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる