19 / 112
8日目~11日目 原田視点
2
しおりを挟む
大股で台所に入ると、後ろから追いかけてくるアオの足音。
「いやあの、ななしくん? これは、その……」
「これは、その。なんだ?」
テーブルの傍に立つ原田の視界には、お椀に入った小豆色の汁が見える。小さな白玉も浮いていて、美味そうだ。
それは、いい。
いいけれど。
「よもやまさか、これが朝食とかいわねぇよな?」
「しょしょしょ、食前のデザートだよ!」
「食後のデザートじゃなくて、食前ね。で、飯は?」
「ごめん、食後!」
「じゃあ、使った食器は?」
「洗った!」
「洗いかごに、なんもねーけど?」
静まり返る、台所。
顔を逸らしてアオを見れば、後頭部を片手で押さえながらにへらと笑っている。
言い訳が尽きたらしい。
「あんた、監視されながら飯を食うのが好きなのか?」
「好きなわけないじゃんー」
「なら、なんでちゃんと飯くわねぇんだよ! また俺に監視されたいのか!」
いらつきのまま叫べば、きょとんとした一転アオが茶化す様に笑った。しかもにやにやって言葉が似合う、笑み。
「俺に監視だって。ぐふふ、ななしくんてばすけべー」
「……はぁ?」
何言ってんだこいつ。
原田は怪訝そうな表情を浮かべながら、お椀を片手で掴みアオを押しのけた。
「あぁっ! 私の懐中最中!」
「懐中最中は美味いけど、朝飯じゃねぇ。……ほら」
お椀を居間の座卓に置いて、縁側に置いておいたビニールを手に取って座卓の自分の席に座った。不思議そうに見ているアオの前で、座卓の上に袋の中身を取り出して並べる。
「パン?」
「うちの近所のパン屋のだけど、けっこう美味いから」
サンドウィッチやベーグル、アオが好きそうな菓子パンをいくつも取り出す。それを見ていたアオが、途中から首を傾げるくらい。
「ななしくん、多いよ」
合計、十個。確かに多い。
けれど。
「あんたの昼飯も含まれてんだよ。ちゃんと食えよな」
アオはパンと原田の間を交互に見ていたけれど、ふわりと笑った。
「ななしくんは、優しいねぇ」
「……」
思わず、その表情に目が惹き付けられる。嬉しそうに、……その表情はとても安心しきった笑顔で。
昨日の彼女を見ているからか、よく分からないけれど思わず鼓動まで早まる。原田はそれを隠すかのように、手前のパンをいささか乱暴に掴むと袋から出して食いついた。
「おだてたって何もでねぇからな!」
「パンが出た!」
「今じゃねぇ、言われた後の事だ!」
あぁぁ、アオといると自分のペースを狂わされる。
内心の葛藤をパンを食べる事で発散し始めた原田に、アオは台所から湯呑を持ってきてお茶を淹れた。
「あんまり急いで食べると、むせちゃうよ?」
とん、と目の前に置かれた湯呑。
湯呑には、ななしくんと大きく書かれている。これは食事を一緒に食べ始めた日に、アオが原田用にと客用の湯呑にマジックで書いたものだ。
数日しか使わないのに阿呆だなぁとそれを見て思ったが、その文字が変に嬉しく思えるのはきっと今喉が渇いてるからだよな、俺!
言いようのない感情を隠しながら原田は、ちらりとアオに視線を向けた。口につけた湯呑から上がる湯気の向こうの、アオ。
彼女は、とりあえず懐中最中を完食することに決めたらしい。たまに白パンをちぎって浸しながら、それを口に運んでいる。
……小動物か。
ちまちまと食べるその姿は、まるでハムスターのようだ。
なんとなく無言のまま、朝食の時間はあっという間に過ぎた。ポケットに突っ込んでおいた携帯が、軽快な音楽を奏でる。
「時間、か」
原田はそう呟くと、残りのお茶を一気に呷り座卓に戻して立ち上がる。
「んじゃ、俺行くからな。今食ってるパンは、ちゃんと完食しろよ? 昼飯も食えよな」
アオは小さくちぎっていたパンを口に放り込むと、大きく頷く。その仕草に、原田はぽんと頭に一度手を置くと、縁側から庭へと降りた。
「じゃーな」
振り返って、軽く手を上げる。
「いってらっしゃい、おかーさん!」
「違うわ!」
突込み返しながら、原田は自転車に乗って高校へとこぎ出した。
少し行ってから自転車を止め、後ろを振り返る。当たり前だけれど、アオの姿はない。最初、アオが座っていたベンチが見えるだけ。
原田は小さく息を吐き出して、再び前を向いてこぎ出した。
行かないとならないのに。
大体、好きでここにいるわけじゃなくって、アオに巻き込まれただけなのに。
後ろ髪をひかれるって、こういう感じなのか?
「いやいや、違う!」
思いついた言葉を、声に出して否定する。
きっと昨日の事があったから心配してるんだ俺は、と内心繰り返しながら原田は高校へと向かった。
「いやあの、ななしくん? これは、その……」
「これは、その。なんだ?」
テーブルの傍に立つ原田の視界には、お椀に入った小豆色の汁が見える。小さな白玉も浮いていて、美味そうだ。
それは、いい。
いいけれど。
「よもやまさか、これが朝食とかいわねぇよな?」
「しょしょしょ、食前のデザートだよ!」
「食後のデザートじゃなくて、食前ね。で、飯は?」
「ごめん、食後!」
「じゃあ、使った食器は?」
「洗った!」
「洗いかごに、なんもねーけど?」
静まり返る、台所。
顔を逸らしてアオを見れば、後頭部を片手で押さえながらにへらと笑っている。
言い訳が尽きたらしい。
「あんた、監視されながら飯を食うのが好きなのか?」
「好きなわけないじゃんー」
「なら、なんでちゃんと飯くわねぇんだよ! また俺に監視されたいのか!」
いらつきのまま叫べば、きょとんとした一転アオが茶化す様に笑った。しかもにやにやって言葉が似合う、笑み。
「俺に監視だって。ぐふふ、ななしくんてばすけべー」
「……はぁ?」
何言ってんだこいつ。
原田は怪訝そうな表情を浮かべながら、お椀を片手で掴みアオを押しのけた。
「あぁっ! 私の懐中最中!」
「懐中最中は美味いけど、朝飯じゃねぇ。……ほら」
お椀を居間の座卓に置いて、縁側に置いておいたビニールを手に取って座卓の自分の席に座った。不思議そうに見ているアオの前で、座卓の上に袋の中身を取り出して並べる。
「パン?」
「うちの近所のパン屋のだけど、けっこう美味いから」
サンドウィッチやベーグル、アオが好きそうな菓子パンをいくつも取り出す。それを見ていたアオが、途中から首を傾げるくらい。
「ななしくん、多いよ」
合計、十個。確かに多い。
けれど。
「あんたの昼飯も含まれてんだよ。ちゃんと食えよな」
アオはパンと原田の間を交互に見ていたけれど、ふわりと笑った。
「ななしくんは、優しいねぇ」
「……」
思わず、その表情に目が惹き付けられる。嬉しそうに、……その表情はとても安心しきった笑顔で。
昨日の彼女を見ているからか、よく分からないけれど思わず鼓動まで早まる。原田はそれを隠すかのように、手前のパンをいささか乱暴に掴むと袋から出して食いついた。
「おだてたって何もでねぇからな!」
「パンが出た!」
「今じゃねぇ、言われた後の事だ!」
あぁぁ、アオといると自分のペースを狂わされる。
内心の葛藤をパンを食べる事で発散し始めた原田に、アオは台所から湯呑を持ってきてお茶を淹れた。
「あんまり急いで食べると、むせちゃうよ?」
とん、と目の前に置かれた湯呑。
湯呑には、ななしくんと大きく書かれている。これは食事を一緒に食べ始めた日に、アオが原田用にと客用の湯呑にマジックで書いたものだ。
数日しか使わないのに阿呆だなぁとそれを見て思ったが、その文字が変に嬉しく思えるのはきっと今喉が渇いてるからだよな、俺!
言いようのない感情を隠しながら原田は、ちらりとアオに視線を向けた。口につけた湯呑から上がる湯気の向こうの、アオ。
彼女は、とりあえず懐中最中を完食することに決めたらしい。たまに白パンをちぎって浸しながら、それを口に運んでいる。
……小動物か。
ちまちまと食べるその姿は、まるでハムスターのようだ。
なんとなく無言のまま、朝食の時間はあっという間に過ぎた。ポケットに突っ込んでおいた携帯が、軽快な音楽を奏でる。
「時間、か」
原田はそう呟くと、残りのお茶を一気に呷り座卓に戻して立ち上がる。
「んじゃ、俺行くからな。今食ってるパンは、ちゃんと完食しろよ? 昼飯も食えよな」
アオは小さくちぎっていたパンを口に放り込むと、大きく頷く。その仕草に、原田はぽんと頭に一度手を置くと、縁側から庭へと降りた。
「じゃーな」
振り返って、軽く手を上げる。
「いってらっしゃい、おかーさん!」
「違うわ!」
突込み返しながら、原田は自転車に乗って高校へとこぎ出した。
少し行ってから自転車を止め、後ろを振り返る。当たり前だけれど、アオの姿はない。最初、アオが座っていたベンチが見えるだけ。
原田は小さく息を吐き出して、再び前を向いてこぎ出した。
行かないとならないのに。
大体、好きでここにいるわけじゃなくって、アオに巻き込まれただけなのに。
後ろ髪をひかれるって、こういう感じなのか?
「いやいや、違う!」
思いついた言葉を、声に出して否定する。
きっと昨日の事があったから心配してるんだ俺は、と内心繰り返しながら原田は高校へと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる