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8日目~11日目 原田視点
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「アオ」
翌日。
原田がいつもより遅い時間に姿を見せると、麦わら帽子を被ったアオがいつも通りベンチに座ってスケッチブックに鉛筆を走らせていた。
顔をあげないアオの名前をもう一度口にすると、微かに反応して瞬きを幾度か繰り返す。
「アオ」
三度呼んだ原田の声に、アオはふわりと笑って顔を上げた。
「ななしくん、おはよう」
ドクン
鼓動が、跳ねた。
やばい。
やばい。
やばい。
原田の脳裏に、なぜか三行のやばいが並ぶ。
アオへの気持ちに、気づく前と気づいた後でこんなにもなんか自分が挙動不審とか!! よもやまさか、不思議女にこんな気持ちを抱くとか!!
あぁぁ……すげぇ、俺、自分が嫌だ……
思わず打ちひしがれそうになる気力を、何とか気を奮い立たせた。
「どうしたの? 具合悪い?」
「うわっ!」
勢いよく顔を上げれば、スケッチブックを持ったままのアオが目の前で原田の顔を覗き込んでいた。
驚いて思わず飛びずさる。
「ななな、なんだよ! いきなり目の前とか、驚くだろ!」
焦って叫べば、アオはきょとんとしたまま首を傾げる。
「なんか、おかんなななしくんが……おかしなななしくんになってる。まぁ、元気ならいいのかな?」
オカンナナナシクンガオカシナナナシクン……
「呪われそうだから、呪文のような言葉はやめてくれ」
会って二日目に言われた言葉をなんとなく思い出しながら(全部覚えてない)、原田はなんとか体勢を立て直した。
ベンチに座り直すアオの横に、持ってきた重箱をどすんと置いた。
「休みなのに律儀だねぇ、ななしくんてば」
くすくすと笑いながら、アオはその重箱を軽く持ち上げようとして違和感に気が付いたらしい。
「あれ? 重いよこれ。どうしたの?」
スケッチブックを脇に置いて、アオが包みの結び目を解いた。
蓋を開ければ、そこにはぎっしりと詰まったおかず。
それでもアオの体調を話したからか、油ものや炒め物は控えてある胃に優しいもの……だそうだ。
「うちの母親がいつものお礼にって」
昨日家に戻ってみると、何時もなら帰宅の遅い母親が珍しく戻っていた。そこで当たり前のように重箱が見つかって、一人で食べようと思っていた竜田揚げを半分以上持って行かれてしまった。
母親の腹の中に。と、父親用にも隠してあったのを俺は見逃さなかったが。
で、今朝起きたらその重箱におかずがいっぱい詰まっていた、という事。
「昼飯だってさ」
「凄いねぇ!」
原田が告げると同時に、アオが嬉しそうな声を上げて立ち上がった。
「ねぇ、食べよう! 早く食べよう?」
アオは重箱の蓋を戻すと、それを原田に渡した。突然の行動に戸惑えば、スケッチブックを手に取ったアオが縁側に向かって走り出す。
「そこで待ってて! ね、そこでっ」
「え? あ、あぁ……」
アオのあまりのテンションの上がりように思わず呆けた原田は、首を傾げつつ重箱を持ったまま木陰に移動した。ベンチも木陰にはなっているけれど、もう少し移動した方が木が数本立っていて涼しい。
そんな事が思いつくほど、ここに来てるな……と変にしみじみとしてしまった。
実際はアオをここで見つけたのは、先週の話だというのに。
ふわり。川風が、木立ちを揺らす。
何気なく顔を上げると、光る水面がゆらゆらと揺れていた。
「あぁ、綺麗だな」
いつも、アオはこの風景を見ているのか。
何を思って、ここで座っているんだろう。
何を想って、ここで泣いていたんだろう。
本当の名前も、何をしている奴なのかも、何を考えてるのかも全く知らない。
俺はただの通りすがりで、たまたま声を掛けただけの他人。
「……他人、か」
他人なら、別に何とも思わない、はず。
……けど。
「ななしくん、おまたせ!」
ふわり。川風とは逆方向から、微かな風が吹いた。
ひらりと舞う、青。
「ここで食べよう」
ね? と笑うアオの足元には、青いレジャーシート。
傍らには部屋から持ってきたのか、麦茶のガラスポットとコップが二つ。
一つだけに、氷がいっぱいに入っている。
「まだ調子悪いのか?」
「え?」
いそいそと麦茶を注ぐアオに問うと、不思議そうな表情をしてから首を振った。
「もう大丈夫だよ。でも、あんまりななしくんに心配かけられないから、一応ね」
冷たい物を回避してるのは、胃を休める為、か。
原田は靴を脱いでシートの上に座ると、いいことだと頷いた。
「年下に心配かけるとか、年上の風上にも置けないからな」
「ななしくんの方が、だいぶ年上に見えるけどね」
「……あんたが低すぎるんだろう、精神年齢」
「それでもいいや、おかーさん」
「誰が母親だ! せめて父親にしろ!」
性別変わってるわ!!
アオがきょとんとした後、ぶはぁっと吹き出した。
「突っ込みどころが間違ってるよ、ななしくん!」
父親みとめてどーするのと笑い続けるアオに、怒鳴り返そうとしたけれど口を噤んでそっぽを向く。
「……もういいよ、あんたの面倒見るの嫌じゃないし」
むしろ、他の奴に見られるのが嫌……とか考える俺自身が、なんか嫌だけどな!
途端。
アオの笑い声がやんで、静まり返る。
なんとなく恥ずかしくて逸らしていた顔を、少し戻してアオに視線だけ向けた。
「……っ」
アオは――
「ありがとう、ななしくん」
……なんであんた、そんな泣きそうに笑うんだ……?
翌日。
原田がいつもより遅い時間に姿を見せると、麦わら帽子を被ったアオがいつも通りベンチに座ってスケッチブックに鉛筆を走らせていた。
顔をあげないアオの名前をもう一度口にすると、微かに反応して瞬きを幾度か繰り返す。
「アオ」
三度呼んだ原田の声に、アオはふわりと笑って顔を上げた。
「ななしくん、おはよう」
ドクン
鼓動が、跳ねた。
やばい。
やばい。
やばい。
原田の脳裏に、なぜか三行のやばいが並ぶ。
アオへの気持ちに、気づく前と気づいた後でこんなにもなんか自分が挙動不審とか!! よもやまさか、不思議女にこんな気持ちを抱くとか!!
あぁぁ……すげぇ、俺、自分が嫌だ……
思わず打ちひしがれそうになる気力を、何とか気を奮い立たせた。
「どうしたの? 具合悪い?」
「うわっ!」
勢いよく顔を上げれば、スケッチブックを持ったままのアオが目の前で原田の顔を覗き込んでいた。
驚いて思わず飛びずさる。
「ななな、なんだよ! いきなり目の前とか、驚くだろ!」
焦って叫べば、アオはきょとんとしたまま首を傾げる。
「なんか、おかんなななしくんが……おかしなななしくんになってる。まぁ、元気ならいいのかな?」
オカンナナナシクンガオカシナナナシクン……
「呪われそうだから、呪文のような言葉はやめてくれ」
会って二日目に言われた言葉をなんとなく思い出しながら(全部覚えてない)、原田はなんとか体勢を立て直した。
ベンチに座り直すアオの横に、持ってきた重箱をどすんと置いた。
「休みなのに律儀だねぇ、ななしくんてば」
くすくすと笑いながら、アオはその重箱を軽く持ち上げようとして違和感に気が付いたらしい。
「あれ? 重いよこれ。どうしたの?」
スケッチブックを脇に置いて、アオが包みの結び目を解いた。
蓋を開ければ、そこにはぎっしりと詰まったおかず。
それでもアオの体調を話したからか、油ものや炒め物は控えてある胃に優しいもの……だそうだ。
「うちの母親がいつものお礼にって」
昨日家に戻ってみると、何時もなら帰宅の遅い母親が珍しく戻っていた。そこで当たり前のように重箱が見つかって、一人で食べようと思っていた竜田揚げを半分以上持って行かれてしまった。
母親の腹の中に。と、父親用にも隠してあったのを俺は見逃さなかったが。
で、今朝起きたらその重箱におかずがいっぱい詰まっていた、という事。
「昼飯だってさ」
「凄いねぇ!」
原田が告げると同時に、アオが嬉しそうな声を上げて立ち上がった。
「ねぇ、食べよう! 早く食べよう?」
アオは重箱の蓋を戻すと、それを原田に渡した。突然の行動に戸惑えば、スケッチブックを手に取ったアオが縁側に向かって走り出す。
「そこで待ってて! ね、そこでっ」
「え? あ、あぁ……」
アオのあまりのテンションの上がりように思わず呆けた原田は、首を傾げつつ重箱を持ったまま木陰に移動した。ベンチも木陰にはなっているけれど、もう少し移動した方が木が数本立っていて涼しい。
そんな事が思いつくほど、ここに来てるな……と変にしみじみとしてしまった。
実際はアオをここで見つけたのは、先週の話だというのに。
ふわり。川風が、木立ちを揺らす。
何気なく顔を上げると、光る水面がゆらゆらと揺れていた。
「あぁ、綺麗だな」
いつも、アオはこの風景を見ているのか。
何を思って、ここで座っているんだろう。
何を想って、ここで泣いていたんだろう。
本当の名前も、何をしている奴なのかも、何を考えてるのかも全く知らない。
俺はただの通りすがりで、たまたま声を掛けただけの他人。
「……他人、か」
他人なら、別に何とも思わない、はず。
……けど。
「ななしくん、おまたせ!」
ふわり。川風とは逆方向から、微かな風が吹いた。
ひらりと舞う、青。
「ここで食べよう」
ね? と笑うアオの足元には、青いレジャーシート。
傍らには部屋から持ってきたのか、麦茶のガラスポットとコップが二つ。
一つだけに、氷がいっぱいに入っている。
「まだ調子悪いのか?」
「え?」
いそいそと麦茶を注ぐアオに問うと、不思議そうな表情をしてから首を振った。
「もう大丈夫だよ。でも、あんまりななしくんに心配かけられないから、一応ね」
冷たい物を回避してるのは、胃を休める為、か。
原田は靴を脱いでシートの上に座ると、いいことだと頷いた。
「年下に心配かけるとか、年上の風上にも置けないからな」
「ななしくんの方が、だいぶ年上に見えるけどね」
「……あんたが低すぎるんだろう、精神年齢」
「それでもいいや、おかーさん」
「誰が母親だ! せめて父親にしろ!」
性別変わってるわ!!
アオがきょとんとした後、ぶはぁっと吹き出した。
「突っ込みどころが間違ってるよ、ななしくん!」
父親みとめてどーするのと笑い続けるアオに、怒鳴り返そうとしたけれど口を噤んでそっぽを向く。
「……もういいよ、あんたの面倒見るの嫌じゃないし」
むしろ、他の奴に見られるのが嫌……とか考える俺自身が、なんか嫌だけどな!
途端。
アオの笑い声がやんで、静まり返る。
なんとなく恥ずかしくて逸らしていた顔を、少し戻してアオに視線だけ向けた。
「……っ」
アオは――
「ありがとう、ななしくん」
……なんであんた、そんな泣きそうに笑うんだ……?
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