触れて 融けて 流れて 消えて。

篠宮 楓

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最期の時

其の参

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「やくそく? ですか?」
 何が起こっているのか、まだ混乱したままの一志の言葉に、ゆっくりと頷いた。

『お前の願いは、私が祈ろう。だから、一志、お前は自分の為に願いなさい』
「自分の、為?」

 一志の返答を耳にしながら、ふらり、頭が揺れた。
 神様からの最期のご褒美。例えばそれが、自由に好きな所へ行きたいとかそういう願いだったならもう少し猶予があったのかもしれない。
 けれど私は一志のもとへ行き、ひとに姿を見せるだけの力を願った。
 森の主さまのように長い時を生きてきた訳ではない私には、大きすぎるご褒美。もう、時間があまりない。
『一志』
 困惑した表情の一志の傍に、そっと近づく。
『私は、寿命を全うし、自然に還る』
「……え?」
『今日、私は消える」
 ほんの少しだけ押し黙った一志は、柵から身を乗り出した。
「そんな、そんなっ! さくらの神様が……いや、神様じゃなくてっ」

 焦るように早口でまくし立てた一志に、そっと手を伸ばした。触れるつもりはないけれど、直接春の息吹を届けられるくらいの距離。
『もう寿命なんだ。私はあの場所で千年以上の時を過ごしてきた。最期に、お前に会えてとても嬉しかった。ひとと話す事ができるなんて思わなかった。だから、私に約束を』
 足先から、力が自然へと還り始める。崩れていく私の体が、淡いうすべにの光を纏いながら消えていく。
『一志、お前も幸せになるんだよ。誰かの為ではなくて、自分の為に。お前の二つの願いをもって、私は神の傍に、自然へと還るから』
「そんなっ、さくらの……っ!」
 神ではないと言ったからか、精霊とも呼べずに焦っている姿が、こんな時だというのに面映ゆい。
『一志』
 両手を口元に寄せて、春の息吹を吹きかける。風の精霊たちがそれを受け止めて、ふわりと一志を包み込んだ。
『遠い昔、主さまから頂いた名前があってね。もう最期だから、誰かに……お前に覚えていてもらいたいな』
 小さい声で、もう長い間呼ばれたことも言ったこともなかった自分の名前を、一志へと囁く。すると口元に当てている掌が、崩れだした。
「あ……」
 ふわふわと零れていく光に、一志の頬が微かに淡く色づく。
『ほら、もう最期だ。お前の願いを貰っていこう』

 こんなにも穏やかに、こんなにも幸せに。最期を迎えられるなんて思ってもみなかった。少しの寂しさもあるけれど、それでも。

『一志、どうか幸せに』

 そう、最期に伝えた時。

「俺は、また、君に会いたい……!!!」
 ぎゅっと、握られる右の掌。
『……っ』
 触れたその掌から、一志の想いが力が溢れて沁み込んでくる。

 幸せで、幸せで。
 それがたとえ夢物語のような願いでも、祈ってくれることが嬉しくて。

『ありがとう』

 光が、弾ける。
 視界が真っ白に塗りつぶされるその刹那まで、私は一志を見つめた。
 

 願わくば、神のもとへ想いが届きますように。
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