蓮と葉月 ホワイトディ前日、そして当日の夕方

篠宮 楓

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「ん……っ」

 玄関ドアの閉まる音に、驚いたまま固まっていた葉月の思考がやっと動き出した。何も持っていない手で蓮の肩を押して、顔を横に逸らそうとしている。
 ゲラを離して両手で抵抗をするという事に頭が働かない葉月を可愛いと思いながらも、加藤との間に交わされた意思疎通……アイコンタクト……に昏い妬心を消すことはできない。

 蓮は腰に回していた手で葉月の手からゲラを抜き取ると、それを床に放って立ち上がった。
 もちろん、葉月を横抱きにしたまま。
 いったいその細い体のどこにそんな力があるのかといつもならきっと突っ込むはずの葉月も、唇を離されてやっと思うまま呼吸ができることに夢中でそこまで頭が働いていなかった。
 歩き出す蓮が、いったいどこを目指しているのかも。

 たった数歩。
 葉月が落とされたのは、さっきまで加藤が座っていたソファの上。身体が柔らかい物に沈み込む感覚に、息を整えていた葉月も状況を把握して上体を起き上がらせる。
「ちょっと、蓮!?」
 起き上がろうとした体を肩を押さえられることで阻止され、葉月の身体はソファへと戻された。

 ゆっくりと葉月の顔の両側に肘をついて、見下ろす。

「加藤と、何があった」
「……っ」
 驚いたように目を見張るその表情を、今日はいったい何度見せられればいいのか?
 蓮は怒鳴りそうになるのを何とかとどめて、殊更冷静な声で言葉を続ける。

「お前たちの間で何かがあった事くらい、俺にも桜子にもばれてる。今更隠そうとするな」
「え、さ……桜子さんにも……?」
 葉月の目に動揺が走り、その手が無意識にエプロンのポケットを上から押さえた。
「そこに、何が入ってるの? 葉月」
 あえて今まで口にしていなかったその仕草に触れれば、葉月の表情が一気に青白いものへと変化した。
「え、な、何も……」
 ぎこちなく逸らされる視線、上擦った様に絞り出される声。


“俺は……、その葉月さんが”

“でも”

 “俺、葉月さんの方がっ”

“加藤さん……!”


 脳内にさっきの二人の会話が繰り返されて、蓮の我慢も限界を超えた。
「葉月……、絶対許さない」
「え?」
 思ったよりも低くなった声に、自分の怒りが膨れ上がっていることを感じる。

 幼い頃から、葉月に執着している自分。
 そんな自分の気持ちに気が付いてから、葉月を奪おうとするものから守り通してきた。
 自分の為に。

 ……たまに思う。
 自分が、どれだけ葉月に依存しているかを。
 おかしいと、思われても仕方ない……。
 すでに自分では、葉月に関しては正常じゃないと理解しているから。

 戸惑う様に自分を見上げてくる視線にさえ、感情が逆なでされる。
 今の葉月が、どれだけ俺を苦しめているか分からないのか?
 やっと手に入れた、もうすぐ法の下でも自分のものとなる葉月を今更他の男にとられてたまるか!


「俺から離れるなんて、絶対に許さないからな」


 そう告げると、蓮はエプロンのポケットを押さえている葉月の手首をきつく掴んだ。
「そこに、何を隠してる? 何を加藤から渡されたんだ!?」

「何って、え、蓮?!」
 抵抗するように力の入った葉月の手を、力任せにエプロンから引きはがす。
「やめっ」
 叫ぼうとする葉月の唇を己のそれで塞ぎ、ポケットの中に手を突っ込んだ。苦しいのか葉月が唸るような声を上げているけれど、蓮は指に触れたものの感触に血の気が引いた。


 ……冷たくて、固くて……。


 それは――
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