88 / 98
第13章 墨染めの恋
7
しおりを挟む
「――ッ……!?」
直後、方々の襖や戸口を蹴破り衛士らが乱入してくる。
そしてその動く人形らは日嗣がその刀身すべてを抜き去るより速く円をなし、一度の風を切る音だけで槍を突き出すとその穂先で日嗣を囲んだ。
「……っ」
日嗣がそれらを窺っても、衛士らは瞬き一つせず槍を引かない。日嗣自身も鞘と柄に手を触れたまま身動きできず、ただ衛士らの無機質な眼差しだけが、そのまま日嗣を逃さぬことだけを告げている。
「何の……つもりです。……大叔父上……」
そしてこの場で唯一自由に、悠然とある月読に、日嗣はようやく視線と声だけを戒めから解放して問う。
すると月読も今度こそ立ち上がり、日嗣の怒気を孕んで乱れた髪に、小馬鹿にするように神依の櫛をかけた。
「……毛筋ほどは他の者の機微に気をかけるべきであったな。ましてや姉上の跡を継ぎ、人の上に立つ者になろうとするならばなおさら……人の心のどこにどう触れればその者がどうなるか、伍名に習うといい」
「まさか……」
「そう……お前が伍名と会い、その後ここに来ることはもう私にはわかっていた」
「……」
「そしてここは、神のあらゆる暴挙が許される淡島ではない……。法と掟に守られた高天原……その中枢の二である我が月読の宮ぞ。こともあろうに、そこで剣を抜いて主神に狼藉を企てるなど……お前が天孫、日嗣でなければ救いようもない」
月読は最後にさらりと日嗣の長い髪を手のひらで流し、再び櫛を自らの袖に戻すとあの薄い笑みを浮かべて続ける。
「……あの娘は、お前の罪のすべてを知っておったぞ」
「……は……、……?」
そして月読からさらなる真実を聞いた日嗣は、文字どおり絶句した。
「しかもあれは、その瞬間を己が目で視たと言う。……あれは本物の巫女だ……そしてあれには途方もない、ある一柱の神が依りついて、慈しんでおる」
「……」
「……いい加減にお前も自覚せよ……。お前だけが楽しく笑い、泣き叫べば許される童児の時間は終わりだ……。私が何ゆえ神依の頬に朱印を刻んだか……理由は他にもあるが、今語ったこともまた、私の真の心でもある。腰を据えて護らねば、あれはすぐに何かに拐われるぞ」
「大……叔父上」
「……とはいえこれから先、神依の周りをお前にうろちょろされると都合の悪いことがあるのでな。……しばし自宮で、己が短慮の選択を悔い謹慎しておれ」
「お……お待ちください……、大叔父上……!」
月読はそれだけを言い残すと控えの者を呼び、後片付けを命じるとまた酔ったようにふらりと部屋を後にする。
日嗣はそれを追おうとするが、衛士らに押し留められそれ以上を求めることはできなかった。
「――ッ……神依……!」
ただ告げられた真実に、日嗣はそこにはいない少女を抱き寄せるように両手で強く自らを抱き……。
気付いたときには自身の居室に呆然とあって、その出入口には日々見分けのつかぬ、生きた人形が置かれるようになっていた。
直後、方々の襖や戸口を蹴破り衛士らが乱入してくる。
そしてその動く人形らは日嗣がその刀身すべてを抜き去るより速く円をなし、一度の風を切る音だけで槍を突き出すとその穂先で日嗣を囲んだ。
「……っ」
日嗣がそれらを窺っても、衛士らは瞬き一つせず槍を引かない。日嗣自身も鞘と柄に手を触れたまま身動きできず、ただ衛士らの無機質な眼差しだけが、そのまま日嗣を逃さぬことだけを告げている。
「何の……つもりです。……大叔父上……」
そしてこの場で唯一自由に、悠然とある月読に、日嗣はようやく視線と声だけを戒めから解放して問う。
すると月読も今度こそ立ち上がり、日嗣の怒気を孕んで乱れた髪に、小馬鹿にするように神依の櫛をかけた。
「……毛筋ほどは他の者の機微に気をかけるべきであったな。ましてや姉上の跡を継ぎ、人の上に立つ者になろうとするならばなおさら……人の心のどこにどう触れればその者がどうなるか、伍名に習うといい」
「まさか……」
「そう……お前が伍名と会い、その後ここに来ることはもう私にはわかっていた」
「……」
「そしてここは、神のあらゆる暴挙が許される淡島ではない……。法と掟に守られた高天原……その中枢の二である我が月読の宮ぞ。こともあろうに、そこで剣を抜いて主神に狼藉を企てるなど……お前が天孫、日嗣でなければ救いようもない」
月読は最後にさらりと日嗣の長い髪を手のひらで流し、再び櫛を自らの袖に戻すとあの薄い笑みを浮かべて続ける。
「……あの娘は、お前の罪のすべてを知っておったぞ」
「……は……、……?」
そして月読からさらなる真実を聞いた日嗣は、文字どおり絶句した。
「しかもあれは、その瞬間を己が目で視たと言う。……あれは本物の巫女だ……そしてあれには途方もない、ある一柱の神が依りついて、慈しんでおる」
「……」
「……いい加減にお前も自覚せよ……。お前だけが楽しく笑い、泣き叫べば許される童児の時間は終わりだ……。私が何ゆえ神依の頬に朱印を刻んだか……理由は他にもあるが、今語ったこともまた、私の真の心でもある。腰を据えて護らねば、あれはすぐに何かに拐われるぞ」
「大……叔父上」
「……とはいえこれから先、神依の周りをお前にうろちょろされると都合の悪いことがあるのでな。……しばし自宮で、己が短慮の選択を悔い謹慎しておれ」
「お……お待ちください……、大叔父上……!」
月読はそれだけを言い残すと控えの者を呼び、後片付けを命じるとまた酔ったようにふらりと部屋を後にする。
日嗣はそれを追おうとするが、衛士らに押し留められそれ以上を求めることはできなかった。
「――ッ……神依……!」
ただ告げられた真実に、日嗣はそこにはいない少女を抱き寄せるように両手で強く自らを抱き……。
気付いたときには自身の居室に呆然とあって、その出入口には日々見分けのつかぬ、生きた人形が置かれるようになっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる