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京都支店
隠し味はレモン
しおりを挟む朝方は涼しかったけれど、昼前から気温の上がりだした京の街をかなり歩き回ったせいで、支店に戻った時には私も智も汗だくになっていた。
「ただ今戻りました」
「お疲れ様ですー、何か冷たいものでもいれますね」
すかさず立ち上がり事務所の奥の給湯スペースに入った吉野さんが、すぐに顔を出した。
「北条さん、今西さん、グリーンティどうですか?冷たいの」
グリーンティはあんまり馴染みがないというか、日頃飲まないけれど…折角そう言ってくれてるのだし。
隣で汗を拭っている智をちらりと窺うと、彼も軽く頷いたので
「じゃあ、お願いします」
と声をかけると、彼女は給湯スペースに引っ込んだ。
「ハーイお待たせしました。
レモン入りグリーンティです」
濃い緑色の液体が入ったグラスから微かに立ち上るレモンの香りが、意外にも…と言ったら失礼だけど爽やかで。
何というか今まで体験した事のない色合いの飲み物だけど、思いきって口をつけてみた。
「……美味しい」
「意外にあうんだな、抹茶とレモンって」
感心した様子で呟く智の言葉に、彼はグリーンティを飲むのが初めてではなかったのだと知る。
「お口にあいました?」
「さっぱりしていて、お茶の味?とレモンが妙にマッチしていて、とっても美味しいです」
「よかったー!
あ、それからお2人とも、給湯スペースの中にあるコーヒーとかプラカップとか、自由にお使い下さいね」
言っていただければ、用意させていただきますけど?と笑った吉野さんの言葉に、狭い事務所のあちこちから手が挙がる。
「俺、コーヒー!砂糖抜き」
「こっち渋いお茶」
「俺は冷たいジュースがいい、なんか買ってきて」
「私はお2人に言ってるんです、皆して調子に乗らない!」
腰に手を当て言い放つ吉野さんは、なかなかに逞しくて。
「怖ー!そんな感じで子供も叱り飛ばしてるんか?」
「余計なお世話です!」
「お母ちゃーん、ジュース買ぉてー」
「無駄遣いはいけません」
なんだか漫才のような遣り取りに目を白黒させていると
「ごめんなさいね、しょーもないモノお見せして」
苦笑いを浮かべながら、それでも吉野さんは先ほど一蹴した飲み物を入れて皆に配った。
「気が利くやーん、さすが主婦」
「褒めてもなんも出ぇへん」
「コーヒー出てきたやんか」
「次から1杯10円」
「けちー」
「主婦にとってケチは褒め言葉やもん」
「褒めてへんわ」
「はいはい、分かったから仕事してください」
またしても始まった軽口の応酬に、給湯スペースのアレコレを聞きそびれてしまい…智と顔を見合わせて軽く肩をすくめた。
~悠香視点~
■□■
茶碗に茶の粉を入れ、熱湯を注いでやたら泡立てた苦い飲み物。
その程度の知識ではあったが、抹茶という物は知っていた。
だから吉野さんがグリーンティを勧めてくれた時、それほど飲みたいと思った訳ではなかった。
ただ…なんというか彼女の好意を断れなかっただけで。
だが、意外にも彼女が入れてくれたグリーンティはさっぱりしていて、飲みやすかった。
お茶の苦味とレモンの酸味が絶妙なバランスで、美味しいと正直に思えた。
「レモンが入っているのがみそなんですって」
「悠香はグリーンティ、初めてだったんだろ?」
つい気が緩んでしまい名前の方を口にした瞬間、やや強めの視線を向けられ誤魔化すようにグラスに半分ほど残っていた液体を一気に飲み干した。
~智視点~
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