1 / 6
邂逅
しおりを挟む
遥か昔、鷹の名を持つ1人の若い悪魔がいた。
彼は少々変わっていて、誰よりも力強く大空を翔ける事を喜びとし、早く飛ぶ事に誇りを感じていた。
艶やかな漆黒の翼を羽ばたかせる姿は、遠目には黒い大きな鳥のようだった。
ある時…空を切り取ったような蒼い瞳を煌かせ、彼は眼下に広がる世界を見下ろした。
そして血の色をした巨大な満月を背に、彼は何か小さく呟いた。
冥界において最高位の魔力を持つ鷹にとって、自らの姿を完全にヒトと同化させる事は、呼吸するのと同じくらい容易い事だ。
数え切れないほど長い時間、人間界にいるおかげでヒトの言葉や生活習慣については熟知している。
それに同種の者であったとしても、彼の「気」を察する事は相当困難な筈だ。
それくらい彼は巧妙に自身の「本性」を隠し、ヒトに溶け込んでいた。
パッと見ただけでは、彼がヒトなのかそうではないのか分かる者など、まずいないと言えるだろう。
とはいえ、彼ほどの魔力を持つ者でも異なる世界に留まるにはいくつかの条件がある。
その世界の存在に完全に同化する事。
人間界でなら、ヒトになりきる事が最低限の条件だ。
魔力の使用も基本的に禁じられているが、自身の生命に関わる場合においてのみ認められている。
また真実の名を明かし、本来の姿を現す事は、いかなる場合においても禁じられている。
異世界では、姿を変え名を偽って過ごさなければならないのだ。
もし禁を破ればたちどころに冥界から追放され、翼と永遠の生命とを失ってヒトとして一生を終えなければならなくなる。
それはある意味、永遠の命を持つ者にとって自殺に等しい行為だった。
ブブブブブブ
ポケットの中の携帯が振動し、着信が入った事を知らせてきた。
彼は携帯を取り出し、相手を確認してから通話ボタンを押した。
「ダニエルだ」
彼の名はダニエル。
もちろん真実の名は別にあるのだが、人間界でも彼はそう呼ばれていた。
「分かった分かった、すぐ戻るから」
通話を終えた彼は、慣れたしぐさでポケットからコインを取り出し、地下鉄の券売機の前に立つ。
目的地まで7駅。
コインを入れてボタンを押し、出てきたチケットを摘むと彼は人波の中に消えていった。
*
所謂、通勤ラッシュの時間帯。
超満員の電車にソフィアは揺られていた。
最初は何とかつり革を掴んでいたが、人の波に押されあっという間に手を離す羽目になってしまった。
せめて精一杯踏ん張るものの、電車が揺れるたびに周りの人に押され無理な姿勢を強いられていた。
「きゃ!」
またしても電車が大きく揺れた弾みで、すぐ脇に立っていたダニエルの胸に顔から突っ込んでしまう。
「す、すみません…」
「いや」
顔を上げ声をかけると、ダニエルは驚いたように僅かに目を見張った。
しかしすぐに目を逸らした彼は、何事か考え込むような素振りで目を伏せた。
ソフィアはそんな様子に訝りながらも、見知らぬ相手を凝視し続けるのも憚られ、スッと目線を戻した。
そんな彼女を、ダニエルは内心震える思いで見つめていた。
ヒトと同化させてはいるが、彼女の纏う「気」には覚えがあった。
——彼女はもしかして、あの時の……?
脳裏に凛とした眼差しがまざまざと蘇り、ダニエルの胸はまるで切り裂かれでもしたかのように痛んだ。
同時に、得体の知れない感情がじわじわと込み上げてきて、彼はグッと奥歯を噛みしめた。
——こんな…互いの住む世界とは異なる世界で。
姿を変え名を偽った状態で、星の数ほどヒトがいる中で、再び出会う事があるだなんて。
もしかしたら、奇跡とはこういう事をいうのではなかろうか。
窓ガラスに映る2人は、他のヒトとなんら変わらない姿をしている。
彼女も…おそらく自分が「悪魔」だとは気付いていないだろう。
そう確信する程度には、ダニエルは自分の本性を隠しヒトに同化する術について自信を持っていた。
それにしても…と、ダニエルはぼんやり思った。
互いに翼を持つ者同士だというのに、両者のイメージはまるで正反対だ。
今はヒトとしての姿を保っているが、記憶の中の彼女は汚れなき純白の翼を持っていた。
彼女達「天使」は、文字通り神の使いとして敬われ愛される存在として、ヒトに認知されている。
一方、艶やかな漆黒の翼を持つ彼は「悪魔」と呼ばれ、ヒトを騙して誘惑し、たぶらかす存在として忌み嫌われ恐れられている。
そしてそんな2人の、これが運命の邂逅であった。
彼は少々変わっていて、誰よりも力強く大空を翔ける事を喜びとし、早く飛ぶ事に誇りを感じていた。
艶やかな漆黒の翼を羽ばたかせる姿は、遠目には黒い大きな鳥のようだった。
ある時…空を切り取ったような蒼い瞳を煌かせ、彼は眼下に広がる世界を見下ろした。
そして血の色をした巨大な満月を背に、彼は何か小さく呟いた。
冥界において最高位の魔力を持つ鷹にとって、自らの姿を完全にヒトと同化させる事は、呼吸するのと同じくらい容易い事だ。
数え切れないほど長い時間、人間界にいるおかげでヒトの言葉や生活習慣については熟知している。
それに同種の者であったとしても、彼の「気」を察する事は相当困難な筈だ。
それくらい彼は巧妙に自身の「本性」を隠し、ヒトに溶け込んでいた。
パッと見ただけでは、彼がヒトなのかそうではないのか分かる者など、まずいないと言えるだろう。
とはいえ、彼ほどの魔力を持つ者でも異なる世界に留まるにはいくつかの条件がある。
その世界の存在に完全に同化する事。
人間界でなら、ヒトになりきる事が最低限の条件だ。
魔力の使用も基本的に禁じられているが、自身の生命に関わる場合においてのみ認められている。
また真実の名を明かし、本来の姿を現す事は、いかなる場合においても禁じられている。
異世界では、姿を変え名を偽って過ごさなければならないのだ。
もし禁を破ればたちどころに冥界から追放され、翼と永遠の生命とを失ってヒトとして一生を終えなければならなくなる。
それはある意味、永遠の命を持つ者にとって自殺に等しい行為だった。
ブブブブブブ
ポケットの中の携帯が振動し、着信が入った事を知らせてきた。
彼は携帯を取り出し、相手を確認してから通話ボタンを押した。
「ダニエルだ」
彼の名はダニエル。
もちろん真実の名は別にあるのだが、人間界でも彼はそう呼ばれていた。
「分かった分かった、すぐ戻るから」
通話を終えた彼は、慣れたしぐさでポケットからコインを取り出し、地下鉄の券売機の前に立つ。
目的地まで7駅。
コインを入れてボタンを押し、出てきたチケットを摘むと彼は人波の中に消えていった。
*
所謂、通勤ラッシュの時間帯。
超満員の電車にソフィアは揺られていた。
最初は何とかつり革を掴んでいたが、人の波に押されあっという間に手を離す羽目になってしまった。
せめて精一杯踏ん張るものの、電車が揺れるたびに周りの人に押され無理な姿勢を強いられていた。
「きゃ!」
またしても電車が大きく揺れた弾みで、すぐ脇に立っていたダニエルの胸に顔から突っ込んでしまう。
「す、すみません…」
「いや」
顔を上げ声をかけると、ダニエルは驚いたように僅かに目を見張った。
しかしすぐに目を逸らした彼は、何事か考え込むような素振りで目を伏せた。
ソフィアはそんな様子に訝りながらも、見知らぬ相手を凝視し続けるのも憚られ、スッと目線を戻した。
そんな彼女を、ダニエルは内心震える思いで見つめていた。
ヒトと同化させてはいるが、彼女の纏う「気」には覚えがあった。
——彼女はもしかして、あの時の……?
脳裏に凛とした眼差しがまざまざと蘇り、ダニエルの胸はまるで切り裂かれでもしたかのように痛んだ。
同時に、得体の知れない感情がじわじわと込み上げてきて、彼はグッと奥歯を噛みしめた。
——こんな…互いの住む世界とは異なる世界で。
姿を変え名を偽った状態で、星の数ほどヒトがいる中で、再び出会う事があるだなんて。
もしかしたら、奇跡とはこういう事をいうのではなかろうか。
窓ガラスに映る2人は、他のヒトとなんら変わらない姿をしている。
彼女も…おそらく自分が「悪魔」だとは気付いていないだろう。
そう確信する程度には、ダニエルは自分の本性を隠しヒトに同化する術について自信を持っていた。
それにしても…と、ダニエルはぼんやり思った。
互いに翼を持つ者同士だというのに、両者のイメージはまるで正反対だ。
今はヒトとしての姿を保っているが、記憶の中の彼女は汚れなき純白の翼を持っていた。
彼女達「天使」は、文字通り神の使いとして敬われ愛される存在として、ヒトに認知されている。
一方、艶やかな漆黒の翼を持つ彼は「悪魔」と呼ばれ、ヒトを騙して誘惑し、たぶらかす存在として忌み嫌われ恐れられている。
そしてそんな2人の、これが運命の邂逅であった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる