Fly high 〜勘違いから始まる恋〜

吉野 那生

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動き始めた運命

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「美月、左手出して」


昨晩は結局受け取ってもらえず、うやむやなままだった指輪を、改めて美月の薬指にはめる。


「ん、サイズもぴったり」

手をかざし見とれる美月の笑顔の方が、ダイヤよりよっぽど眩しい。
彼女が変に気を使うといけないと思って、石の大きさではなくデザインで選んだ指輪だが、これほどまで彼女にピッタリだとは正直思わなかった。

美月の笑顔にこっちまで嬉しくなってくる。

「綺麗…ありがとうございます、神崎さん」

「…神崎さん?」

聞き捨てならないセリフに揶揄するようにそう訊ねると、美月はきょとんとした表情で俺を見返してきた。


「抱き合ってキスもして、指輪だって受け取ってくれたのに、まだ神崎さん?」

「え…と?」

「な・ま・え!
まさか知らない訳じゃないよな?恋人の」

わざと「恋人」を強調すると、耳まで真っ赤になりながら美月は恥ずかしそうに俯いた。


「それは…でも今まで神崎さんってお呼びしてましたから、その、急には」

しどろもどろになりながら、それでもなんとか言葉を搾り出す美月が可愛くて堪らない。

「聡一郎だろ?
ちゃんとこっち見て、美月」

頬を両手で挟み込み優しく顔を上げさせ、うろうろと泳ぐ視線を合わせる。

「名前、呼んで」

懇願するような響きに観念した様子でキュッと目を瞑ると、美月は

「……聡、一郎」

囁くようなごく小さな声でそう呼んだ。
その瞬間、思い切り彼女の身体を抱きしめていた。

「美月…」

胸の深い所から、じわじわと満たされていくこの感じ。
名前を呼ばれただけで、身震いするくらい嬉しいなんて…。


しばらく無言のまま、そうやって互いの温もりを感じあっていた。
ややあって。
とても…とても名残惜しかったけれど美月の身体を離し、もう1度だけ唇を重ね

「充電完了。これで親父ともやりあえる」

と笑ってみせると、彼女もややぎこちなくはあるものの決意を秘めた笑みを浮かべた。


   * * *


一緒に本社の会長室へ向かう途中、不安げな美月を気遣いずっと手を握っていた。

やたら高圧的な親父と美月が実際に会うのも、そういえば初めてだ。
緊張からか、しっとりと汗の滲む美月の手の感触に気付き、繋いでいた手に力を込め「俺がいるから」と視線で伝える。


「失礼します」

前もって俺達が来る事は知っていた筈だが。
ドアをノックし声をかけたにも拘らず返事がない。

そっとドアを開けると、そこには背を向けて佇む親父の姿があった。
声をかけるのが憚られるほどの激しい怒りと無言の拒絶。

親父を少しでも知る者ならば、決して近寄らぬであろうピリピリとした雰囲気に、美月の受ける威圧感を少しでも和らげようと、彼女と親父の間に立ち

「親父…昨晩は申し訳なかった」

と深々と頭を下げた。


「……親父だと?社では会長と呼べ」

「今日はプライベートな用事で来ているんだ。
神崎グループの会長にではなく、神崎 龍爾の息子聡一郎として父親に話がある」

初めてひたりと合わされた親父の視線は、思わず気後れしてしまいそうになるほど容赦のない物だった。

「お前、自分が一体何をしでかしたのか判っているのか?」

ぞってするほど冷たい声は、到底肉親にかける物とは思えない。


——そりゃそうだよな。

面子や自尊心が何より大事な親父にとって、昨晩俺の取った行動は裏切り以外の何物でもなかったんだろうし。

だが、ここで負ける訳には行かない。

怯みそうになる心に活をいれ、親父の目をじっと見つめた。


「その件については、申し開きのしようもない。
最初からきちんと断っていれば、こんな事にはならなかった訳だし。
だけど、俺の話を聞いてくれ。
俺は野々村家との縁談を最初から望んではいない。 
今更と思うかもしれないが、俺が愛し、必要としているのはこの本城 美月だけだ」

美月の肩を抱き、親父と向き合う。

親父のなんともいえぬ侮蔑と嫌悪の篭った眼差しが一瞬だけ美月を捉え、そして興味なさ気にすぐ外された。
あまりの視線の鋭さに、手の下で美月の身体が小さく震える。


「くだらん。
恋だの愛だの目に見えない不確かな物が、そんなに大切か?
それがあれば他に何もなくても生きていけるとでも言う気か?
バカバカしい!
神崎の跡取りともあろう者が、女なぞに現を抜かしおってからに」

忌々しげに吐き捨てると、親父は嫌そうに胸ポケットから封筒を取り出した。

「…なんだよ?」


叩きつけるように机上に置かれたそれが何なのか、おおよそ見当はついていた。
同じく中身を察したらしい美月も、顔を強張らせながら俺を見つめた。

「何も聞かずにこれを持って、私達の前から消えろ」

蔑むような物言いに言い返そうと口を開いたが…

「あの…受け取れません。
お金が欲しい訳ではないんです」

美月の方が早かった。


あの親父に言葉を返すなど、どれほどの勇気を振り絞ったのだろう。
必死の面持ちで辛辣な視線を受け止めている美月に、親父は

「黙れ、下手に出ればつけ上がりおって。
それを持ってどこへでも失せろ」

と言うなり、つかつかと部屋を横切り自らドアを開けた。

「出ていかんというのなら、警備員を呼ぶぞ」


本気でやりかねない剣幕に、ついこっちも頭に血が上る。

「出て行くなら俺も一緒だ」

俺と親父の顔を見比べオロオロしている美月を促し、ドアに向かう。

「待て!そんな事は許さん。
お前は黙ってわしの言う事だけ聞いておればいいのだ」

「今の俺には彼女より大切な物なんて何もないんだ。
だから悪いが親父の望む通りには出来ない」

「バカな、お前という奴は…。
今まで育ててやった恩も忘れ、親に盾突く気か?」

あんまりな言われように、目の前がぐらりと揺れた。
思わず美月の肩を抱いていない方の手をきつく握り締める。


「神崎さん…」

けれど、気遣わし気な声と遠慮がちに腕に触れた温もりが、俺に冷静さを取り戻させてくれた。
心配そうな眼差しに頷き返し、出来るだけ感情を込めずに親父を見つめる。

「違う。
俺は…ただ親父に認めて欲しいだけだ。
親父の代わりでも傀儡でもなく、1人の人間として俺のする事を。
俺の選んだ道を。
愛する女性を…彼女と共に生きる未来を。

誰になんて言われようがどう思われようが、俺は美月と一緒になる。
たとえ何を失う事になったとしても、彼女を失う事に比べれば惜しいとは思わない」

言葉を失い立ち尽くす親父に頭を下げると、そのまま美月と共に会長室を出る。

美月の肩を抱いたまま、地下駐車場まで戻り車に乗り込んだ途端。
緊張の糸が切れたかのように全身の力が抜けた。


—-初めて……親父に逆らった。

あの親父とここまでやりあうなんて…。
今まで親父の言いなりだった、この俺が。


思わずハンドルに突っ伏した俺の腕に

「あの…良かったんですか?お父様の事…」

美月が手を伸ばし心配そうに触れてきた。



——あぁ、また俺は自分の事ばっかりで彼女に気を使わせている。


申し訳なさそうに揺れる美月の瞳の奥に、隠し切れない不安を感じ取り、俺は腕を伸ばして彼女の頬に触れた。

「いや……それより悪かったな。
あんな親父でさ、君にも随分嫌な思いをさせた」

「……いえ」

顔をあげ、美月を見つめる。
彼女の目にちゃんと俺が映っている事に、少なからずホッとする。

その時、美月の携帯が震えた。


「…はるかさん?」

表示された名前に訝しげに首を傾げ、それでも美月は電話に出た。

「もしもし?」

『もしもし、本城さんですね?
私、はるかです』

「…一体どうなさったんですか?」

『お願い、本城さん。
他に頼れる人がいないの、助けて!』



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