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第二幕〜伏見稲荷〜
忠臣
しおりを挟む突如現れた一人の武者。
新たな追っ手かと固唾をのんだ私の目の前で、その人は初音の鼓を鮮やかに奪い返し
「我こそは源義経が家臣、四郎兵衛忠信。
おのれら如き分際が、この鼓を奪おうとは。
なんと分厚い面の皮!」
声高に名乗りを上げた。
義経様のご家臣、って事は…。
——助かった!
討手の注意がそちらに向いた隙に、くじけそうな脚を叱咤し静御前の手を引いて、本殿の陰に身を潜める。
討手の数は五人。
こちらは忠信様ただ一人。
さすがに一対五はキツいんじゃ…と心配をよそに、忠信様は神がかり的な強さを発揮。
刀も抜かずに討手を追い払ってしまった。
「静!お静!」
そこへ禅師様が戻り…なんと、義経様一行までが現れた。
——え?どういう…?
「我が殿!」
嬉しそうに駆け寄る忠信様。
——さっきの愁嘆場は、何だったの?
あまりの展開に呆然としていたけれど、話の流れから察するに禅師様が呼びにいった『助け』それが義経様一行だったらしい。
一旦は静御前を置いて旅立った義経様。
けれど愛妾の危機に慌てて戻ってきてみれば、家臣・忠信様が美味しい所を掻っ攫っていった。
そんな感じであってる筈。
で、今は主従の感動の再会といった所。
聞けば忠信様は、元々奥州藤原氏の家臣だったそう。
けれど奥州に身を寄せた義経様が挙兵する際、秀衡の命により義経様の家臣となったんだって。
それ以降、義経様と苦楽を共にしていたんだけど故郷の母親を看取る為、許しを得て里帰りをしていた。
その母も亡くなってしまったので都に戻る途中、義経様の危機を知り駆けつけたという事らしい。
「よくぞ戻った、忠信
また、よく静を救ってくれた。
褒美に我が名『源九郎義経』と、我が着長を与える」
感激した様子の義経様が渡したのは、殊の外目立つ鎧。
これは…影武者になれって事?
いざという時はあの鎧をつけて、『源義経』として死ぬ名誉を与えた、って事なのかしら?
そんなんで褒美になるの?って、正直思うんだけど…。
でも忠信様はすごく喜んでるから、家臣にとっては名誉な事なんでしょうね、きっと。
…よく、わかんないけど。
「忠信殿、危うい所助かりました。
礼を言います」
感動の再会が終わったらしい忠信様に、礼を言う静御前。
「静御前、ご無事で何よりでございます。
伴の方も女だてらに無茶をなさいますな」
「あの、忠信様、先程はありがとうございました」
「吾の事は四郎兵衛、もしくは四郎とお呼びくだされ」
「わかりました。
私は静御前の遠縁で、静と申します」
私の事まで心配してくれたのが伝わってくるから、頭は下げておく。
でも…あの時はそうするしかなかったんだもん。
怖かったけど…もしかしたら、斬られるかもと思ったけど。
忠信様が来てくれるなんて思わなかったし、必死だったんだよ。
今になって恐怖が全身を支配して、足が、身体が震える。
「お静!そなたまで無茶をして」
静御前に続き、私まで叱られちゃった。
もっとも、禅師様、今度は完全に目が潤んでいて今にも泣き出しそう。
「ごめんなさい。
しず…姉様を助けたい一心で…」
震える手を差し伸べると、禅師様がしっかりと抱きしめてくれた。
「ほんにこの子は…。
無事で良かった……お静」
抱きしめてくれた禅師様の身体も細かく震えていた。
改めて、すごく心配かけたんだなという申し訳なさと、間一髪助かった安堵とか入り混じり、こちらまで涙ぐんでしまう。
本当に怖かった。
平成の世でなら刀は装飾品であり美術品。
あくまで実用品ではないのだけど。
彼らが無造作に持っていた刀は本物。
きっと人を斬った事もあるし、女といえど斬る事に躊躇いなんかないんだろう。
そう思うと…私がこうして生きているのは、本当に奇跡みたいなものかもしれない。
そう思い至ったら、余計に全身鳥肌が立ち、ますます震えが止まらなくなってしまう。
そんな私を安心させるよう、禅師様は抱きしめ背中をさすってくれた。
***
ようやく震えも止まり、落ち着いた頃。
静御前は義経様と最後の別れを惜しんでいた。
「達者でな、静」
「九郎様こそ、どうぞ息災で」
万感の思いで見つめ合う義経様と静御前。
静御前の目に、もう涙はなかった。
「忠信、静とこの鼓の事頼んだぞ」
「殿がお戻りになるまで、しかもお守りいたします」
結局、頼もしい味方の筈の忠信…四郎様に静御前を託すのね。
まぁ、今のような事がまたないとも限らないし、心強いけど。
「九郎様、どうぞどうぞご無事で」
静御前の見守る中、今度こそ義経様一行は旅立っていかれた。
その後ろ姿を見つめながら、私も祈る。
——静御前と義経様が、また再会できますように。
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