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第一幕〜初音〜
初お目見え
しおりを挟むここへ来て二週間。
少しはここでの生活に馴染めたかな?
…とはいえ、元の生活と違いすぎて失敗する事もある。
何より、あちらでの全てをほったらかしにして、戻る手段も見つからないとあっては…。
学校は卒業したばかりだし、就職も進学も予定はない。
でも神社は…。
おばあちゃんがずっと一人で守ってきたあの大切な場所を、今度は私が守っていくと約束したのに。
小説なら、魔法陣とか召喚術とか、神様とか誰かが、帰還の方法を知っていたりするんだろうけど。
どうやって来たか分からない以上、帰る方法も分からないわけで。
おばあちゃんのお葬式の日に失踪した事に、なってるのかな…私。
友達や先生、近所の人達に心配はかけてるだろうな。
それもなんか、申し訳ない。
考えれば考えるほど落ち込む。
…お腹空いてんのかな?
「お静、今日こそそなたの舞を見せてもらうぞ」
部屋に入るなりそう言うと、静御前は私の手を取り稽古部屋へと連れ出した。
三十畳ほどの板張りの部屋。
そこがこの屋敷で白拍子の皆さんが、舞の稽古をする稽古部屋だった。
部屋の上座には神棚が据えられ、榊とお神酒が備えられている。
「衣は何を?袴か?」
一応下女として静御前のお側に仕える私は、白拍子の皆さんと違い、小袖を身につけている。
「そうですね、正式な奉納の時は白衣に緋袴をつけ千早を纏うのですけど、水干もオッケーです」
「おっけーとは可という事であったな。
ならば水干に緋袴で」
元の時代では太鼓や笛、笏拍子の演奏がついたんだけど、今は無理かな。
まぁ、雰囲気だけ感じてもらえればいいか。
採物はどうしよう…。
神楽鈴があればいいんだけど、無いよね。
緋袴を着け水干を纏い、シンプルな蝙蝠とよばれる扇を手に取る。
巫女舞とは神様に捧げる祈りの舞。
——この時代の神様、どうか私を元の時代にお返しください。
神棚に向かって一礼し、口には出せない祈りを込めて、舞い始める。
自分で謡い、舞うのは初めてだ。
それでも動きは体が覚えているし、おばあちゃんの
「目先、指先にまで気持ちを込めて」
との教え通り、爪先から指先、扇の先にまで意識を集中して体を動かす。
『天地の 神にぞ祈る 朝なぎの
海のごとくに 波たたぬ世を』
舞い終わり、神棚に向かって一礼。
その間、およそ十分程。
…って、なんかすごい視線を感じるんだけど。
振り向くと静御前や禅師様を始め、屋敷内の白拍子さん達が私の舞に注目していた。
「まこと『神楽女』であったのだな」
感心したような呟きは禅師様。
それって、やっぱり素性の知れない私の事、疑っていたのかな。
まぁ、仕方ないけど…。
桜と共に現れたなんてお伽話みたいな話、私だって信じられないもん。
自分の事でなければ。
「見事じゃ、お静。
そなた白拍子の舞も習うてはどうじゃ?」
静御前の言葉は嬉しいんだけど、白拍子さん達の視線が…痛いよ。
ここは頷いておくのがいいのか、遠慮しとくのがいいのか…。
迷っていると禅師様が
「是非に」
とお命じになられた。
命令なら断れないし、角も立ちにくいよね。
「わかりました。
禅師様、静御前、皆様ご指導のほどよろしくお願い致します」
両手をつき頭を下げると、皆の視線がやっと和らいだ…気がした。
それから数日は静御前と共に、禅師様のご指導を受ける毎日だった。
聞けば禅師様も京で知らない人は居ないという有名な白拍子なんだって。
元々は鳥羽上皇の寵臣、藤原道憲に目をかけられていたんだけど、白拍子として頭角を表すようになってからは鳥羽上皇にも目をかけられ、白拍子としては最高位の『禅師』の称号を授けられたとか。
道理で、いかにも優しげなお顔なのに舞の事となると顔つきが変わるの。
手の動き、足の進め方、首の角度。
一つ一つの仕草を細かく直され、何度も何度も繰り返す。
巫女舞は神様へ奉納する舞だから、ピシッとして色気なんかは出さなくていいんだけど。
白拍子の舞はピシッとしつつも、計算された色気を出す…ものらしい。
指先の動きであったり、目の流し方だったり、傾げた首の角度だったりね。
で、私にはそれがとっても難しい。
禅師様にビシバシしごかれてる最中。
他にも篠笛や鼓、琵琶、それに今様という歌もいくつか教わり、それも練習の日々。
その厳しさたるや、かなり昔のスポ根コーチも真っ青な程。
ここでは平成の世よりも、生きる事がもっとずっと大変。
特に女性はその地位も尊厳も、色んなモノを簡単に奪われてしまう。
だからこそ白拍子として名を挙げ、高名な貴族や武士の寵を得たい。
そういう人が沢山いる。
ここ、禅師様のお屋敷はそういう女性達を受け入れ、指導し、京の貴族達の館へ派遣するという事を生業にしているのだそう。
そんな人達にとって、ポッと現れた私が静御前のお側近くで舞の修練をなんて言われたら、そりゃ面白くないよね。
とはいえ、向こうへ帰る手段のない私も彼女達と変わらないのが現状。
帰れるあてがない以上、ここで、自分の力で生きていくしかないのなら…。
体を動かしている間は、不安は忘れていられた。
けれど夜になり一人きりになると、どうしても向こうの事が気になってしまう。
向こうで私の帰りを待っていてくれる人は、本当の意味ではもういない。
けど郷愁や、これから先への不安、知ってる人のいない寂しさや帰れない事への切なさが溢れ、眠れない日が続いていた。
それでも時は、誰もに平等に流れる。
夏が過ぎ、菊の季節がやってくる頃には…私は元の時代へ帰る事を半分以上諦めていた。
***
そんなある日。
静御前に、とある人から文が届いた。
その人の名は、源義経。
静御前の愛しい方、その人だった。
いそいそと文を開く静御前。
そのお顔は本当に嬉しそうで可愛らしくて、こちらまでついニコニコしてしまう。
なのに、文を読み終えた静御前の顔は、これ以上ないほど曇っていた。
「都で名高い白拍子、静御前の舞で気鬱の郷の方をお慰めしてほしい…との事じゃ」
って!
郷の方の前で静御前に舞えって、そういう事⁉︎
何気に酷い男なのね、義経って。
憤慨していたのが顔に出ていたのか、静御前は私に向かって苦笑してみせた。
「九郎様の頼みとあらば、聞かぬ訳がなかろ」
「…でも!」
「私は白拍子。
求められればどこへでも趣き、歌舞を披露する者じゃ。
ならばたとえ病に倒れようと、命尽きるその日まで白拍子でありたい」
なにそのオトコマエ発言!
彼女が男だったら、うっかり惚れちゃってたよ、本当に。
「…お静、妙な目で見るでない」
——あら、失礼!
「ともかく」
話題を変えるように静御前は一つ咳払いをし
「九郎様のお屋形へ向かうのは七日後。
そのように返事をしたためるゆえ、そなたもついて参れ」
と命じた。
こうして静御前の想い人にして、牛若丸としても有名な源義経との、初めての対面が決まったのだった。
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