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一話
しおりを挟む二両編成の電車を降りる。
無人駅なのか誰も居なかった。
平日の昼間だし、そりゃ居ないか。
山に囲まれた町……というか村?
民家の少ない場所だった。
駅は高台にある様で、下の方には川が流れている。
駅前には古びた看板の貸布団屋と、川で釣りをする客用の餌などが売ってる店があり、握り飯なども売っていた。
新幹線を降りた時に立ち食い蕎麦屋で素うどんを二杯食ってきたので腹はいっぱいだったので買いはしなかった。
だが流石山間の村だ、寒い!兎に角寒い!
駅前には二件程の店があった。
その店の一軒目、貸布団屋の前に来ると古くなった毛布が一枚三百円で売っていたので二枚買う。
果物ナイフで首と腕を出せる場所を作り、切った場所をライターで炙って溶かしてそれ以上裂けない様にすると、腕を通して腹回りを紐で結ぶ。腰にも一枚巻き付けた、その上から着膨れするからと警備員やってた時に買った大き目の雨合羽を着る。
モッコモコになるが、人の目など気にしてられない。っていうか、人は歩いていなかった。寧ろ、店主しか居ない。
貸布団屋の店主でさえこんな時期に人が来るのは珍しいと驚いていたしな。
紅葉を見に来ないのかと尋ねたら、この辺に紅葉はねーよと言われた。
聞けばこの辺の山には杉が埋まってるだけらしく、もう少し奥に行かないと観られないと言われた。
態々外に出てきてくれて、川の向こう岸から山に入れる獣道があるから、そこから入り山を二つ程超えた先が映えスポットだと教えてくれた。
獣道に入る場所には目印もあるそうだ。
「そんな高い山じゃ無いし、距離もないから歩いても行けるが、もし夜に成りそうなら小屋がどっかにある筈だから其処で朝まで過ごしな」と、俺の体型を見ながら言う。
隣でオニギリも買って行けと言われたので一個だけ買おうと言ったら、晩飯用と朝飯用に並んでた奴六個を全て買って行けと言われた。
何故六個あると知ってるのか聞いたら、その店も親父さんの店なんだそうだ。
金はないと言ったら
「どうせ売れ残るから一つ五十円にしてやる」
と、強引に買わされ三百円払った。
商売上手(?)な親父に見送られ農道みたいな畦道を通って下の川を目指して歩く、川の中で泳ぐ魚が見えたヤマメだろうか?釣り道具でもあれば釣りをするのも悪くない。が、俺は魚を釣った事が無いので……正確に言うと海釣りに行ってもフナムシが針に刺さったくらいで餌をやりに通った様なもんだった。
三年くらい釣り人の真似事をしたが、竿の本数が増えていっただけなので辞めてしまった。
魚を釣れない奴ほど物に拘るのか、良さげな竿ばかり買っていた為貯金が一桁減る頃に成って馬鹿な事を仕出かしたと気付いた。
竿を全部売ったら少し持ち直したくらいだから値段は言わなくても察してくれ。
クーラーボックスも良いのを買ったしなぁ……ビールしか入ってなかったけど。
氷とビールと入れて泊まりで釣りに行き、帰りはビールの空き缶とその地域で買った弁当のゴミを持って帰る。
それを毎週繰り返していた。
三年間も……。
魚は釣れなかったし友達と行ったわけじゃないから始終無言で週末を過ごしてたけど、その三年間はそれなりに楽しかったから後悔はしていない。
無趣味だったから海に通うだけでも、楽しかったんだよ。本当だよ?
思い出すと少し病むくらいには寂しかったなんてことないよ?
まぁ、その釣りを辞めた後は、スナックに通ってカラオケを趣味にしたんだけどね。
他人が居る場所で遊ぶ趣味って楽しいよね!
――――――――――――――――
川を渡って腰まである草を掻き分けながら獣道というのを探す。
なかなか見つからなかった。
あの親父かつぎやがったのか⁉と、思っていたら枯れた竹の所にマジックで入り口と書かれていた獣道を発見した。
多分布団屋の親父が書いたに違いない。
何か疲れてきたな……精神的に……。
一瞬戻ろうとも思ったが紅葉を見に来たんだしと思い直し、山道を登っていく。
大量の汗を流し、着ていた合羽も毛布も綺麗に丸めてリュックの上に載せて紐で縛って持っていく。
ゼエゼエという息遣いだけが静まり返った山道に響いていく。
ようやく頂上に着いた。
あと一つ超えるのかと思うと引き返したくなったが、ここまで来たんだしと思い直して山道を降り、歩き難いふかふかの地面を足を引きずりながら歩く。
適度な運動はしておくものだなと思いながらもう一つの山を登る。
さっきの山より少し高いのか、途中で休憩しながら登り切るとそこには、赤赤と彩られた秋の風物詩、思い焦がれた紅葉が広がっていた。
「映えスポットとはよく言ったもんだ」
それはこの世の物とは思えない程の美しさで、俺は暫くの間眺めていた。
スマホは既に契約を解除していた為、写真は撮れなかったが心のアルバムに刻める程印象的だったので良しとする。
暫くすると西に傾いた空がオレンジ色に染まり、紅葉と相まってそれはそれは幻想的な景色になり、俺は再び魅入ってしまった。
気が付けば周りは真っ暗で月明かりしか無く、寒さもエグいほどになっていたため下着だけ取り替え再び毛布を羽織って合羽を着た。
たしかあの親父はどっかに小屋がある様な事を言っていたな……と、思って探したが月明かりしか無いような山の中。
建物など探せる訳もなく、どっちに行くか迷った俺は紅葉がある方向へと歩き出した。
戻る方向は完全に漆黒で何も見えなかったからだ。
比較的紅葉のある山の方が見えやすかったっていうのもあるが……。
山を降っている最中に脇道があり、何となく其方へ歩いていくと……。有りましたよ小屋。
良かったーっと少し小走りになって向かい、扉を開けようとしたら
”ガチャッ”
「鍵閉まってんじゃねーか‼」
その声は山彦なって木魂した。
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