嗅ぎ煙草

あるちゃいる

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嗅ぎ煙草

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 「で?五千万はどこにやった?」

 お茶を呑みながらジロリと睨む森田の爺と、お茶を飲み干してから

 「警察署にあんた宛に送ったぜ?」

 っと教える俺。

 「何ぃ?使わなかったのか?」

 「嫌だなぁ、俺は犯罪者じゃ無いんだぜ?使うかよ汚れた金なんてよ、落ちてた財布のネコババくらいだぜ?俺がやれる事なんて」

 (落ちてたのは巾着袋だったけどな)

 呆れた顔して睨む森田の爺はおもむろに胸ポケットから煙草を出すとライターを探し出した。が、無かったのか俺に煙草を差し出しながら

 「ライター持ってねーか?」

 と、聴いてきたので

 「俺は持ってねーよ?昔から煙草は吸わねーんだ」

 そう言いながら胸ポケットから小さな小瓶を出して蓋を開ける、その蓋には耳掻きみたいな小さなスプーンが付いていて、小瓶の中の茶色い粉を一掬い取り出すと左手の付け根辺りの窪みにいれた

 「なんじゃいそら?」
 「これか?これはな……」

 窪みに入れた茶色い粉を俺は片方の鼻の穴を塞ぎながらスンスンと匂いを嗅ぐ様に吸い込んだ。
 それを見て森田の爺は血相を変えて俺の手を掴み

 「お前!それは麻薬じゃねーのか!?おい!現行犯だぞこの野郎!」

 と叫びだしたので

 掴まれた手をスルリと取り外して
 「ちげーよ馬鹿、嗅ぎ煙草だよ。なんなら鑑識でも呼べよ爺」
 「嗅ぎ煙草だぁあ?」
 「何だよ知らねーのか?一番歴史の古い煙草だった筈だけどなぁ?」

 何とか信じてくれた森田の爺はビールケースに座り直しながら煙草を咥えたまま俺の話を聴く

 「昔から嗅ぎ煙草なのか?」
 「んーそうだよー……スンスン」

 その間も、左手を真っ直ぐピンと伸ばし、親指の付け根の窪地に嗅ぎ煙草の粉を一掬い乗っけて、もう片方の鼻の穴で吸い込んだ。

 その両穴に入れた粉を鼻の粘膜に馴染ませるように鼻を摘んでグニグニとしたあと、ハンカチで手と鼻の周りの粉を拭く。

 それをぼーっと眺めながら
 「煙草なのか?それ……」
 「ああ、煙を吸わねーから肺も汚れないし匂いもしないから周りにも迷惑かけ無いニコチンだけを摂取するスグレモノよ」

 そう言いながら、次の仕事へ向かう準備をしていると

 「なぁ軽業師、俺にもそれ少し吸わせろよ」
 「はぁ?まぁいーけどよぉ……」

 そして爺の親指の付け根の窪みに米粒大くらい盛ると

 「いいか?ゆっくり吸えよ?そーだな、罰ゲームで汚え上履きを恐る恐る吸う感じで吸えば間違いない」
 「何だよその例えは……分かんねーよ。俺の学生時代はサンダルだぜ?」

 (おおう、それじゃあ分からんか……時代を感じるねぇ……年の差か?)

 そんな事を考えていたら結構思いっ切り吸ってしまったのかもんどり打って鼻を抑えたまま転がってる爺の姿が飛び込んできた

 「フゴガガガッ!!なんひゃごりゃぁーっ!?ハニャがぁっ!!あっ!?目も!?目も何か痛熱いたあつっ!?」

 「あーもう、うっせぇなぁ!しばらくすりゃ慣れるから大人しく苦しんどけ爺!!」

 次に行く間も与えずに転がった爺を足で踏み付けて動きを封じると、暫く様子を見る為にため息を吐きながら待った。

 「う……あ?慣れた……足どかせ馬鹿!人をなんだと思ってんだ!」
 「もう帰れよ爺さん」

 足を退かすと立ち上がってまだ、鼻をぐすぐす言わせながら鼻紙を取ると、盛大に噛みだした

 「はぁぁ……お前こんなん辞めとけよ、死ぬかと思ったわ。俺は煙でいいよ肺が汚れようが知ったことか!」

 悪態をつきながら鼻を噛んだチリ紙をポケットに入れる。

 「慣れれば快適なんだけどなぁ……まぁ、勧めないがよ。じゃあぁ、俺はソロソロ次の店に行くからよ達者でな」

 「なっ!まてまて軽業師!まだ話があるんだよ!今思い出したんだがよ?」
 「なんだよ、最後にしろよな」

 「その嗅ぎ煙草は昔からって言ったよな?」
 「ああ、言ったよ?詳しくは高校の時だな。その頃からマスクして嗅ぎ煙草して隠せてたからな」

 「そんな昔かよ……ったく、まぁいーや。そんでな?最初にあった時の金を騙された女性の部屋で粉になってた煙草の欠片があったのを思い出したんだが……」

 「え。知らんがな、そんな昔って時効だろ?」
 「あれお前のか……こんな刻が経ってから証拠が見つかるなんてなぁ……まぁ、時効だがな」

 「そういうコッタ……それじゃあな……あっ!名前!俺は引退してんだから軽業師はもう止めてくれよな!じゃな!今度こそさよならだ!」

 そう言って俺は手を振り上げてからその場を去った
もう会うことも無いだろう、ただ一人俺の過去を知る奴だが。本当にこれっきりにしてほしいもんだ。



 「軽業師引退ねぇ……昨日忍び込んだのは公共トイレの天井だし奪った五千万は警察署に送ったし、捕まえる要素はねぇなぁ……って!大丈夫ですか?お義父さん」

 立ち去った軽業師の顔を拝みに森田さんとこの街に来て、今まで陰でコッソリ覗いていた刑事五年目こと、森田茂之。森田さんの娘さんと結婚し婿養子になっていた。

 「ヤツの顔は覚えたかい?茂之……っくし!」
 「はい、覚えましたけど引退してるんですよね?パクれませんよ?協力者じゃないっすか」
 「ふんっヤツは引退なんてしてねーよ。軽業師って名前を捨てただけだ」
 「それじゃあこれからなんて呼べば?」
 「証拠品を持ち歩いてるだろ?」
 「あー……」

 「やつの名前はこれから……

  嗅ぎ煙草だ!粉野郎!次はぜってぇ証拠見付けてパクってやっかんなぁ!!」

 「お義父さん……現役じゃないんだから程々にしてくださいよぉ?」


◇◇


 補導員って事で現役復帰とはいかないまでも警察署勤務になった森田の爺さんとその婿養子という新たな敵を作ってしまった俺は、そんな事になってるとは露知らず、その後頻繁に会うことになるのだがこの時は全く知らなかった。

 それから名前も嗅ぎ煙草に変わった事も知らなかった……

 本当に勘弁してほしいなぁ……俺の浮浪者ライフの邪魔して欲しくないっての


        
 
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