生まれ変わっても無能は無能 ~ハードモード~

大味貞世氏

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第1章 紅峠

第7話 招待者

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カルバン・クライヴ。それが私の名前。男の子っぽい名前で嫌だった。
男に媚びるような性格でもないけど、そこそこ可愛気のある女だと自負してる。

2週間前になる。近隣の魔術師の名家が一堂に介し、何やら秘術を行使すると言うので、私も父に付いて参加した。

16歳になって成人したのだし、修行の旅の行き先を思案してた矢先。
「私たちは、今日。ある秘術を使い、禁忌を行使する。今後の研鑽の為に、お前も見ておくと良いぞ。勿論、強制ではないがな」
父の言う禁忌がどんな物なのか。俄然興味が湧いた。
普段はルールや作法に五月蠅い父が、敢えて禁忌を侵すと言う。その魅惑的な言葉に胸が躍り、まんまと罠に嵌った。

他国に虐げられた小国、ゴーウィン。それでも崩壊を免れていたのは、色を盛らなくても私たち優秀な魔術師が多く密集していたからに他ならない。

他国に比べると。比べるまでもなく。魔術の技術は秀でていた。

10人集まれば、大規模な術も使える。20人集まれば、凶悪な古竜さえ凌ぐと比喩される程。
私たちには自信があった。その過剰な自信が、今回の悲劇を招いたとも知らず。

所詮は人間の端くれ。神の足元すら拝めない矮小な存在。

走る、走る、走る。全力で。
疲労を告げる思考。補助の魔術を掛け続けていないと動かぬ脚で、追手から逃げていた。

狂った王の勅命だとか。秘術に参加した魔術師は皆殺し。
そんな馬鹿な。とでも言いたげな父の表情が忘れられない。
たった一度の失敗で。国を放棄し、自決を選ぶような軟弱の言う事など、誰も聞かなければいいのに・・・。この国を陰ながら支え、守ってきた私たち魔術師を。こんな簡単に。

禁忌の秘術。神の意志さえ嘲笑う。異国ではなく、異世界からの大規模召喚術。
「私たちは悪くない。秘術も禁忌も人が決めた事。方法は遙か昔から試されてきた。その悉くを潰してきたのも、また人間」
言い訳のような父の言葉。私を庇い、殲滅魔術を打ち続け、父は私の目の前で斬り殺された。
父の力を以てしても、数の暴力の前に屈した。

逃亡か亡命か。取れる選択はその2つ。
接国の国境は兵士たちに張られているだろう。亡命は難しい。残る手は逃亡。
西、南、北、北東全域が異国に囲まれている立地。逃げられる場所は東の森しか無い。

忌まわしき黒竜の森。古の巨竜の一角の縄張りである。こちらが無闇に立ち入らなければ、その逆鱗に触れなければ大人しく、深い森からは外には出て来ない。

凌ぐ力が在りながら、どうして放置していた?馬鹿な事を言わないで。
飽くまでも力の話。大規模な詠唱には時間も掛かる。多くの生贄も必要。魔術師自身も命を賭さなければならない。
大人しく、目の前で魔術が発動されるのをじっと待っていてくれる竜が何処に居ると言うの。

森を抜けられれば、転移者たちが召喚されたクイーズブランの領土に入れる。
人間に斬り殺される位なら、古竜に食い殺されたほうが余程崇高な死を享受出来る。
私は迷わず、森の中へと入った。
寧ろ暴れてくれて、ゴーウィンを滅ぼしてくれれば儲け物。裏切りには裏切りを。

逆襲の丁で森へと入って数日が過ぎた。何かがおかしい。
これまで聞いていた話とは全く逆で、森は常に静かで穏やか。森の動物に加え、低級の魔物にも出会したが、こちらが害意を見せなければ素通りして行く。

思い当たるとすれば。古竜の冬眠時期。それに運良く差し掛かった?
それ位しか思い浮かばない。人間の季節感では、地域的に夏だと思うのに。
竜の時間感覚は、所詮人では計れないのかな。

来るはずのない追手は心配ない。夜は大樹の上に登り、木の実を食べ腹を満たした。
栄養は頗る偏るけど。木の実は失った魔力を回復させてくれるのが有り難い。
運良く林檎の木も見つけられた。果肉も熟して柔らかく、割らなくても簡単に囓れた。

ショルダーバッグに入れられるだけ詰め込んだ。
バッグの中には、金貨の入った袋。魔道書。生活用の魔道具が入れてある。逃亡までの短い時間で父が用意してくれた物たち。少々重くても、形見の品でもあるので手放そうとは思わない。

更に数週間。森の中を彷徨い歩く。森の中央部を避けて南方を迂回するルートを辿っている。
地図の魔道具を取り出して、大陸一帯の地図を浮かべ現在地を確認した。
クイーズまで後、1週間弱と言った所に居る。地図を常に出していなくとも、方向性さえ間違えなければ森は抜けられる。

暫く歩いていると、少し異質な臭いが鼻に着いた。森の中には似つかわしくない、人間の臭い。
少し開けた場所に出ると、2人の女性が蹲り倒れているのを発見した。

一人はとても綺麗な顔立ちをしているのに、髪を短髪にしている。もう一人は肉付きはいいのに顔と手足がゲッソリと細くなっていた。同じくとても短髪。
誰かに切られた?逃亡奴隷?疑問は尽きない。

それよりも気になったのが、彼女たちの衣服。所々穴だらけにはなっているのに、上質な肌触りで滑らか。伸縮性もあり、見た事もない朱色と造形。

これは、もしかしなくても。私たちが呼び寄せた召喚者の2人ではないだろうか。

良かった。本当に成功していたんだ。と安心し喜ばしかった。私たちの犠牲は無駄ではなかったと。死んだ父と志願してくれた生贄の人たちに、これでやっと顔向け出来る。死後には良い報告が出来そう。

そうと解れば、助けずには居られない。
脈は薄く、栄養失調を起こしかけている。脱水気味で睡眠不足。状態は最悪手前。後数日でも発見が遅れていたら、この場で屍となっていたに違いない。

白湯から始めたい所。なのに水は水筒に僅かばかり。魔力を惜しまなければ水も発現させられるが、高級な魔石も無いまま苦手分野の術を簡単には行使出来ない。
魔術の行使には常に代価や代償を伴う。魔物たちを害する事に依って手に入る魔石や、徳の高い人や動物たちの命やら。
時には自らの命でさえ代償とする。

各種魔道具は、そられを一体物とした大変便利で大変に高級な代物。永続的な使用は出来ない物で一度壊れてしまえばそれっきり。私たち魔術師が魔力や詠唱を施せば、普通に使用するより遙かに長く効果は保てる。それでも限度はあるし。地図の魔道具を要所の確認にしか使わないのはその為。

手持ちは完熟林檎と木の実。水分が足りない。
丈夫な樫の木の枝を折り割り、器とすり鉢の代用を用意した。急ぎ、水分になりそうな物を探してみる。薬草は見つかったが、弱った身体が受け付けなかった場合は薬も毒になる。却下。

探し回ると、白樺の群生地帯が見つかった。
私たちは運が良い。私は兎も角、彼女たちは幸運に恵まれている。神の意志さえ感じた。

白樺の幹を叩き割り、水筒と器を満たした。擦った林檎と木の実を白樺の樹液に混ぜる。味的には幾らか苦みが強い、流動食が完成した。元来薬とは苦い物である。

2人の頬を強めに叩き、無理矢理起こす。

その目は虚ろでも何とか半身を起こしてくれた。
「~~~」「~~」
理解不能な言語を口にしている。異世界の者で確定した。
2人の鼻先に器を近付けると、驚いた表情で奪い取るようにゴクゴクと飲み出した。
そんなに慌てて飲んだら・・・。案の定噎せ返ってしまった。
ある程度落着いてから、咳をねじ伏せて残りを全て平らげた。この分なら、明日には固形物でも食べられるだろう。手遅れでなくて本当に良かった。

それから数日を掛け、彼女たちの体調を戻して行った。

私も彼女たちも、互いに身振り手振りで意思疎通を図る。発音を魔道書の文字を見せながら教える。
天候にも恵まれ、近くの湖で行水したり。寝食を共にして、簡単な狩りの方法と動物の捌き方を教え込んだ。
生肉を拒否して、取り出した魔道具で火を起こそうとしたのには驚いて止めた。

少なくともこの森の中では止めて欲しいと懇願すると、伝わったようで止めてくれた。
後々にこの時の事を2人に聞いてみると。
「森の火事を気にしてたのかと思った」だそうで。
「全然違う。火なんか使ったら、折角大人しい黒竜が飛び起きちゃうじゃない。あの時は本当に焦ったんだからね」
「ごめんなさい・・・」
2人は飛んで行く黒竜を見たそうで、怯えて震えていた。
それより私は、黒竜の姿を直で見た上で、2人が生きていたのが不思議だったけど。

数週間を湖の畔で過ごした。血の臭いで魔物に目を付けられても困るので、殺生は最低限に留め、皮は鞣して干して衣類や寝具に使った。血も出来るだけ飲む様にして、食べられない部位は対岸の岸辺に沈めた。

彼女たちの持っていた包丁と言う武器は、実は台所で使うナイフだと知り、とても驚いた。あんなにスパスパ何でも切れるのに、武器ではなかったなんて。

彼女たちとの会話の中で、私たち魔術師たちがあの日に侵した最大の間違いに気付いた。
私たちは・・・。学校と呼ばれる建物まで、丸ごと召喚してしまっていたらしい。

話を聞く限り、王城並に大きな建物らしかった。道理で失敗した訳だ。凄く納得。
私たちが召喚した張本人だとは、この場では伝えられなかった。

その建物を見に行きたかった。でもよく聞くと、どうやら黒竜に破壊されたらしい。一度でも狙った獲物は逃さない。それが竜種の習性。
私は諦めた。黒竜が深い眠りに入りさえすれば、様子を見に行くくらいは大丈夫だと思う。そこには見た事もない、数多くの魔道具が眠っているはずなのだから。

魔術師としては捨て置けない。恐らく争奪戦となるに違いない。道具の使い方は彼女たちが知っている。その点で私は有利な立場に居る。

途轍もなく上質な紙で出来たノートや、墨が内側に入っているボールペンなど。まだまだ聞きたい事も山積み。歯を磨く?歯ブラシにも驚いた。私たちの常識や定説を覆すような品たち。

私は方針を転換し、森を抜け出る頃には、クイーズブランの南の国、プリシラベートへと向かう。クイーズよりは治安的にやや劣るが、大抵の事は金で解決出来てしまう商業国家。
私が廃国ゴーウィンの大魔術師の娘だと名乗れば、身の安全は保証されたようなもの。

説明の上で2人を誘うと、2つ返事で行くと言ってくれた。転移者だと知られると面倒になるからと、2人は私の専属従者と言う扱いにする。

内情は、同性同年代の友達として。私がしっかりとお世話する、全く逆の立ち位置である。

この世界を、簡単に変えてしまうかも知れない2人。彼女たちの他にも、8人程の召喚者が生きている可能性があると話してくれた。そちらの情報も集めなくては。

「カルバンちゃん。これからも」
「よろしくね」
「こちらこそ。アビちゃんと、フウちゃん」
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