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第3章 大狼討伐戦
第17話 暴妃
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カンッ、カンッ。小気味よい高音が鳴り響く。
学校脇に簡易的に建てられた日指の下で、2人の男が金属を打ち込む姿。
一心不乱に、集中力を増す。誰に気兼ねもしない。
2人が望んだ役割。文句は無い。無いのだが…。
「で、ヒオシ殿。このおじさん誰?」
「知らん」
全員分の装備品を整え、新たな武器も新調トライ。
粗方終わりを向かえた頃に、ふと気付いた。
傍らに見知らぬ中年の男性が立ち、2人の作業を見守っていた。高温の炉の前、涼しい顔で。
「気にしない、ない。おいらにも、杖打って」
「「なるよ!!」」
突然現われた客人が、突然の発注。製作する材料はあっても、理由が見当たらない。
「ケチ、ケチはダメ、だーめ」
「それよか、おじさん誰?」
サーチにも掛からず。敵意は持ってない様子。
信用は全く出来ないが、敵ではないらしい。
周囲を警戒していた女性陣の網まで擦り抜けて。
「おいらはアルバニルッ。気軽に気楽に。アルバて呼んで」
「アルバさんよ。こんな辺鄙な場所に何用?旅してる風でもなし。俺らに会いに来たの?」
聞かなくても答えは当然。
「うんうん。会いに来たよ。あにぃの匂い辿り、辿ってお空をビューン」
「すげぇ、空飛べるのおじさん」
アルバニルと名乗った男は、子供のようにムッと口を尖らせた。
「あ、る、ば!名前、名乗る。呼ばないの、失礼、無礼」
明らかに年配者なのに子供っぽい、より特殊な喋り方に対して思わず。
「ごめん。僕はタッチー。至って普通の冒険者」
普通かどうかは置いておき。
「おれはヒオシ。同じく冒険者やってる。アルバは?」
「おいらも好き、旅好きな冒険者。営む運ぶー」
「「何をだよ!」」
全体的に支離滅裂で掴み辛い。こちらの調子が崩される。
相手にするだけ疲れる人、とも言う。
「伝言?伝言、助言。人助け!友達助ける」
「友達?アルバの?」
「うーん。おいらの、君らの?」
「聞いてるの、こっちなんですが」
要領を得ないので、発注のあった杖を考える。
カルバン用に作成した杖を取出し見せた。
「もうちょと長い、ながーいの」
体格に合わせるとかなりの長物。ロングワンド。両端を丸形にするだけなので、製造は困難ではない。
「アルバは魔術師系?」
「造るの?」
「敵対しないほうがいいよ。この人、めちゃめちゃ強い」
「まぁ確かに。ゴルザさん並のオーラ。バリバリ感じる」
「おー、ゴルザ。友達、友だちー」
「これは、助っ人と見ればいいのかな」
「ゴルザさんの友達って事は、少しは信用出来る…のか」
考えるのも面倒になった2人は、所望された杖の製造にすぐに取り掛かった。
休憩を予定していた所での来客。
飲料水を運んで来たジェシカが、アルバニルに気付き顔を見て思わず桶を床に落とした。
「な…、どうして、貴方様がここに!?」
「可愛い、怖い?楽しい、きたー」
基礎を終えた段階で、タッチーが腰を抜かしたジェシカに駆け寄り抱き起こした。
「ジェシカ知ってるの?この人アルバニルって名乗った」
「知ってるも何も、この御方は。西方の守護神。末席の勇者の異名を持つ、3人目のS級冒険者様です…」
「へぇ。やっぱ凄い人だったんだ」
「さっさと仕上げちまおうぜ。折角のご飯が遅くなる」
ヒオシに催促され、起こしたジェシカのお尻を軽く払い作業に戻った。
「もうちょっとで終わるから、待っててよ」
「待つー。いつまでも~いつまーでも」
「「あんたじゃねぇ」」
先に答えたアルバに対し、軽く突っ込み鎚を握った。
チタンは粘性が高く、一度硬化を始めると叩ける温度域が限られる。それを逃すと幾ら叩いても意味が無い。とても加工がし辛い金属。型に嵌めたプレートや、メッキコート等に使われる由縁。
かなりの本数を打ってきたので、かなり慣れたとは言え余裕は無い。金属物性をほぼ無視した加工法。溶解する寸前の超高温作業。
正直、早く終わらせたい2人。だが焦りは禁物。防護服も身に着けず、傍らで見守るアルバは完全無視。どうぞ自分で何とかしてくれよと。ハンマーを振り下ろした。
完成したワンドをゴーレム砂に塗し、冷ましている間に水分補給。干からびた喉に丁度良い水温。
ジェシカが追加で持ってきたグラスで、汗だくのアルバに水を差し出した。
「うーん。生き返るべさぁ。あっちい、ちべたい」
「「やせ我慢かい!!」」
取られた台詞の代わりに叫んだ。
男湯で仲良く3人、汗を洗い流した。
遅くなった昼食。食卓を合計10人で囲む。
「誰よ、このダンディーなおじ様は」
総代でフウがツッコんだ。事情を知らない6人の視線がアルバに集まる。
「よろしく、シクシク。見詰められると、照れるべやー」
「何!?イケメン台無し。面白い」
フウの感想は仮置き。
ジェシカが知り得る限りの情報を開示した。
「この御方は、大陸3人目のS級冒険者。3名の中では未だ現役。大陸西海岸を統べるドーバンに、自主的に駐留し続け、敵対者の全てを不可思議な魔術で葬る守護神。
名をアルバニル・グレイス。2人目のS級、レバンニル・グレイス様の実弟」
水の代わりに野菜スープで口を潤し。
「とある依頼でレバンニル様の行方を捜していた私は、一度だけ御方の下を訪ねました。その時は完全無視で相手にもして頂けず、一部の噂では言語がお話出来ないのではとの情報もあり諦めました。実際、この様な方だとは…驚きを禁じ得ません。兄方様以外は誰とも親交を結ばない噂まであったのに」
「あにぃはあにぃ。ゴルザとは友達だべさ」
「巷の噂を鵜呑みにし過ぎました…」
「気にしない気にしない。人の噂も70日くらい?て言うじゃない」
キュリオが肩を落とすジェシカの背中を、独自目線で摩り慰めた。
「何とも…」
「生ける伝説と、交える機会が訪れるとは」
リンジーとメイリダも小さく感想を漏らす。
「ツッコミ処満載だね」アビの驚嘆も流される。
「覚えてるべよー。あん時はめんごめんご。君の隣の男がさー。殺気かますもんでよ。殺しちゃ不味いかなぁ、どっちかなぁ。考え?」
「あぁ、成程。あの時は…得心しました。因みにその時隣に居たのは、ヒカジ殿です。不要な誤解はなされませんようお願いします。タッチー」
「おっけー。昔の話でしょ。そんなの気にしないよ」
「安心しました。ヒカジとは一時共闘しただけの間柄。彼の素性も目的も存じません。任務を解かれ、関係性が無い今では、余りお会いしたくない人物です」
「あの人にも事情はありそうだけど。結構な裏があるんだろうな、こりゃ」
ヒオシが注意の念を押した。
「余裕があったら東にも遊びに行こうかとも思ってたけど」
恩人でもある彼らを思い浮かべ、タッチーは複雑な気分になった。
「私情です。特別な感慨はありませんので、気になさらずに。機会があれば皆で遊びに行きましょう」
「殺しちゃってもええんだべ?」アルバが再度問う。
「お好きなように。アルバ様のご判断にお任せします」
「あれは…危険な男だべや。くちゃい臭いもした」
軽い冗談かと流されるアルバの言葉。真に何を指していたのかは、この時の残る9人には理解が及ばなかった。
S級冒険者に危険だと言わせた、ヒカジの正体までは。
温かい料理が冷める前。新たな仲間を加えた10名は、支離滅裂な談笑を交えつつ、親睦を深めた。
「ねぇねぇアルバ様。今、彼女さんとか居ます?」
フウがアルバの隣席を陣取る。
「うーん。居ないっぺよー」
「じゃあ、私の印象は?くちゃいですか?」
「可愛い、好み。くちゃくないべよー」
「よっし来たコレ。我が春到来!はい、アルバ様。あーん」
スプーンでサイコロ肉を取り、アルバの口元に運ぶ。
「自分だって手が早いじゃん」
「完全に…出遅れた…」
圏外にされたアビ。フウの行動に愕然とするカルバンは、頭を抱えて呻いていた。
「先手必勝ー」
嬉しそうにモグモグするアルバの口端を、甲斐甲斐しくナプキンで拭き取るフウ。
相手が居ないと思い込んでいるのは。意外にも当人たちだけ、なのかも知れない。
-----
「ねぇ、あなた。ラムールが西の氾濫で殉死したと言うのは本当かしら?」
暗く沈む王妃の肩に手を添える。
「ヒッ」持ち上げられた王妃の表情に、思わず。それでも手を退かないのは、夫たる男の為せる業。長年の付き合いなのだ。この程度では引いては居られない。
「ひ、非常事態故。戦時下で殉死も仕方ない。と、砦を勝手に放棄した責で、ゴルザに討たれたと報告も受けている。何か事情があったのだろう」
「あなたは納得しているの?王子である息子が、魔物でなく冒険者に殺されて」
「な、納得などしてはいない。その真偽を確かめるべくゴルザを召還もした。後数日中には都に到着する。権限を与えたのも、この私だ」
下手な嘘など通じない。有りの侭を正直に話す。
「なら、責任はあなたにも在るのね」
「そう、なるな」
直後に王の腹に叩き込まれる王妃の拳。崩れ落ち、蹲る夫を冷め切った眼で見下ろした。
「あなたが、強く任せろと仰るから国を任せてみれば。この有様。この為体」
他に誰も居ない奥室。夫婦の寝室で、蹲る夫を足蹴にして転がした。
「待て。待ってくれ」
「何を待つと?待てばラムールが帰って来るとでも?あぁ待てないわ。待てる訳がないですわ。あぁリンジーに会いたい。呼び戻して。今直ぐに呼び戻しなさい!」
一気に怒りを爆発させるフレーゼ。彼女の足と拳は延々と止まらなかった。
「そ、そちらはアムールの所業」
「あぁアムール。可愛い息子の一人。愚かなあなたは、全てを子供所為にするのですね。嘆かわしい」
遂に馬乗りになり、仰向けにされた王の顔面に拳が降り注がれた。
こうなってしまっては、最早気が済むまで殴らせるしか。堪え続けるしか手は無い。
暴妃フレーゼ。婚礼時から怒り易い性格はしていた。それが振り切れたのは、3人目の息子を出産した後。女児を求めた王は、お付きの侍女や公爵令嬢の数人に手を出した。
迂闊だった。3人もの子供を設ければ、妃の心は満たされる。満たされていると誤解していた。己に向けられていた深い愛情。嫉妬の炎は燃え上がった。
愚かな浮気と断じられ、相手となった女たちはフレーゼ自らの手で殺害された。責を問おうにも、悪いのは王自身。
国の半分を掌握していた王妃の基盤は、些細な謀反では揺るがなかった。
王は悩んだ末に、知略と謀略を巡らし、静養と言う形で離れた塔に幽閉。今日に至る。
西の混乱の顛末を知らせずには置けず。一時的に塔から解放。事情の説明は、敢えなく失敗した。
獣の首輪を外す。その時期を間違えてしまった。
数時間後。落ち着きを取り戻したフレーゼは、侍女を呼び重傷を負った王の、王宮での治療を促した。
「私の国は、返して貰いますよ」と付け加え。
学校脇に簡易的に建てられた日指の下で、2人の男が金属を打ち込む姿。
一心不乱に、集中力を増す。誰に気兼ねもしない。
2人が望んだ役割。文句は無い。無いのだが…。
「で、ヒオシ殿。このおじさん誰?」
「知らん」
全員分の装備品を整え、新たな武器も新調トライ。
粗方終わりを向かえた頃に、ふと気付いた。
傍らに見知らぬ中年の男性が立ち、2人の作業を見守っていた。高温の炉の前、涼しい顔で。
「気にしない、ない。おいらにも、杖打って」
「「なるよ!!」」
突然現われた客人が、突然の発注。製作する材料はあっても、理由が見当たらない。
「ケチ、ケチはダメ、だーめ」
「それよか、おじさん誰?」
サーチにも掛からず。敵意は持ってない様子。
信用は全く出来ないが、敵ではないらしい。
周囲を警戒していた女性陣の網まで擦り抜けて。
「おいらはアルバニルッ。気軽に気楽に。アルバて呼んで」
「アルバさんよ。こんな辺鄙な場所に何用?旅してる風でもなし。俺らに会いに来たの?」
聞かなくても答えは当然。
「うんうん。会いに来たよ。あにぃの匂い辿り、辿ってお空をビューン」
「すげぇ、空飛べるのおじさん」
アルバニルと名乗った男は、子供のようにムッと口を尖らせた。
「あ、る、ば!名前、名乗る。呼ばないの、失礼、無礼」
明らかに年配者なのに子供っぽい、より特殊な喋り方に対して思わず。
「ごめん。僕はタッチー。至って普通の冒険者」
普通かどうかは置いておき。
「おれはヒオシ。同じく冒険者やってる。アルバは?」
「おいらも好き、旅好きな冒険者。営む運ぶー」
「「何をだよ!」」
全体的に支離滅裂で掴み辛い。こちらの調子が崩される。
相手にするだけ疲れる人、とも言う。
「伝言?伝言、助言。人助け!友達助ける」
「友達?アルバの?」
「うーん。おいらの、君らの?」
「聞いてるの、こっちなんですが」
要領を得ないので、発注のあった杖を考える。
カルバン用に作成した杖を取出し見せた。
「もうちょと長い、ながーいの」
体格に合わせるとかなりの長物。ロングワンド。両端を丸形にするだけなので、製造は困難ではない。
「アルバは魔術師系?」
「造るの?」
「敵対しないほうがいいよ。この人、めちゃめちゃ強い」
「まぁ確かに。ゴルザさん並のオーラ。バリバリ感じる」
「おー、ゴルザ。友達、友だちー」
「これは、助っ人と見ればいいのかな」
「ゴルザさんの友達って事は、少しは信用出来る…のか」
考えるのも面倒になった2人は、所望された杖の製造にすぐに取り掛かった。
休憩を予定していた所での来客。
飲料水を運んで来たジェシカが、アルバニルに気付き顔を見て思わず桶を床に落とした。
「な…、どうして、貴方様がここに!?」
「可愛い、怖い?楽しい、きたー」
基礎を終えた段階で、タッチーが腰を抜かしたジェシカに駆け寄り抱き起こした。
「ジェシカ知ってるの?この人アルバニルって名乗った」
「知ってるも何も、この御方は。西方の守護神。末席の勇者の異名を持つ、3人目のS級冒険者様です…」
「へぇ。やっぱ凄い人だったんだ」
「さっさと仕上げちまおうぜ。折角のご飯が遅くなる」
ヒオシに催促され、起こしたジェシカのお尻を軽く払い作業に戻った。
「もうちょっとで終わるから、待っててよ」
「待つー。いつまでも~いつまーでも」
「「あんたじゃねぇ」」
先に答えたアルバに対し、軽く突っ込み鎚を握った。
チタンは粘性が高く、一度硬化を始めると叩ける温度域が限られる。それを逃すと幾ら叩いても意味が無い。とても加工がし辛い金属。型に嵌めたプレートや、メッキコート等に使われる由縁。
かなりの本数を打ってきたので、かなり慣れたとは言え余裕は無い。金属物性をほぼ無視した加工法。溶解する寸前の超高温作業。
正直、早く終わらせたい2人。だが焦りは禁物。防護服も身に着けず、傍らで見守るアルバは完全無視。どうぞ自分で何とかしてくれよと。ハンマーを振り下ろした。
完成したワンドをゴーレム砂に塗し、冷ましている間に水分補給。干からびた喉に丁度良い水温。
ジェシカが追加で持ってきたグラスで、汗だくのアルバに水を差し出した。
「うーん。生き返るべさぁ。あっちい、ちべたい」
「「やせ我慢かい!!」」
取られた台詞の代わりに叫んだ。
男湯で仲良く3人、汗を洗い流した。
遅くなった昼食。食卓を合計10人で囲む。
「誰よ、このダンディーなおじ様は」
総代でフウがツッコんだ。事情を知らない6人の視線がアルバに集まる。
「よろしく、シクシク。見詰められると、照れるべやー」
「何!?イケメン台無し。面白い」
フウの感想は仮置き。
ジェシカが知り得る限りの情報を開示した。
「この御方は、大陸3人目のS級冒険者。3名の中では未だ現役。大陸西海岸を統べるドーバンに、自主的に駐留し続け、敵対者の全てを不可思議な魔術で葬る守護神。
名をアルバニル・グレイス。2人目のS級、レバンニル・グレイス様の実弟」
水の代わりに野菜スープで口を潤し。
「とある依頼でレバンニル様の行方を捜していた私は、一度だけ御方の下を訪ねました。その時は完全無視で相手にもして頂けず、一部の噂では言語がお話出来ないのではとの情報もあり諦めました。実際、この様な方だとは…驚きを禁じ得ません。兄方様以外は誰とも親交を結ばない噂まであったのに」
「あにぃはあにぃ。ゴルザとは友達だべさ」
「巷の噂を鵜呑みにし過ぎました…」
「気にしない気にしない。人の噂も70日くらい?て言うじゃない」
キュリオが肩を落とすジェシカの背中を、独自目線で摩り慰めた。
「何とも…」
「生ける伝説と、交える機会が訪れるとは」
リンジーとメイリダも小さく感想を漏らす。
「ツッコミ処満載だね」アビの驚嘆も流される。
「覚えてるべよー。あん時はめんごめんご。君の隣の男がさー。殺気かますもんでよ。殺しちゃ不味いかなぁ、どっちかなぁ。考え?」
「あぁ、成程。あの時は…得心しました。因みにその時隣に居たのは、ヒカジ殿です。不要な誤解はなされませんようお願いします。タッチー」
「おっけー。昔の話でしょ。そんなの気にしないよ」
「安心しました。ヒカジとは一時共闘しただけの間柄。彼の素性も目的も存じません。任務を解かれ、関係性が無い今では、余りお会いしたくない人物です」
「あの人にも事情はありそうだけど。結構な裏があるんだろうな、こりゃ」
ヒオシが注意の念を押した。
「余裕があったら東にも遊びに行こうかとも思ってたけど」
恩人でもある彼らを思い浮かべ、タッチーは複雑な気分になった。
「私情です。特別な感慨はありませんので、気になさらずに。機会があれば皆で遊びに行きましょう」
「殺しちゃってもええんだべ?」アルバが再度問う。
「お好きなように。アルバ様のご判断にお任せします」
「あれは…危険な男だべや。くちゃい臭いもした」
軽い冗談かと流されるアルバの言葉。真に何を指していたのかは、この時の残る9人には理解が及ばなかった。
S級冒険者に危険だと言わせた、ヒカジの正体までは。
温かい料理が冷める前。新たな仲間を加えた10名は、支離滅裂な談笑を交えつつ、親睦を深めた。
「ねぇねぇアルバ様。今、彼女さんとか居ます?」
フウがアルバの隣席を陣取る。
「うーん。居ないっぺよー」
「じゃあ、私の印象は?くちゃいですか?」
「可愛い、好み。くちゃくないべよー」
「よっし来たコレ。我が春到来!はい、アルバ様。あーん」
スプーンでサイコロ肉を取り、アルバの口元に運ぶ。
「自分だって手が早いじゃん」
「完全に…出遅れた…」
圏外にされたアビ。フウの行動に愕然とするカルバンは、頭を抱えて呻いていた。
「先手必勝ー」
嬉しそうにモグモグするアルバの口端を、甲斐甲斐しくナプキンで拭き取るフウ。
相手が居ないと思い込んでいるのは。意外にも当人たちだけ、なのかも知れない。
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「ねぇ、あなた。ラムールが西の氾濫で殉死したと言うのは本当かしら?」
暗く沈む王妃の肩に手を添える。
「ヒッ」持ち上げられた王妃の表情に、思わず。それでも手を退かないのは、夫たる男の為せる業。長年の付き合いなのだ。この程度では引いては居られない。
「ひ、非常事態故。戦時下で殉死も仕方ない。と、砦を勝手に放棄した責で、ゴルザに討たれたと報告も受けている。何か事情があったのだろう」
「あなたは納得しているの?王子である息子が、魔物でなく冒険者に殺されて」
「な、納得などしてはいない。その真偽を確かめるべくゴルザを召還もした。後数日中には都に到着する。権限を与えたのも、この私だ」
下手な嘘など通じない。有りの侭を正直に話す。
「なら、責任はあなたにも在るのね」
「そう、なるな」
直後に王の腹に叩き込まれる王妃の拳。崩れ落ち、蹲る夫を冷め切った眼で見下ろした。
「あなたが、強く任せろと仰るから国を任せてみれば。この有様。この為体」
他に誰も居ない奥室。夫婦の寝室で、蹲る夫を足蹴にして転がした。
「待て。待ってくれ」
「何を待つと?待てばラムールが帰って来るとでも?あぁ待てないわ。待てる訳がないですわ。あぁリンジーに会いたい。呼び戻して。今直ぐに呼び戻しなさい!」
一気に怒りを爆発させるフレーゼ。彼女の足と拳は延々と止まらなかった。
「そ、そちらはアムールの所業」
「あぁアムール。可愛い息子の一人。愚かなあなたは、全てを子供所為にするのですね。嘆かわしい」
遂に馬乗りになり、仰向けにされた王の顔面に拳が降り注がれた。
こうなってしまっては、最早気が済むまで殴らせるしか。堪え続けるしか手は無い。
暴妃フレーゼ。婚礼時から怒り易い性格はしていた。それが振り切れたのは、3人目の息子を出産した後。女児を求めた王は、お付きの侍女や公爵令嬢の数人に手を出した。
迂闊だった。3人もの子供を設ければ、妃の心は満たされる。満たされていると誤解していた。己に向けられていた深い愛情。嫉妬の炎は燃え上がった。
愚かな浮気と断じられ、相手となった女たちはフレーゼ自らの手で殺害された。責を問おうにも、悪いのは王自身。
国の半分を掌握していた王妃の基盤は、些細な謀反では揺るがなかった。
王は悩んだ末に、知略と謀略を巡らし、静養と言う形で離れた塔に幽閉。今日に至る。
西の混乱の顛末を知らせずには置けず。一時的に塔から解放。事情の説明は、敢えなく失敗した。
獣の首輪を外す。その時期を間違えてしまった。
数時間後。落ち着きを取り戻したフレーゼは、侍女を呼び重傷を負った王の、王宮での治療を促した。
「私の国は、返して貰いますよ」と付け加え。
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孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。
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そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。
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