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第3章 大狼討伐戦
第36話 羅刹
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人狼討伐隊が出発してから5日目。
マルゼ北東部外壁。
今日も工夫たちと共に、桐生はせっせと壁作りに励む。
「結局、お前は行かなかったのだな。この意気地無し」
桐生の真後ろで、今日もアーチェが監視していた。
「壁も、重要、だよ」
「重要には違いない。だがそれはお前の遣るべき仕事なのか?」
先日。夜を共にしてからは、昼間の作業時からアーチェは現場に居座るようになった。連日同じ様な押し問答を繰り返す。
何故お前は戦わないんだと。
初めは嫁同伴かよと、仕事仲間たちから冷やかしを受けたが、慣れてしまえば誰も興味を示さず、当たり前の風景として受け入れられてしまった。
正午の鐘の音が鳴り響いた。
「よーし。野郎共休憩だ。飯を食ったら戻れ」
現場監督の号が勇ましく飛んだ。
昼休みの時間は曖昧。個人の裁量に委ねられている。
監督が個別の働き振りに応じて給料を支払う。
怠けてもいいがサボれば給金に響く。単純明快。
「飯にするぞ」
「う、うん」
果実水に肉野菜のサンドウィッチ。具材は似たり寄ったりでも飽きないように味付けは変えてくれる。
全てアーチェの手作り。見た目の失敗は初日だけ。以降は軌道修正され、上達と共に美味しさも増した。
「今日も上手く出来ただろ?」
「う、うん。お、美味しい」
再会当初のような言葉の上の棘も無くなり、とても話易くなった。問い詰めるのも止め、質問を投げ掛けるだけ。
どう答えても、怒りはしなかった。
「昨日。正式に軍を降りて来た。女が上に登るには、少々ベンジャムは古くてな」
なんでと行くのは間違いだ。
「お、俺の、ため?」
「その他に、何がある?」
話せばこんなにも真っ直ぐな人なんだと実感する。
真っ直ぐで、とても温かい人だった。フラムからの旅では全く気付かなかった。丸で言葉を交わさなかったのも大きな要因ではある。
胸が苦しい。この息苦しさは…、あ、パンが喉に詰まった。
差し出された水筒を受け取り、飲んで押し流した。
「まだ、俺に、戦えと?」
返した水筒に口を付け、アーチェも喉を潤した。
「ナイゾウ。私はな。遠い未来の世界の姿など考えもしてなかった。先日のキジマの演説を聞いて、目が覚める思いだった」
連日広場でやってる城島の街頭演説か。平和になった後の世界がどうたらと。観衆も徐々に多くなってると聞いた。
俺が見た時は控えるジョルディに激しくツッコまれる場面も多々あり、宛ら夫婦漫才にも見えた。
あれは、城島は態と重要な項目を飛ばしている。
こちらの世界には未だ存在すらしていない、大量殺戮兵器の存在を。
人類が同じ道を辿るとは限らない。
科学が発展するのは何世代も先の話だと思う。
もしも、異世界の知識を持つ誰かが開発してしまったら。
もしも、誰かが魔術の応用で似た様な物を造ったとしたらどうだろう。
「どうした?」
「戦い、だけが、全てじゃ、ないよ」
「そうだな。あれはそう言う類いの話だ。大半の人間が夢物語、御伽話だと揶揄する話。それでも、夢を持つのは大切だと痛感した」
「アーチェは、俺に、前線に戻って欲しい?」
「どうだろう?少し前の私なら、そう望んでいた。今は少し違う」
「違う?」
「私が今聞きたいのは、お前の正直な気持ちの在処だ」
「在処?」
「私にはお前が迷っている様にしか見えない。中途半端なのだ。前に出るなら出る。後ろに回るなら回る。戦いを避けて通り、中立で在ろうとする姿勢。その力量と心の在処の均衡がズレている。お前たちの言葉を借りるなら、バランスが悪い」
どっち着かずで半端だと言われてる。
「意に沿わぬ召喚で連れて来られた反発は在るのだろ?それは最早拭えない。しかし今は今だ。半端な気持ちのまま何処へ向かおうと、お前は必ず大きな過ちを冒す。必ず失敗する」
「何を、根拠に」
「お前の気持ち、心は異世界に残ったままなのではないのか?だから在処を聞いている」
在処。正直どうなんだろう。自分でもよく解らない。
自分の気持ちなのに。
他の生き残り9人は、それぞれに生きるべき道を見つけ動き出し、走り出しているように思える。
半端物は、俺だけなのか。みんな帰りたくないのか?
いったい何の為に戦ってるんだよ。
「よく、解らない」
「私では足りないか?誰か他に、好きな者でも居るのか?例えば異世界に。毎晩の甘い言葉は、その場の戯事か」
「居ない!嘘じゃ、ない!」
これだけは本心だ。遊びで言ってる訳じゃない。
「だったら聞かせてくれ。私を置いて、お前は帰るのか」
語尾が弱い。何時も勝ち気なアーチェが弱さを見せた。
あぁ、彼女は不安なんだ。こんなにも俺を。
「一緒に、来て、くれないの?」
「それだけは無理だ。私はこの世界が好きだ。お前が嫌うこの戦だらけの世界がな。いつか来るかも知れない御伽話のような世界。その一端。その礎の一部にでも成れるなら本望。…生きる道が違うのだな」
「…」
やがて来る別れの時。遠距離処の騒ぎじゃない。二度と会えない異世界に帰るんだ。
「済まない。二度と責めないと決めたんだが、結局責めるような言を吐いてしまった。許せ。導いてやろう。入口が開かれるその場まで。だからお前も、覚悟を見せてくれ」
何だよこれは。何なんだ。ウジウジ女々しいのは俺。
何を全部女に言わせてるんだ。全部逆じゃないか。
自分が好きだと伝えた女に、言わせる台詞じゃない。
「俺も、きめ…」
ドゴンッと外側から壁を叩く音。地鳴りがここまで伝わる。
鳴り響く警鐘が木霊する。
「フランケンの大群が現われたぞーーー」
荷物を投げ捨て、2人で壁まで走る。
「ここまで接近されるまで、見張りは何をしていた!!」
見張り台の兵士が叫ぶ。
「これは僥倖。アーチェ殿!一波が壁の直近で湧きました故遅れました。後続、多数東より接近中」
聞き取る前に、外壁の頂上まで登った。壁の袂を直視。
「な、何だこの数は…」
「ヒィッ」
アーチェの隣で、俺は無様に腰を抜かした。
足元には人型の人造魔獣。凡そ百体。
人型でも個の身の丈は成人の倍。3mは軽く越えている。
「ナイゾウは工夫たちに事を伝え引かせろ」
「ア、アーチェは」
「なあに。私にも最近念願のスキルが発現してな。試すには丁度良い相手だ」
こんな時でも冷静に薄く笑ってる。決して自棄でなく。
-スキル【羅刹】
並列スキル【鼓舞】強制発動されました。-
「粉微塵まで斬り刻んでくれる」
「ちょ…」
止める前に、アーチェは壁の上から密集地帯に抜刀して飛び込んでしまった。
フランケンは核を持たない人型ゴーレム。中途半端な攻撃では直ぐに再生されてしまう。
言われた通りにしたくても、足が震えて動けない。
情けない。余りにも情けない。あの厳しい訓練はいったい何の為にやって来たのか。
震える手を伸ばし、BOXの中で握り絞めた物。それは最後に頼るべき、己の唯一の武具。自分自身の拳だった。
-----
とある一室。グラテクス大陸の東側に存在する工房。
そこに集められた残骸の数々。
床に這うのは半身を失った男。
「許さん。許さんぞ。この屈辱。あの魔術師とクソ餓鬼共。生徒の分際で私に刃向かうとは」
辛うじて転送魔術を習得した。
真逆、西大陸に飛ばされるとは。しかしそれで生き延びられたと言って過言ではない。
供試体を少しだけ飛ばせたのも、不幸中の幸い。
西大陸飛ばされた直後に見えた光景。
暫く目を離していた隙に、随分と配置図が変化していた。
7つも在った拮抗勢力が、この短期間に東西に2分化されていた。気にしても仕方が無い。
今着手すべきは、異分子の排除。ほんの僅かな隙。
教師としての親心とでも言おうか。そこを突かれた。
これ以上の温情は必要無い。
身体の一部を再生させ、一心不乱にここまで飛んだ。
この大陸の西海岸は危険な聖女が居る。今の状態であれと遣り合うには力不足。失敗すれば消去されるはこの私。
東へと。この工房を目指して正解だった。
幸運にもマルゼから生徒の大半が出払っていた。
信奉する神の御加護。私の命運は未だ潰えず。
四方や、この時点でこれを使う羽目に成るとは。
異分子の排除は、やはり異分子たちの手に委ねよう。
男は意識を失う前の、最後の気力を振り絞り、EMと書かれた非常時のスイッチを未完の腕で叩き壊した。
「滅せよ…、マルゼ…」
最重要拠点を潰しさえすれば。大狼討伐時期が大幅にスライドする。
邪神ハーデス。あれの復活だけは何としても阻止する。
後は、あの女さえ殺せば全てが閉ざせる。
深く息を吐き出し、仰向けになって意識を手放した。
-----
町中の鐘が鳴り響いている。耳鳴りがする程。
僕は何時もの広場の段上に上り、声を荒げる。
「冒険者諸君!今こそ立ち上がる時!フランケンの大群が押し寄せて来てるよ!」
「そう言われてもな。こちとら命在っての商売だ。あんたも逃げるなら今の内…」
何時も僕の演説を最前列で聴いてくれる人だ。
その後ろからは、良く知る女性。
「何方に、逃げるのですか?」
「ジョルディ嬢。フランケンの奴らからは魔石は出ねぇ。常識だろうよ。俺たちはただでは働かねぇ」
自分たちは冒険者。いざとなったら逃げればいい。碌でもねぇなこいつら。末端はこんなもんか。
「ジョルディさん。リンジーさんは?」
「お姉様なら、既に少数部隊で向かったわ」
-スキル【鬼才】
並列スキル【千里眼・極み】発動が確認されました。-
北東外壁に現われたフランケン群。僕の千里眼もスキル上昇で強化された。
見るのは更に東。何だ…あれ…。塊?
「か…、ヤバいよアレは。そんな、嘘だ!!」
先生。あの人は、本気で僕らをここで潰す気だ。
嫌だ、こんな所で死にたくない。
「や、約束が違うじゃないかーーー!!」
「約束とは?」
「今はどうでもいいでしょ。冒険者だけじゃ足りない!駐留している全軍で当たらなきゃ、全員殺される」
助けてくれるって言ったじゃん。あんた自信たっぷりに言ったじゃん。僕だけを帰してくれるってさ!
情報を流せば。先生の手伝いをすれば。
「何が見えたと言うの?ガモウ」
ジョルディさん。君だけは救いたかった。
ここまで接近されたら、今更何処に逃げても無駄だ。
アレは僕らを何処までも追って来る。
裏切られた。切り捨てられた。全部嘘だった。
許せない…。許さない!
「あれじゃリンジーさんも殺される。おい、畜生の冒険者共聞け!リンジーさんは誰と結婚したと思ってる!あのでかい宝石溜め込んだヒオシだぞ。報酬が欲しいならあいつから出させる。だから働けよ!!!」
鐘に負けない声を。喉が千切れる位に叫び倒した。
目の色を変えて動き出す冒険者たち。この守銭奴め。だからこそ逆に頼もしい。髪の毛程の細い光明。
軍部はお金では動かない。しかしあの規模を確認したなら勝手に動いてくれる。自国内に放置していい数じゃない。
狙いが僕ら異世界人なら。今この町には僕と、桐生君しか居ない。その桐生君は北東部の敵の中心間近に居る。逃げもしないで何をやってるんだよ。
放っておいても彼は死ぬ。残るのは僕だけだ。
僕も死んだら、一番近いのは無能君たち。
強い彼らなら何とかしてくれる。単独では古城までは辿り着けない。追い付かれてパレード案内するだけだ。
「そこの馬借りるよ」
馬に跨がろうとしていた冒険者に体当たりで、強引に馬を奪い跨がった。
強く馬の腹を蹴る。
「何処に行くの?ガモウ」
直ぐ隣に同じく馬に乗ったジョルディさんが来てしまった。
彼女は僕が居ても居なくてもリンジーさんの所に向かうはずだ。こっちじゃない。
「来ないで!あいつらの狙いは僕ら異世界人だけだ。僕が一人で引き連れて北の山まで持って行く」
多少舌噛んだ。痛い。痛いのは、生きてる証拠。
口の中が血塗れ。乗馬訓練だけはしておくべきだった。
「なら尚更、放っては置けません」
どうして?
「リンジーさんは東門に向かった。敵の側面に食らい付く気だよ。僕は北門」
「だから?」
だからって何だよ。こんな時にも冷静な顔で。
門番が閉じかけた門を急いで開いてくれた。状況判断は秀逸。僕らが出たら閉まる。
出たら最後。出れば待つのは死。背筋が寒い。
恐怖で手綱を持つ手も震えてしまう。
遂に2人だけで飛び出してしまった。ここまで来たら何を言っても無意味。
西側から軍の騎馬隊が飛んで来ていた。外壁からは弓隊の雨霰。弓が得意な冒険者の姿も見える。
巻き込まれる前に一端東に抜け切らないと、友軍の流れ矢に当たる。
更に加えて魔術隊の波状放射。火、水、雷。弓矢の通りを阻害する風は無い。それだけが救いだった。
-スキル【鬼才】
並列スキル【発足】【狂言】【大博打】
同時発動が確認されました。-
爆炎巻き上がる、その中央部で桐生君が、誰かを抱えて立ち尽くしているのが見えた。あんな場所で何を。
兵の攻撃が上手い具合に逸れている。これには感動すら覚えた。何て人たちだ。
これが、戦うと言う姿と形。
桐生君がまだ健在。アレが僕かどちらを選ぶのか。
-スキル【鬼才】
並列スキル【誘導】発動が確認されました。
これに伴い最上位スキル【鬼才】は
【天配】へと進化しました。-
敵の全ての注意をこちらに向けさせる。
「こっちだ、バーカ」
リンジー隊が南側面から急撃を喰らわしたのと同時。
敵がこちらを向いたのとほぼ同時。
桐生君が居た場所で、何かが大きく弾けた。
マルゼ北東部外壁。
今日も工夫たちと共に、桐生はせっせと壁作りに励む。
「結局、お前は行かなかったのだな。この意気地無し」
桐生の真後ろで、今日もアーチェが監視していた。
「壁も、重要、だよ」
「重要には違いない。だがそれはお前の遣るべき仕事なのか?」
先日。夜を共にしてからは、昼間の作業時からアーチェは現場に居座るようになった。連日同じ様な押し問答を繰り返す。
何故お前は戦わないんだと。
初めは嫁同伴かよと、仕事仲間たちから冷やかしを受けたが、慣れてしまえば誰も興味を示さず、当たり前の風景として受け入れられてしまった。
正午の鐘の音が鳴り響いた。
「よーし。野郎共休憩だ。飯を食ったら戻れ」
現場監督の号が勇ましく飛んだ。
昼休みの時間は曖昧。個人の裁量に委ねられている。
監督が個別の働き振りに応じて給料を支払う。
怠けてもいいがサボれば給金に響く。単純明快。
「飯にするぞ」
「う、うん」
果実水に肉野菜のサンドウィッチ。具材は似たり寄ったりでも飽きないように味付けは変えてくれる。
全てアーチェの手作り。見た目の失敗は初日だけ。以降は軌道修正され、上達と共に美味しさも増した。
「今日も上手く出来ただろ?」
「う、うん。お、美味しい」
再会当初のような言葉の上の棘も無くなり、とても話易くなった。問い詰めるのも止め、質問を投げ掛けるだけ。
どう答えても、怒りはしなかった。
「昨日。正式に軍を降りて来た。女が上に登るには、少々ベンジャムは古くてな」
なんでと行くのは間違いだ。
「お、俺の、ため?」
「その他に、何がある?」
話せばこんなにも真っ直ぐな人なんだと実感する。
真っ直ぐで、とても温かい人だった。フラムからの旅では全く気付かなかった。丸で言葉を交わさなかったのも大きな要因ではある。
胸が苦しい。この息苦しさは…、あ、パンが喉に詰まった。
差し出された水筒を受け取り、飲んで押し流した。
「まだ、俺に、戦えと?」
返した水筒に口を付け、アーチェも喉を潤した。
「ナイゾウ。私はな。遠い未来の世界の姿など考えもしてなかった。先日のキジマの演説を聞いて、目が覚める思いだった」
連日広場でやってる城島の街頭演説か。平和になった後の世界がどうたらと。観衆も徐々に多くなってると聞いた。
俺が見た時は控えるジョルディに激しくツッコまれる場面も多々あり、宛ら夫婦漫才にも見えた。
あれは、城島は態と重要な項目を飛ばしている。
こちらの世界には未だ存在すらしていない、大量殺戮兵器の存在を。
人類が同じ道を辿るとは限らない。
科学が発展するのは何世代も先の話だと思う。
もしも、異世界の知識を持つ誰かが開発してしまったら。
もしも、誰かが魔術の応用で似た様な物を造ったとしたらどうだろう。
「どうした?」
「戦い、だけが、全てじゃ、ないよ」
「そうだな。あれはそう言う類いの話だ。大半の人間が夢物語、御伽話だと揶揄する話。それでも、夢を持つのは大切だと痛感した」
「アーチェは、俺に、前線に戻って欲しい?」
「どうだろう?少し前の私なら、そう望んでいた。今は少し違う」
「違う?」
「私が今聞きたいのは、お前の正直な気持ちの在処だ」
「在処?」
「私にはお前が迷っている様にしか見えない。中途半端なのだ。前に出るなら出る。後ろに回るなら回る。戦いを避けて通り、中立で在ろうとする姿勢。その力量と心の在処の均衡がズレている。お前たちの言葉を借りるなら、バランスが悪い」
どっち着かずで半端だと言われてる。
「意に沿わぬ召喚で連れて来られた反発は在るのだろ?それは最早拭えない。しかし今は今だ。半端な気持ちのまま何処へ向かおうと、お前は必ず大きな過ちを冒す。必ず失敗する」
「何を、根拠に」
「お前の気持ち、心は異世界に残ったままなのではないのか?だから在処を聞いている」
在処。正直どうなんだろう。自分でもよく解らない。
自分の気持ちなのに。
他の生き残り9人は、それぞれに生きるべき道を見つけ動き出し、走り出しているように思える。
半端物は、俺だけなのか。みんな帰りたくないのか?
いったい何の為に戦ってるんだよ。
「よく、解らない」
「私では足りないか?誰か他に、好きな者でも居るのか?例えば異世界に。毎晩の甘い言葉は、その場の戯事か」
「居ない!嘘じゃ、ない!」
これだけは本心だ。遊びで言ってる訳じゃない。
「だったら聞かせてくれ。私を置いて、お前は帰るのか」
語尾が弱い。何時も勝ち気なアーチェが弱さを見せた。
あぁ、彼女は不安なんだ。こんなにも俺を。
「一緒に、来て、くれないの?」
「それだけは無理だ。私はこの世界が好きだ。お前が嫌うこの戦だらけの世界がな。いつか来るかも知れない御伽話のような世界。その一端。その礎の一部にでも成れるなら本望。…生きる道が違うのだな」
「…」
やがて来る別れの時。遠距離処の騒ぎじゃない。二度と会えない異世界に帰るんだ。
「済まない。二度と責めないと決めたんだが、結局責めるような言を吐いてしまった。許せ。導いてやろう。入口が開かれるその場まで。だからお前も、覚悟を見せてくれ」
何だよこれは。何なんだ。ウジウジ女々しいのは俺。
何を全部女に言わせてるんだ。全部逆じゃないか。
自分が好きだと伝えた女に、言わせる台詞じゃない。
「俺も、きめ…」
ドゴンッと外側から壁を叩く音。地鳴りがここまで伝わる。
鳴り響く警鐘が木霊する。
「フランケンの大群が現われたぞーーー」
荷物を投げ捨て、2人で壁まで走る。
「ここまで接近されるまで、見張りは何をしていた!!」
見張り台の兵士が叫ぶ。
「これは僥倖。アーチェ殿!一波が壁の直近で湧きました故遅れました。後続、多数東より接近中」
聞き取る前に、外壁の頂上まで登った。壁の袂を直視。
「な、何だこの数は…」
「ヒィッ」
アーチェの隣で、俺は無様に腰を抜かした。
足元には人型の人造魔獣。凡そ百体。
人型でも個の身の丈は成人の倍。3mは軽く越えている。
「ナイゾウは工夫たちに事を伝え引かせろ」
「ア、アーチェは」
「なあに。私にも最近念願のスキルが発現してな。試すには丁度良い相手だ」
こんな時でも冷静に薄く笑ってる。決して自棄でなく。
-スキル【羅刹】
並列スキル【鼓舞】強制発動されました。-
「粉微塵まで斬り刻んでくれる」
「ちょ…」
止める前に、アーチェは壁の上から密集地帯に抜刀して飛び込んでしまった。
フランケンは核を持たない人型ゴーレム。中途半端な攻撃では直ぐに再生されてしまう。
言われた通りにしたくても、足が震えて動けない。
情けない。余りにも情けない。あの厳しい訓練はいったい何の為にやって来たのか。
震える手を伸ばし、BOXの中で握り絞めた物。それは最後に頼るべき、己の唯一の武具。自分自身の拳だった。
-----
とある一室。グラテクス大陸の東側に存在する工房。
そこに集められた残骸の数々。
床に這うのは半身を失った男。
「許さん。許さんぞ。この屈辱。あの魔術師とクソ餓鬼共。生徒の分際で私に刃向かうとは」
辛うじて転送魔術を習得した。
真逆、西大陸に飛ばされるとは。しかしそれで生き延びられたと言って過言ではない。
供試体を少しだけ飛ばせたのも、不幸中の幸い。
西大陸飛ばされた直後に見えた光景。
暫く目を離していた隙に、随分と配置図が変化していた。
7つも在った拮抗勢力が、この短期間に東西に2分化されていた。気にしても仕方が無い。
今着手すべきは、異分子の排除。ほんの僅かな隙。
教師としての親心とでも言おうか。そこを突かれた。
これ以上の温情は必要無い。
身体の一部を再生させ、一心不乱にここまで飛んだ。
この大陸の西海岸は危険な聖女が居る。今の状態であれと遣り合うには力不足。失敗すれば消去されるはこの私。
東へと。この工房を目指して正解だった。
幸運にもマルゼから生徒の大半が出払っていた。
信奉する神の御加護。私の命運は未だ潰えず。
四方や、この時点でこれを使う羽目に成るとは。
異分子の排除は、やはり異分子たちの手に委ねよう。
男は意識を失う前の、最後の気力を振り絞り、EMと書かれた非常時のスイッチを未完の腕で叩き壊した。
「滅せよ…、マルゼ…」
最重要拠点を潰しさえすれば。大狼討伐時期が大幅にスライドする。
邪神ハーデス。あれの復活だけは何としても阻止する。
後は、あの女さえ殺せば全てが閉ざせる。
深く息を吐き出し、仰向けになって意識を手放した。
-----
町中の鐘が鳴り響いている。耳鳴りがする程。
僕は何時もの広場の段上に上り、声を荒げる。
「冒険者諸君!今こそ立ち上がる時!フランケンの大群が押し寄せて来てるよ!」
「そう言われてもな。こちとら命在っての商売だ。あんたも逃げるなら今の内…」
何時も僕の演説を最前列で聴いてくれる人だ。
その後ろからは、良く知る女性。
「何方に、逃げるのですか?」
「ジョルディ嬢。フランケンの奴らからは魔石は出ねぇ。常識だろうよ。俺たちはただでは働かねぇ」
自分たちは冒険者。いざとなったら逃げればいい。碌でもねぇなこいつら。末端はこんなもんか。
「ジョルディさん。リンジーさんは?」
「お姉様なら、既に少数部隊で向かったわ」
-スキル【鬼才】
並列スキル【千里眼・極み】発動が確認されました。-
北東外壁に現われたフランケン群。僕の千里眼もスキル上昇で強化された。
見るのは更に東。何だ…あれ…。塊?
「か…、ヤバいよアレは。そんな、嘘だ!!」
先生。あの人は、本気で僕らをここで潰す気だ。
嫌だ、こんな所で死にたくない。
「や、約束が違うじゃないかーーー!!」
「約束とは?」
「今はどうでもいいでしょ。冒険者だけじゃ足りない!駐留している全軍で当たらなきゃ、全員殺される」
助けてくれるって言ったじゃん。あんた自信たっぷりに言ったじゃん。僕だけを帰してくれるってさ!
情報を流せば。先生の手伝いをすれば。
「何が見えたと言うの?ガモウ」
ジョルディさん。君だけは救いたかった。
ここまで接近されたら、今更何処に逃げても無駄だ。
アレは僕らを何処までも追って来る。
裏切られた。切り捨てられた。全部嘘だった。
許せない…。許さない!
「あれじゃリンジーさんも殺される。おい、畜生の冒険者共聞け!リンジーさんは誰と結婚したと思ってる!あのでかい宝石溜め込んだヒオシだぞ。報酬が欲しいならあいつから出させる。だから働けよ!!!」
鐘に負けない声を。喉が千切れる位に叫び倒した。
目の色を変えて動き出す冒険者たち。この守銭奴め。だからこそ逆に頼もしい。髪の毛程の細い光明。
軍部はお金では動かない。しかしあの規模を確認したなら勝手に動いてくれる。自国内に放置していい数じゃない。
狙いが僕ら異世界人なら。今この町には僕と、桐生君しか居ない。その桐生君は北東部の敵の中心間近に居る。逃げもしないで何をやってるんだよ。
放っておいても彼は死ぬ。残るのは僕だけだ。
僕も死んだら、一番近いのは無能君たち。
強い彼らなら何とかしてくれる。単独では古城までは辿り着けない。追い付かれてパレード案内するだけだ。
「そこの馬借りるよ」
馬に跨がろうとしていた冒険者に体当たりで、強引に馬を奪い跨がった。
強く馬の腹を蹴る。
「何処に行くの?ガモウ」
直ぐ隣に同じく馬に乗ったジョルディさんが来てしまった。
彼女は僕が居ても居なくてもリンジーさんの所に向かうはずだ。こっちじゃない。
「来ないで!あいつらの狙いは僕ら異世界人だけだ。僕が一人で引き連れて北の山まで持って行く」
多少舌噛んだ。痛い。痛いのは、生きてる証拠。
口の中が血塗れ。乗馬訓練だけはしておくべきだった。
「なら尚更、放っては置けません」
どうして?
「リンジーさんは東門に向かった。敵の側面に食らい付く気だよ。僕は北門」
「だから?」
だからって何だよ。こんな時にも冷静な顔で。
門番が閉じかけた門を急いで開いてくれた。状況判断は秀逸。僕らが出たら閉まる。
出たら最後。出れば待つのは死。背筋が寒い。
恐怖で手綱を持つ手も震えてしまう。
遂に2人だけで飛び出してしまった。ここまで来たら何を言っても無意味。
西側から軍の騎馬隊が飛んで来ていた。外壁からは弓隊の雨霰。弓が得意な冒険者の姿も見える。
巻き込まれる前に一端東に抜け切らないと、友軍の流れ矢に当たる。
更に加えて魔術隊の波状放射。火、水、雷。弓矢の通りを阻害する風は無い。それだけが救いだった。
-スキル【鬼才】
並列スキル【発足】【狂言】【大博打】
同時発動が確認されました。-
爆炎巻き上がる、その中央部で桐生君が、誰かを抱えて立ち尽くしているのが見えた。あんな場所で何を。
兵の攻撃が上手い具合に逸れている。これには感動すら覚えた。何て人たちだ。
これが、戦うと言う姿と形。
桐生君がまだ健在。アレが僕かどちらを選ぶのか。
-スキル【鬼才】
並列スキル【誘導】発動が確認されました。
これに伴い最上位スキル【鬼才】は
【天配】へと進化しました。-
敵の全ての注意をこちらに向けさせる。
「こっちだ、バーカ」
リンジー隊が南側面から急撃を喰らわしたのと同時。
敵がこちらを向いたのとほぼ同時。
桐生君が居た場所で、何かが大きく弾けた。
応援ありがとうございます!
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