83 / 115
第3章 大狼討伐戦
第44話 帝都の宴
しおりを挟む
夜風が寂しいっす。
宿の窓から出て、窓から戻って来た。
そのまま開け放ってカラッとした微風を受けながら、夜空を見上げ、久々のボッチを楽しんでいた…。
のは最初だけ。
時が経つに連れ、段々と寂しさ方が増して行った。
これまで常に誰かが隣に、傍に居た。
元世界だったら煩わしさを感じていたかもと思う。
こちらでは助け合い、互いに高め合う親友。
抱えきれない程の愛を与えてくれる2人の嫁。
腐れ縁とも呼べる、クラスメイトの生き残り。
旅で出会った人たち。誰一人、煩わしいとか面倒臭いとか思えた人は居ない。
「僕、死ぬのかな…」
-死んだら俺出られるぜ。ヒャッハー-
「前言撤回する」
-つまんねぇ…-
亜空間に閉じ込められ、ストレスは相当なもんだろう。
「必ず元に戻せる方法見つけるから、今は大人しく我慢してて」
反応は無かった。ある程度の了解の意と捉える。
「最近よく考えるんだ。最初に学校を出る時、もっと遣り様が在ったんじゃないかって」
-偽善者、だね。そう言うのは梶田にイジメられてる時に言って欲しかったよ-
「やっぱそう聞こえちゃう?」
-悪ノリする奴が居なかった分、よく聞くイジメに比べりゃマシだったってだけ。今のも全部結果論-
「たしかに。クラスの大半、他人に興味が薄い子ばっかだったね。僕含めて」
悩んでも、後悔しても。失われた命は戻らない。
-今じゃ俺も生きてんだか死んでんだか。期待せずに待ってるよ。でも途中で死んだりしたら、ホントに飛び出て暴れる予定だから。そこんとこヨロシク-
「ますます死ねませんなぁ」
手に馴染んだブレイカーを取り出す。
索敵マップに注意を払いつつ、身支度を済ませる。
放たれた刺客は10人。既に宿が囲まれていた。
お世話になったモールさんたちには迷惑は掛けられない。
赤斑点以外も偽装の疑い有り。今夜は寝られないぜ。
3階の窓から飛び降りた。
在り来たりなフラグを立ててみる。
「もしもの時は頼んだよ。君は、悪魔にでも天使にでも成れる。まだ誰も、殺してないんだからさ」
-だからさぁ。それ、解ってて言ってるよな-
死ぬ気は全く無い。簡単に殺される気もしない。
「言ってみたかっただけ」
藤原氏も少し笑ってくれた様子。
剣を鞘に納め、両手を上に高く上げた。
抵抗の意思無しアピールで、ワラワラと現われた刺客たちは意外そうな顔をしていた。
「不正入国の疑い有りとの情報を得た。大人しく…、しているなら危害は加えない」
看破に似たようなスキルだろう。
入場前に止めなかったのが不思議。
「どうぞ。何処行くの?」
「野鼠が知る必要はない」
-スキル【拘束】
並列スキル【緊縛】発動が確認されました。-
刺客たちの手首から太い縄が飛び出し、一瞬で簀巻きにされた。
集団スキル。初めて見た。こんなのあるんだねぇ。
多少の息苦しさはあるが、これだけで死ぬ感じはしなかった。手加減してる?
不穏な異分子が入場したのが解っていても、まだこちらの素性には気付いてないと思われる。
大人しくしていよう。
目隠しまでされた。最近ちゃんと寝てなかったので、序でに寝ちゃえ。
「こ、こいつ…。寝やがった」
目を覚ますと、そこは地下牢。
地下としたのは、外気との温度差で身が震えたから。
縄は解かれ目隠しは無し。独房で粗末な藁と簡易便所が置かれていた。当然景色が見える出窓は無い。
他にもお仲間が居るようで、遠目から呻き声が聞こえてきた。
対岸の牢屋には誰も居ない。
明かりは廊下の蝋燭のみ。通風口からの微風でほんのり火が揺れていた。
巡回の兵士は僕を一瞥しただけで、直ぐに何処かへ行ってしまった。
敷地面積は十畳程で独房にしては広々設計。
これならと。
ランタン、コンロ、小型の炉、溶接材、カーテン、鍋を取り出した。
牢の鉄格子を溶接。カーテンを全面に張り、鍋で水を湧かしてパスタを茹でた。
もう一つのコンロで屑野菜炒めを用意。
味付けは塩胡椒オンリー。醤油やバターなんて贅沢だよ。
茹で汁は移し替えて収納。
-自由だな…。無能君-
「え?そうかな。監獄なんて初めてだから知らないよ」
お腹を程良く満たした後、時間潰しに城島君が要らないと言った少女漫画を読み耽った。
何このメルヘン。かと思えばドロドロな人間模様。
薔薇色な百合、BL当たり前。清純路線なヒロインが猟奇的に選出した男を殺しまくる。…意味不明なラブストーリーにページを捲る手が止まらなかった。
集中し過ぎて廊下の騒がしさに気付かなかった。
「おい鼠!この布を開けろ、皇帝陛下様の御成だ!」
行き成りTOPかよ…。暇なの?
読み掛けの漫画を収納。照明のランタン以外の小道具も戻した。
無視を続けていると、叫ぶ兵士に、怒鳴る上司の声が飛び込んで来た。
それでも無視を続けていると。
「どうやら開ける積もりはないようだな」
冷たく細い笑い声が聞こえた。
-スキル【消去】
並列スキル【物滅】発動が確認されました。-
溶接した鉄格子ごと、カーテンが消えた。
す、すげぇ。
-なにあのチートスキル-
「鼠よ、きさ…」
何となく催していたので、ズボンを降ろして便器に跨がっていた時に、相手が強引に入って来た。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
牢屋ってプライバシーが無いんだね。
大層憤慨していたが、振り上げていた拳を降ろした。
「…後で上へ連れて来い」
背を向けて去って行った。
「早く済ませろ!」看守のおっちゃん、さっきから命令してばっかだな。兵士は逆に無口なのに。
用を済ませ、手を洗い流し、手枷を頂戴した。
引かれるまま、素直に看守に同行。後ろから兵士数名にサンドされた。
長い螺旋回廊を上り、上階へと出た。
そこは中宮のロビー?エントランスのような場所。
明るい照明器具が各所に並び、とても明るかった。
皇帝さんが居るからか。
腕組みしたまま金髪短髪のイケメンが振り返った。
「手は、洗っただろうな」
心配はそこかよ。
「洗いましたとも」当然でしょ。
「代は現皇帝ヴェルガ。お前は何者だ」
「僕はタッチー。ゴーウィンに無理矢理召喚された異世界人の一人さ」
「やはりか。あの御仁の言う通りになったな…。招いてもおらぬのに、何故我が帝国に入国した」
あの御仁ねぇ。予想通りかな。
「飛空挺。あんな愚かな乗り物を造った馬鹿が、どんな人なのかと思って。挨拶に」
「愚か、だと?この代がか?」他に誰が?
ヴェルガは面白そうに笑って首を振った。
「あれには代の能力を盛り込んである。見た上で記憶が消し飛ばないとは、珍しい事もあるものだ」
気付くべきタイミング。彼はそれを逃した。
跪く無能に向けて、右掌を翳した。
-スキル【消去】
並列スキル【記滅】発動が確認されました。-
最大出力のスキルは、人の記憶さえも消去する。
「う、うわぁぁぁ(棒)」嘘です、演技です。ホントは何ともありません。
「な!?こ、これでもか!」
特に何も起きない。代わりに猛烈な眠気に襲われた。
-お、ビックチャンス到来?-
「だ、ダメだ…。フジワ…」
記憶を消し去るスキルの暴走。最早発動者にも止められなかった。
その場に居た者。遠くから監視していた者。ヴェルガ本人も無能も含め、全員が意識を失い倒れた。
「パンパカパーン」
無能のBOX内から脱出した藤原。道真は巨大なゲーターの姿で豪快に伸びをした。
「久々のシャバの空気は美味いぜぇ」
スヤスヤと眠る無能と、イケメンヴェルガを見比べる。
さっきの漫画の続きが何気に気になる。もしここで殺してしまったら、BOXまで消えそう。
愛しの鷲尾さんにも嫌われちゃう。
残る選択は一択。
-スキル【不死身】
並列スキル【捕食】【融合】同時発動されました。-
パックンチョ。ヴェルガの身体を衣服丸ごと飲み下し、小躍りを始めた。
それが暫くの間続いた後、突然の停止。
大きなゲーターの腹を破って現われたのは。
「パンパカパーーン。2回目」
久し振りの人間の身体。頭に残るヴェルガの記憶。
あの飛空挺。門藤と思われる影。帝国の統治。
言語体系も同時習得。三十代のイケメン。
尚且つ、同性愛者…。
思わず胃の中の内容物を、転がる看守の背に吐き出した。
こ、この記憶は忘れよう。そもそも俺のじゃないしぃ。
記憶を辿ると、後ろ暗い事ばかり。皇帝ってここまでやるもんなのかぁ。元の自分の闇よりも深い闇。
道真の精神構造が反転。裏の裏は、表。
胃液塗れの身体と衣服。あぁ、お風呂入りたい。
しかし帝国内ではシャワーだけで、風呂に浸かる文化は存在しなかった。
プチ怒りに任せて、側近と看守長を蹴り起こした。
眠り呆ける無能の肩を揺すって起こす。
「…まだ眠いよ。あんた、誰…」
少し消去が効いていた模様。呆けた顔で薄目を開けた。
「藤原だよ!このイケメンにジョブチェンジした」
ハッと我に返った無能。
「藤原君!皇帝乗っ取ったの!?」
「これ以上中で待つのも暇だしさ。俺がいちゃ色々と遣り辛いでしょ?ゲーターの捕食と、こいつの消去スキルは使えなくなったけど。まだ、誰も殺してないよ」
「…まぁ。君がそれでいいならいいけどさ。この展開は予想してなかったわ」
「代は熱い湯を浴びる。用意せよ。してこのお客人は代の寝室に通せ」
「ハッ。直ちに」
男色の気配を察した側近たちが走り出した。
看守長に次々に起こされた兵士たちが、横たわるゲーターの遺体に驚きつつも、即座に指示に従い散開。それぞれの持ち場に戻って行った。
どうしてだかゲロ塗れの看守長だけは泣いていた。
ドゴーンと不意に後方で巻き上がる爆音と炎雷。
「何事だ!」
そこには、見覚えの有る3人と。知らない美女が立っていた。
ヴェルガの記憶にはある美女。その名は。
「聖女、シンシアたん!」いけね、素が出た。
「たん?兄方様。お久しゅう御座います」
「ひ、久し振りだな。今から、こちらの客人を持て成す所である。貴公らも…」
「させません!」
ジェシカの短刀が背後から喉元に当てられた。
周囲の衛兵も一切反応出来ない早業。
「ジェシカ。もう大丈夫だから、それ収めて!」
駆け寄るキュリオが無能を抱き締めた。
「よかったー。良かったよぉ」
「キュリオも、アルバさんも。もう心配ないよ」
シンシアもBOXに入れた手を出して下ろした。
「アルバ様と、聖女様が」
状況を飲み込みきれない、衛兵たちが身構えた。
「どうなってるっぺよ」
道真の代わりに無能が答える。
「後で説明します。ここは矛を収めて下さい!」
「今宵は客人が多いな。多少の誤解は在ったようだが問題はない。風呂の後は宴を催す。ジェシカたんも、お胸が当たってますよ」最後はジェシカだけに聞こえるように。
顔を赤くして剣を納めたジェシカ。
「んでもって、空飛ぶお舟はもうええんだべか」
テーブルに並べられたステーキ肉を頬張りながら、アルバが確認した。
「お行儀が悪いですよ。アルバ様」
シンシアがアルバの口端をナプキンで拭い取る。
ヴェルガの私室に繋がる議室の一つ。
侍女も給仕も衛兵も、全てを退かせた後の宴会。
藤原は久々の人間らしい温かい食事に夢中で、只管頷くだけに終始していた。
「偵察と情報集取だけして、さっさと逃げる積もりだったけど。予想外の展開で。うっかり出て来た藤原君が、皇帝さんの身体乗っ取っちゃった」
要約するとそんな感じになる。
「驚きましたね。人の意識を支配下に置くのではなく、乗り移るでもなく、融合したとは」
無能の両サイドから、キュリオと交互に食事を口に運びながら、ジェシカは感想を述べた。
無能自身もされるがままに、食べながら。隣のキュリオはニコニコするばかり。
「んご、ごもむんむう!(おい、王様かよ!)」
藤原はナイフで無能を指して、今直ぐ止めろと訴えた。
「シンシアさん、初めまして。で、考えたんだけど。飛空挺はここで壊すんじゃなくて。フェンリル戦で使い潰そうと思うんだけど、どうかな?」
「初めまして、タッチーさん。皆様の事は粗方、アルバ様から聞き及んでおります。それはとても奇抜な発想、だとは思いますが…」
咀嚼を中断して飲み干した道真が加えた。
「うーん。既に量産体制は整ってる段階で、北の本格開戦に合わせて乗り込む算段だったみたい。記憶では門藤先生ぽい人も出てくるし、このまま素直に終わるとは思えないんだけど?」
「あの人も、考える事は同じか…」
それもそうかと考え直す無能。
門藤の差し金だとして。その真意が丸で見えない。
味方でないのは確定してる。
いったい何が狙いなのだろう。
「根を詰めても妙案は浮かびません。今夜は休み、翌朝に話し合いましょう。自己紹介が未だでしたね」
シンシアは立ち上がり一礼した。
彼女は皇帝ヴェルガの遠縁の貴族の公女。
末席に近く、皇位継承とは無縁。アルバニルを崇拝し、英雄の意志を継ぐ為に家出。
彼に付き従う途上で発現した【聖女】スキルは優秀で、単騎で魔物数千を相手取れる強者。
タッチーとジェシカは、彼女の話を聞きながら思う。何処かで会った事があるような、と。真逆ねと。
各自の紹介も終わり、藤原が呼び鈴を鳴らした。
その夜は各自邸内での解散となった。
大陸唯一の帝国領は、無能たちの思惑とは全くの予想外に、たった一日足らずで陥落した。
宿の窓から出て、窓から戻って来た。
そのまま開け放ってカラッとした微風を受けながら、夜空を見上げ、久々のボッチを楽しんでいた…。
のは最初だけ。
時が経つに連れ、段々と寂しさ方が増して行った。
これまで常に誰かが隣に、傍に居た。
元世界だったら煩わしさを感じていたかもと思う。
こちらでは助け合い、互いに高め合う親友。
抱えきれない程の愛を与えてくれる2人の嫁。
腐れ縁とも呼べる、クラスメイトの生き残り。
旅で出会った人たち。誰一人、煩わしいとか面倒臭いとか思えた人は居ない。
「僕、死ぬのかな…」
-死んだら俺出られるぜ。ヒャッハー-
「前言撤回する」
-つまんねぇ…-
亜空間に閉じ込められ、ストレスは相当なもんだろう。
「必ず元に戻せる方法見つけるから、今は大人しく我慢してて」
反応は無かった。ある程度の了解の意と捉える。
「最近よく考えるんだ。最初に学校を出る時、もっと遣り様が在ったんじゃないかって」
-偽善者、だね。そう言うのは梶田にイジメられてる時に言って欲しかったよ-
「やっぱそう聞こえちゃう?」
-悪ノリする奴が居なかった分、よく聞くイジメに比べりゃマシだったってだけ。今のも全部結果論-
「たしかに。クラスの大半、他人に興味が薄い子ばっかだったね。僕含めて」
悩んでも、後悔しても。失われた命は戻らない。
-今じゃ俺も生きてんだか死んでんだか。期待せずに待ってるよ。でも途中で死んだりしたら、ホントに飛び出て暴れる予定だから。そこんとこヨロシク-
「ますます死ねませんなぁ」
手に馴染んだブレイカーを取り出す。
索敵マップに注意を払いつつ、身支度を済ませる。
放たれた刺客は10人。既に宿が囲まれていた。
お世話になったモールさんたちには迷惑は掛けられない。
赤斑点以外も偽装の疑い有り。今夜は寝られないぜ。
3階の窓から飛び降りた。
在り来たりなフラグを立ててみる。
「もしもの時は頼んだよ。君は、悪魔にでも天使にでも成れる。まだ誰も、殺してないんだからさ」
-だからさぁ。それ、解ってて言ってるよな-
死ぬ気は全く無い。簡単に殺される気もしない。
「言ってみたかっただけ」
藤原氏も少し笑ってくれた様子。
剣を鞘に納め、両手を上に高く上げた。
抵抗の意思無しアピールで、ワラワラと現われた刺客たちは意外そうな顔をしていた。
「不正入国の疑い有りとの情報を得た。大人しく…、しているなら危害は加えない」
看破に似たようなスキルだろう。
入場前に止めなかったのが不思議。
「どうぞ。何処行くの?」
「野鼠が知る必要はない」
-スキル【拘束】
並列スキル【緊縛】発動が確認されました。-
刺客たちの手首から太い縄が飛び出し、一瞬で簀巻きにされた。
集団スキル。初めて見た。こんなのあるんだねぇ。
多少の息苦しさはあるが、これだけで死ぬ感じはしなかった。手加減してる?
不穏な異分子が入場したのが解っていても、まだこちらの素性には気付いてないと思われる。
大人しくしていよう。
目隠しまでされた。最近ちゃんと寝てなかったので、序でに寝ちゃえ。
「こ、こいつ…。寝やがった」
目を覚ますと、そこは地下牢。
地下としたのは、外気との温度差で身が震えたから。
縄は解かれ目隠しは無し。独房で粗末な藁と簡易便所が置かれていた。当然景色が見える出窓は無い。
他にもお仲間が居るようで、遠目から呻き声が聞こえてきた。
対岸の牢屋には誰も居ない。
明かりは廊下の蝋燭のみ。通風口からの微風でほんのり火が揺れていた。
巡回の兵士は僕を一瞥しただけで、直ぐに何処かへ行ってしまった。
敷地面積は十畳程で独房にしては広々設計。
これならと。
ランタン、コンロ、小型の炉、溶接材、カーテン、鍋を取り出した。
牢の鉄格子を溶接。カーテンを全面に張り、鍋で水を湧かしてパスタを茹でた。
もう一つのコンロで屑野菜炒めを用意。
味付けは塩胡椒オンリー。醤油やバターなんて贅沢だよ。
茹で汁は移し替えて収納。
-自由だな…。無能君-
「え?そうかな。監獄なんて初めてだから知らないよ」
お腹を程良く満たした後、時間潰しに城島君が要らないと言った少女漫画を読み耽った。
何このメルヘン。かと思えばドロドロな人間模様。
薔薇色な百合、BL当たり前。清純路線なヒロインが猟奇的に選出した男を殺しまくる。…意味不明なラブストーリーにページを捲る手が止まらなかった。
集中し過ぎて廊下の騒がしさに気付かなかった。
「おい鼠!この布を開けろ、皇帝陛下様の御成だ!」
行き成りTOPかよ…。暇なの?
読み掛けの漫画を収納。照明のランタン以外の小道具も戻した。
無視を続けていると、叫ぶ兵士に、怒鳴る上司の声が飛び込んで来た。
それでも無視を続けていると。
「どうやら開ける積もりはないようだな」
冷たく細い笑い声が聞こえた。
-スキル【消去】
並列スキル【物滅】発動が確認されました。-
溶接した鉄格子ごと、カーテンが消えた。
す、すげぇ。
-なにあのチートスキル-
「鼠よ、きさ…」
何となく催していたので、ズボンを降ろして便器に跨がっていた時に、相手が強引に入って来た。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
牢屋ってプライバシーが無いんだね。
大層憤慨していたが、振り上げていた拳を降ろした。
「…後で上へ連れて来い」
背を向けて去って行った。
「早く済ませろ!」看守のおっちゃん、さっきから命令してばっかだな。兵士は逆に無口なのに。
用を済ませ、手を洗い流し、手枷を頂戴した。
引かれるまま、素直に看守に同行。後ろから兵士数名にサンドされた。
長い螺旋回廊を上り、上階へと出た。
そこは中宮のロビー?エントランスのような場所。
明るい照明器具が各所に並び、とても明るかった。
皇帝さんが居るからか。
腕組みしたまま金髪短髪のイケメンが振り返った。
「手は、洗っただろうな」
心配はそこかよ。
「洗いましたとも」当然でしょ。
「代は現皇帝ヴェルガ。お前は何者だ」
「僕はタッチー。ゴーウィンに無理矢理召喚された異世界人の一人さ」
「やはりか。あの御仁の言う通りになったな…。招いてもおらぬのに、何故我が帝国に入国した」
あの御仁ねぇ。予想通りかな。
「飛空挺。あんな愚かな乗り物を造った馬鹿が、どんな人なのかと思って。挨拶に」
「愚か、だと?この代がか?」他に誰が?
ヴェルガは面白そうに笑って首を振った。
「あれには代の能力を盛り込んである。見た上で記憶が消し飛ばないとは、珍しい事もあるものだ」
気付くべきタイミング。彼はそれを逃した。
跪く無能に向けて、右掌を翳した。
-スキル【消去】
並列スキル【記滅】発動が確認されました。-
最大出力のスキルは、人の記憶さえも消去する。
「う、うわぁぁぁ(棒)」嘘です、演技です。ホントは何ともありません。
「な!?こ、これでもか!」
特に何も起きない。代わりに猛烈な眠気に襲われた。
-お、ビックチャンス到来?-
「だ、ダメだ…。フジワ…」
記憶を消し去るスキルの暴走。最早発動者にも止められなかった。
その場に居た者。遠くから監視していた者。ヴェルガ本人も無能も含め、全員が意識を失い倒れた。
「パンパカパーン」
無能のBOX内から脱出した藤原。道真は巨大なゲーターの姿で豪快に伸びをした。
「久々のシャバの空気は美味いぜぇ」
スヤスヤと眠る無能と、イケメンヴェルガを見比べる。
さっきの漫画の続きが何気に気になる。もしここで殺してしまったら、BOXまで消えそう。
愛しの鷲尾さんにも嫌われちゃう。
残る選択は一択。
-スキル【不死身】
並列スキル【捕食】【融合】同時発動されました。-
パックンチョ。ヴェルガの身体を衣服丸ごと飲み下し、小躍りを始めた。
それが暫くの間続いた後、突然の停止。
大きなゲーターの腹を破って現われたのは。
「パンパカパーーン。2回目」
久し振りの人間の身体。頭に残るヴェルガの記憶。
あの飛空挺。門藤と思われる影。帝国の統治。
言語体系も同時習得。三十代のイケメン。
尚且つ、同性愛者…。
思わず胃の中の内容物を、転がる看守の背に吐き出した。
こ、この記憶は忘れよう。そもそも俺のじゃないしぃ。
記憶を辿ると、後ろ暗い事ばかり。皇帝ってここまでやるもんなのかぁ。元の自分の闇よりも深い闇。
道真の精神構造が反転。裏の裏は、表。
胃液塗れの身体と衣服。あぁ、お風呂入りたい。
しかし帝国内ではシャワーだけで、風呂に浸かる文化は存在しなかった。
プチ怒りに任せて、側近と看守長を蹴り起こした。
眠り呆ける無能の肩を揺すって起こす。
「…まだ眠いよ。あんた、誰…」
少し消去が効いていた模様。呆けた顔で薄目を開けた。
「藤原だよ!このイケメンにジョブチェンジした」
ハッと我に返った無能。
「藤原君!皇帝乗っ取ったの!?」
「これ以上中で待つのも暇だしさ。俺がいちゃ色々と遣り辛いでしょ?ゲーターの捕食と、こいつの消去スキルは使えなくなったけど。まだ、誰も殺してないよ」
「…まぁ。君がそれでいいならいいけどさ。この展開は予想してなかったわ」
「代は熱い湯を浴びる。用意せよ。してこのお客人は代の寝室に通せ」
「ハッ。直ちに」
男色の気配を察した側近たちが走り出した。
看守長に次々に起こされた兵士たちが、横たわるゲーターの遺体に驚きつつも、即座に指示に従い散開。それぞれの持ち場に戻って行った。
どうしてだかゲロ塗れの看守長だけは泣いていた。
ドゴーンと不意に後方で巻き上がる爆音と炎雷。
「何事だ!」
そこには、見覚えの有る3人と。知らない美女が立っていた。
ヴェルガの記憶にはある美女。その名は。
「聖女、シンシアたん!」いけね、素が出た。
「たん?兄方様。お久しゅう御座います」
「ひ、久し振りだな。今から、こちらの客人を持て成す所である。貴公らも…」
「させません!」
ジェシカの短刀が背後から喉元に当てられた。
周囲の衛兵も一切反応出来ない早業。
「ジェシカ。もう大丈夫だから、それ収めて!」
駆け寄るキュリオが無能を抱き締めた。
「よかったー。良かったよぉ」
「キュリオも、アルバさんも。もう心配ないよ」
シンシアもBOXに入れた手を出して下ろした。
「アルバ様と、聖女様が」
状況を飲み込みきれない、衛兵たちが身構えた。
「どうなってるっぺよ」
道真の代わりに無能が答える。
「後で説明します。ここは矛を収めて下さい!」
「今宵は客人が多いな。多少の誤解は在ったようだが問題はない。風呂の後は宴を催す。ジェシカたんも、お胸が当たってますよ」最後はジェシカだけに聞こえるように。
顔を赤くして剣を納めたジェシカ。
「んでもって、空飛ぶお舟はもうええんだべか」
テーブルに並べられたステーキ肉を頬張りながら、アルバが確認した。
「お行儀が悪いですよ。アルバ様」
シンシアがアルバの口端をナプキンで拭い取る。
ヴェルガの私室に繋がる議室の一つ。
侍女も給仕も衛兵も、全てを退かせた後の宴会。
藤原は久々の人間らしい温かい食事に夢中で、只管頷くだけに終始していた。
「偵察と情報集取だけして、さっさと逃げる積もりだったけど。予想外の展開で。うっかり出て来た藤原君が、皇帝さんの身体乗っ取っちゃった」
要約するとそんな感じになる。
「驚きましたね。人の意識を支配下に置くのではなく、乗り移るでもなく、融合したとは」
無能の両サイドから、キュリオと交互に食事を口に運びながら、ジェシカは感想を述べた。
無能自身もされるがままに、食べながら。隣のキュリオはニコニコするばかり。
「んご、ごもむんむう!(おい、王様かよ!)」
藤原はナイフで無能を指して、今直ぐ止めろと訴えた。
「シンシアさん、初めまして。で、考えたんだけど。飛空挺はここで壊すんじゃなくて。フェンリル戦で使い潰そうと思うんだけど、どうかな?」
「初めまして、タッチーさん。皆様の事は粗方、アルバ様から聞き及んでおります。それはとても奇抜な発想、だとは思いますが…」
咀嚼を中断して飲み干した道真が加えた。
「うーん。既に量産体制は整ってる段階で、北の本格開戦に合わせて乗り込む算段だったみたい。記憶では門藤先生ぽい人も出てくるし、このまま素直に終わるとは思えないんだけど?」
「あの人も、考える事は同じか…」
それもそうかと考え直す無能。
門藤の差し金だとして。その真意が丸で見えない。
味方でないのは確定してる。
いったい何が狙いなのだろう。
「根を詰めても妙案は浮かびません。今夜は休み、翌朝に話し合いましょう。自己紹介が未だでしたね」
シンシアは立ち上がり一礼した。
彼女は皇帝ヴェルガの遠縁の貴族の公女。
末席に近く、皇位継承とは無縁。アルバニルを崇拝し、英雄の意志を継ぐ為に家出。
彼に付き従う途上で発現した【聖女】スキルは優秀で、単騎で魔物数千を相手取れる強者。
タッチーとジェシカは、彼女の話を聞きながら思う。何処かで会った事があるような、と。真逆ねと。
各自の紹介も終わり、藤原が呼び鈴を鳴らした。
その夜は各自邸内での解散となった。
大陸唯一の帝国領は、無能たちの思惑とは全くの予想外に、たった一日足らずで陥落した。
0
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
湖畔の賢者
そらまめ
ファンタジー
秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。
ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。
彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。
「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」
そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。
楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。
目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。
そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。
俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界
小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。
あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。
過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。
――使えないスキルしか出ないガチャ。
誰も欲しがらない。
単体では意味不明。
説明文を読んだだけで溜め息が出る。
だが、條は集める。
強くなりたいからじゃない。
ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。
逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。
これは――
「役に立たなかった人生」を否定しない物語。
ゴミスキル万歳。
俺は今日も、何もしない。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる