生まれ変わっても無能は無能 ~ハードモード~

大味貞世氏

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第3章 大狼討伐戦

第44話 帝都の宴

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夜風が寂しいっす。
宿の窓から出て、窓から戻って来た。
そのまま開け放ってカラッとした微風を受けながら、夜空を見上げ、久々のボッチを楽しんでいた…。

のは最初だけ。

時が経つに連れ、段々と寂しさ方が増して行った。

これまで常に誰かが隣に、傍に居た。

元世界だったら煩わしさを感じていたかもと思う。
こちらでは助け合い、互いに高め合う親友。
抱えきれない程の愛を与えてくれる2人の嫁。

腐れ縁とも呼べる、クラスメイトの生き残り。

旅で出会った人たち。誰一人、煩わしいとか面倒臭いとか思えた人は居ない。

「僕、死ぬのかな…」

-死んだら俺出られるぜ。ヒャッハー-

「前言撤回する」

-つまんねぇ…-

亜空間に閉じ込められ、ストレスは相当なもんだろう。

「必ず元に戻せる方法見つけるから、今は大人しく我慢してて」

反応は無かった。ある程度の了解の意と捉える。

「最近よく考えるんだ。最初に学校を出る時、もっと遣り様が在ったんじゃないかって」

-偽善者、だね。そう言うのは梶田にイジメられてる時に言って欲しかったよ-

「やっぱそう聞こえちゃう?」

-悪ノリする奴が居なかった分、よく聞くイジメに比べりゃマシだったってだけ。今のも全部結果論-

「たしかに。クラスの大半、他人に興味が薄い子ばっかだったね。僕含めて」

悩んでも、後悔しても。失われた命は戻らない。

-今じゃ俺も生きてんだか死んでんだか。期待せずに待ってるよ。でも途中で死んだりしたら、ホントに飛び出て暴れる予定だから。そこんとこヨロシク-

「ますます死ねませんなぁ」

手に馴染んだブレイカーを取り出す。
索敵マップに注意を払いつつ、身支度を済ませる。

放たれた刺客は10人。既に宿が囲まれていた。

お世話になったモールさんたちには迷惑は掛けられない。
赤斑点以外も偽装の疑い有り。今夜は寝られないぜ。

3階の窓から飛び降りた。

在り来たりなフラグを立ててみる。
「もしもの時は頼んだよ。君は、悪魔にでも天使にでも成れる。まだ誰も、殺してないんだからさ」

-だからさぁ。それ、解ってて言ってるよな-

死ぬ気は全く無い。簡単に殺される気もしない。
「言ってみたかっただけ」

藤原氏も少し笑ってくれた様子。


剣を鞘に納め、両手を上に高く上げた。
抵抗の意思無しアピールで、ワラワラと現われた刺客たちは意外そうな顔をしていた。

「不正入国の疑い有りとの情報を得た。大人しく…、しているなら危害は加えない」

看破に似たようなスキルだろう。
入場前に止めなかったのが不思議。

「どうぞ。何処行くの?」

「野鼠が知る必要はない」
-スキル【拘束】
 並列スキル【緊縛】発動が確認されました。-

刺客たちの手首から太い縄が飛び出し、一瞬で簀巻きにされた。
集団スキル。初めて見た。こんなのあるんだねぇ。

多少の息苦しさはあるが、これだけで死ぬ感じはしなかった。手加減してる?

不穏な異分子が入場したのが解っていても、まだこちらの素性には気付いてないと思われる。

大人しくしていよう。

目隠しまでされた。最近ちゃんと寝てなかったので、序でに寝ちゃえ。

「こ、こいつ…。寝やがった」



目を覚ますと、そこは地下牢。
地下としたのは、外気との温度差で身が震えたから。
縄は解かれ目隠しは無し。独房で粗末な藁と簡易便所が置かれていた。当然景色が見える出窓は無い。

他にもお仲間が居るようで、遠目から呻き声が聞こえてきた。

対岸の牢屋には誰も居ない。

明かりは廊下の蝋燭のみ。通風口からの微風でほんのり火が揺れていた。

巡回の兵士は僕を一瞥しただけで、直ぐに何処かへ行ってしまった。

敷地面積は十畳程で独房にしては広々設計。

これならと。
ランタン、コンロ、小型の炉、溶接材、カーテン、鍋を取り出した。

牢の鉄格子を溶接。カーテンを全面に張り、鍋で水を湧かしてパスタを茹でた。
もう一つのコンロで屑野菜炒めを用意。
味付けは塩胡椒オンリー。醤油やバターなんて贅沢だよ。

茹で汁は移し替えて収納。

-自由だな…。無能君-

「え?そうかな。監獄なんて初めてだから知らないよ」

お腹を程良く満たした後、時間潰しに城島君が要らないと言った少女漫画を読み耽った。

何このメルヘン。かと思えばドロドロな人間模様。
薔薇色な百合、BL当たり前。清純路線なヒロインが猟奇的に選出した男を殺しまくる。…意味不明なラブストーリーにページを捲る手が止まらなかった。

集中し過ぎて廊下の騒がしさに気付かなかった。

「おい鼠!この布を開けろ、皇帝陛下様の御成だ!」

行き成りTOPかよ…。暇なの?

読み掛けの漫画を収納。照明のランタン以外の小道具も戻した。


無視を続けていると、叫ぶ兵士に、怒鳴る上司の声が飛び込んで来た。

それでも無視を続けていると。
「どうやら開ける積もりはないようだな」
冷たく細い笑い声が聞こえた。

-スキル【消去】
 並列スキル【物滅】発動が確認されました。-

溶接した鉄格子ごと、カーテンが消えた。
す、すげぇ。

-なにあのチートスキル-

「鼠よ、きさ…」

何となく催していたので、ズボンを降ろして便器に跨がっていた時に、相手が強引に入って来た。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」
牢屋ってプライバシーが無いんだね。

大層憤慨していたが、振り上げていた拳を降ろした。
「…後で上へ連れて来い」
背を向けて去って行った。

「早く済ませろ!」看守のおっちゃん、さっきから命令してばっかだな。兵士は逆に無口なのに。


用を済ませ、手を洗い流し、手枷を頂戴した。
引かれるまま、素直に看守に同行。後ろから兵士数名にサンドされた。

長い螺旋回廊を上り、上階へと出た。
そこは中宮のロビー?エントランスのような場所。
明るい照明器具が各所に並び、とても明るかった。

皇帝さんが居るからか。

腕組みしたまま金髪短髪のイケメンが振り返った。
「手は、洗っただろうな」
心配はそこかよ。

「洗いましたとも」当然でしょ。


「代は現皇帝ヴェルガ。お前は何者だ」

「僕はタッチー。ゴーウィンに無理矢理召喚された異世界人の一人さ」

「やはりか。あの御仁の言う通りになったな…。招いてもおらぬのに、何故我が帝国に入国した」
あの御仁ねぇ。予想通りかな。

「飛空挺。あんな愚かな乗り物を造った馬鹿が、どんな人なのかと思って。挨拶に」

「愚か、だと?この代がか?」他に誰が?

ヴェルガは面白そうに笑って首を振った。
「あれには代の能力を盛り込んである。見た上で記憶が消し飛ばないとは、珍しい事もあるものだ」
気付くべきタイミング。彼はそれを逃した。

跪く無能に向けて、右掌を翳した。

-スキル【消去】
 並列スキル【記滅】発動が確認されました。-

最大出力のスキルは、人の記憶さえも消去する。

「う、うわぁぁぁ(棒)」嘘です、演技です。ホントは何ともありません。

「な!?こ、これでもか!」

特に何も起きない。代わりに猛烈な眠気に襲われた。

-お、ビックチャンス到来?-

「だ、ダメだ…。フジワ…」

記憶を消し去るスキルの暴走。最早発動者にも止められなかった。

その場に居た者。遠くから監視していた者。ヴェルガ本人も無能も含め、全員が意識を失い倒れた。



「パンパカパーン」

無能のBOX内から脱出した藤原。道真は巨大なゲーターの姿で豪快に伸びをした。

「久々のシャバの空気は美味いぜぇ」

スヤスヤと眠る無能と、イケメンヴェルガを見比べる。

さっきの漫画の続きが何気に気になる。もしここで殺してしまったら、BOXまで消えそう。

愛しの鷲尾さんにも嫌われちゃう。

残る選択は一択。

-スキル【不死身】
 並列スキル【捕食】【融合】同時発動されました。-

パックンチョ。ヴェルガの身体を衣服丸ごと飲み下し、小躍りを始めた。

それが暫くの間続いた後、突然の停止。
大きなゲーターの腹を破って現われたのは。

「パンパカパーーン。2回目」

久し振りの人間の身体。頭に残るヴェルガの記憶。
あの飛空挺。門藤と思われる影。帝国の統治。
言語体系も同時習得。三十代のイケメン。
尚且つ、同性愛者…。

思わず胃の中の内容物を、転がる看守の背に吐き出した。

こ、この記憶は忘れよう。そもそも俺のじゃないしぃ。

記憶を辿ると、後ろ暗い事ばかり。皇帝ってここまでやるもんなのかぁ。元の自分の闇よりも深い闇。

道真の精神構造が反転。裏の裏は、表。


胃液塗れの身体と衣服。あぁ、お風呂入りたい。
しかし帝国内ではシャワーだけで、風呂に浸かる文化は存在しなかった。

プチ怒りに任せて、側近と看守長を蹴り起こした。

眠り呆ける無能の肩を揺すって起こす。
「…まだ眠いよ。あんた、誰…」
少し消去が効いていた模様。呆けた顔で薄目を開けた。

「藤原だよ!このイケメンにジョブチェンジした」

ハッと我に返った無能。
「藤原君!皇帝乗っ取ったの!?」

「これ以上中で待つのも暇だしさ。俺がいちゃ色々と遣り辛いでしょ?ゲーターの捕食と、こいつの消去スキルは使えなくなったけど。まだ、誰も殺してないよ」

「…まぁ。君がそれでいいならいいけどさ。この展開は予想してなかったわ」


「代は熱い湯を浴びる。用意せよ。してこのお客人は代の寝室に通せ」
「ハッ。直ちに」

男色の気配を察した側近たちが走り出した。

看守長に次々に起こされた兵士たちが、横たわるゲーターの遺体に驚きつつも、即座に指示に従い散開。それぞれの持ち場に戻って行った。

どうしてだかゲロ塗れの看守長だけは泣いていた。



ドゴーンと不意に後方で巻き上がる爆音と炎雷。
「何事だ!」

そこには、見覚えの有る3人と。知らない美女が立っていた。

ヴェルガの記憶にはある美女。その名は。
「聖女、シンシアたん!」いけね、素が出た。

「たん?兄方様。お久しゅう御座います」
「ひ、久し振りだな。今から、こちらの客人を持て成す所である。貴公らも…」

「させません!」
ジェシカの短刀が背後から喉元に当てられた。

周囲の衛兵も一切反応出来ない早業。

「ジェシカ。もう大丈夫だから、それ収めて!」

駆け寄るキュリオが無能を抱き締めた。
「よかったー。良かったよぉ」

「キュリオも、アルバさんも。もう心配ないよ」

シンシアもBOXに入れた手を出して下ろした。


「アルバ様と、聖女様が」
状況を飲み込みきれない、衛兵たちが身構えた。

「どうなってるっぺよ」

道真の代わりに無能が答える。
「後で説明します。ここは矛を収めて下さい!」

「今宵は客人が多いな。多少の誤解は在ったようだが問題はない。風呂の後は宴を催す。ジェシカたんも、お胸が当たってますよ」最後はジェシカだけに聞こえるように。

顔を赤くして剣を納めたジェシカ。



「んでもって、空飛ぶお舟はもうええんだべか」
テーブルに並べられたステーキ肉を頬張りながら、アルバが確認した。

「お行儀が悪いですよ。アルバ様」
シンシアがアルバの口端をナプキンで拭い取る。

ヴェルガの私室に繋がる議室の一つ。
侍女も給仕も衛兵も、全てを退かせた後の宴会。

藤原は久々の人間らしい温かい食事に夢中で、只管頷くだけに終始していた。

「偵察と情報集取だけして、さっさと逃げる積もりだったけど。予想外の展開で。うっかり出て来た藤原君が、皇帝さんの身体乗っ取っちゃった」
要約するとそんな感じになる。

「驚きましたね。人の意識を支配下に置くのではなく、乗り移るでもなく、融合したとは」
無能の両サイドから、キュリオと交互に食事を口に運びながら、ジェシカは感想を述べた。

無能自身もされるがままに、食べながら。隣のキュリオはニコニコするばかり。

「んご、ごもむんむう!(おい、王様かよ!)」
藤原はナイフで無能を指して、今直ぐ止めろと訴えた。

「シンシアさん、初めまして。で、考えたんだけど。飛空挺はここで壊すんじゃなくて。フェンリル戦で使い潰そうと思うんだけど、どうかな?」

「初めまして、タッチーさん。皆様の事は粗方、アルバ様から聞き及んでおります。それはとても奇抜な発想、だとは思いますが…」

咀嚼を中断して飲み干した道真が加えた。
「うーん。既に量産体制は整ってる段階で、北の本格開戦に合わせて乗り込む算段だったみたい。記憶では門藤先生ぽい人も出てくるし、このまま素直に終わるとは思えないんだけど?」

「あの人も、考える事は同じか…」

それもそうかと考え直す無能。
門藤の差し金だとして。その真意が丸で見えない。
味方でないのは確定してる。
いったい何が狙いなのだろう。


「根を詰めても妙案は浮かびません。今夜は休み、翌朝に話し合いましょう。自己紹介が未だでしたね」

シンシアは立ち上がり一礼した。

彼女は皇帝ヴェルガの遠縁の貴族の公女。
末席に近く、皇位継承とは無縁。アルバニルを崇拝し、英雄の意志を継ぐ為に家出。
彼に付き従う途上で発現した【聖女】スキルは優秀で、単騎で魔物数千を相手取れる強者。

タッチーとジェシカは、彼女の話を聞きながら思う。何処かで会った事があるような、と。真逆ねと。


各自の紹介も終わり、藤原が呼び鈴を鳴らした。
その夜は各自邸内での解散となった。

大陸唯一の帝国領は、無能たちの思惑とは全くの予想外に、たった一日足らずで陥落した。
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