生まれ変わっても無能は無能 ~ハードモード~

大味貞世氏

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第3章 大狼討伐戦

第51話 行軍

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行軍は順調。白銀の世界までは未だ遠く。

男爵と皆から呼ばれる、クリス・ノートランは自慢の黒髭を弄りながら考える。

我がスキル【奪取】はとても有能。しかし個で強い訳ではない。
強力な部下を多く手に入れるか、誰か強者の元に就くかしなければ戦闘には不向きな補助スキルの類に相当する。

噂に聞く何でも奪える強奪とは違い、奪取は手に取れる物質に限定される。

センゼリカ所属の、由緒正しい伯爵家の一角の家に次兄として生まれ将来は約束された様なものだった。

幼少の頃から手癖が悪かったのは自他共に認める所。

調子に乗り、思春期時代に下手を打ち
(とある公爵夫人の下着泥棒)重い叱責と生家系から離縁を言い渡された。

追い出されてからも金には困らなかった。
出る時に充分な資金援助と新たな屋敷を与えられ、好きに使える侍女も宛てがい何不自由の無い生活。

離縁とは、この場合は飼い殺しに相当する。

しかし不自由の無い生活は、とても、途轍もなく退屈。
数年も持たずに外へと飛び出す。

センゼリカから出た事などない私の目には、外界の全てが新鮮で輝いて見えた。

更なる輝きを求め、身元を保証してくれる冒険者ギルドへと登録。多大な資金援助をする誓約の元、少々強引に認めさせた。

商業ギルドでも良かったのだが、旅に制限の少ない冒険者の行動範囲に惹かれた。

暗躍する詐欺集団、悪行跋扈する盗賊組織を数個潰して見せれば、私の悪名は反転した。

犯罪者なら幾ら殺しても批判は受けない。

奪取は自由度の高いスキルだが、色々と制約がある。
相手の肉体の一部は奪えない。
視認可能な物質しか奪えない。
奪い取れる範囲も、精々半径20mが限界。

転機が訪れたのは、昇格の為に必要だった魔物の討伐に潜ったダンジョン。

初対面となる天然のゴーレム系の魔物と遭遇。
奴らは物質の塊。生命体とも精霊体とも違う。
ゴーレム系にとって、魔石は核であり本体。魔石を除去するだけで朽ち果てる単純構造。


金で雇った傭兵部隊を組織。
私自身は重点的にゴーレムを狩った。
純度の高い魔石は高額で売れ、その他素材としても有益。
金、経験値、ギルドでの昇格を同時に手に入れた。

金の成木の私に付いてくるのが得策と見た傭兵の中から、強者数人を正規として複数年契約をした。
金銭だけの繋がりでも、裏切り行為で各人の名誉は地に落ちる。正規契約は絶対的。心情的な繋がりよりも、私には好都合だった。

そこから数年。順調に今現在の地位にまで昇った。

年齢は30半ば。冒険者としてなら脂が乗り切った頃。
身体が健常な時に引退する冒険者も少なくない。

だからして、今回のゴーレムルート踏破を最期とした。

良い様に利用されてしまったが、厄介者としての逃げ道を用意したオートの采配には感謝の意を表する。

奪取が世に知れてしまってからは、悪行を犯した事など無いのだが。脅威として認識された物は、中々に拭い取れないものなのだ。諦めるしかない。

目標は始めからここ。

根回しも小細工も不要。同じ倒し方を知る小僧よりも先を越せる。喜びに水を差しおって。
「上位種には通用するかどうか解らない。あんたなら無理はしないだろうけど。精々気を付けるんだね」

自分の半分も生きてはいない小僧に説教を喰らう屈辱。
今に見ておれ。悔しそうに指を咥えて身悶えろ。


冒険者隊の中では三百を超える最大勢力。
クリス班は意気揚々と眼前の山々を見上げる。
「我らはここを下る時、巨万の富を得ていると約束しよう。人は裏切るが金は裏切らない!」

頼もしき仲間たちは歓声を上げて叫んだ。

だが彼らは知らない。知りようも無かった。

たった今。足を踏み入れた大地が、それこそが巨大なゴーレムである事を。

余りにも巨大。その山こそが本体であるなどと。誰が予想していただろうか。


マウンテンゴーレム。後に記されるクラスはSSS。
餌が勝手に腹に収まるのを、山は静かに待つのみ。

人の身では、大自然の驚異の前には実に、無力である。




-----

中央ルート。対するは吸血鬼種最強のヴァンパイヤ。
最も長期戦が予想されるルートである。

冒険者だけでも四百を超える。東の三百。二百は西に充てられた。残り百は後方支援部隊。

後方の国軍も4つに別れ、東の二千、中央と西にそれぞれ三千五百。残り千は同じく支援部隊に配した。

支援部隊が厚めに設定されたのは、何よりも城島の演説のお陰だ。冒険者、国軍から一割ずつを割く形となった。

これでも城島本人は不満げな顔で、ブチブチ文句を垂れていたが。天配の真価の見せ処だ。


隣に居るミストの表情が優れない。
「どうかしたのか?寒さは装備品でも凌げないのか?」

「いや違う。寒さは微塵も感じない。…あのルドラ様の存在がね。どうしても頭から離れなくて」

爆食の姫君と蜂の女王。系列は違えども、同じ魔族だと何か感じる物が在るのだろうか。

「心配するな。無能が居れば問題無いだろ」

「それこそが恐ろしいのだ。どうして人間は御方を平然と見て居られる?」

「どうしてって言われても。ただの可愛い女の子としてしか見えないし」
ユーコの意見は俺も同様。寝ている様は普通の子供。
無能から起きてる時はじゃじゃ馬娘だと聞いても、そうなんだとしか思わない。

人間は何も感じない。梶田の血を引いているからなのか。

「不安を感じるなら、後援部隊か一時離脱をしても構わないと思うぞ」

「今回はそうさせて貰う。そろそろ蜜の収穫時期でもあるしな」
意外に素直に従う様子。これまでは傍を離れようなどと口にはしなかった。自惚れかも知れない。

「道中気を付けて行けよ」
「またね、ミスト。張り合える相手が居なくて寂しいわ」

「憎まれ口を叩く様になったな。危険度で言えば私の比ではない。キョーヤに危険を感じたなら直ぐに駆け付ける」

「頼むよ。元気で」

ミストは微笑みだけ返し、馬車を飛び降りた。


こうしてミストは一時的に戦線を離脱した。
彼女は強い。身も心も。
例え俺たちが道半ばで倒れたとしても、彼女ならきっと新たな伴侶を見つけ生きて行く。無責任だがそう思える。

ここから先は昆虫類が極端に少なくなる寒冷地。
真蟲王に上がっても、スキルでは役に立てそうにない。

オート本隊のバックアップに回るだけだ。




-----

「何処に向かっておるのじゃ?」
キュリオの膝の上にちょこんと座り、顔だけこっちに向けるルドラ姫。ちょっとだけ寂しいな。

「ちょっと北の山脈に用事があってさ。悪い狼の群れを討伐に行くんだ。だからお菓子は暫くクッキー類で我慢ね」

「…仕方ないのぉ。北陸は粗方食べ尽くした。用事が終われば次は何処に行く?」

「ここ寒いし、もっと東か、年中温かい南国とか」

南の大陸はフェンリルには無関心。戦闘は余り好まない温厚な民族が居るらしい。行ってみたい候補の一つ。

起きる前までは手が付けられなかった我が儘娘が、長い眠りから覚めると少し、いやかなり性格が丸くなっていて驚いた。

成長か、将又順応なのか。何にしろ良い傾向。
と思っていると。

急に南東の空を見上げ。
「あ!逃げおった。臆病者め」

「急に誰?誰か逃げたの?」キュリオさんに同意。

「むぅ。手土産を持って帰るらしいから、今回だけは許してやるのじゃ。次は許さぬ!」
何だかよく解らない内に自己完結したらしい。
めっちゃ不機嫌な顔してるんですけど?

怒りを静める為にクッキーを一枚口に放り込んでいた。

二枚目に手を付けようとしたのをジェシカが止めた。
「これからは補給も不定期になります。我慢する訓練をしましょう。このままでは家畜の豚になりますよ」

豚を思い浮かべて目の端に涙を浮かべるルドラ。
手を渋々引いた。

こう言う場合は同性の言葉の方が効くみたいだ。
在庫はたっぷり持って来たから、僕なら甘やかしてしまうばかり。兵糧にも回すから全部は無理だけど。

「さっさと用事を片付けて東へ向かうのじゃ!」
まだまだ先なんですが?


ふと思う。この子はいったい何時帰る気なんだろ。
まさか…、全大陸制覇するまででは。
怖すぎて聞けないや。
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