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第3章 大狼討伐戦
第52話 狂喜
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トルメキヤ帝国。帝都ランズハーケン。
中央塔に隣接する討議本館の最上階。
皇帝でありながら、家臣たちに責め立てられるこの状況。
A「舟を放棄するとは何事でしょう」
B「完成した暁には、東へと乗り込むと豪語しておられた」
C「お約束が違いますぞ」
元老院の爺さん共が雁首揃えて抗議しにやって来た。
遠路遙々の労いの言葉もスルーされ、ヴェルガは溜息を吐き捨てる。
一端囀りは止むのだが、ヴェルガの様子を伺ってまた叫び出す。うるせぇ、こいつら。謀反として全員投獄してやろうかなぁ。
味方は同席を許したアルバニル、シンシア、ネフタルの4人のみ。
直下の幕僚長、造船長、兵団長らは黙して目を閉じているだけで役に立たない。
元老院代表として鼻息荒くABCが乗り込んで来た。
元ヴェルガも相当頭を悩ませた模様。
関係者全員の記憶を消してしまったら、舟の増産も量産も不可になるから手を出せずに居た。
「不快だ。これ以上囀るな。毒で濡らした短剣を喰らいたいなら別だが?」
ABC「「「…」」」
「約束の反故との事だが、はて私は機会が有ればとは言ったが、時期に於いては未定と言い渡したはずだがね」
A「大狼討伐が本格化したらと!」
B「そうですとも」
C「確かにその時期と明言されておった」
言ってた気がするー。こいつ、余計な事を。
「言った様な覚えも在る。現段階で何隻だ?造船長」
「ハッ!完成が72隻。未完が8隻。未着手が約20であります」
早いわ。頑張るベクトルが斜め上。
ついこないだまで40台だったはずなのに。
「良かろう。好きなだけ持って行け。但し、兵団からは一切人員は出さない。元奴隷層を使うのも許さぬ。所属の私兵だけにしろ。貴様らも乗船するんだぞ。もしも一つでも違えたならば、二度と軍旗は掲げさせん」
前線に出なければならない恐怖感。返答は無言だった。
命令出来る立場って気持ちイイ。
万能感に全能感。
何でも出来る。何でも思い通り。
だからヴェルガは勘違いした。俺は間違えない。
無能は言った。全ては自分の選択次第だと。
だから。
-スキル【不遇】
並列スキル【不本意】発動が確認されました。-
「貴様らの望み通り。踊ってや」
徐ろに開かれる扉。
「会議中に失礼します!緊急案件です」
「何事だ」
取り乱す伝令兵は。
「飛空挺が、奪われました」
「何隻だ?」
「構築中の8。完成品が12」
20と言う数字。それが意味する物とは。
犯人はあいつしか居ない。
残念だが先生。俺はしぶとく生きてる。本体を失っても。
「くれてやれ。アルバ殿も、今は堪えてくれ」
「む、むーん。それでええだべか?」
「良いも悪いも無い。倉庫の全機に軍旗は掲げていない。宣戦布告に送った試作機は途中で墜ちた。無能にならこの意味が解るはずだ」
先生らしくない。詰めが甘過ぎるよ。
「聞いての通りだ。裏切り者が何処に隠れているか解らない。未着手の材料で残機の補強をしろ!堂々と正面切って乱入してやろう。最後の利を得るのは我らだ」
爺さん共にも命じた。
同席と私兵の帯同を。
反乱分子が巧妙に隠れていようと、同席を命じられれば必ずボロを出す。
率先して降りた者が関係者。
「ネフタル。ここの膿と蛆虫は全部連れて行ってやる。後は小物。好きなだけ暴れろ。シンシア。愚妹の手助けをして貰えないだろうか」
帝国の体制なんぞ、ぶっ壊しちまえ。
「兄様…」
「構いませんが。ご自身も出陣なされるお積りで?」
「当然だ。この期に及んで座に座れる者が居るとしたら、それこそ茶番だ。私も出る。世界が変わる転機への同席を臆する者は、我が帝国には不要。乗ろうが乗るまいが、等しく死が待つ物と思え。さぁ、臆病者(チキン野郎)共、返事は如何に」
アルバとシンシア以外の同席者が一斉に立ち、右手を高く掲げた。
「皇帝陛下!万歳!!」
これ以上の裏切り者は、今は居ないと信じてやろう。
「出兵の準備が整い次第出撃だ。アルバ殿、強盗団の動向を探り先布令を頼めないか」
「いいっぺよー」
二つ返事でした。助かりまっす。
解散となった後も、指示と手続きに時間を取られた。
それらも終わり掛けの頃に、ネフタルが執務室に訪ねて来た。近年には見られなかった行動に戸惑う。
「明日には出発ですね」
「これまで離れて暮らして来たのだ。寂しいなどとは言うまいな」
「意地の悪い…。そこは変わりなく、安心しました」
安心したようで、何処か寂しげな表情。
席を立ち、妹の前に立つ。胸の奥が熱い。
ヴェルガ…完全シスコン確定。
徐に強く抱き締めた。
「な、何を。兄様」驚くものの拒絶はされてない。
右頰に軽いキスを。小さな悲鳴が聞こえた。
「国は壊しても構わない。欲を言えば、帰れる家を用意しておいてくれると嬉しい。ネフタル、お前ならやれる。必ず成し遂げろ」
半身逃亡する積もりの人間が言えた台詞でもないが、これはヴェルガが吐き出せなかった偽りない本心。
ネフタルは太腿に仕込んだナイフから手を離し、兄の背に腕を回した。
突然兄は帰って来た。十数年前の優しかった頃の兄が突然に。
父の急死(肺病)に因って血族第一等の兄が、20代半ばで帝位を引き継いでから、優しき兄は居なくなった。
一回り以上歳の離れた兄に焦がれた時期も在る。
何もかも諦め、祖父の代から虐げられ続けていた低層の民の為、何年も掛け反政府勢力を水面下で組織した。
兄は全てを知った上で黙認していた。
兄様は、何処に向かわれていたのでもなく、始めからここに居てくれたのだ。
浅はかな私は、表面しか見えてはいなかった。
後少し、後数日遅れていれば。消去を受けない私は、反乱を起こし兄様をこの手で討っていただろう。
それすらも兄様は予想して。
本当に。本当に良かった。間に合ってくれて。気付けて良かった。
「お帰り為さい兄様。そして、ご武運を」
「気が早いぞ、ネフタル。お前も達者でな」
門藤が何処のルートを辿るのかは不明。
それに構わず俺たちは、黒竜の森を迂回する北方ルートに向かう。
奇術師は万能スキルだが、一度に操作出来る範囲にも限界が在り、オリジナル専門スキルには目劣りする。
20機が限界点だと思われる。未完を持って行った所を見ると、総合的な質量の問題が在ったのかも知れない。
何を焦ってる?こちとら微塵も焦る必要が無い。
こちらも体裁を保つ為に出撃はするが、別段間に合わなくても何ら気にしない。
先生…。前から思ってたけど。生徒を嘗め過ぎだぜ。
-----
障害となるダンジョンに踏み入った。
国の全許可は得ているので入場も滞り無く入れた。
それにしても。何て出鱈目な長剣か。
タッチーから補助具と一緒に譲り受けた剣。
切れ味、耐久性、扱い易さ。名だたる名刀とは全く異質な方向性。各色魔石も装着可能で力も付与出来る。
この様な代物を半端な新人が持てば、勘違いからの怠慢で早死にするだろう。
これをイニシアンに与えるのは早過ぎる。
私の得意とする得物は長短の槍。こちらはプルアの素養と適性を確認後に渡した。それを見てイニシアンがムスッとしたが我慢させた。
代わりに仕事として道中のマッピングを与えた。
冒険者の初歩。孤立しても生き抜ける技術を身に付けさせるのに専念させた。
片眼を失っていたラングには、アイグラスの魔道具。
ゼファーには魔術具一式と上等な杖。
エマには回復系一式。
ここまでで既に中流貴族の一財産が消し飛ばせる程の額面だ。異世界人の底が見えず恐ろしい。
「返さなくていいですよ。…返せないでしょ?」
ああ無理だ。ギルドの裏金を掻集めれば別だが。
出発前の打ち合わせで、ヒカジの裏切り行為の概要は聞いた。目立つ収穫は得られず落胆した。
結局ヒカジが何を狙い飛び出したのかは、解らず終い。
早々にルデイン支部の梃子入れ、町の治水事業、ラングの目標とやらの案件を片付け、王都に引き返す予定だとして会を締めた。
治水に関しては国の管轄であるし。深くまでは手出しも無用。引き継ぎを済ますだけだ。
ベルファタウロス。超Aランクの化物。
闘牛種の上位種。生息数自体は少なく、確認される場所もこんな地中奥深くは有り得ない。
配置が変わる程の変化があった。
「イーニー。ラングの後ろまで下がれ。弱点は角の真下。頭蓋が最も薄くなっている箇所。プルア、後に続け。ゼファとエマは援護に回れ」
ラングの役目を奪ってしまった形になったが、指示に従い良い動きを見せる仲間たち。
-スキル【飛雲】
並列スキル【跳躍】発動が確認されました。-
-スキル【希望】
並列スキル【開花】発動が確認されました。-
飛び上がるマクベスの後に続き飛び上がるプルア。
ゼファーとエマの風の援護を受け、更に上へと。
ラングは大盾を斜に構え、受け流す位置へ移動した。
「凄い…、これが冒険者…」
イニシアンが驚くのも無理はない。彼に取って見る物、体感する物は全てが初めてなのだから。
震える足を押し殺し、刮目して目に焼き付けた。
冒険者の戦いを。自分が目指すべき姿を。そう成りたいと口にした言葉が指す意味を。
風が小石を拾い、タウロスの視界を奪う。
太い首を振り減速。マクベスは膝立ちで、額の上を滑るように飛び乗った。
両対の角の間を抜け切る間際の横一閃。
開かれた角の根元に、プルアの槍が突き立った。
タウロスは吠えながら、死に物狂いで首を振り乱した。
首の上に乗った邪魔者を、落とそうと藻掻く。
勢いに押し出され、マクベスが岩壁に打ち付けられた。
だがプルアは槍にしがみ付き、振られながらも落ちなかった。
「兄さん!」
-スキル【夢幻】
並列スキル【幻覚】発動が確認されました。-
「後一押し、だってのに」
-スキル【真実】
並列スキル【弱点】発動が確認されました。-
プルアの身体が槍を軸に回り出す。そこへゼファーの風が追従。
「エマさん。兄さんの周りに風を集めて」
「ええ」
強烈な風を受けプルアの回転速度が増加。
-相乗効果に因り、シークレットスキル
【ロデオドライブ】発動が確認されました。-
加速した回転は、遂には楕円となり髄膜を削り通した。
対岸の首筋まで貫き通すまで、1秒足らず。
プルアが着地した所へタウロスの巨体が振って来た。
寸手でマクベスが拾い、大きく横へ飛び退いた。
「詰めが甘いぞ」
「すんません。め、目が回って…」
腹を割き魔石を回収。角と肉の一部を分割して各自のBOXに収めた。
「今日は豪華にステーキよ」
「ちょ、今は…。食べ物の話は、うっ…」
酔いが醒め切らないプルアは、エマの膝枕の上で薄く回復術を掛けて貰っていた。
「本当は回復してました、なんつったら後でぶん殴る」
「ほ、本当ですってば…」
「あら、無茶をした罰ですよ」
息巻くラングをマクベスが押し止め。
「私も肋骨が何本かやられた。後で頼む。膝枕はしなくて良いからな」
「マクベス殿…」
一部始終を見届けたイニシアンが歓喜した。
「皆さん凄いですね。あんな大物にも少しも怯まず、倒してしまうなんて」
「大抵の魔獣は出会った時に倒さなくてはならない。特に近距離で逃げ場が無い場合は。背を見せたら確実に死ぬからだ。先程の技は即興にしては中々見所の在る技だったが、他に敵が居た場合には致命的だ。相手が単独で倒し切れる場面でないと使えない」
「プルア兄が逃げ切れてなかったから?」
「痛いとこ突くなぁ」
「本当の事でしょ、兄さん」
「イーニーの指摘通りだ。今回のは参考程度に留めておけよ。私も8年以上の実戦空白を無視して突っ込んだ。全身の筋がバキバキだ。大人げない醜態を晒した。オーバエには内緒にな」
「はい!勉強になります!」
ルデインの町北部。ミルズダンジョンは踏破された。
ラング一行だけで数日を掛けて攻略途中だった事も重なり短期決戦となった。
新規スキル発動限界まで。後、残り1個。
-----
クイーズブラン領内、遙か上空。
堪えきれずに高らかに笑う者が一人。
後ろの影に潜む者が問う。
「何が可笑しいのですか?モンドウ様」
「これが笑わずに居られるか、ヒカジ」
ヒカジが単独で暴走した時はどうなる事かと思ったが。
あの死に損ないの梶田が一人で予定の半分も、無駄スキルで食い潰そうと時もそう。
転じてみれば、思い通りに運んだ。
後少し。残るは後、1つ。ラストは魔道書の中に在る。
「もう直ぐだ。我らの神が来たる時は」
この世界にはスキルが在る。他に等しく等級も。
上位の中には、禁域や神域に辿り着く物が幾つか存在する。狙うはその中の一つ。
ヒカジに再臨した【強奪】で掠め取る。その後は…。
遂に門藤は腹を抱えて笑った。
中央塔に隣接する討議本館の最上階。
皇帝でありながら、家臣たちに責め立てられるこの状況。
A「舟を放棄するとは何事でしょう」
B「完成した暁には、東へと乗り込むと豪語しておられた」
C「お約束が違いますぞ」
元老院の爺さん共が雁首揃えて抗議しにやって来た。
遠路遙々の労いの言葉もスルーされ、ヴェルガは溜息を吐き捨てる。
一端囀りは止むのだが、ヴェルガの様子を伺ってまた叫び出す。うるせぇ、こいつら。謀反として全員投獄してやろうかなぁ。
味方は同席を許したアルバニル、シンシア、ネフタルの4人のみ。
直下の幕僚長、造船長、兵団長らは黙して目を閉じているだけで役に立たない。
元老院代表として鼻息荒くABCが乗り込んで来た。
元ヴェルガも相当頭を悩ませた模様。
関係者全員の記憶を消してしまったら、舟の増産も量産も不可になるから手を出せずに居た。
「不快だ。これ以上囀るな。毒で濡らした短剣を喰らいたいなら別だが?」
ABC「「「…」」」
「約束の反故との事だが、はて私は機会が有ればとは言ったが、時期に於いては未定と言い渡したはずだがね」
A「大狼討伐が本格化したらと!」
B「そうですとも」
C「確かにその時期と明言されておった」
言ってた気がするー。こいつ、余計な事を。
「言った様な覚えも在る。現段階で何隻だ?造船長」
「ハッ!完成が72隻。未完が8隻。未着手が約20であります」
早いわ。頑張るベクトルが斜め上。
ついこないだまで40台だったはずなのに。
「良かろう。好きなだけ持って行け。但し、兵団からは一切人員は出さない。元奴隷層を使うのも許さぬ。所属の私兵だけにしろ。貴様らも乗船するんだぞ。もしも一つでも違えたならば、二度と軍旗は掲げさせん」
前線に出なければならない恐怖感。返答は無言だった。
命令出来る立場って気持ちイイ。
万能感に全能感。
何でも出来る。何でも思い通り。
だからヴェルガは勘違いした。俺は間違えない。
無能は言った。全ては自分の選択次第だと。
だから。
-スキル【不遇】
並列スキル【不本意】発動が確認されました。-
「貴様らの望み通り。踊ってや」
徐ろに開かれる扉。
「会議中に失礼します!緊急案件です」
「何事だ」
取り乱す伝令兵は。
「飛空挺が、奪われました」
「何隻だ?」
「構築中の8。完成品が12」
20と言う数字。それが意味する物とは。
犯人はあいつしか居ない。
残念だが先生。俺はしぶとく生きてる。本体を失っても。
「くれてやれ。アルバ殿も、今は堪えてくれ」
「む、むーん。それでええだべか?」
「良いも悪いも無い。倉庫の全機に軍旗は掲げていない。宣戦布告に送った試作機は途中で墜ちた。無能にならこの意味が解るはずだ」
先生らしくない。詰めが甘過ぎるよ。
「聞いての通りだ。裏切り者が何処に隠れているか解らない。未着手の材料で残機の補強をしろ!堂々と正面切って乱入してやろう。最後の利を得るのは我らだ」
爺さん共にも命じた。
同席と私兵の帯同を。
反乱分子が巧妙に隠れていようと、同席を命じられれば必ずボロを出す。
率先して降りた者が関係者。
「ネフタル。ここの膿と蛆虫は全部連れて行ってやる。後は小物。好きなだけ暴れろ。シンシア。愚妹の手助けをして貰えないだろうか」
帝国の体制なんぞ、ぶっ壊しちまえ。
「兄様…」
「構いませんが。ご自身も出陣なされるお積りで?」
「当然だ。この期に及んで座に座れる者が居るとしたら、それこそ茶番だ。私も出る。世界が変わる転機への同席を臆する者は、我が帝国には不要。乗ろうが乗るまいが、等しく死が待つ物と思え。さぁ、臆病者(チキン野郎)共、返事は如何に」
アルバとシンシア以外の同席者が一斉に立ち、右手を高く掲げた。
「皇帝陛下!万歳!!」
これ以上の裏切り者は、今は居ないと信じてやろう。
「出兵の準備が整い次第出撃だ。アルバ殿、強盗団の動向を探り先布令を頼めないか」
「いいっぺよー」
二つ返事でした。助かりまっす。
解散となった後も、指示と手続きに時間を取られた。
それらも終わり掛けの頃に、ネフタルが執務室に訪ねて来た。近年には見られなかった行動に戸惑う。
「明日には出発ですね」
「これまで離れて暮らして来たのだ。寂しいなどとは言うまいな」
「意地の悪い…。そこは変わりなく、安心しました」
安心したようで、何処か寂しげな表情。
席を立ち、妹の前に立つ。胸の奥が熱い。
ヴェルガ…完全シスコン確定。
徐に強く抱き締めた。
「な、何を。兄様」驚くものの拒絶はされてない。
右頰に軽いキスを。小さな悲鳴が聞こえた。
「国は壊しても構わない。欲を言えば、帰れる家を用意しておいてくれると嬉しい。ネフタル、お前ならやれる。必ず成し遂げろ」
半身逃亡する積もりの人間が言えた台詞でもないが、これはヴェルガが吐き出せなかった偽りない本心。
ネフタルは太腿に仕込んだナイフから手を離し、兄の背に腕を回した。
突然兄は帰って来た。十数年前の優しかった頃の兄が突然に。
父の急死(肺病)に因って血族第一等の兄が、20代半ばで帝位を引き継いでから、優しき兄は居なくなった。
一回り以上歳の離れた兄に焦がれた時期も在る。
何もかも諦め、祖父の代から虐げられ続けていた低層の民の為、何年も掛け反政府勢力を水面下で組織した。
兄は全てを知った上で黙認していた。
兄様は、何処に向かわれていたのでもなく、始めからここに居てくれたのだ。
浅はかな私は、表面しか見えてはいなかった。
後少し、後数日遅れていれば。消去を受けない私は、反乱を起こし兄様をこの手で討っていただろう。
それすらも兄様は予想して。
本当に。本当に良かった。間に合ってくれて。気付けて良かった。
「お帰り為さい兄様。そして、ご武運を」
「気が早いぞ、ネフタル。お前も達者でな」
門藤が何処のルートを辿るのかは不明。
それに構わず俺たちは、黒竜の森を迂回する北方ルートに向かう。
奇術師は万能スキルだが、一度に操作出来る範囲にも限界が在り、オリジナル専門スキルには目劣りする。
20機が限界点だと思われる。未完を持って行った所を見ると、総合的な質量の問題が在ったのかも知れない。
何を焦ってる?こちとら微塵も焦る必要が無い。
こちらも体裁を保つ為に出撃はするが、別段間に合わなくても何ら気にしない。
先生…。前から思ってたけど。生徒を嘗め過ぎだぜ。
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障害となるダンジョンに踏み入った。
国の全許可は得ているので入場も滞り無く入れた。
それにしても。何て出鱈目な長剣か。
タッチーから補助具と一緒に譲り受けた剣。
切れ味、耐久性、扱い易さ。名だたる名刀とは全く異質な方向性。各色魔石も装着可能で力も付与出来る。
この様な代物を半端な新人が持てば、勘違いからの怠慢で早死にするだろう。
これをイニシアンに与えるのは早過ぎる。
私の得意とする得物は長短の槍。こちらはプルアの素養と適性を確認後に渡した。それを見てイニシアンがムスッとしたが我慢させた。
代わりに仕事として道中のマッピングを与えた。
冒険者の初歩。孤立しても生き抜ける技術を身に付けさせるのに専念させた。
片眼を失っていたラングには、アイグラスの魔道具。
ゼファーには魔術具一式と上等な杖。
エマには回復系一式。
ここまでで既に中流貴族の一財産が消し飛ばせる程の額面だ。異世界人の底が見えず恐ろしい。
「返さなくていいですよ。…返せないでしょ?」
ああ無理だ。ギルドの裏金を掻集めれば別だが。
出発前の打ち合わせで、ヒカジの裏切り行為の概要は聞いた。目立つ収穫は得られず落胆した。
結局ヒカジが何を狙い飛び出したのかは、解らず終い。
早々にルデイン支部の梃子入れ、町の治水事業、ラングの目標とやらの案件を片付け、王都に引き返す予定だとして会を締めた。
治水に関しては国の管轄であるし。深くまでは手出しも無用。引き継ぎを済ますだけだ。
ベルファタウロス。超Aランクの化物。
闘牛種の上位種。生息数自体は少なく、確認される場所もこんな地中奥深くは有り得ない。
配置が変わる程の変化があった。
「イーニー。ラングの後ろまで下がれ。弱点は角の真下。頭蓋が最も薄くなっている箇所。プルア、後に続け。ゼファとエマは援護に回れ」
ラングの役目を奪ってしまった形になったが、指示に従い良い動きを見せる仲間たち。
-スキル【飛雲】
並列スキル【跳躍】発動が確認されました。-
-スキル【希望】
並列スキル【開花】発動が確認されました。-
飛び上がるマクベスの後に続き飛び上がるプルア。
ゼファーとエマの風の援護を受け、更に上へと。
ラングは大盾を斜に構え、受け流す位置へ移動した。
「凄い…、これが冒険者…」
イニシアンが驚くのも無理はない。彼に取って見る物、体感する物は全てが初めてなのだから。
震える足を押し殺し、刮目して目に焼き付けた。
冒険者の戦いを。自分が目指すべき姿を。そう成りたいと口にした言葉が指す意味を。
風が小石を拾い、タウロスの視界を奪う。
太い首を振り減速。マクベスは膝立ちで、額の上を滑るように飛び乗った。
両対の角の間を抜け切る間際の横一閃。
開かれた角の根元に、プルアの槍が突き立った。
タウロスは吠えながら、死に物狂いで首を振り乱した。
首の上に乗った邪魔者を、落とそうと藻掻く。
勢いに押し出され、マクベスが岩壁に打ち付けられた。
だがプルアは槍にしがみ付き、振られながらも落ちなかった。
「兄さん!」
-スキル【夢幻】
並列スキル【幻覚】発動が確認されました。-
「後一押し、だってのに」
-スキル【真実】
並列スキル【弱点】発動が確認されました。-
プルアの身体が槍を軸に回り出す。そこへゼファーの風が追従。
「エマさん。兄さんの周りに風を集めて」
「ええ」
強烈な風を受けプルアの回転速度が増加。
-相乗効果に因り、シークレットスキル
【ロデオドライブ】発動が確認されました。-
加速した回転は、遂には楕円となり髄膜を削り通した。
対岸の首筋まで貫き通すまで、1秒足らず。
プルアが着地した所へタウロスの巨体が振って来た。
寸手でマクベスが拾い、大きく横へ飛び退いた。
「詰めが甘いぞ」
「すんません。め、目が回って…」
腹を割き魔石を回収。角と肉の一部を分割して各自のBOXに収めた。
「今日は豪華にステーキよ」
「ちょ、今は…。食べ物の話は、うっ…」
酔いが醒め切らないプルアは、エマの膝枕の上で薄く回復術を掛けて貰っていた。
「本当は回復してました、なんつったら後でぶん殴る」
「ほ、本当ですってば…」
「あら、無茶をした罰ですよ」
息巻くラングをマクベスが押し止め。
「私も肋骨が何本かやられた。後で頼む。膝枕はしなくて良いからな」
「マクベス殿…」
一部始終を見届けたイニシアンが歓喜した。
「皆さん凄いですね。あんな大物にも少しも怯まず、倒してしまうなんて」
「大抵の魔獣は出会った時に倒さなくてはならない。特に近距離で逃げ場が無い場合は。背を見せたら確実に死ぬからだ。先程の技は即興にしては中々見所の在る技だったが、他に敵が居た場合には致命的だ。相手が単独で倒し切れる場面でないと使えない」
「プルア兄が逃げ切れてなかったから?」
「痛いとこ突くなぁ」
「本当の事でしょ、兄さん」
「イーニーの指摘通りだ。今回のは参考程度に留めておけよ。私も8年以上の実戦空白を無視して突っ込んだ。全身の筋がバキバキだ。大人げない醜態を晒した。オーバエには内緒にな」
「はい!勉強になります!」
ルデインの町北部。ミルズダンジョンは踏破された。
ラング一行だけで数日を掛けて攻略途中だった事も重なり短期決戦となった。
新規スキル発動限界まで。後、残り1個。
-----
クイーズブラン領内、遙か上空。
堪えきれずに高らかに笑う者が一人。
後ろの影に潜む者が問う。
「何が可笑しいのですか?モンドウ様」
「これが笑わずに居られるか、ヒカジ」
ヒカジが単独で暴走した時はどうなる事かと思ったが。
あの死に損ないの梶田が一人で予定の半分も、無駄スキルで食い潰そうと時もそう。
転じてみれば、思い通りに運んだ。
後少し。残るは後、1つ。ラストは魔道書の中に在る。
「もう直ぐだ。我らの神が来たる時は」
この世界にはスキルが在る。他に等しく等級も。
上位の中には、禁域や神域に辿り着く物が幾つか存在する。狙うはその中の一つ。
ヒカジに再臨した【強奪】で掠め取る。その後は…。
遂に門藤は腹を抱えて笑った。
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主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
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31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
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戦う気なし。出世欲なし。
あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。
過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。
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「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
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ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
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女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
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