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第3章 大狼討伐戦

第53話 通信

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山脈の中腹に、聳え立つ魔城。
生命感を一切感じない風貌。刺々しい瘴気を垂れ流す城が挑め、と言わんばかりに構えていた。

本陣中央のオートが呟いた。
「胸焼けしそう…。ペペス、キョウヤ、どう見える」

ペペスはこの班のサブリーダーの男。最初の打ち合わせの時から居たスキンヘッドのあいつだ。
冒険者の男には短髪か完全スキンが多く居る。
大体が頭の手入れをするのが面倒だと口にする。割り切ってるな。自分は真似たくないが。

先に呼ばれたペペスを立てて、意見を待つ。
「軽めに魔術を打ち込んで、障壁や反射が無いかを確認してみればいいんじゃねぇか?」

「魔術が霧散したら、吸収されている可能性がある。効果が無さそうなら正攻法しか無いかもな」

「なんか、普通だなぁ」
求めるような答えではなかったらしい。

天パー髪をカリカリと掻きながら。
「よし!一旦下がって朝まで待とう。日の出と共に攻撃開始だ」

これまでの方針と逆の言葉。
「異論はねえが、いいのかい?」
ペペスの疑問は当然。ヴァンパイアでもここに居るのはデイウォーク。詰り日光に当たっても、多少弱体化するが死滅したりはしない種族。
余計な時間を掛ける意味は特に感じない。

「一つ。俺たちは露払い。一つ。掃討は国軍のお仕事。高火力の魔術は温存したい。人員も無駄に死なせられないと来れば?」

「少数精鋭に絞って潜入」
「中と外で連携を取り、奴らの弱点を探る」

「奴らには粗が見当たらない。日の光にも強く、魔術にも耐性を持ち、大蒜や銀武器が有効だとか鼻で笑える。誰が言い出したのか連れて来て欲しいよ。咬まれれば従属の餌食。倒し辛い、死に辛い、時間を与えれば元通り。上位種は頭吹き飛ばしても復活するって話だ。俺たちと同じく心臓を潰せば止めを刺せるらしいけど、それもどうだかなぁ」

「なんでえ、俺たちは囮か?」

「正解。俺たちゃ餌」

「ヴァンパイアロードを外まで誘き出すまでが、俺たちの使命なのか…」
体の良い人柱に成れってか。
所詮冒険者は使い捨て。反吐が出る。

如何にも軍国が考えそうな事だ。

「適度に突いて後ろと交代、が最善かな」

「だったら俺に一つ提案が有る」



翌朝。後続部隊も、興味津々でこちらを伺っている。

「ホントに、やっていいんだよね?」
不安そうなユーコが何度も確認して来た。
「ああ、後ろは気にせずやってくれ」

湾曲させた半透明の障壁を幾つも上空に展開。

-スキル【絶対領域】
 単独シークレットスキル【デス・アレイ】
 発動が確認されました。-

簡単な戦術。戦術ですらない。
武力でもない。魔術でも魔法でもない。
これは小学生レベルの科学。

たった今やろうとしているのは、虫眼鏡で日光を集約させるアレだ。

展開した全ての障壁の確度を調整。
日が高く成れば成る程、光線は強く束になって一点に収束される。照準は魔城の中心部。

「面白そうだ。加勢するか?」
ペペスが補助を申告してくれた。

「補助程度で頼む。手の内を公開するのも癪だしな」
「その程度…、誰にだ?」

「勿論。フェンリルと、後ろの軍部だ」
「まぁ、それもそうか」

-スキル【特色】
 並列スキル【総体向上】発動が確認されました。-

一人額に汗を滲ませる祐子の身体が淡い光に包まれた。
「助かります。ペペスさん」
「おうよ」

ペペスは只のハゲじゃない。
彼が持つ特色スキルは、近場の人間の全ステを数段持ち上げる万能スキル。魔力消費が少なく、効果は絶大。

彼が居るだけで補助系の魔術が一切不要。
上げ幅は相手の素養で決まる。

当然対象人数も制限付き。一人に絞れば効果も凝縮。

「この手は思い付かなかったわぁ。言いたくないけど」
「だったら言うな」
オートの呟きを遮った。これは卑怯だとでも言いたげな表情を浮かべていたからだ。


照射軸中心部は恐らく数千度。
容易く防御壁を貫かれた魔城の外壁が溶け始めた。

ぐつぐつとドロドロに溶け落ちる。

どれだけ熱に耐性が高かろうと、再生も追い付かない灼熱地獄。今、あのポイントは正に地獄絵図。

響く断末魔。出て来ない、避けもしない方が悪いと思う。

無数の蝙蝠が飛び出て光線を遮ろうと束になっても追い付かない。無情に、不条理に燃え落ちる。

今回残念なのは、上位種の魔石まで溶けてしまう点。
苦労はユーコ一人に背負わせているが、人間の損失は皆無だ。

「限界手前で消せよ。無理をしてまで続けるような状況でもないしな」
「解ってる。でも、まだやれる」

太陽は昇る。光線の温度も急上昇。
遂には1km程度離れたここまで熱が伝わってきた。
推定1万度超え。

崩壊した魔城の中から何かが顔を出した。

ヴァンパイアロード。元ランクS。
風貌だけなら人間に近い。秘めたる能力は未知数。
しかしそれは全て、過去のお話。


鏡野と祐子の活躍に因り、吸血鬼ルートは無傷で陥落。

結果。照射術解除後は、熱が冷め切るまでに数日掛かり、中央部隊は停滞を余儀なくされた。

俺は嘗めていた。それは認める。
事は、行軍を再開した直後に起こった。

エンパイア。ランクは未定。
勝利を誤信した者に訪れる災厄の巨人。

「妙だ。簡単過ぎる」
俺は、オートのその呟きを聞くべきだった。

異変が起きたのは、次の一歩を踏み出した瞬間。




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後悔。私は後悔していた。油断と言ってもいい。

侍女から仲間。仲間から恋仲。妻の一人へと。

故郷から遠く離れ、過去の柵みからも離れ。
私は油断していた。

一番に欲しくなかったスキルが、自分に来た。

血族として、同じ血統として。近い場所に居たのは実際そうだとは思う。それが、世代を超えた。

グロアードは曾祖父に当たる人。
冷静になると見えて来る。祖父も両親もこの世には居ないのだから、これはある意味順当とも言えた。


愛する夫は、魔の姫君の持て成しで手一杯。
大切な相方は隣のベッドで静かに眠っている。

誰にも相談出来ない。悔しさが胸を突き上げた。
私は、生きていてはいけない。そればかり。

離脱、逃亡。そんな言葉が頭の中を這い回る。

ジェシカは自分のステータスが描かれた登録証を握り絞め涙を拭った。

不意に隣のキュリオの口が開いた。
「逃げる。戦う。放棄する。何を選ぶのも自由」

「キュリオ…?」
度々聞こえる寝言とは明らかに違う口調。

「同じ自由なら、最も簡単な方法が在るだろ。少なくとも俺ならそうするぞ。真に愛する者が、傍に居るのならな」

「キュリオ?私は…」

一つ寝返りを打ってからは特別な反応は消えた。
今のは何だったのか。

夢の中での出来事だったのか。しかし、手元のカードは依然として現実を突き付けていた。

夢じゃない。

一人では眠れそうにない。私はキュリオのベッドに潜り込んだ。何故かそうするべきだと思い立ち。
「ん、うーん。ジェシカ?どうしたのぉ」

「良かった。今夜は、共に寝て頂けませんか?」

「いいけど…。今のは嫌だな。他人行儀」
身に染み付いた堅苦しい言い回しを指摘された。

「一緒に寝て下さい」
「よっし。寝よう」

同じベッドに潜り、招かれるままキュリオの胸に飛び込んだ。同じ石鹸を使っているのに、どうしてこうも母性を感じてしまうのだろう。

柔らかい胸と香りと温もり。沈むような安心感。

「泣かない泣かない。悩みが有るなら全部吐いちゃえ。旦那を頼らなくて、何が妻よ。私でもいいし…」
泣いていたのがバレていた。驚き見上げると、キュリオは私の身体を抱き締めながら既に寝ていた。抱き枕?

今夜だけはそれもいい。今夜だけは甘えよう。
目を閉じると、嘘のように眠りに落ちた。



「えー。マジっすか」
隣室で眠っていた旦那様とルドラの2人と顔を合せた朝食時に、ルドラにナイフとホークの使い方を二人羽織でレクチャーに励む旦那様。

思い切って3人に目下の悩みを聞いて貰った。

隠していた過去も含め。
「マジ、です」

「えーっと。ちょっと考えるから待って。はい、あーん」
「あー、む」
分厚いベーコンの切れ端を頬張るルドラ。
「いいなぁ。私もやって欲しい」
欲望に真っ直ぐなキュリオ。

私の悩みっていったい。


「ジェシカは、曾爺さんが亡くなった事に付いては何か思う所は?」
「特に何も」

「強奪ってさ。回数制限とかない?」
「確か、3回だったかと」回数に関しては不正確。
個人の素養が関係するなら尚のこと。期待半分。

「ずっと持ってても。スキルを消す方法が解らないから、その内ミルフィネの人たちが押し寄せて来るよね。だから寄り付くの避けてたの?」
「そう、ですね」

「火の粉は払えば良い。潰してしまえば良いのじゃ」
「物騒な事言わない。はい、あーん」
「あむ。むむ」
咀嚼を促しルドラの口を封じた。隣からキュリオは微笑みながらルドラの頭を優しく撫でた。

「例えば、低級スキルとか。同じスキルを持つ相手から奪って使い切るのはどう?」
「…」考えもしなかった。その様な単純な方法は。

使い切ればいい。同じスキルで何度でも。
陽炎に反せず、同系列なら補強も出来るのでは。
故郷の者に悟られる前に、効果を失ってしまえば。

そう都合の良いスキルが在ればの話だが。
淡い希望が見えた気がした。

「帝都では複数人で使える捕縛スキルとか在ったし。与えられたからって、必ずしも使わなくてもいいんだし」
「はい…」



抱えていた問題の答えは直ぐに出た。

塩害で被毒状態に陥っていた風狼たち。弱体化した狼は手懐けられた犬と同じ。

背後に回り、触れるだけなら雑作も無かった。

-スキル【強奪】に因り【遠吠え】獲得しました。-

その作業を数体に繰り返す。

-スキル【遠吠え】は【共鳴】へと進化しました。-
-スキル【共鳴】は【ハウリング】へと進化しました。
 規定回数に達した為【強奪】は消滅しました。-

「どうだった?」

撤退しつつカードを確認した。

消えている。強奪は消え、代わりに見慣れぬハウリングと言うスキルが発現していた。

「面白いぞ、ジェシカ。魔族系統のスキルなら、妾が居れば効果も高まる」

旦那様の背に負ぶさるルドラに褒められた。
嫌な気はしない。

-スキル【解放】と【ハウリング】の相乗効果に因り
 サテライトスキル【通信衛星】発動されました。-

半ば耳栓と化していたインカムが繋がり出した。

「え?何コレ」最初に驚いたのは鷲尾。
「お、おぉ。みんな!インカム着けて」続いたのは山査子。
「す、素晴らしい」カルバンも堪らず声を上げた。

「きゅ、急に」桐生も驚き。
「ほうほう」アーチェの声も聞こえた。
「スマホ再現したみたい」鴉州は喜び。
「何か、恥ずかしいね」岸川は照れた。
「気を付けて。門藤に傍受されてないとも限らない」
城島が警告を飛ばした。

「聞かれて不味い事言わなきゃいんだろ」來須磨が応答。
「それもそうだね」無能がそれに答えた。
「念話の代わりなのじゃ」ルドラも喜んだ。
「離れててもお話出来るんだね」キュリオに対し。
「私語は慎んでキューちゃん」メイリダが苦言を呈した。
「これで伝達も容易になるわね」リンジーも素直に。

「みんな、ごめん…」祐子の声が震えていた。
「すまん。中央は、失敗した」峰岸が苦しそうに言った。

「今直ぐ加勢に」ジェシカが答える前に。
「さてと。後衛の出番だぞ」
「う、うん」
アーチェに促され、桐生が動き出した。

「待て!あいつは、魔術を全て吸収する。恐らく魔法も。魔術班は前に出るな」
「私たちなら問題ない。そうだろナイゾウ」
「お、おう」

西部ルートは国軍に任せ、イオラたちに乗り、飛べる人員だけで空へ飛び上がった。

-これ以上は、無理-
「無理しなくていい…よ」

無能だけでなく、空へ飛んだ全ての者が言葉を失った。

広がる光景。高度にして三千m。
遠く離れた中央ルートの中腹に立つ赤黒い巨人。
離れていて高い位置から見下ろしているのに、小さいとは思えない大きさ。

更にその向こう側。
東部ルートに差し掛かる山の一角が、蠢いていた。
一角じゃない。あれは、山岳が丸ごと動いている。

自然な地殻変動とは違う。明確な意志を持って。地響きも一切立てずに。

「避けるのじゃ!」ルドラが無能の頭を叩いた。

東に目を奪われていた隙に、中央の巨人から熱線が無能たちに向けて放たれた。
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