生まれ変わっても無能は無能 ~ハードモード~

大味貞世氏

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第3章 大狼討伐戦

第60話 不意の事故

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センゼリカ王都。今宵、流れるままに燃ゆる都。

配備された改良型バリスタは4基。
その射程の更に上空。見えた機影は麦粒。
夜の闇に紛れ、内部まで入り込まれる寸前。

粒は斥差で捉えられた。
「撃てい!当たらずとも、牽制にはなる。資材半数まで撃ち放て」

威力、速さ、連続性、飛距離。性能は旧型とは比べ物にはならない。

タッチーと言う異世界の少年は、果たして何処まで予測しこれを我らに寄越したのだろう。

マクベスが居れば。それは適わぬ願いだ。
彼は先んじて東へと向かった。
飛翔スキル。飛行に類する手段を持つ者が今、王都には居なかった。

少年からの忠告が無ければ、上空など見てもいなかった。
感謝しよう。

ヒオシ。娘を頼む。

-スキル【万象】
 並列スキル【迂曲】発動が確認されました。-

太い鏃が飛んで行く。
防衛に張った風の壁を突き破り。
高みを冒す方舟を。

たった1本操るだけでも、全身が痛む。
振り上げた拳からは既に血が滴り落ちていた。

クイーズブラン王国。王国騎士団長の任に就いて十年以上。後人が上手く育たず、引退は出来なかった。

悔やむのは…。いやそれは止めよう。
あの子は人並の幸せを掴んだのだ。

これ以上は親の勝手。名乗りもしていない親をどうして父と呼べようか。

「ペンダー様!」
近くの兵士が叫んだ。

私も歳だ。齢五十を越えればガタも来る。
命。命を賭けるなら今正に。

片膝が落ち掛けた。奥歯を砕かんと噛み堪える。
「狼狽えるな!命は何れ尽き果てる。穿て。魂を込めろ」

隣接から放たれた鏃に術を加えた。
更に加速する一矢。私は報いなければならない。

国に。家族に。ロンジーとリンジーに。

面白いではないか。最後に戦う者たちが、闇に組する者たちだとは。

これは聖戦。

-スキル【万象】
 並列スキル【迂曲】【散弾】同時発動されました。-

一矢から二矢。二矢から三矢。
遙か上空で変貌を遂げる鏃。

膝が笑う。視界が霞む。
色濃い闇が、視界を遮り狭めた。

ペンダーの心根が止まったのが早いか。
方舟の壊滅が先だったのか。

彼の膝が地に着く前に。
夜空を焦す火花を見る事は適わず。

血に塗れた歯を見せ、口端を釣上げ、満足そうな表情を浮べてペンダーは逝った。


-スキル【森羅】
 ブラッディスキル【万象】を継承しました。
 これに伴い、最上位スキル【森羅】は、
 【森羅万象】へと進化しました。-




-----

出遅れた。かなり超絶出遅れた。
妹の真っ白なお目目が眩しい。寧ろ痛ぇ。
「…兄様は何時になったら、出立されるのですか?」
こっちが聞きたいわ!

装飾に割かれた時間が丸で無駄。

東の加勢に向かう手筈だったのに。
本気で無駄な足止めを喰らった。

-スキル【不遇】
 並列スキル【遅延】発動されていました。-

何だか最近運が悪い。強奪持ちのあの爺さんが間違えて消去を持って行った頃からな気がする。

ここまで来ると、気の所為では済まされない。

いっそ出てくの止めよかなぁ…。
「皇帝陛下!舟の準備が整いました」

急激に流れが変化したのを感じた。…んだと…。

もしや望みとは反対方向に進むのか?
だとしたら。
「行くの止めようかなぁ」
「全機準備万端です。巨大狼程度、空から一網打尽に屠りましょう」

成程ねぇ。意志に反するか。

「行きたくないなぁ」
不本意を口にしながら、渡し板に足を掛けた。

気怠そうに舵に手を掛け、拡声器を取った。
「予定の全機。発進(待機)せよ!」

ドッグ口が開いた。
整備済の三十隻。本営機が先頭に。
残りを引き連れ、飛び立った。

「勝利(敗北)は我らに!愛しい妹よ、後は任せた」
面倒くせえ!一々反意を念じなければ成らないなんて。

いっそ無口を貫くか。
「ヴェルガ陛下。ご指示を」無理やね。

「全艦、全速前進(のんびり)在るのみ。一路、大山脈エイラー。ベンジャムの真上を圧し通る。途中塞がる同種の機影は全て敵と見なせ。(適度に)殲滅艦隊戦へと移行する。命を捧げ(大切に)よ」


高く高く飛び立つ飛空挺を歓喜で見送る人々。
その中に、蠢くのは反意の塊。
反政府組織、ネフタリヤの人員。
斯くして反乱は成就する。

「兄様の許可は下りている。臆するな。元老院、貴族院の老害を叩き潰せ!」
ネフタルの号声が冷たく木霊した。

それは、ヴェルガ(藤原)の意志の範囲を外れたからかも知れない。
大きな歴史の変化点に気付けた者は誰一人居なかった。




-----

三人の娘たちは良くやった。
それぞれ重傷ではあるが、命に別状は無い様だ。

死神の呪いは消えたのだろうか。
過信は禁物だが、これはあの少年たちが流れを変えてくれたからに違いない。

舟は三隻共に破壊し尽くした。
敵の残存も残り僅か。この程度なら後は軍兵に任せ、村へと帰還するのが最善と思える。

「回復は自分たちで出来るか?」

「ご心配には及びません。自力で町へと戻ります」
「疲れましたが大丈夫です」
「し、死ぬかと思った…」
見るからに満身創痍なのだが。ここは気丈なる振舞いを称えよう。

「ゴルザ様。剣を」

「それはもうお前の物だ。代わりにこれを貰い受ける」
馴染みの長剣の鞘当てを手渡した。

大剣を貰ったはいいが、収める為の鞘入れが無い。

しばし逡巡していると。
「これを」

エストマがBOXから取り出したのは、大剣用の鞘の上部部分。後の2人もそれぞれ中段と下段を出して寄越した。

組み上げ式の鞘。この様な技巧が在るとはな。

大剣も鞘も異常な軽さ。白銀の大盾の裏側に斜めで取り付け背負った。違和感を丸で感じなかった。


我が身と同時に呪いを受けた長剣と三人娘に別れを告げ、軍馬に跨がった。

村までの帰路の途上。思わぬ一群と出会した。
「ゴルザ殿!」
村の警護を任せておいた当人がだ。

「エムール…。ここで何をしている」

「いえ、村は何事も無い。娘殿との交際の許可を得ようと一刻も早く挨拶にと」

こいつは、一体全体何をほざいているのだ。
戦時に何を根拠に何事も起きないと。これだから王族は信用出来ない。

今現在ターニャは全く関係が無い。

怒りと殺意が湧いたが、三兄弟の長兄である皇太子まで屠っては暴妃との戦争が起きてしまう。
期待した私が愚かだったのだと諦める事にした。

「今直ぐ村に戻る。その話はこの大狼との戦況が落着いてからだ」

しかしターニャとの交際だと?申し込むのは自由だが、我が子が受け入れるとは思えない。

父としての怒りが再び湧いたが自重した。

それより何より。少年から預かった書物を村に置いたままなのが気になる。

あれの重要性は誰にも言っていなかった。
責めてこの者には伝えるべきだったかも知れない。

BOXからの強奪を懸念した上で、村のある人物に手渡した。中身を知らねば気取られる心配は少ないと踏んだのだが。

中身を読んでも単なる初級の魔道書。真の意を理解していなければ読み解けはしない。当然私も。

エムールを連れ、村へと急いだ。




-----

サイカル村の村長、トルルバの自宅にて。

ゴルザが居ないこの好機。
本を渡せる者が居るとしたら、村の住人の誰かだ。

誰も居なければ本人が持っている可能性が高くなる。

気配を探る。勿論魔道書の。
村の住人が数十人に対し、国軍兵士が百を越えている。
様子からしても、書の所在は確度が高い。
脅威と成りそうな者は見当たらなかった。

ゴルザの眼を欺く為に時間を浪費し朝になってしまった。



鼻歌交じりに朝食作り。
フィーネはご機嫌でトルルバとの朝食を作っていた。

鍋で湯を沸かし、一旦分厚い鍋敷きに置いた。
鍋敷きにしては厚く大きく重宝した。
ゴルザに言われた通りに使っている。

採れ立ての野菜や果物をナイフで刻んだ。
タッチーとヒオシは元気にしているだろうか。
ナイフを握る度に思い返していた。

鼻歌と思い出と料理で忙しく、背後に迫る人の気配には一切気付いていなかった。

フィーネはナイフを手にしたまま、野菜を鍋に投入しようと不意に身体を反転させた。


サクッ。柔らかい肉でも切った様な感覚。
「なっ…」驚いた拍子に更に深く突き入れた所でナイフを手放した。

「ぐわっ」
倒れ込んだトルルバではない人。脇腹から夥しい量の血を流していた。

見た事もない知らない人。

「だ、大丈夫ですか?」
驚きと恐怖で錯乱。倒れた者に手を伸ばそうとした際に熱湯入りの鍋の取っ手に手が当たり、中の湯を不審人物の上から打ち撒いて掛けてしまった。

「ぎゃー!!」

「ご、ごめんなさい!あーどうしましょう。い、今綺麗な手拭いを持って…」

狼狽え目を離した間に、男の姿は血痕とナイフを床に残して消えてしまった。

初めての感触と所業に怯え、手の震えが止まらない。


「どうした!?」

異様な様子に飛び起きたトルルバが、台所で腰を落とし震えるフィーネに掛け寄った。

「私にも、何が何だか。気付いたら、隣に男の人が居て、ナイフで刺してしまいました」

震えながらも答えるフィーネの前には、転がった鍋とナイフと血溜りを湯で流した様な跡が在り、ゆらゆらと湯気が立っていた。

「怪我は?火傷は?」

「わ、私は大丈夫です。私は…」
確かに見た目に異常は無さそうだ。

「知らぬ者だったのか?」
「はい…。全く見た事がない人でした」

「落着くまで休んでいなさい。今日の炊き出しの当番は誰かに代わって貰うとしよう」

「はい…」

「朝食はお隣さんにでも頼む。気が晴れたなら共に食べに行こう」

「ありがとうございます。そうさせて貰います」

無理矢理立たせ、フィーネの自室に送った。

台所に戻り、痛む腰を叩き直しながら眺めた。
皿に移す前の果物を手に取り口へ運んだ。

生臭い血の臭いが鼻に付く。

何かが足りない。
見渡しても、台所はフィーネに任せ切りだったのでそれが何なのかは解らなかった。

トルルバはゆっくりと首を鳴らして考えたが、暫くすると諦め簡単に片付けを施し、隣家へと向かった。


知らぬが仏や神為れど。
彼らは失った物の大きさを知らず。
今日も変わらぬ日常を過ごした。
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