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第3章 大狼討伐戦
第59話 消えない思い出
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光は物質か。科学的な難題。
熱には質量が存在するのか。盲目的な難問。
問うても答えは出ない。だから僕は叫ぶ。
「移譲!」
全身が燃えていた。文字通り高熱に焼かれて。
極太の光線は、押し出したBOXの端を通り抜け再沸騰。
圧し捻じ曲げられた光が、北の山脈の幾つかを抉った。
エンパイアは即座に気付いた。それでも吐き出された物は元には戻せない。ザマァ。
巨人は排出を中断。無理な中止が崩壊を招いた。
過ぎたる力に躯が堪えられなかった。
崩壊と焼失。断末魔を上げる事も無くドロドロの溶岩と成りその場で垂れた。
仲間や配下、城まで取り込んだ挙句。エンパイアは自壊の道を選んだ。
意識を失い、溶岩の溜りに落ち掛けた無能の身体をキュリオとジェシカが寸手で掴み取り、溜りから離れた。
「北の山が動いている!無能を回復後、一旦退こう」
峰岸の指示の前には既に、妻の2人が最大の回復術を施していた。
「リンジー。操れそう?」
「いや無理。規模が桁違いだ」
蠢く山の裾野。草木や岩場。小動物までもが土砂崩れに巻き込まれ沈んで行った。
動いている部分だけでも、遙か東まで続いていた。
余りの距離に地震で震えているのかと錯覚してしまう。
土煙と地鳴りの規模の割に震動が伝わって来ず、余計に勘違いを助長した。
「命を賭してまで、戦わねば成らぬ相手だったの…」
3人の傍らでルドラが呟いた。
その抑揚の無い感情は誰にも解らなかった。
当の本人さえも。
「意識が戻らない」キュリオが苦しそうに術を掛け続けた。
「落着いて。息はしっかりしてる。気絶してるだけ」
ジェシカに窘められ、漸く術を解いた。
「感想は後だ。俺は引き続き山の動きをここで見張る。無能は後方医療班に任せるんだ」
そう伝え終わると羽根を広げて飛んだ。
「無茶しやがって。格好悪いぜ、タッチー」
ヒオシが全身ケロイド状態のタッチーを背負い、峰岸だけを残して一気に離脱した。
峰岸は深追いはしなかった。
高く飛び上がると、無数の大木と大岩が飛んで来た。
山の向こう側をひた隠す様な行動。
フェンリルは必ずあの山の向こう側に居るに違いない。
好奇心より恐怖感が優る。
飛来物を叩いて落とし、燃え盛る溶岩溜りを序でに冷ました。木々が燃え黒煙が充満。所々でプラズマ現象も見え出した。長居は出来ない。したいとも思わないが。
偵察は冒険者の仕事。
何よりも無能をリタイアさせる切っ掛けを作ってしまった責も有る。
突然片側の羽根が動かなくなった。
気負い過ぎたか?いや、これは違う。
体感魔力には余裕を感じた。多少長く飛んだ位で枯れてしまう訳がない。
何かの妨害意志。こんな芸当が出来る存在。
フェンリル。その力は遠く離れたこの距離でも。
バランスを崩し、吹き上がった黒煙の只中へと落下した。
飛び込む寸前。
制御を失った身体が、細い腕に絡め取られ煙の外側へ押し出された。
「ミストか」
「遅れたね。こんな場所で死なれても困る。ユーコとてさぞ怒るだろう」
「助かった」
「持ちつ持たれつ。まだまだ働いて貰わねばな。子種すら貰い受けてはおらんと言うのに」
笑っていいのか、幾分悩む。
「大狼に捕われる前に離脱しよう」
「私なら問題無い。既にルドラ様の傘下に入った。上位存在が滅しない限り、誰の影響も受けない。夫や輩のお願い以外はな。感謝なさい」
「…有り難う」素直に喜べない自分が居た。
ミストに連れられ、山から離れた。
-----
監視台から千里眼を発動した城島が震えた。
「一難去ってまた一難てか…。あれはヤバいっしょ」
「山の全容は掴めませんか?」問い合わせは勿論ジョルディちゃん。伊達眼鏡が色っぽい。
「あんまし深読みすると、フェンリルに捕捉されるからさ。大体の大きさは解ったよ」
解った所でって話だけど。
「感心しました。今回は逃げないのですね」笑顔皆無で辛辣ぅ。萌えるわ。
「今更何処に?」笑って答えてあげた。
実際問題。今更逃げてもぼっちに逆戻り。
一人になったら、また門藤に狙われる危険が高まる。
とても面白くないわぁ。
クラスの生き残りも、この場所に集合してるんだしね。
後衛に居ながら逃げ出す意味が理解不能。
全身に重度の火傷を負った無能を受け入れた時は冷や汗が出た。
つい数時間前まで笑いながら言葉を交わしていた人が、こうもあっさり死にかける。
戦争だから仕方ない?誰も好きで参加してないのに。
-スキル【天配】
並列スキル【塞配】発動が確認されました。-
試しに拡大を続ける山の端を塞き止めてみた。
ほんの一瞬で飲み込まれた。
弱いなぁ。時間稼ぎにもなりゃしない。
一人では手が足りない。リンジーさんを加えても無理だ。
最低でも後一人。同等の力を持つ人が。
候補として浮かぶのは、岸川さん。少し性格に難がある。
あの子は優し過ぎる。
高確率で東の人員が巻き込まれている状況では、本領を発揮してくれるか不安が残る。
あの山を潰せても。潰した瞬間に後ろから、てね。
「どうかな。止まりそう?あれ」
オートが隣まで来て聞いてきた。
「さぁね。あそこのマグマ溜りは越えられないみたいだよ。冷めちゃったら知らんけどさ」
「暫く様子を見て、拡大が再開したら、こちらは後退を始めた方が良さそうですね」ジョルディが見解を述べた。
みんなが薄々と感じてのを言葉にしてくれた。
「強引に押せる相手でもなさそうだしね。魔物でも魔獣でもない大自然と戦う事になろうとは…」
普段の冗談交じりには言わない。
きっと誰しもこの状況は予想してなかったんだと思う。
「タッチーの具合も気になります。私たちは一旦後ろに戻ります」
「そうしてよ。どうせ前に居たってやる事ないしさ」
オートが苦手なのか、彼の前では余り話をしないジョルディに連れられ、後衛部隊まで戻る途中。
「ジョルディって、オートっち苦手でしょ?」
「苦手と言いますか…。何故か、危ういなと」
「危うい?」
「少し探った程度ですが、居ないのです」
「居ないって誰が」
「オートさんが時折口にする、婚約者の方がです」
「あ…」
言われてみれば。
冒険者なら。何時何処で死んでいても不思議じゃない。
「既に亡くなってたりしたら、心の傷は突っ込んでは聞けないでしょ。今現在も乗り越えようとしてるかもしんないしさ。意外に前線部隊じゃなく後ろに置いてるかも」
「だとするなら良いのですが。一時期酷かった頃の、リンジーお姉様と似通う所も在ると感じまして」
「自暴自棄って奴?」
あの冷静さが、何処から現われる物なのかは少し気にはなってた。
友達でもないのに、プライベート面の質問は御法度。
女の子同士ならアリでも、男同士だとどうしても切り込んじゃいけない気がする。
後衛部隊のテント群まで戻ってきた。
出始めは分散した異世界組が、結局集結。
口にはしないが、みんな無能が心配なのだ。
自分には無く、無能君に有る物の差って何だろ。
僕が怪我しても…。ま、まあ人それぞれ。
彼女なんて要らないと豪語したのは自分だし。
「ジョルディはさ。…僕が死にそうになったら、泣いてくれたりする?」
「泣く?泣いて欲しいのですか?この私が居る目前で、恋人は元世で探す!と堂々と宣言された人が?」
「…」サーセン。調子に乗りました。
心で全力土下座っす。
「冗談です。お会い出来ない家族が心配なのは理解しています。でも死にかけ程度では泣けません。悲しみの涙は死者に対して捧げる物と考えます」クールっす。
死んだら一応は泣いてくれるんだ。
それだけでも有り難い。それだけでも、僕が戦う理由にもなるのかな。
今ここでジョルディに告白したら。
フラれるのは当然。逆にOKされた時が困る。何せ率先して帰ろうとしているのだから。
一時の感情だけで、打つけたら一番傷付くのは彼女だ。
帰還の道が全て無くなったら…。
その時までフリーで居て欲しいな。
もうグチャグチャだ。少なくとも告白は今じゃないな。
医療班の区画。
医療班長のチェイダさんを筆頭に、専門の人員が配備されていた。
設備面では移動用に制限されるので、高度な医療は望めない。それでも初期に比べれば雲泥の差。
僕らがマルゼに到着直後は、正直ボロボロだった。
非常に簡潔に述べると。
切った?舐めとけ。折った?整えて固定して寝とけ。
傷口が腐った?焼いちゃえばOK。
腹が痛い?大量に水飲んで全部出せ。
頭が痛い?ハンマーでぶっ叩いてみるか。
いやー。ズブ素人でも、こりゃあかんわと思うレベル。
稀少な回復の魔道具を適用されるのは上層。
末端なんてそんな扱い。酷いもんだった。
岸川、鴉州が点滴やら水回りを整え。無能、來須磨が道具を揃えた。4人の功績はとっても大きい。
無能君が運び込まれたと言うテントを覗いた。
「あれ?」
「あら?」
意外に元気そうな無能を見て、似たような声を上げた。
大型テントに1人だけ。個室対応とはVIPだねぇ。
全身ケロイドだったのも消え、髪の毛も元通り。寝顔は血色が良く、寝息も落着いてた。
2人の嫁さんも落着いてるから心配ないみたい。
「一瞬意識戻ってさ。竜血一瓶一気飲みしてやんの。自分で大切に飲めって言った癖によ」
來須磨が笑ってる。それなら本当に大丈夫そう。
テント内には峰岸夫妻が居ない代わりに、班長のチェイダさんが居た。
峰岸夫妻は別テント。主にユウコ殿が休養中。
冒険者隊の中核人物の無能。対応も班長自ら取り仕切ってるらしい。
「判断ミスは連戦の疲れも祟ったのでしょう。自然に起き上がれるまで完全静養。超常の秘薬を持っている事と、若さで乗り切れるとでも考えたのか。蓄積疲労を軽視し過ぎです」
チェイダさんが痛くご不満の様です。
医者からすれば、秘薬も回復術も自己の回復能力を妨げる物だとする思想から来る意見だ。
専門外なので誰も口を挟めない。
ふと浮かんだ疑問を打つけてみた。
「チェイダさんは、誰か想い人は居るの?」
「居ますよ、普通に。貴方は今の上官なので答えますが。私的な質問は避けて欲しいですね」
食い付いたのは鴉州と岸川。
「え?居たんだ」
「誰?誰?教えて」
「そうですか。誰も知らない所を見ると、彼からは何も聞いてないのですね」
「勿体振らずに」
「勿体振っている訳ではありません。皆様は信用出来ると信じて答えます。冒険者隊総隊長のオートです」
「「…」」僕とジョルディだけ顔を見合わせる。
「昔から戦闘能力は並以下。前線を仕切る彼の隣には組めず、こうして医療班に従事しています。彼が多くを語らないのは、私が狙われる危険性を配慮してだと思います。それが私には不満の種ですが」
堂々と公表出来ない辛さ。
両方の気持ちは理解した。隣に居られない苦しさも。
「ごめん。余計な事聞いちゃった」
「いいえ。幾分気持ちが楽になりました」
最後に無能の体温を確認して頷いた。
横から離れない2人の肩に手を置き。
「このまま体温が下がれば問題無いでしょう。2日経っても下がらなければ解熱剤を投与します」
他のテントに向かうチェイダを見送った。
鴉州、岸川もその後を付いて行った。
少し間を置いて、夫妻とルドラ以外はテントを出た。
「女の勘も、たまには外れるもんだねぇ」
「言わないで下さい。危ういと感じたのは本当です」
「自殺願望までは邪推としても、どっかで負傷すればチェイダさんに診て貰えるとかは考えてそだね」
「如何にも殿方が考えそうな事です」
全く以て。
オートに対する見方が変わった。良い方向に。
僕らもそれぞれのテントへと向かって解散した。
翌朝。…になる前の深夜。
遠方で響く爆音。これが日常だから普通に寝られるように成った。人間慣れっす。
敵は何も北側だけと限らない。
中級の魔物は常に横沸き。大きく三分割している部隊では全域に結界を張るのは難しい。
その対応は主に国軍の仕事。
マルゼから先は、魔物の領域。何が襲って来ても不思議じゃないさ。
休める時に休むべし。
ジョルディが隣の簡易寝袋で眠る事にも慣れた。
最初はドキドキ期待感で心臓飛び出るかと思ってました。
でも特別な事は当然無いまま。
だってチキンだし。何より僕より断然強いし。手なんて出せる訳ねぇです。
彼女が数日間西ルートに行ってる間は、逆に落ち着かなかった。
何処かで怪我してないか。
異常な魔獣に遭遇してないか。
弱い自分が何を心配してんだか。
もう気付いた。ボッチでおバカな僕でも気付いちゃった。
遠征を始めた頃には、僕の心は完全に落ちてた。恋に。
同時に勘違いしちゃいけない。
彼女はただ僕を監視してるだけ。任務であり仕事。
何かあると直ぐに逃げ出すチキン野郎の監視役。
それ以上でも、それ以下でもない。
変な期待をするだけ無駄なのさ。
「まだ、起きてますか?」
「寝てない。こうして寝るのも久々だしね」
「緊張しますか?」
「いやぁ、緊張しない方がどうかしてる」
同じ部屋、テントでも。家族で川の字で寝るのとは全然違う。三日で飽きない位、美人さんだもん。
「こう見えて、私も緊張しているのですよ」
「…意外っす」
平気なんだと思ってた。
寝袋に入る前、武装を解除して肌着になるのも堂々としてた。一応背中向けてたけど。
ひょっとしたら顔を隠してたのかな。なんて。
「私の母も、幼い頃に病気で亡くなったと聞いています。今では殆ど顔も思い出せません」
「…」母ちゃん。
「聞いていたはずの声も。優しさも温もりも。時と共に消えてしまう。人の記憶とはどうしてこうも、大切な記憶を失えるのでしょう」
今夜は何だか哲学的だなぁ。
「前を向く為、とか」くっさいわぁ。
「だと良いですね。ガモウも私も何れ道を分ける。どれ程忘れまいと願っても、時が過ぎれば忘れてしまう」
「…」それは先の話だ。
胸が苦しい。心が抉られるってこの事か。
「戻って来るまでの数日間。何時もガモウの事ばかり考えていました」
「…僕も、同じ。君の事ばっか考えてた」
ジョルディが袋の端を開いて半身を起こした。
「感情など後にして、思い出を作りませんか?簡単には忘れられない思い出を」
その言葉を聞いた瞬間。僕の理性はぶっ飛んだ。
初めて作る2人だけの思い出。
心の奥深く。記憶の奥に刻み付ける。
感情など後でいい。そんなの嘘っぱち。
温もり、体温、溢れる吐息、貪る様なキス。
顔、身体の形。仄かな汗の匂い。
交わるそこには、確かな感情が在った。
好きです!大好きです!何時からだ何てどうでもいい。
-最上位スキル【偏愛】は【天配】の影響を受け、
【博愛】へと進化しました。
同時にブラッディスキル【飛雲】を継承しました。-
熱には質量が存在するのか。盲目的な難問。
問うても答えは出ない。だから僕は叫ぶ。
「移譲!」
全身が燃えていた。文字通り高熱に焼かれて。
極太の光線は、押し出したBOXの端を通り抜け再沸騰。
圧し捻じ曲げられた光が、北の山脈の幾つかを抉った。
エンパイアは即座に気付いた。それでも吐き出された物は元には戻せない。ザマァ。
巨人は排出を中断。無理な中止が崩壊を招いた。
過ぎたる力に躯が堪えられなかった。
崩壊と焼失。断末魔を上げる事も無くドロドロの溶岩と成りその場で垂れた。
仲間や配下、城まで取り込んだ挙句。エンパイアは自壊の道を選んだ。
意識を失い、溶岩の溜りに落ち掛けた無能の身体をキュリオとジェシカが寸手で掴み取り、溜りから離れた。
「北の山が動いている!無能を回復後、一旦退こう」
峰岸の指示の前には既に、妻の2人が最大の回復術を施していた。
「リンジー。操れそう?」
「いや無理。規模が桁違いだ」
蠢く山の裾野。草木や岩場。小動物までもが土砂崩れに巻き込まれ沈んで行った。
動いている部分だけでも、遙か東まで続いていた。
余りの距離に地震で震えているのかと錯覚してしまう。
土煙と地鳴りの規模の割に震動が伝わって来ず、余計に勘違いを助長した。
「命を賭してまで、戦わねば成らぬ相手だったの…」
3人の傍らでルドラが呟いた。
その抑揚の無い感情は誰にも解らなかった。
当の本人さえも。
「意識が戻らない」キュリオが苦しそうに術を掛け続けた。
「落着いて。息はしっかりしてる。気絶してるだけ」
ジェシカに窘められ、漸く術を解いた。
「感想は後だ。俺は引き続き山の動きをここで見張る。無能は後方医療班に任せるんだ」
そう伝え終わると羽根を広げて飛んだ。
「無茶しやがって。格好悪いぜ、タッチー」
ヒオシが全身ケロイド状態のタッチーを背負い、峰岸だけを残して一気に離脱した。
峰岸は深追いはしなかった。
高く飛び上がると、無数の大木と大岩が飛んで来た。
山の向こう側をひた隠す様な行動。
フェンリルは必ずあの山の向こう側に居るに違いない。
好奇心より恐怖感が優る。
飛来物を叩いて落とし、燃え盛る溶岩溜りを序でに冷ました。木々が燃え黒煙が充満。所々でプラズマ現象も見え出した。長居は出来ない。したいとも思わないが。
偵察は冒険者の仕事。
何よりも無能をリタイアさせる切っ掛けを作ってしまった責も有る。
突然片側の羽根が動かなくなった。
気負い過ぎたか?いや、これは違う。
体感魔力には余裕を感じた。多少長く飛んだ位で枯れてしまう訳がない。
何かの妨害意志。こんな芸当が出来る存在。
フェンリル。その力は遠く離れたこの距離でも。
バランスを崩し、吹き上がった黒煙の只中へと落下した。
飛び込む寸前。
制御を失った身体が、細い腕に絡め取られ煙の外側へ押し出された。
「ミストか」
「遅れたね。こんな場所で死なれても困る。ユーコとてさぞ怒るだろう」
「助かった」
「持ちつ持たれつ。まだまだ働いて貰わねばな。子種すら貰い受けてはおらんと言うのに」
笑っていいのか、幾分悩む。
「大狼に捕われる前に離脱しよう」
「私なら問題無い。既にルドラ様の傘下に入った。上位存在が滅しない限り、誰の影響も受けない。夫や輩のお願い以外はな。感謝なさい」
「…有り難う」素直に喜べない自分が居た。
ミストに連れられ、山から離れた。
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監視台から千里眼を発動した城島が震えた。
「一難去ってまた一難てか…。あれはヤバいっしょ」
「山の全容は掴めませんか?」問い合わせは勿論ジョルディちゃん。伊達眼鏡が色っぽい。
「あんまし深読みすると、フェンリルに捕捉されるからさ。大体の大きさは解ったよ」
解った所でって話だけど。
「感心しました。今回は逃げないのですね」笑顔皆無で辛辣ぅ。萌えるわ。
「今更何処に?」笑って答えてあげた。
実際問題。今更逃げてもぼっちに逆戻り。
一人になったら、また門藤に狙われる危険が高まる。
とても面白くないわぁ。
クラスの生き残りも、この場所に集合してるんだしね。
後衛に居ながら逃げ出す意味が理解不能。
全身に重度の火傷を負った無能を受け入れた時は冷や汗が出た。
つい数時間前まで笑いながら言葉を交わしていた人が、こうもあっさり死にかける。
戦争だから仕方ない?誰も好きで参加してないのに。
-スキル【天配】
並列スキル【塞配】発動が確認されました。-
試しに拡大を続ける山の端を塞き止めてみた。
ほんの一瞬で飲み込まれた。
弱いなぁ。時間稼ぎにもなりゃしない。
一人では手が足りない。リンジーさんを加えても無理だ。
最低でも後一人。同等の力を持つ人が。
候補として浮かぶのは、岸川さん。少し性格に難がある。
あの子は優し過ぎる。
高確率で東の人員が巻き込まれている状況では、本領を発揮してくれるか不安が残る。
あの山を潰せても。潰した瞬間に後ろから、てね。
「どうかな。止まりそう?あれ」
オートが隣まで来て聞いてきた。
「さぁね。あそこのマグマ溜りは越えられないみたいだよ。冷めちゃったら知らんけどさ」
「暫く様子を見て、拡大が再開したら、こちらは後退を始めた方が良さそうですね」ジョルディが見解を述べた。
みんなが薄々と感じてのを言葉にしてくれた。
「強引に押せる相手でもなさそうだしね。魔物でも魔獣でもない大自然と戦う事になろうとは…」
普段の冗談交じりには言わない。
きっと誰しもこの状況は予想してなかったんだと思う。
「タッチーの具合も気になります。私たちは一旦後ろに戻ります」
「そうしてよ。どうせ前に居たってやる事ないしさ」
オートが苦手なのか、彼の前では余り話をしないジョルディに連れられ、後衛部隊まで戻る途中。
「ジョルディって、オートっち苦手でしょ?」
「苦手と言いますか…。何故か、危ういなと」
「危うい?」
「少し探った程度ですが、居ないのです」
「居ないって誰が」
「オートさんが時折口にする、婚約者の方がです」
「あ…」
言われてみれば。
冒険者なら。何時何処で死んでいても不思議じゃない。
「既に亡くなってたりしたら、心の傷は突っ込んでは聞けないでしょ。今現在も乗り越えようとしてるかもしんないしさ。意外に前線部隊じゃなく後ろに置いてるかも」
「だとするなら良いのですが。一時期酷かった頃の、リンジーお姉様と似通う所も在ると感じまして」
「自暴自棄って奴?」
あの冷静さが、何処から現われる物なのかは少し気にはなってた。
友達でもないのに、プライベート面の質問は御法度。
女の子同士ならアリでも、男同士だとどうしても切り込んじゃいけない気がする。
後衛部隊のテント群まで戻ってきた。
出始めは分散した異世界組が、結局集結。
口にはしないが、みんな無能が心配なのだ。
自分には無く、無能君に有る物の差って何だろ。
僕が怪我しても…。ま、まあ人それぞれ。
彼女なんて要らないと豪語したのは自分だし。
「ジョルディはさ。…僕が死にそうになったら、泣いてくれたりする?」
「泣く?泣いて欲しいのですか?この私が居る目前で、恋人は元世で探す!と堂々と宣言された人が?」
「…」サーセン。調子に乗りました。
心で全力土下座っす。
「冗談です。お会い出来ない家族が心配なのは理解しています。でも死にかけ程度では泣けません。悲しみの涙は死者に対して捧げる物と考えます」クールっす。
死んだら一応は泣いてくれるんだ。
それだけでも有り難い。それだけでも、僕が戦う理由にもなるのかな。
今ここでジョルディに告白したら。
フラれるのは当然。逆にOKされた時が困る。何せ率先して帰ろうとしているのだから。
一時の感情だけで、打つけたら一番傷付くのは彼女だ。
帰還の道が全て無くなったら…。
その時までフリーで居て欲しいな。
もうグチャグチャだ。少なくとも告白は今じゃないな。
医療班の区画。
医療班長のチェイダさんを筆頭に、専門の人員が配備されていた。
設備面では移動用に制限されるので、高度な医療は望めない。それでも初期に比べれば雲泥の差。
僕らがマルゼに到着直後は、正直ボロボロだった。
非常に簡潔に述べると。
切った?舐めとけ。折った?整えて固定して寝とけ。
傷口が腐った?焼いちゃえばOK。
腹が痛い?大量に水飲んで全部出せ。
頭が痛い?ハンマーでぶっ叩いてみるか。
いやー。ズブ素人でも、こりゃあかんわと思うレベル。
稀少な回復の魔道具を適用されるのは上層。
末端なんてそんな扱い。酷いもんだった。
岸川、鴉州が点滴やら水回りを整え。無能、來須磨が道具を揃えた。4人の功績はとっても大きい。
無能君が運び込まれたと言うテントを覗いた。
「あれ?」
「あら?」
意外に元気そうな無能を見て、似たような声を上げた。
大型テントに1人だけ。個室対応とはVIPだねぇ。
全身ケロイドだったのも消え、髪の毛も元通り。寝顔は血色が良く、寝息も落着いてた。
2人の嫁さんも落着いてるから心配ないみたい。
「一瞬意識戻ってさ。竜血一瓶一気飲みしてやんの。自分で大切に飲めって言った癖によ」
來須磨が笑ってる。それなら本当に大丈夫そう。
テント内には峰岸夫妻が居ない代わりに、班長のチェイダさんが居た。
峰岸夫妻は別テント。主にユウコ殿が休養中。
冒険者隊の中核人物の無能。対応も班長自ら取り仕切ってるらしい。
「判断ミスは連戦の疲れも祟ったのでしょう。自然に起き上がれるまで完全静養。超常の秘薬を持っている事と、若さで乗り切れるとでも考えたのか。蓄積疲労を軽視し過ぎです」
チェイダさんが痛くご不満の様です。
医者からすれば、秘薬も回復術も自己の回復能力を妨げる物だとする思想から来る意見だ。
専門外なので誰も口を挟めない。
ふと浮かんだ疑問を打つけてみた。
「チェイダさんは、誰か想い人は居るの?」
「居ますよ、普通に。貴方は今の上官なので答えますが。私的な質問は避けて欲しいですね」
食い付いたのは鴉州と岸川。
「え?居たんだ」
「誰?誰?教えて」
「そうですか。誰も知らない所を見ると、彼からは何も聞いてないのですね」
「勿体振らずに」
「勿体振っている訳ではありません。皆様は信用出来ると信じて答えます。冒険者隊総隊長のオートです」
「「…」」僕とジョルディだけ顔を見合わせる。
「昔から戦闘能力は並以下。前線を仕切る彼の隣には組めず、こうして医療班に従事しています。彼が多くを語らないのは、私が狙われる危険性を配慮してだと思います。それが私には不満の種ですが」
堂々と公表出来ない辛さ。
両方の気持ちは理解した。隣に居られない苦しさも。
「ごめん。余計な事聞いちゃった」
「いいえ。幾分気持ちが楽になりました」
最後に無能の体温を確認して頷いた。
横から離れない2人の肩に手を置き。
「このまま体温が下がれば問題無いでしょう。2日経っても下がらなければ解熱剤を投与します」
他のテントに向かうチェイダを見送った。
鴉州、岸川もその後を付いて行った。
少し間を置いて、夫妻とルドラ以外はテントを出た。
「女の勘も、たまには外れるもんだねぇ」
「言わないで下さい。危ういと感じたのは本当です」
「自殺願望までは邪推としても、どっかで負傷すればチェイダさんに診て貰えるとかは考えてそだね」
「如何にも殿方が考えそうな事です」
全く以て。
オートに対する見方が変わった。良い方向に。
僕らもそれぞれのテントへと向かって解散した。
翌朝。…になる前の深夜。
遠方で響く爆音。これが日常だから普通に寝られるように成った。人間慣れっす。
敵は何も北側だけと限らない。
中級の魔物は常に横沸き。大きく三分割している部隊では全域に結界を張るのは難しい。
その対応は主に国軍の仕事。
マルゼから先は、魔物の領域。何が襲って来ても不思議じゃないさ。
休める時に休むべし。
ジョルディが隣の簡易寝袋で眠る事にも慣れた。
最初はドキドキ期待感で心臓飛び出るかと思ってました。
でも特別な事は当然無いまま。
だってチキンだし。何より僕より断然強いし。手なんて出せる訳ねぇです。
彼女が数日間西ルートに行ってる間は、逆に落ち着かなかった。
何処かで怪我してないか。
異常な魔獣に遭遇してないか。
弱い自分が何を心配してんだか。
もう気付いた。ボッチでおバカな僕でも気付いちゃった。
遠征を始めた頃には、僕の心は完全に落ちてた。恋に。
同時に勘違いしちゃいけない。
彼女はただ僕を監視してるだけ。任務であり仕事。
何かあると直ぐに逃げ出すチキン野郎の監視役。
それ以上でも、それ以下でもない。
変な期待をするだけ無駄なのさ。
「まだ、起きてますか?」
「寝てない。こうして寝るのも久々だしね」
「緊張しますか?」
「いやぁ、緊張しない方がどうかしてる」
同じ部屋、テントでも。家族で川の字で寝るのとは全然違う。三日で飽きない位、美人さんだもん。
「こう見えて、私も緊張しているのですよ」
「…意外っす」
平気なんだと思ってた。
寝袋に入る前、武装を解除して肌着になるのも堂々としてた。一応背中向けてたけど。
ひょっとしたら顔を隠してたのかな。なんて。
「私の母も、幼い頃に病気で亡くなったと聞いています。今では殆ど顔も思い出せません」
「…」母ちゃん。
「聞いていたはずの声も。優しさも温もりも。時と共に消えてしまう。人の記憶とはどうしてこうも、大切な記憶を失えるのでしょう」
今夜は何だか哲学的だなぁ。
「前を向く為、とか」くっさいわぁ。
「だと良いですね。ガモウも私も何れ道を分ける。どれ程忘れまいと願っても、時が過ぎれば忘れてしまう」
「…」それは先の話だ。
胸が苦しい。心が抉られるってこの事か。
「戻って来るまでの数日間。何時もガモウの事ばかり考えていました」
「…僕も、同じ。君の事ばっか考えてた」
ジョルディが袋の端を開いて半身を起こした。
「感情など後にして、思い出を作りませんか?簡単には忘れられない思い出を」
その言葉を聞いた瞬間。僕の理性はぶっ飛んだ。
初めて作る2人だけの思い出。
心の奥深く。記憶の奥に刻み付ける。
感情など後でいい。そんなの嘘っぱち。
温もり、体温、溢れる吐息、貪る様なキス。
顔、身体の形。仄かな汗の匂い。
交わるそこには、確かな感情が在った。
好きです!大好きです!何時からだ何てどうでもいい。
-最上位スキル【偏愛】は【天配】の影響を受け、
【博愛】へと進化しました。
同時にブラッディスキル【飛雲】を継承しました。-
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